16.着替え
・前回のあらすじです。
『冒険者ギルドで出会った男に、ユノが少女の同行をたのまれる』
〇
宿に一人分の追加料金を払って、ユノは冒険者ギルドで会った少女の身支度を手伝った。
彼女と行き先が同じだったため、連れて行くことにしたのだ。なし崩し的に。
客室のシャワールームに少女を放り込み、入浴している間に店の女給仕をつかまえる。
チップを渡して、軽食と少女の部屋着への着替えをおねがいする。
若い給仕は快く引き受けてくれた。
少女が仕度している間に、ユノは買い出しに走る。
長旅用の服と、肌着類。
ブティックの客たちにヒソヒソされていたたまれなくなり、カウンターの店主に突き出す時に、「病気の妹に、せめて着替えだけでも仕送りしたくって!」とさけんだ。
店主や客がそれを信じたかはわからない。ただ自分の恥ずかしさをごまかす術を、ユノは少しだけ学んだ気がした。
〇
「エバ」
客室の前から少女の名前を呼ぶ。
中では備えつけの部屋着――ローブ状のパジャマのことだ――から、少女が旅装に替えていた。
かちゃっ。
ユノの呼びかけに、彼女――エバがドアを開ける。
(……開けてもいい? って訊こうとしたんだけど)
苦笑いをして、ユノは頬を掻く。
エバはパーカーにキュロットスカート、タイツの格好に変わっていた。石鹸の匂いが、ほのかにする。
風呂からあがった際に、給仕の女性が、髪のセットもしてくれたらしい。
のびほうだいだった栗色の髪は枝毛が切られ、ブラッシングされて、さらさらになっていた。前髪も、ヘアピンでおしゃれに分けられて、表情がよく見える。
「どうですか、ユノさん」
「なんか、弓闘士って感じだね」
「【魔法使い】志望なんですけど……」
部屋にエバは引っこんだ。ユノも入る。
安価な町宿の一室だが、シングルからツインに替えてもらったため、そこそこの広さはある。
窓辺の卓に、エバは席を定めた。サイドボードから、ユノは給仕が残していったティーセットを取る。茶をいれて、少女の前に置く。
「エバは、そのー、どうして冒険者ギルドにいたの?」
エバは湯気の立つマグカップを持った。
「仲間がほしくて。レールノザは遠いし、私はまだ大した魔法は使えないから、ひとりは危ないなって。それに」
ひとくち少女が飲むのを待って、ユノは「それに?」と問いかえす。出窓の枠になかば腰かけるように立ったまま、自分もお茶を飲んだ。
「冒険者として登録すれば、仕事ができるかなって。他の職業とちがって、年齢制限ないし」
「他のはあるんだ?」
「はい」
エバはうなずいた。脇に置いていたボロボロの本を取る。
ユノもこの世界の文字を勉強したため、あらかたは読めるようにはなっていた。だが彼女の本がなんなのかは、いまひとつよく分からなかった。
「それは? 大事そうにしてるけど」
エバは困ったように首をかしげた。短い指で、梁の渡った天井を差す。
「降ってきたの」
ユノは首をひねった。
むすッ。とエバは気を悪くする。
「降ってきたんです。裏街路で……。いつもみたいに、ゴミを漁っていたら、ゴンッて」
「ゴンッ?」
「頭にぶつかった音です」
コブがその時にできたみたいで、エバはふくれっつらのまま、自分の脳天をさすった。




