11.魔法使い
・前回のあらすじです。
『王家と神のかかわりについて、姫さまたちがせつめいする』
金の竜――。
人間の守護神が、フローラたちの末っ子と知り、ユノはふたりの王女を交互に見た。
「っていうことは。四人きょうだいなんだね」
「もっとほかに言うことがあると思います」
疲れた調子でアテナは自分のこめかみを揉んだ。
フローラは卓にほおづえをつき、くちをブゼンと尖らせる。
「で。姉上はなにしに来たのよ。わざわざ文句たれるために、私の部屋まで足を運んだってわけ?」
「そうではないけれど」
なんだったかしら。とアテナは短いあいだ思案した。
青い瞳を、小洒落た室内のあっちこっちにめぐらせる。
はた。
と彼女はユノを見た。二の腕から先がない、囚人服の右袖をしばしながめる。
「そう。ユノの腕をね。もとどおりに治してあげられればな。って」
「腕を。ですか」
手をぽんと叩くアテナに、ユノは目を丸くする。
この世界に回復魔法があるのは知っていたが、なくした部位を再生するほどの効果は見たことがない。
「できるの?」
うさんくさそうにフローラは言う。
「ふつうの魔法じゃあむりね。気術なんてもってのほか」
「どうしてですか?」
「【気術】は攻撃に特化した術だから」
両手をうえに向け、アテナは肩をすくめた。
――メルクリウスにはふたつの超常的な技術がある。
ひとつは、魔物の血をひく存在が使う【魔法】。
もうひとつは、妖精や精霊と契約して、そのちからを借りて行使する技法、【気術】である。
ユノは妖精の族長と契約を交わして、【気術】を手にいれていた。その威力は、ばけものの軍勢を蹴散らすほど。脱獄もたやすいが、契った相手が為政者だったからだろうか。
罪をのがれる横暴に、彼女はちからを貸してはくれなかった。
椅子のうえでフローラは姿勢を変える。
「再生って。あてはあるの?」
「マーリン」
アテナは名前で答えた。
「地図を取ってちょうだい」
巻き物がいくつもささっている壺に手をやり、フローラを立たせる。
「北東部の……。自治領よ」
「ああ……。学都――【レールノザ】のあるとこね」
タペストリーほどもあるワールドマップを、フローラはちいさな円卓に広げた。
メルクリウス世界の鳥観図を、ユノも立ってのぞきこむ。
大陸の、丑寅の方角をたどり……。外海に浮かんだ小島の手まえで、アテナの指先が止まる。
「ここが。学術都市レールノザ。たくさんの大学と、その学生たちが住む寮や宿で構成された、学者の町よ」
「そこにマーリンっていう人がいるんですね」
アテナを見ると、彼女は「さあ?」と語気をにぶくした。ぽつりと継いだのは、フローラだった。
「マーリンは伝説の魔法使い。学都には、魔法使いを養育する部門があるの。そこで、何十年ものあいだ、その功績が語られている。っていう」
「フローラも私も、法学部時代にうわさで聞いたていどなのだけれどね」
「はあ……」
いくつで法学部のある学校にかよっていたのかは、訊くのがなんとなくいやだったので、ユノはスルーした。
「市をつらぬいて行ける、この小島のどこかに住んでるとか。葬られたあとがある。とか言われてる。でも。仮に生きていたとしてよ。百はかるく越えてるはずなんだけど」
「どれだけ老いていても、魔法さえ健在だったらべつにいいわ」
「望み薄ね」
心許なくうめくフローラに、淡泊に地図をたたむアテナ。
――いわく。
彼の魔法使いは、あらゆる奇跡を再現したと。
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