18.波間
・前回のあらすじです。
『今後の予定などについて、ユノとエバが話し合う』
※サブキャラクターに視点が変わります。
〇
大陸北東の半島を範囲とする、自由自治領【カデイア】。
近海の離れ小島と大橋でつながった角状の土地は、どこの国からの支配も受けない独立したエリアである。
統領は、魔族の血を引かない――厳密には、純正の人間と定義できるていどに希釈された――人物である。
ほかの国家と比較して、【魔族】や【魔法使い】に対して穏健な政策をとっている。
否――。とっていた。
(あくまで比較的だったわけだしな)
ひゅんっ。
つり糸を海に渡す。
(それに……そんな政策ももう終わりだ)
ぽちょっ。
潮に鉤が落ち、沈んだうきが、ほどなく水面からあたまを出す。
波間にゆられる糸の先を、少年は小島の岬に腰かけて見守った。
青い髪。
彼の項でしばった頭髪は、アクアマリンを削ったみたいに、無機的なブルーだった。
耳は光妖精のような長さだが、横ではなく縦にのびるその特徴は、悪魔種の遺伝による。
背たけはあるが、としは十五になったばかり。
主からは子どもあつかいされ、一人前として見てもらうには、まだ時間がかかりそうだった。
(永遠にガキあつかいってこともありえそうだけどな)
糸が動く。
震えるテグスを、木の竿を引いて陸に呼ぶ。
水中で格闘していた魚が、飛沫をあげて宙にあがった。
空中で暴れる青魚を足下にまねき、鉤のかえしからはずして、魚篭――といっても水をはったバケツのことだが――に入れる。
中にはすでに、五匹の釣果が泳いでいた。
一匹追加する。
竿に糸を巻いて、少年は片付けをはじめた。
海の向こうには、高い塀のために要塞とも見紛う学者の町がある。
高等学院や大学、専門学校の尖塔群に、工学的な煙――煤煙が、青い空に棚びいている。
そのさまはいかにも近代的だったが、内部ではよそと変わらず、ドレイのやりとりがおこなわれている。
対象は【魔族】だが、もの好きの集まる都である。哀れみや好奇心から、「ぜひ私のもとで面倒をみさせてくれ」と資産家に引きとられ、まっとうに生きる幸運を手にするものもいた。
少年も、そのひとりと数えてよかった。
髪と瞳の色のめずらしさと、誘惑の悪魔由来の見目よさから、好色家に買われるところだったのを、件のもの好きがどう言いくるめたのか、『ゆずってもらった』のだ。
商品時代に着ていた貫頭衣はもうない。
主のそろえたシャツやベスト、ロングパンツやブーツが、彼の日々の召し物に変わった。
今日の衣装も、やはり学徒然としたもので、セピアを基調とするチョッキは特にお気に入りだった。
(なんか情勢がどーとか、お師匠さまは言ってたけど)
かぁああん。
岬のくだり側――『森』のほうから鐘の音が鳴りわたる。
お師匠さま。と少年が呼ぶ、彼の主からの催促だ。
もうお昼時だった。
(ま、人間が主権のままだろーが。魔の血にとって代わられようが、おれにはもう関係ねえな)
よっこいしょ。
バケツを右手に、つり竿を左の肩にもたせかけ、少年は家に急いだ。
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