10.黄金の竜
・前回のあらすじです。
『昼の処刑を中断したあと、フローラ王女の部屋で話しをしていたユノたちのもとに、アテナ王女が現れる』
アテナ王女とユノは一度だけ面識があった。
魔王を倒し、妖精と共に王都へ帰ってきた折である。
謁見の間に、ペンドラゴン国王のアルトリウスとアテナ姫、マルス王太子が座していたのだ。
平常での拝謁には、三人がいるのが普通らしい。
ユノはペンドラゴン王に魔王ディアボロスを討った旨を伝えた。
彼の武勲を国王は称賛したものの、ほどなくして暗い顔をする。
――魔の血を引く人型の生き物。
【魔物】と区別してもっぱら【魔族】と呼ばれる、身体に異形の形質を残した人種。
彼らから、ずっと王国が追っていた連続殺人犯の正体を明かす報せが、ユノの帰還より以前にあったのだ。
特例として王と会ったその数人の魔族は、ユノがドレイ商から逃がした『商品』だった。
一連の事件について、彼らは――相応の報酬を見込んで――知っていることをすべて伝えた。
そしてその後、国法にのっとり処分された。
王に罪を問われたユノは、正確な人数は知らなかったものの、自分のおこないを認めた。そして投獄され、贖罪を果たす――はずだった。
それが今は、フローラ王女の部屋にいる。
「落ちついて話をするはこれが初めてですね」
アテナ王女に聞かれ、ユノは椅子のうえでコクコクとうなずいた。
彼女のプラチナの髪のかかる肩から鳥が飛んで、卓に着地する。
赤い宝石の嵌まった金の輪を首にまいた、白い鳩だった。
「そっちはイリス。マルス兄さまの狩りについていった時に見つけたのよ」
「この赤いのは? 魔石よね」
鳩の首輪を手に取って、フローラが姉に問いかけた。
鳩はおとなしくしている。
「その子が持っていたのよ。どこからか盗んできたのか、落ちてたのを拾ったのかは知らないけど」
元はもうひとまわり大きかった宝石を、いくつかに分けてカットして、金輪の飾りにしたとアテナは言う。
ユノはなんとなくイリスの動きを追いながら、
「それで、王族が神とかかわりが強いっていうのは……」
「そのままの意味です」
胸のまえで組んだほそい両腕を、アテナはすこし揺らした。
「【善なる神】とも言われる、黄金の竜。人間の守護者にして、悪しきちからと対をなす存在。ペンドラゴン王家はその血を引いていて、子孫のなかにかならず【神】と【巫女】が誕生する。そういう奇特な一族……」
「直系だけだけどね」
アテナの言葉をフローラが補足した。
黒い目をぱちぱちさせて、ユノはテーブルをはさんで向かいにいるフローラを指差す。彼女は確か、精霊のちからを宿す巫女だったはずだ。
「じゃあ、ローランは神さまもやってるってコト?」
「あっ、ばかっ」
「ローラン?」
椅子を蹴ってフローラがユノのくちをおさえたが、アテナの耳は既にぴくっと動いていた。
「ちっとも動向がつかめないと思ったら。あなた偽名をつかって旅をしていたのね」
「……そう。でも安心してよ姉上。べつにいく先々でうしろめたいことしてたってわけじゃないから」
(ボクの荷物、勝手にいくらか売っぱらったとかっていうのは言わないほうがいいんだろうなあ)
アテナの視線はすぐにめんどくさそうな半眼になった。
とんっ。と自分の額をたたき、妹のほうに問う。
「で。ハルモニアは取りかえしてきてくれたの? あの高慢ちきな妖精から」
「こうまんちき……」
ユノがほうけて鸚鵡返しすると、フローラが「姉上はセレンのことがきらいなのよ」と耳打ちした。ユノのくちから手を放す。
「ハルモニアは返してもらってないわ。まだしばらく妖精のがわにちからを向けさせるんだって。でも条件さえ満たせば考えをあらためるって、約束はさせたから――」
「それで言いくるめられちゃったの?」
「人間同士の契約よりかは信じられるって思ったからね」
ぴきぴき。
青筋を浮かべて頬を引きつらせて、フローラはアテナを突っぱねた。
どちらにともなくユノは訊く。
「ハルモニアさんっていうのは?」
「金の竜よ」
「末の妹よ」
前者はアテナ。後者はフローラのセリフだったが。
ふたりはほぼ同時に、ユノの質問に答えた。




