26.バケツ
・前回のあらすじです。
『青い髪の少年がユノたちを警戒する』
「あのー」
横から声が飛ぶ。
ひょこり。
華麗な女の子の瞳が少年をのぞき込む。
「どっ――ああっ!?」
青黒い髪の少年の手からグラスがすっ飛んだ。
ぱりいんッ!
床に落ちたコップが乾いた音をたてて割れる。
店内の視線が集まる。
「あーあ、なにやってんだよお兄さん」
「エバ」
ユノが立ちあがり、小走りで少女のもとに行った。青い髪の少年に「すみません。うちのメンバーが」と頭を下げる。
店主が箒とチリトリ、雑巾を引っかけたバケツを持ってくる。ユノが手伝おうとしたが、すぐにエバが引き取った。こぼれた飲みものを拭く。
「わ……悪い。ちょっと手がすべって……」
少年は鼻白んだようすで声をしぼり出した。
エバが「ごめんなさい」と項垂れる。
「チラチラこっちを見てたから、気になったんです」
店主がいったん、ガラスの破片を片づける。
エバがバケツの水で雑巾を洗う。
彼女から少年のほうに目をやって、ユノは訊いた。
「そうなんですか?」
「いや、まあ、その……。気にするな」
少年は席を立った。
ごまかして、客室のある二階へ階段をあがっていく。
(へんなヒト)
少年の腰の帯にゆれる短杖を、ユノは目で追っていた。
汚れた水の入ったバケツを持ちあげて、エバが首をかしげる。
「あの人、魔法使いですよね。ひとり?」
店主のハリスが遠ざかる足音のほうを見あげた。
「ああ。主人の遣いで来たみたいでな。どこから来たかは知らんが……【オッツの根跡】ってとこに用があるってよ」
「オッツの根跡って? ダンジョンですか?」
エバからバケツを取りあげる店主にユノは訊きかえした。
「そう。魔法植物の産地だよ。薬草園って言ってもいいな。良質なハーブが採れるってんで、専門家のあいだでは有名だよ」
ユノは音の消えた階段を一瞥した。
食堂は客の雑談で、再び賑いはじめていた。