24.ハリス亭
・前回のあらすじです。
『キイムの町に、ユノとエバが到着する』
〇
キイキイ……
『ハリス亭』の看板が夜風に揺れる。
門前の街区に軒をかまえる宿である。食事処も兼ねているためか、暗くになったのに人の入りは多い。
一階の食堂で、ユノたちは夕飯を摂っていた。
大テーブルは常連客で埋まっているので、カウンターで食べている。
「不安定……ですか?」
「ああ」
かちゃん。
店主のハリスは、ドワーフのようにずんぐりとした男だった。
彼はカウンター席に川魚のムニエルとバゲットのスライスを置く。
突き出しのマカロニサラダを、エバがフォークで啄んでいる。
「自治区内でかこっていた魔法使いが、なんでも統領の座をねらっているらしくてな。今の元首は直轄の兵士だけじゃなく、領内の傭兵までつのって、身のまわりを固めてるってよ」
『統領』とは、自治領をおさめる『王様』のような存在である。『元首』もまた同じような意味で使われていて、そこに意図的な区分はない。
「そうだぜ坊主。学都はまさに、その主戦場さ」
団体席でエールを飲んでいた偉丈夫が、店主の話に割ってはいる。
武具をそなえた身なり。冒険者だろう。
男はユノに忠告した。
「巻きこまれたくなきゃ、よそに行ったほうがいいぜ」
学都――レールノザは、現在、人間と魔法使いの間で、権力闘争が行われているということだった。
魔王亡き今、ディアボロス縁の者として冷遇を受けてきた『魔の血を持つ人種』が、なおも疑いの目にさらされるのは不当として、訴えを起こしたのだ。
当初は早期の鎮静化が見込まれた小さなひずみだったが、人間の側にも魔法使いに賛同するものが続出。かつてのような、圧倒的大多数による抑止が叶わず、領内において、ほぼ五分五分の勢力に分裂した。
――状況はそれから目まぐるしく変わる。
魔族の扱いが槍玉に挙げられ、話は彼らの解放に発展。ドレイ市が襲撃を受ける事件が相次いだ。
魔族からの反撃については、正確なことは分かっていない。が、魔法使い派は、彼らを抱き込むことに成功――。
怪物の血筋への脅威冷めやらぬ現統領は、これを反逆とみなし、急ぎ鎮圧をはかった。
結果、事態は自治領の本拠地、議会場のあるレールノザを筆頭に泥沼化。魔法使いを主権に置こうとする勢力と、人間主権を踏襲しようとする、旧体制派とがぶつかり合い、領内各地で暴力沙汰が横行する。
そして、『犯罪者』の封じ込めのため、自治領への関所に封鎖措置が敷かれたのだ。
(そんなトコに行けって言ったのか……。あのお姫様たちは)
見た目だけはすばらしいふたりの王女に、ユノは胸中で毒づいた。
(知らなかった……ってだけかも知れないケドさ)
もんもんとしながら、ユノは夕飯を食べ終えた。
カウンター脇の調理場で、ほかの客に炒めものを作っている店主に訊く。
「ボクたち、学都の先にある小島に行きたいだけなんです。自治領に、サン・クロト側からじゃ入れないなら……べつの土地から迂回していくルートとかありませんか」
「ないね」
店主はフライパンを返しながら言った。
「【シチリ島】だろ、あんたが言ってるの。そこは学都からのびる大橋を通っていくしか道はない」
「どこかから船を出してもらうとかは。あるいは、ジェムでワープとか」
「島のある海域は、途中で渦潮が発生するって話だ」
店主は太い首を振った。
「ベテランの漁師も、あそこには近付きたがらねえ。ワープも、領地一帯に張られている装置が邪魔して、できないって聞く。もっとも、出力に限界があるみたいで、特定の術しか防げないみたいだけどな」
「装置ね。なあハリス、やっこさん、こっそりハーピーでも飼ってるのかもな」
横合いからビール腹の男が店主に茶々を入れる。
店主は料理の手を止めて、ビール腹の男につまみのチーズとクラッカーをやった。そして太い眉毛の下から、銀色の眼をユノに向ける。
「つっても、あんな無人島に、あんたたちなにしに行くんだ? 地元のもんもほとんど立ち入らない、なーんもないトコだって言うがね」
「……ちょっと、人探しを」
「『無人島』に?」
ふしぎそうに、店主は吹き出した。
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