19.魔法
・前回のあらすじです。
『学都の近くの小島で、ひとりの少年が釣りをする』
※視点が主人公のユノにもどります。
〇
「主は云った。『光あれ』と」
灼熱の光線が、少女のかざした手からほとばしる。
どおおおおんっ!!
鈍器でユノの側頭部をねらう巨怪人を、魔法の熱波が吹き飛ばした。
『ぐおおおおお!』
みどり色の肌に獣面の、身のたけ八尺はあろう巨人が野原にころがる。
死角からの巨人の急襲に、ユノは、きもの冷える思いがした。内心)で、エバのカバーに礼を言う。
ユノはずっと格闘していた魔の野犬――【ストレイ・ドッグ】を、左手でふるったブロード・ソードで斬りふせる。
トロルが起き、地響きを立ててユノたちに走る。
木の幹を折って武器とした、ほぼ丸太の棍棒を、剛腕が振りまわす。
肩から二の腕にかけてがただれていたが、痛覚が麻痺しているのか、トロルは怯むそぶりもない。
「うわあっ!」
あわててユノは身を伏せた。
巨人のひと振りが、ちりっと黒い髪をかすめる。
次が来る。
大上段に振りかぶられた棍棒に、ユノは戦慄した。
(避けられない!)
「主はかこった。楽園に人々のはじまりを!」
呪文と共に手を向け、エバがユノに加護をさずける。
守護の障壁が、トロルの棍棒を受け止めた。
硝子の砕け散るような音。
魔力壁がはじけ飛ぶ衝撃と同時に、ユノは横に跳躍する。
剣を――地面を打ったトロルの、無防備になった姿勢に放つ。
「はあああっ!」
どずんっ!!
刃がグリーンの頭をつらぬく。嫌な感触がグリップを伝う。
引き抜くと、血と脳漿が巨人の傷口からこぼれた。
ユノは無意識に顔をしかめる。
トロルの身体が傾ぐ。
ずうん……。
地を揺らして、怪物は倒れた。
剣をユノは空気に払う。息が荒い。
青味や黒のまじった血が、たちまち、灰に変わった。魔物の体躯も、ほどなくチリになる。
ふたりの周りには、モンスターの残骸――塵埃と【魔石】――が数匹分ころがっていた。
王都ペンドラゴンより北。
学都につづく草原である。
なだらかな起伏をくりかえす【サン・クロト街道】。
ベテランの冒険者でも警戒を強いられる、大型モンスターの徘徊する道を、ユノたちは旅していた。
――王都を出て二日目になる。
ユノはレベルが三桁に達しようという、強者の部類に入る戦士だったが、利き手のないためになるべく交戦のない、舗装された街道――安全地帯を選んでいた。
それでも魔物との遭遇を皆無にすることはむずかしい。
先ほどエンカウントした魔物たちの骸を、ふたりは拾いあげていく。
ジェムと呼ばれる、魔力を秘めた宝石がそれである。
計六個の【魔石】を、ユノは新しい肩かけ鞄に詰めていく。
「ユノさん。大丈夫ですか」
「うん」
てててー。と小走りで寄ってきた少女に、ユノはうなずいた。
分厚い本を小わきにかかえた魔法使い――エバ。元はストリートチルドレンの、十才ほどの女の子。
過去の記憶が定かではなく、自分についてはわからないことが多いのに、あまり一般的でない知識を持っている。
いわく、伝説の魔法使い、マーリンの棲み処を知っている――。
北東の海に浮かぶ小さな島に、その人の埋葬地があるとか、いや、住んでいるんだとかの話は、王家の人からユノも聞いていた。
しかし、それらはあくまでまゆつば。
だがエバはきっぱりと、そこに件の魔法使いは住んでいると断言した。
結界によって、見えなくなっているエリアで。
ユノにできていた嚙み傷を、エバは魔法で治療する。
赤味のまじったむらさきの瞳で、彼の鞄を見る。
「ジェム。けっこう溜まってきましたよね。使ったりしないんですか?」
――せつやく? とドワーフの武器屋であつらえた長杖をゆらして、エバが訊いた。
旅用のパーカーすがたの少女に、ユノは「あんまり積極的には、使いたくないんだ」と答えた。
理由は言いたくなかった。
ふいに暗くなりそうになる顔を、ユノは持ちあげる。
「だから、エバがいてくれて助かるよ」
何者かはわからなかったが。
勝手にユノは、きっと彼女はこの世界の人ではないと合点していた。
エバはニコッとした。
腰の鞘に、ユノは剣をもどす。
北東を目指して、ふたりは街道を歩きはじめる。
日はまだ高かった。
遠く、丘のほうまで、土をかためた道はつづいている。マップを見た限りでは、日暮までには【キイム】という町につくはずだ。
――草原を行く。




