第7話 アマリリスの幻灯機 改訂版
改訂しました。吸血鬼回であると共に温泉回です!
『 アマリリスの幻灯機』それは多数のレンズを持つ半球状の奇妙な魔工幻灯機。一夜に一つ、幻の物語を映し、観る者を幻惑するという。
持ち主は私の住むカムヤエ島に巣食うアンデッド達の女王『ロード・ウイジャ』。上位個体の吸血鬼だ。しかしどうもアマリリスの幻灯機が壊れてしまったらしく、海鈴堂に修理の依頼がきた。従業員としてまずは詳細の聞き取りをする為、私は島の西部、この間蛙オババのクエストで行った密林地帯に最深部にあるロード・ウイジャの居城『アマリリス城』へと向かった。のだが・・・
・・恐怖、それは根元的なモノ。生き物は恐らく『恐れ』覚えることで進化を始めたんじゃないだろうか? それから逃れる為に。故にその側にいる闇の住人達は絶えず私達を監視している。愚かしくも、原始的真理を忘れた者達をっ。見詰める虚ろな無意味な淀んだ瞳達。見られているのは私の手の指、耳、鎖骨、背骨、骨盤、膝、足の指、首筋っ! そう、正に、私は暗黒の坩堝の只中へと、
「ロミさん?」
鬱過ぎて立ち止まっていたからか、ガシャッと鎧を着た肩を掴まれた。
「ぎゃ~~~っ!!!」
私は跳び上がって驚き、軽量化特性は持たせてあるけど慣れない『ホビットの退魔鎧+1』を着込んでいるせいで着地に失敗してすっ転んだ。
「痛たたっ」
この転倒と痛がりぶりをゲヘへっ、フヒヒっ、プシシシっ! と大ウケする周囲の闇の者達っ!!
「笑うなぁっ! 祓うぞっ?! 色々持ってきてんだかんねっ!!」
起き上がった私は兜のフェイスガードを上げつつ、ずっと纏めて持ってる『聖なるアンク』『霊木の灰』『星のタクト』『ミツネ特性光属性花火爆弾』等の魔法道具を見せ付け威嚇したが、闇の者達は余計にウケるばかりだった。くっそぉ・・・。
「客が珍しいからからかってるだけですから、無視して下さい。お前達もいい加減にするようにっ!」
執事長のヒムロが周囲の闇の者達を一喝したお陰で、どんどん近付いてきていた闇の者達はまた距離を取ってくれた。ふぅ~っ・・・。
この年中青す薄暗く発光するアマリリスの花に覆われた城は本当に魔物だらけだよっ! ロード・ウイジャ自体レベルは28もあって、いつか何もできずに気絶させられた悪魔スワンプ・シーカーより凶悪だっ。無理っ!!
師匠とノウジャは旧知らしいけど、だったら自分で来てくれたらいいのにっ。昔、私が3級錬成師だった頃は「アマリリス城関連のクエストはまだ早い。関わらないように」た注意されたけど、とうとうこんな日が来てしまったよっ。
「主の『寝所』はもうすぐですから」
高齢のワーウルフのヒムロは丁寧に言ってくれても目の奥が笑ってないしっ。『簡易鑑定拒否』の特性持ちらしくてレベルもよくわかんないし、アンデッドと吸血系モンスターと獣人とその他魔法生物何かが主体の魔物だらけの城をずっと案内してくれてるけど気が気じゃないっ。
大体訪ねてきて最初に案内されるのが『寝所』ってそこがまず怖いっ。
「この階段の先です。壁には触れないで下さい」
どこまでも続くかのような曲がりくねった階段に案内された。いつの間にか周囲で蠢いていた魔物達の姿も無くなっている。長い階段。エアボードで「ヤッホーっ」と走り抜けたいところだけど、そんなノリの状況じゃなかった。
「えっと、壁に触ったらどうなるんですか?」
「所々即死トラップが仕掛けてあります」
『即死』なんだ。
「気を付けます・・」
私は絶対壁には触れない覚悟で1段1段、階段を昇りだした。ヒムロが持ってる陰火のランプと、階段の距離と暗さに対して全然足りないやはり陰火の燭台だけが頼りだ。まだ昼間なのにこの闇の深さっ! 照明魔法のポーラを使いたいが、師匠に城の魔物達を刺激するから控えるような言われていた。
「・・・」
「・・・」
無言でヒムロの後に続いて昇ってゆく。制服の上に無理矢理鎧を着てるけど、靴は普段通りのローファーでそのコツコツ、という靴音と、ヒムロのゴツい安全靴みたいな紐革靴ゴッゴッという靴音が響く、厳密には私の鎧がガシャガシャしているし、ヒムロのランプの金具の擦れる音や、遠くで響く魔物達の声や叫びも響いていたけど、耳の残るのはコツコツ、ゴッゴッ・・靴音ばかりだった。
単調な音を聴いていると悪夢の中にいる様で、しまいに本当に眠くなってきて、一瞬フラついて壁に手を突きそうになって慌てて引っ込めたりもした。危なっ。
「・・ロード・ウイジャ様って女性ですよね?」
眠くなるくらいなら積極的に話し掛けてみよう。
「はい、生物学的には」
生物学的てっ。
「どんな方ですか?」
師匠からは『会えばわかる』としか聞かされていない。
「そうですね・・『見た目は子供、中身も子供』ですかね?」
「?? それ、普通に子供じゃないですか??」
「ふふ・・ですね。・・この先です。私はここで控えていますので」
永遠に終わらないかの様な階段だったけど、不意に階段の先に行き止まりが見えた所でヒムロは立ち止まり、階段の端に控えて畏まる姿勢を取った。ん??
