28.記憶
・前回のあらすじです。
『ユノとエバが、明日の予定を立てる』
〇
ざっ、ざっ、ざっ。
朝の森をユノたちは歩いていた。
山毛欅の木をあわい光芒が貫いている。
朝露をつけた若草が、二人のブーツをぬらす。
しめった道を、旅人の往来が残したのであろう馬車の轍に沿って行く。
「……もう出発したあとだったなんて……」
「まあ、あっちはボクたちの都合なんて知らないからね」
わきから伸びる低い枝を、ユノはかがんで避ける。
ユノとエバは、【オッツの根跡】を目指していた。
奇妙な――魔法使いらしき少年を求めて。
――あいつなら、今朝はやく出て行ったよ。
教会の鐘が一日の始まりを伝えるころ、ユノたちは宿の一階におりてきた。
朝食を食べて、しばらく昨日の美少年を待ったものの……来るのは屈強な冒険者ばかり。
カウンターで町内新聞を読んで小休止していた店主にたずねたところ、先の言葉が返ってきたのだ。
食事は摂らずに、包にして、件の少年はまだ暗さの残る時刻に旅立ったという――。
森を歩いていたエバが、チラッとユノを見あげる。
「すみません。寄り道になって」
ヘアピンで留めた、長めの前髪の下で大きなむらさきの瞳が翳る。
しょげる少女に、ユノはあわてて片手を振った。
「いいよべつに。どうせ行き詰まってたんだし……」
あははと笑ってごまかして、ユノは先を急ぐふりをした。
(しょーじき……)
冷や汗を掻きつつ、ユノはエバから目をそらす。
(あのヒトとは、もう会いたくないんだよなあ)
かつていた世界――日本で、ユノは高校生をやっていた。私立の一年生で、同級生の男子からいやがらせを受ける日々。
そうした、元の世界での生活は鮮明に記憶に残っている。
この『異世界』に来てすぐのころは、精神的な抑止のあったためか忘れていたが、ある出来事がきっかけになって、過去の境遇を思い出したのだ。
ただ、日本にいた頃の名前は、もうどうやってもわからない。
この世界に残ると決めた時に、妖精のセレンが消したのだ。
(同い年くらいの男の子って、苦手なんだよな……)
心臓のあたりを、ユノは服の上から引っかいた。自分の名前は忘れても、いじめっ子たちの顔や氏名は覚えている。彼らにされていた仕打ちも。
(悪い人じゃなきゃいいけど)
ユノは強張る足をひきずって進む。
二人の辿る道の向こうに、大地にぼこんと大穴があいていた。
〇以上で、今年の『【異世界転移】をやってみた《2》』の投稿は終了です。
読んでいただき、ありがとうございました。
よいおとしを。




