1.ペンドラゴンの城
イリスは城に飛んだ。
路地にたむろするハトより、ひとまわり大きい白い鳥である。
種類はドバトだがアルビノであるらしい。
他より体格が大きいのは明確な答えが出せないでいる。
王都【ペンドラゴン】の王城をかこむ四つの塔。
そのうち北西の方角――城門から奥まったところにあるひとつに、白ハトのイリスは向かう。
風とおしにに開けはなたれたた窓からひとり、女が振りあおいだ。
腰までのびたの髪の色は、王家の血筋に顕著な白金。
目は青く、顔のつくりは生まれの高貴さと詰め込まれた教養のために雲の上の存在のように美しい。
今日は公務のないために、細身の身体につけているのは軽い召し物だった。
それでも金糸の縫い取りに煩雑な模様のついたレースをあしらったワンピースドレスは、庶民には逆立ちしたって届かない代物だったが。
女は円卓から立ち上がり、窓に手をのばした。
【イリス】と名づけた白い大ハトが、ずしりと彼女の細腕に停まる。
鳥の肢には書簡がくくりつけられていた。
だいぶとまえに旅立った妹に、城内の近況を認めたのだが、それに対する返信だろう。
郵便屋を使えばいいのにと思いながらヒモをほどき、女は丸めただけの手紙をあける。
『姉上へ』
と、そこには宛名のかわりに続き柄が記されていた。
コンコン。
ドアがノックされる。
「アテナ」
「お兄さま」
ひかえめに開けられたドアに、女――アテナは、声をあげた。
手にした手紙にもどかしそうに視線をやりながら、
「どうしました」
「いや、父上を見ていないかなって」
アテナと同じプラチナの髪をもつ青年が、きょろりと彼女の私室をながめる。
いるわけがない、というのは分かっているのだが。
彼はアテナよりひとつ上の十八才の兄だった。
短く切った色の薄い髪に、線の細い顔立ちは美形と称するものだが、女系家族の長男のためか目元には柔弱――軟弱な気色がある。
銀の縁取りに黒地を入れたシャツ。
ベルトには細かい彫物を入れた短剣を佩いて、残暑があるというのに毛皮のロングパンツとブーツを着けている。
それだけでも目を引く衣装ではあったが、ここに正当な王位継承者のみ着用が許される家紋入りのマントをまとえば、いかにも絵本からとび出してきた王子様であっただろう。
彼は青い目を丸くする。
「それは?」
細い顎でアテナの手にあるものを示す。
「フローラからです。もうすぐ王都に着くって」
「そっか、迎えでも出そうか?」
「そういうマネはやめてほしいってことも書いてあるわね、マルス兄さま」
そわそわと提案する兄に半眼をやって、アテナは手紙をはじいた。
兄――マルスは、宙をすべる文書をあわてて受け取り、短い内容に目を這わせる。
ほんとうに書いてあった。
「って、こっちも大事だけど――父上だよ父上。地方で起こってるトラブルで、相談したいことがあったんだけど……どこを探してもいないんだ」
「どこにも? 地下牢にも?」
「牢?」
「明日が処刑の日だから」
アテナはハッキリとした口調で告げた。
「処刑……ああ、あの男の子か」
マルスは顔を苦くする。
――およそ三週間前に人の世をおびやかしていた魔王が死んだ。
それは異世界から召喚された、ひとりの少年によってもたらされた吉報だった。
戦いの中で、片腕を失ってさえ悪の首領を討った、救国の英雄。
利き手の損失もさることながら、おそらく彼は、長い旅の中で多くの苦難を味わい、辛酸を舐めたのだろう。
大きな過ちを、みずから進んで犯してしまうほどに。
「父上も相当なやまれたそうですが……ことがことですから」
アテナはしかし事務的だった。
マルスはかぶりを振る。
「……くちじゃあ、ボクも父王には勝てないからな」
きびすを返して、マルスは妹の部屋を出ていった。
荘厳なカーペットと、名のある画工に献上させた風景画の廊下を歩いていく。
地下牢に足を進めようとして、マルスはやめた。
件の囚人の近くへ行く度胸が彼にはなかった。