「扉まで遠くないですか??」
「主は最近御機嫌斜め、でございましてこれ以上お側に近寄れません」
わぁ、めんどくさそう!
「そうですか。案内ありがとうございました」
「いえ・・ロミさん」
「はい?」
扉に向かおうとしたら柔らかい口調に反した鋭い目で呼び止められた。
「持たれている物はポーチに御仕舞い下さい。主は気難しいところもありますので」
「そうですねっ! 仕舞いまーすっ」
私は慌てて手に抱えていた魔法道具をポーチにしまった。ただ光属性の星のタクトは腰の後ろのマグネットタクトとは別の予備の鞘に素早く差し直した。ヒムロが気付いていないワケはなかったけど、何も言わないので私も知らん顔することにした。
「じゃ、行ってきま~す」
自分でも何の笑顔がよくわからない愛想笑いをヒムロにしてから、私は階段の先の扉へと急いだ。もう歩きっぱなし、昇りっぱなしで足がパンパンになってきてる。
寝所、の扉はアマリリスの紋様で、強い魔力は感じたが、閉ざされている感覚はなかった。
「よしっ、行くか」
私は勢いよく扉を開けた!
「え~っ・・・」
そこは寝所というよりホールだった。陰火の灯りが幾つも灯されていた。うっかりすると遺跡かと思う程古い作りでかなり広い。蹴球スポーツや楕円形の球を使うマッチョな方の蹴球スポーツもできそうだ。床が石だけど・・。ただ、私が呆然としたのはそこじゃない。寝所の宙を見上げていた。
蝙蝠、いや蝙蝠型の霊体使い魔の大群が、紫の雲の様になって天蓋付きのベッドを浮かせていた。天蓋から垂れたカーテンは何重にもなったオーガンジーで、その向こうに小さな人影は見えたがカーテンは閉ざされていた。
「・・これかな? いやしかしこのドレスも捨て難い。このウイジャの美貌と威厳をゼイルッフの弟子に見せ付けてくれる! ふふっ、あ、このティアラもつけよっかな?」
何かベッドから小さな女の子の声が聴こえる。
「あの・・ロード・ウイジャ様?」
「っ?! 何? もう来たのか?! くっ、衣装選びに熱中し過ぎたかっ。おのれヒムロめっ、報せなかったなっ! ちょっと叱責しただけで主に向かってこの仕打ちっ! ぐぅっ」
「ウイジャ様?」
「ちょっ、ちょっと待てぃ! ええいっ、このマントだけでもっ。あ、ティアラもっ。これでいいか・・」
軽く咳払いなんかもしつつ、ロード・ウイジャはベッドから裸足の両足を投げ出して座り、天蓋のカーテンをたぶん念力で開けた。そこには人間なら十代前半、いや仕草の子供っぽさからしたら10歳くらいの容姿だった。古風なデザインのネグリジェの上に襟の立ったマントを羽織り、ちょっとサイズの大きいティアラを頭に乗せていた。ガラス細工の様な繊細の顔と手足で顔色も悪いけど、目付きと表情と挙動はやたら元気一杯な様子だった。
「あ、可愛い」
思わず口に出してしまった。
「ん? あっ! しまったっ。変化してないっっ。ちょっと待てっ」
ロード・ウイジャは慌てて天蓋のカーテンを慌ててしめた。
「変化っ!」
カーテンの向こうでボフンっ、と煙が上がり、カーテン越しの人影のサイズが子供から大人に変わった。
「ふっふっふっ・・」
再びカーテンが開くと格好はさっきと変わらないが、人間なら30代半ばくらいの妖艶な美女が余裕の表で現れた!
