12.ブロードソード
・前回のあらすじです。
『ユノの目的地が決まる』
西の空に夕日が落ちていく。
王都の横道にある、ちいさな武具店――『スミス・ドヴェルグ』の店内で、セレンは王女の帰りを待っていた。
「来ないわね。お姫さま」
「トンズラこかれたんじゃないのか」
「『すぐにもどる』なんて言葉を信じた私がバカだったということでしょうか」
大樽の上にけだるげに乗った女が言う。人間に換算すると十代の後半か、二十歳くらいの若い姿。
たまご型の輪郭から突き出た、ササの葉状の両耳が、彼女が光妖精であることを証立てる。
セレン。妖精族をたばねる長である。
職人街の小路にそそぐ赤い陽は、もはや完全に光を失おうとしていた。
ランタンのあかりがなければ、ドワーフがいとなむ店のなかは、深い闇に包まれているだろう。
扉がひらく。
「あれ?」
声をあげたのは、黒髪黒目の少年だった。誰かのおさがりか、サイズの大きめな旅用の服を着て、腰のベルトには巾着袋をさげている。
武器の類はない。
装備品をととのえようとして、ここに来たのだろう。
「こんばんは。ユノさま」
「セレンさん」
ユノはドアを閉めた。武器や防具の展示された屋内に、湿った空気が押し込められる。
「こんなところで何を――って訊くのはやぼですか?」
「お姫さまを王都にお送りして。彼女がもどってくるのを待っているのです。霊樹の里に、いてもらわなければ困るので」
木の杖をセレンは掲げた。
【霊樹の杖】という魔法の道具だ。ユノの知る限りでは、ものを収納したり、空間をわたる術に使われる。また、弱いモンスターであれば、持っているだけで退けるちからもあった。
「そのことなんですけど」
言いづらそうに、ユノは頬をかいた。
「ローラン――フローラ王女、お城で晩ごはんを食べてから帰るってことになったみたいで。本人はタクシー……じゃない。セレンさんを待たせてるから、早く行かなくちゃって断ってたんですけど」
「くわしく」
柳眉をはねさせて、セレンは先をうながした。
「その、アテナ王女がお父さん――ペンドラゴン王とふたりだけで晩餐をとるのは嫌だって。マルス王子は政務に逃げちゃったらしくて。ほら、お昼に一悶着あったでしょう。あれですっかり王様、へそまげちゃったみたいで」
セレンは樽からおりた。
「いいでしょう。理由はどうあれ、あなたとこうしてまた会えたのも、なにかの縁」
木目の壁にかかった武具をながめて、セレンは言った。
「これからどうする予定ですか。滅びの時がくるまで、のんびりどこかで畑でもたがやしますか?」
――魔王が倒れ、悪のちからの支柱がなくなったことにより、世界は均衡を失った。
善と悪の、ふたつの神により支えられていた人間は、近い内に『善きちから』に圧迫され、自ら破滅へとむかう。
金の竜がにんげんの側にあれば、神の持つ調整力により、永い安寧が約束されるのだが――。
衰退の未来を承知で、ユノはメルクリウスに残った。
「ボク、マーリンっていう人のところに行くつもりなんです。そこで右腕を治してもらおうって」
そうですか。とセレンは希薄に言って。
「では、また旅を始めるということですね」
「うん」
「ギルドに再登録して、誰かと組むことをおすすめします」
セレンの視線は、ユノの右腕にそそがれていた。
「セレンさんが、無条件でボクにアドバイスなんて、してくれるわけないですよね」
「疑いを持つのは良いことです」
セレンは微笑した。ユノは身がまえる。
「フローラと話しをしたなら、耳にはさんでいるかもしれませんね。金の竜について、私が人間の世界にかえすこともありうると」
金の竜は、今はアールヴのほうにある。先代が崩御し、今生の器――【ハルモニア】に転生した時に、セレンがつれていったのだ。
【竜】がもどってくれば、それは人の、ながい平和のおとずれになる。
「なんか条件があるって聞きましたけど」
「ええ」
セレンはつづけた。
「人間のいとなみを見て、どうするかを考えようと思っていましてね。しかしすべての人をみつめることは、私にはできない」
したくもないんだろ。という反発をユノはのみこんだ。
杖の先が、すっと胸のまえに来る。
「そこでユノさま。せっかくですので、あなたに焦点をしぼろうかと」
「つまり?」
「あなたの今後の行動次第で、この世界の人の未来が決まるということです」
ひくっ、とユノは後退った。
杖を振って、セレンは空間を開く。
「では。あなたの双肩に何千万人の運命がのっかかっていることを、ゆめゆめお忘れなく」
忘れたところで、セレンにとっては痛くもかゆくもないが。
混沌とした色のうずまく裂け目へと、彼女は入っていった。
いずこかへと転移する。
カウンターから、ドワーフの男がパイプをふかす。
「お兄さん。もうすぐ閉店なんでな、買いものするなら、早目にすませてくんな」
ユノの硬直が解ける。ベルトにむすんだふくろのなかで、王女たちから餞別でもらったポケットマネーが、じゃらりと鳴る。
壁にかかっていたブロード・ソードを取って、ユノは店主に差し出した。
「すみません。じゃあ、これで」
「こいつか」
皺のかよった頬をゆるめて、ドワーフの男は商品を受け取った。




