22.まくら
・前回のあらすじです。
『エバのことを訊くために、ユノが妖精のセレンを呼ぶ』
すうっ。
洞穴の外に空間がひらく。
「こんな夜中に呼びつけるとは、感心しませんね。ユノさま」
素直にやってきたアールヴの美女に、ユノは目を見開いた。
「まさか……セレンさんが、こんなにあっさり来てくれるとは思わなかったです」
「試しに呼んだだけですか?」
「違いますけど……」
自分の足元にユノは視線を落とす。妖精――セレンは、ユノが本当に来てほしかった時に来てくれなかったことがある。
「このごろは少し時間に余裕ができたのです」
岩窟の外に立ったままセレンは言った。
「何かあったんですか?」
「神さまに四六時中ついてる必要がなくなったので。フローラが率先して世話をしてますから」
神――人を守る、金竜。彼女はフローラたちペンドラゴン王家の末の娘だ。
「【霊樹の里】ってトコにいるんだっけ」
「ええ」
「ボクも一度は行ってみたいな」
「【パペルの塔】の門を使うことをおすすめします」
大陸北部の荒野。人の住む土地から、山脈を越えた先にある、天へと屹立する古の塔。
妖精の世界へと通じる光の門が、その頂きには開かれている。
セレンが霊樹の杖を使って行う転移術は、人間の肉体には負荷が強く、到底耐えられないものだった。
何日かまえに、セレンを足代わりに使ったフローラ王女もまた、転移に耐えうるにはいくつかの条件をクリアする必要がある。
セレンが問いかけた。
「で、私になにか?」
「この子、エバっていうんですけど。記憶がないみたいで」
焚火の向こうで眠る少女を、ユノは目で示す。
「そうですか」
「セレンさんなら、この子が何者か判るんじゃないかなって。……ボクは、べつの世界から来た転移者だって思ってるんですけど」
エバの姿をセレンは確認した。
サイズの大きめな旅装をした、栗色の長い髪の少女。魔法書を枕にしている。
「状況が状況ですからね」
「と言うと?」
セレンは構わずつづけた。
「なにかしらの『バグ』が生じたのかも知れません」
「バグって?」
シレッと無視してセレンは、
「まあ、妖精にとって、彼女はあまり歓迎できる存在ではない。とだけ言っておきましょうか」
――剣の柄をユノは握りしめた。
胡坐から中腰になって、セレンを見上げる。
月の光が逆光になって、妖精の表情は判らない。
彼女――セレンは、すべてを『善なる世界』に回帰したいと考えている。金の竜を【霊樹の里】に隔離したのも、その段取りのひとつ。悪の支柱である魔王を『勇者』に討たせたのも。
(そのセレンさんにとって『歓迎できない』ってことは……)
片手にたずさえた杖をセレンは振った。
剣の鯉口をユノは切ったが。
「今すぐどうこうするという事はありません」
霊樹の杖は空間を断っただけだった。転移用の裂目。
「ちからもまだ目覚めていないようですし。ほっときますよ。脅威になるまでは」
「セレンさんの言う脅威って、なんなんですか」
鞘から数センチ。刃を覗かせたままユノは言った。
「その娘が、自分の役目を思い出すことです」
縦に割れた空間に、妖精は身をすべりこませる。
――切目が閉じ、セレンがいなくなるまで、彼女の動きをユノは追っていた。
(エバは……じゃあ、)
セレンが警戒する相手に、ユノは心当たりがあった。
頭を振る。武器を腰の鞘に収める。
(……ボクの行動が、世界の未来を左右する)
人類存続の可否を、セレンはユノの行動に託した。
それが吉と出るか、凶と出るか。
刹那の判断が、どんな出目を出すのか。ユノ自身にも判らない。が――。
(出来ることをやるしかないんだろうな)
――エバ。
彼女をつれて、マーリンという魔法使いの元に行く。
それまでは、持ちつ持たれつ。
彼女は旅の仲間だと、ユノは自分に言い聞かせた。