「海鈴堂のロミだなっ?! 我が名はロード・ウイジャ! このカムヤエ島がアンデッドの王にして完全完熟の大人女子であるっっっ!!!!」
声色も大人に変え、凄い決め決めのポーズで見下ろしてきた!! よくこの流れで平然と仕切り直せたね?!
「あ~・・・・はいっ。海鈴堂2級錬成師のロミです! 我が師、ゼイルッフの使いで参りました」
私はフェイスガードを上げて食礼と同じ、右手で左胸を覆う仕草に左手を腰から少し離して少し開き、右足を少し前に出して頭を下げて目を閉じる島の正式な礼をした。下げた拍子に兜のフェイスガードが下がってしまったが、礼の姿勢のままでは直せないっ。ぐっ、私まで変なテンションに飲まれたっ。
「うむっ。面を上げよっ!」
「はい」
頭を上げつつ素早くフェイスガードを上げると、
「あの、アマリリスの幻灯機の修理の御依頼、ということで、詳細を御伺いしたいのですが・・」
おずおずと聞く。今回は師匠は私に『ラッキーコイン』を持たせなかった。城の魔物達は怖かったけど、ロード・ウイジャ当人はそんな危険な相手ではない、はずっ。さっき可愛いかったし!
「うむ、実はノウジャ『達』の墓所に我がおっと夫『ムイラー』と共に埋葬したアマリリスの幻灯機が壊れてしまったようだ。回収して修理をしてくれ」
「夫・・、え? 回収??」
見た目に反し、結婚していたことにも驚かされたけど、依頼の幻灯機、墓から回収するとこからやらなきゃなの??
「ふん? ノウジャが『未亡人』であることに驚いたか? ふふっ、『石の子供』であるお前はこの島の事は何でもお見通しではないのか? ふふふっ!」
「いやっ、それは昔の事ですし、どこでも見通せたワケではないので・・っ」
回収の手間について考えているところに急に昔の話をぶっ込まれて益々大汗をかかされた。
「まぁ、いい。とにかく頼んだ。無理は話でもあるまい?」
いや結構大変そうですよ?!
「これは報酬だ。掛かる費用も全て賄うといい」
ノウジャは蝙蝠の霊体群の一部を私の側に差し向け、その中から宝飾品の詰まった袋を渡してきた。ズシリと重いっ。口の開いた所らから覗いた限りでも600万ゼムは越えるんじゃないの?? 100ゼムで美味しいちょっといい食パンが1斤買えるんだよ?!
「詳しい話はヒムロから聞くとよい。ノウジャはもう眠いので寝る・・」
アマリリス城の主、ノウジャは唐突に牙のある口で大あくびをするとベッドに倒れ込み、カーテンも閉ざし、またボフンと煙を出すと小さな子供の人影だけ見せて寝入ってしまったようだった。
「う~・・承りました」
辛うじてそう応えた私だった。
アマリリス城の敷地内にあるらしい魔物とトラップだらけの『墓所』から私1人ですぐに回収するのはまず無理だし、回収してもかなり高度で特殊なアマリリスな幻灯機はそう簡単に修理できない。私はヒムロから詳細を聞いたりしてから移送魔法バダーンで一旦海鈴堂に引き返した。
それから私はまず『どれ程アマリリス城が怖かったか、ヤバかったか、そもそも私1人であんな所に行かせるのは何らかのハラスメントではないか?』等々を師匠とモリシとネリィさんにしっかり訴えた後、依頼内容を話し相談した。
協議の結果、人手が足りないが予算はあるのでゼンマイ一味とヌチ子さん、それからミツネにも協力を要請することになった。特に期限のある依頼じゃなかったけど、あまり待たせると師匠の話では場当たり的な思考のウイジャが『自分で強引にどうにかしようとして事態を余計に悪化させる』リスクが高まるらしい。ヒムロからも「期限はありませんが、なるべく急がれた方がよいですよ?」と何となく圧を掛けられていたし・・。
というワケでその日の夕方、海鈴堂のダイニングには私、師匠、モリシ、ヌチ子さん、カラエモンの5人が集まっていた。ミツネとは水晶通信で話が済んでいた。悪霊倒す君の派遣と回収後の魔工幻灯機の修理に協力してくれることになった。ただ腰まで髪を伸ばしていたはずのミツネが通信画面でボブカットになっているのには驚かされた。『花粉対策』だって。ボブもいいけどやっぱミツネはロングの方が私は好きだったなぁ。
「墓所荒シノ方ハ拙者達ニ任セロ」
「『荒し』じゃなくて依頼品の回収ね」
ネリィさんが多めに作っておいてくれたパエリアをモリモリ食べながら様子のおかしいことを言うカラエモンを軽く嗜めておいた。というかカラクリ兵って普通の食べ物食べられるんだ。
「もりし! オカワリッ」
「僕は給仕じゃないよ?」
「オ前ハべいびー怪盗団序列最下位ダッ!」
「い、今、怪盗団関係無いよ?!」
「盗賊ハ人生ッ! オカワリッ」
「・・ったく、何で僕が」
「ハニワゴーレム達を再起動させようか?」
「いいですよゼイルッフさん。やりますからっ」
ムッとしながらもパエリアをよそうモリシ。
「その吸血鬼と夫? の故郷の方の素材集めと聞き込みは私とロミちゃんが担当でいいよね?」
現役アイドルだからか、戦う時はレスラースタイルなのに意外と少食なヌチ子さんはさっきからサラダばかり食べていた。島では手に入らない素材がいくつかあったのと、魔工幻灯機を修理するにはウイジャとその夫について、もう少し知る必要があった。おそらく破損欠落の多い『毎夜1つの物語を映す』特性の再現には取材も必須だった。
師匠は島のアンデッドの主としてのウイジャについてはよく知っていても個人的なことまではあまり関知していなかったから。師匠はそういうとこドライだよねっ。
「芸能の仕事のスケジュール大丈夫ですか? できれば明日から出立したいんですけど」
「ぬち子ノすけじゅーるハすっかすかダカラ問題ナイゾッ?!」
「スカスカじゃないっ。でもたまたま、偶然っ! オフが数日あるから問題ないよ」
「義賊ノ真似事ヲシテイルカラ金欠デモアルラシイゾ? カッカッカッ」
モリシによそってもらったパエリアをムシャムシャ食べながら意地悪く笑うカラエモン。ほんと反面教師だわ。私も気を付けよ・・。
「コイツっ、とにかくっ! 私のスケジュールは気にしないでっ」
「わかりました。ありがとうございます。じゃあ店と島で手に入る素材はモリシと師匠でお願いします」
「想定される素材は任せておくれ。かつてそのアマリリスの幻灯機を造った魔工師のレシピが協会にあるはずだから確認もしてみよう。実際直す段ではミツネ君にも協力してもらうが、合わせて借りる倒す君にはカラエモン君達に同伴してもらおう」
「ウン? 拙者達ダケデ問題ナイゾ?」
「昔、全く別件で件のアマリリス城の墓所に入ったことがあったが酷い物だった。今は去年の地震の影響でより混沌としているはずだ。詳細なマップがあっても油断は禁物だよ?」
「フン・・雪姫ノごーれむノ力ヲ借リルノハ癪ニ障ルガマァイイダロウ」
「偉そうにポンコツがっ」
さっきのやり取りが引っ掛かってたヌチ子さんが毒を吐いた。
「ッ! ど底辺あいどるガ何カ言ッタカ?」
「はぁ~?」
「オオゥッ??」
カラエモンとヌチ子さんが睨み合いを始めたっ。
「モリシウォード君、島で採集できそうな物は買わずに取りに行ってくれないか? 2級錬成師の再講習にはフィールドワークや実戦もあるしね」
「あ~、はい、やってみます」
「うん、一応ラッキーコインを2枚持ってゆきなさい」
「出たっ! 師匠のモリシ贔屓っ」
「いやそういうワケでは」
「リスク対策だよ? ロミぃ?」
「調子に乗ってるしっ」
「・・ドウヤラべいびー怪盗団デドッチノ序列ガ上カハッキリサセル時ガ来タヨウダナ」
「上等だよっ! グループの序列争いで負けるワケにはゆかないわ・・っ」
等と軽く揉めつつ、このクエストの基本方針は固まった。
翌日の早朝、今回ばかりは資金豊富な私達は島全体で5ヶ所しかない基点から基点までテレポートできるが料金の高い『転送門』を使い、島から比較的近い大陸の国、ウラ国のユシャという街まで跳んだ。
ユシャは最初に目指す吸血鬼ウイジャの出身地だというエデ郷から程近い回り灯籠を特産品とした街らしい。
「あっ、やっぱ大陸の街は匂いが違うね」
「そうですね。潮の匂いがしない」
私達は転送門のある『異邦人の館』から出てまだ朝靄の掛かった知らない街に少し興奮していた。
私はいつもの店の制服だったけど、ここでは変装する必要のないヌチ子さんはスウェットシャツにチノパン、ウォーキングシューズといった簡単な格好をしていた。ただ美人な顔が悪目立ちしない様に伊達眼鏡は掛けていたけど。
「海の属性アクセサリー持ってる?」
「持ってますっ」
私は首から提げた『桜貝の護り+1』をスタンドフリルシャツの襟から引っ張り出して見せた。今の私の種族、パタヤ族は『海』の属性から離れた土地では体調を崩し易い。桜貝の護りは安くて効果が手堅いパタヤ族的に定番の遠征用海属性アクセサリーだった。
ヌチ子さんも海魔人のハーフだけど淡水系だからなんてことなかった。
「よしっ、じゃあ吸血鬼の故郷とやらに飛ぶ前にここでの用事済ませちゃおう」
「はい、私は紹介状もらってきますね」
「じゃ、私は冒険者協会で聞き込みしてくるね。何か買っとくもんある?」
「そうでね・・じゃあ聖水+1くらいのを5つくらい」
「了解っ。7時30分に3番のバダーンの発着駅で落ち合おう」
「はい」
私達は異邦人の館前で一旦別れ、私は異邦人の館でタダで貰える簡易な街のマップを頼りに師匠から連絡がいっているはずの回し灯籠の専門店『ムトウダ灯籠店』に向かった。
「・・あった! ムトウダっ」
老舗の佇まいなムトウダ灯籠店は出入口はまだ朝早過ぎて閉まっていたけど路地に面した作業口は開けっ放しになって明かりが漏れていた。
海鈴堂は年に1度程度だけどこの店に魔法素材を郵送で納めていた。ここでエデ郷の幻灯機商会に持っていく紹介状を貰わなければならないんだ。私達がエデ郷で買わなければならない幻灯機のパーツは高価でいきなり飛び込みで行って早々売ってもらえる物じゃなかった。
「ごめん下さい。海鈴堂の者です。いらっしゃいますか?」
作業口から中に入ると作りかけの物を含め、多数の回し灯籠が置いてあった。最近の流行りか? アロマの香りもした。普通の回し灯籠は蝋燭の熱と光だけで機能するが、ここで取り扱っているのはより高価な魔力の込められた素材で作られていて、火を灯せば見る物を幻惑させる。
いくつか試作かデモ用の回し灯籠に火が灯っていて、その周囲で幻の動物達が戯れたり、竜が火を吹いたり、美女が煙管で煙草の煙を吹いたりしていた。
「はいはい、いるよ。ほんとに早朝に来たね」
店の奥から作業用のエプロンを付けた初老のホビットが出てきた。この人が店主のムトウダさんに違いない。
「朝早くすいません。海鈴堂のロミと申します」
「君がねっ、へえ・・・」
珍しそうに私を見るたぶんムトウダさん。
「長く石の中で眠っていたんだって?」
ウイジャに続いて普通の人からいきなり『石の中時代』の話を振られて少なからず動揺したけど、初対面でも事情を少し知ってる魔法関係業者に昨日のことの様に話を聞かれること自体はたまにある。
「ええ、まぁ、40年程・・あの、紹介状の方を」
「ああっ、そうだったねっ。時間ないんだってね。これこれ」
たぶんムトウダさんはエプロンのポケットからわざわざ油紙で包んでくれていた紹介状を渡してくれた。
「ありがとうございます。あの、これ、店の方から、島の銘菓のココナッツジンジャークッキーです」
ウワバミポーチからすかさず手土産を渡す私。実は『素早く話を切り上げて立ち去る』前振りだっ!
「おっ、悪いね。ゼイルッフさんによろしくね」
「はい、また御贔屓に! それでは」
ニッコリ笑って話を続ける隙を見せずに私はムトウダ灯籠店を後をした。よし、私の方のこの街でのミッションはコンプリート!
7時前にユシャの3番のバダーン発着駅に着いてしまい、手持ち無沙汰になった私は駅の売店でシナモンホットココアを買って、それを飲みながら地味に落ち込んでいた。
というのも本当は紹介状を貰うついでにムトウダさんからエデ郷やこの辺りでの吸血鬼ウイジャに関する噂話等を聞くつもりだったのに、昔の話をあれこれ聞かれるのが嫌過ぎてとっとと退散してしまったからだ。最近、錬成師としてはわりと上手くやれてるつもりだったけど、個人的なことになると相変わらずダメダメだ。どっか逃げ癖がある。
「モリシを冷やかせないよね・・」
思わず呟いた。ヌチ子さんが駅に来たのは7時20分頃だった。
朝早過ぎて話を聞ける人は少なく、資料室を見る時間も足りなかったが、ユシャの冒険者協会で得られた情報によると、吸血鬼ウイジャがアンデッドに『裏返った』のは150年程前。上位の吸血鬼としては若い方だ。ただ人間だった頃に暮らしたエデ郷で吸血鬼化した訳でもないらしい。
「そして、ウイジャの生家の氏族はとっくに滅びている。どうも毒鉱石の開発に手を出して、氏族全員血液の病気になって亡くなったらしい。戸籍上はウイジャ自身も『既に亡くなってる』そうだ・・」
「何ですかそれぇ?? 私、昨日、会いましたよ?!」
怖っ。とにかく、私達はこれ以上ユシャにいてられるスケジュールで動いていなかったから、集めた補修に必要そうな資料をポーチ突っ込んで、ユシャの発着駅からエデ郷の発着駅へとバダーンの魔法で飛んだ。
安定感のある駅から駅への移送とはいえ初めて飛ぶルートだったから安定化強化の『燕の宝珠』と魔物避けの『飛龍の護り』を使用していた。今回、お金があるんですっ!
「おっ? ここは土っぽい匂いがする」
「そですね。『郷』って感じですね」
雑な感想を言い合う私達。ここエデ郷は魔工幻灯機が特産の田舎街。ただ午前8時前にもなると、街中に人もそれなりに多く、普段どんな暮らしなのかよく見て取れた。ここは人間が一番多数派で次いで犬系の獣人とドワーフ族が多い街のようだった。
「じゃ、私はまた地元の冒険者協会行ってくるよ。9時半にエド郷の役場の前で落ち合おう」
「はい。役場の聞き込み終わったらちょっと何か食べませんか? 朝早かったからお腹すいちゃって」
「いいね! 何か地元っぽい物食べよう!」
「はい」
私達はまた、今度はバダーンの発着駅前で別れた。エド郷の発着駅にも郷の無料のマップは置いてあったけど、かなり簡略化された観光マップで、わかり難かったから売店でちゃんとしたヤツを買い直すことにした。でもって、その観光マップには『魔工幻灯機と吸血鬼の街っ!! スリルとロマンスの街 エド郷にようこそ!』とキャッチコメントが大きく書いてあって、何だかな、って感じだった。
「結構大きい建物」
エド郷はユシャより田舎だったけど、幻灯機商会の本部は3階建てだった。儲かってるのかな? カムヤエ島は台風が強烈な南国だから低い建物が多くて、どってことない3階建てを見るだけでもちょっとインパクトを感じてしまう。
「朝早くすいません、海鈴堂の」
「あっ! ムトウダさんから聞いてますよ」
受付に行くとブルドック系ワードッグの中年の男性が対応してくれた。
「大口のお客さんですね? Aクラスの彩竜石レンズを1セット購入されるんですね?! 凄いなぁ。今、商会長に取り次ぎますね。商会長何て今日5時に起きちゃって、ウキウキでしたよ?」
「あの、紹介状は・・」
「あっ! それそれっ。忘れて案内するとこだった。テヘへっ」
ワードッグのおじさんは舌を出して『テヘペロ』な顔をして見せた。幻灯機商会のセキュリティ大丈夫??
何はともあれ、私はその後すぐに実際ウキウキした感じだった商会長さんから150万ゼムで彩竜石レンズを購入した。私とヌチ子さんのチームが取って来なくちゃならないお金で買う素材はこれだけ。今回のクエスト、出て行くお金も激しいね・・。
「お~いっ」
9時10分頃に役場に行くと、既にヌチ子さんが来ていた。私も商会で少しは話を聞けたから私達はそれぞれ仕入れた話を確認し合い、その後役場の資料課でもあれこれ11時くらいまで調べ物をした。
結果、新たにわかった情報は、ウイジャの生家はカクナー氏という魔工幻灯機で財を成した商家貴族。ただ、当時魔工幻灯機業自体がこの地域で競争過多になってしまい、商売が傾き、そこで一発逆転を狙って禁断の素材で、力は強いが猛毒の『毒光緑石』を用いた開発に手を出し・・後はユシャで調べた通りの結末となった。ただ、ウイジャ当人に関する情報もあった。
幼くして血液の病に犯されたウイジャは血の魔術を研究していた死人使いネクロマンサーの一族の技を頼り、現在のウイジャの夫? ムイラーの出身地と思われるゾウナン郷へと、生き残った僅かな親族と共に旅立って行ったらしい。
「何か、悪い方悪い方に選択している気がするね。ウイジャの一族・・」
役場の近くにあるレストランで名物料理の『鹿肉のパスタの包み焼き』のハーフサイズを食べながらげんなり呟くヌチ子さん。私も同じ料理のフルサイズを食べていた。美味しいことは美味しいけど何でパスタを包み焼きにする必要があるのかは謎だっ。
「毒光緑石は1級錬成師でも使いこなすのが難しい素材ですからね。でも中毒症を起こしても適切な処置を受ければ・・何でネクロマンサー何かに頼っちゃうかな?」
「大体、150年前でしょ? 当時はまだそんな平和じゃなかったろうし、身分制度も厳しかったはず。1度没落した商家貴族何て酷いモノだったんじゃない?」
「かもしれませんね・・」
ほんの半世紀前でも今より身分制度は厳しかった気がする。まぁ地域にもよるんだろうけど・・。一度墜ちた人々は選べる道が少な過ぎる。たぶん『良いことにはならない』とわかっていながら、エダ郷からゾウナン郷へと向かった幼いまだ人間だったウイジャの旅路を思うと胃と心臓がギュッと締め付けられるようだった。私はたまたま運が良かった。
食事の後で、私達はエダ郷の外れの立ち入り禁止のカクナー氏邸跡へ向かった。ここで『ウイジャに縁のある素材』を回収する必要があった。
「・・凄いですね」
そこは一面アマリリスの花園になっていた。アマリリス城にあった負の魔力を持つ青いアマリリスではなかったが、年中ここで咲き乱れているらしい。
「カクナー氏の家紋がアマリリスだったらしいね。まぁでも、さすがに150年経つと何も残ってないか・・」
「ルッカー」
私は魔力探知魔法を花園に掛けてみた。花園全体にうっすら反応があった。
「たぶんここのアマリリスは全てアマリリス城のアマリリスと繋がっています。あの城が安泰な限り、この花園も不滅でしょう」
「エダ郷の連中はこここそ観光スポットになりそうなモノなのに立ち入り禁止しているんだね。やっぱ毒鉱石を気にしてんのかな?」
「処分済みで、何度も浄化作業もされたんでしょうけど、風評被害を嫌ってるんでしょう。そのわりには吸血鬼ネタを観光材料にしてたけど」
「う~ん、縁のある素材、どうする? 花しかないよ」
「じぁあ、花で。ユリック」
私はマグネットタクトに念力魔法を上乗せして、花園から色取り取りのアマリリスを両手で抱えるくらい、ごっそりと刈り取った。ウワバミポーチな冷温スペースに仕舞えば島に持ち帰るまで十分持つと思う。この素材でダメならお手上げだ。
私は刈った場所のケアをしようと、タクトでポーチからポーションを1瓶取り出した。が、私が瓶の蓋を開ける前に刈ったアマリリスの茎から血の様な赤い液体が溢れ、あっという間に花が再生し、ゾッとさせられた。この地にウイジャの無念は確かに残っているようだ・・。
何だか疲れてしまった私達だったけど、旅はまだ終われない。ゾウナン郷での聞き込みと、ウイジャの夫となった?『ムイラーに縁のある素材』の回収も済ませなくてはならなかった。
エダ郷の発着駅から途中に街を1つ、村を2つ中継して、夕方にようやくゾウナン郷にたどり着いた。
「聞き込みと素材集めは明日にしよう。何度もバダーンで飛んだから気持ち悪くなってきたわ」
「私もです・・」
取り敢えず宿を取ることになった。
死人使い、ネクロマンサーの氏族がかつて支配し周囲に恐れられ、この地全体の盟主であるウラ王国でも容易には手出しできなかったというゾウナン郷も今はただの温泉町だった。
「ぷはーっ! 生き返るわっ」
あまり客のいない温泉の縁にもたれてリラックスするヌチ子さん。丸出しなんですけど・・。
「素材集める傍ら、色々調べてきましたけど、段々『夫』だっていう人物と繋がってきましたね。思うんですけど」
「ロミちゃん、仕事の話は後にしようっ! 今は温泉と向き合いたいっ」
「そですか・・」
私は色々自分を解放しているヌチ子さんから付かず離れずくらいの距離を保っていた。敬語で話すくらいの付き合いだけど、全く知らない人でもない。それがこの距離感っ! 勿論、タオルで要所はカバーしていた。ただ、仕事トークをしないにしても気まずくしているのもなんだな。
「・・ヌチ子さんは、この間の刑事官の人、どうなんですか?」
「大雑把な聞き方するなぁ。・・まぁ、人参みたいなもんよ」
「っ?! 人参?? え? ・・・あっ、エッチな話ですか? 私ちょっとそういうのは」
「いやいやいやっ! ちょっと何言ってんのこの子はっ!」
むしろヌチ子さんの方が赤面した。
「違うよっ! ほら、例えで、馬を走らせる為に目の前に人参ぶら提げるって言うでしょ?!」
「あっ、そっちですか」
「どっちだと思ってたの?!」
「セクハラですか?」
「私が言ったみたいにされたっ! 怖いわぁ・・」
ヌチ子さんは1回、頭の上に乗せたタオルで額の汗を拭った。
「まぁ、頑張れる。って、勝手に私が思ってるだけよ」
「煌めき渚シスターズは恋愛禁止ですよね?」
「哲学的な質問だね。深いねぇ・・」
「今、はぐらかしましたね。というか、殆んど皆、ルール守ってませんよね?」
「グイグイくるねっ! よしっ、仕事な話をしようか。まずムイラーは・・」
「ムイラーとか今、聞いてませんよ? 答えて下さい。恋愛禁止ルールは」
「だぁっ! あんた自分が勝てる話題を逃さないタイプだねっ。やめてっ、ヌチ子のHPは0よっ!!」
暫く問い詰めたが結局はぐらかされてしまった。
翌朝、規模の小さいゾウナン郷には冒険者協会の支部が無かったのでヌチ子さん郷の警備署に聞き込みに行き、私は昨日の内にアポイントメントだけは取っておいた郷の魔法業者の組合事務所に向かった。
「ネクロマンサーのムイラー? ちょっとわからないなぁ。ただ、吸血鬼ウイジャなら記録があるよ?」
朝早くから起きてくれた。ロップイヤー系ワーラビットの組合学芸員の女性は資料をどっさり出してくれた。
「これは当時の転写図を更に何度か複写した物なんだけど・・」
学芸員が示してくれたのは古風な患者服を着た痩せ細ったどことなく顔立ちの似た十数名の人間達の転写図だった。その中に、ウイジャらしい少女がいた。酷く痩せて、暗い目をしていた。
「当時、この地で権勢を誇ったネクロマンサー氏族のモノデ氏を頼ってこの郷に移住してきたカクナー氏の人々だよ。毒鉱石の鉱毒に犯されていて、あの毒って感染するから、頼ったモノデ氏にも相手にされずに郷の外れに隔離されていたらしいよ」
「でも患者服は着てますよね?」
「モノデ氏の何かの実験に協力したって話もあるんだ。まぁ詳しい記録は無いんだけど。移住して1月と経たずに全員死んだらしいし」
「全員死んだ?」
「そう、この子、ウイジャ・カクナーも含めてね」
学芸員は数枚のウイジャの古ぼけた転写図を見ながら顔をしかめた。
この郷でも役場の前で警備署から引き上げてきたヌチ子さんと合流し、役場でも調べ物を済まし、私達は全部ポーチから出すと山積みになる複写したりメモったり、転写資料を整理した。転写機で撮った物はまだ現像できてない。
「まず、人間だったウイジャ・カクナーは1度死んで生き返ってる、というか吸血鬼化している。あ、このリゾット。う~ん、何だ、苦酸っぱい・・」
浜辺で産卵する海亀みたいな顔をするヌチ子さん。ゾウナン郷の名物料理は薬膳リゾットで、手近なダイナーで2人とも注文したんだけど、これが中々強烈だった。
「はっきりとした記録はありませんが、モノデ氏は中位以上の吸血鬼へのクラスチェンジに必要な媒介素材『血の聖杯』を造ろうとしていたんだと思います。どうも長年ウラ王国と対立していたことも関係あったようですね」
「でもそれって簡単に作れる物? 吸血鬼なんて下位個体でもあんまいないよね??」
「血の聖杯は本来聖なる物の慟哭によってのみ精製される特殊な魔法道具です。狙って精製するのは難しいじゃないですか? 結果的にウイジャに対して仕様された物は成功したようですけど、たぶん偶発的な事だったと思います。んんっ、このリゾットっ。私もハーフサイズにしておけばよかった・・」
「毒鉱石に犯されているから、一族揃って郷の近くの底無し沼に遺体を棄てられて、その数日後にウイジャだけが吸血鬼化に成功し復活。そのままただ逃げた、という話とモノデ氏の追手と交戦してゾウナン郷を荒らして逃げた、という話の2通りの伝承があるけど、どっちにしろ長居せずにこの地を去った様ね」
「はい。でも、問題は『夫』のムイラーで、どこにも記録無いですよね? ゾウナン郷出身って執事長のヒムロさんは言ってたんだけど・・」
「モノデ氏自体が140年程前にウラ国の討伐隊に滅ぼされちゃったみたいだしね。お陰でいい感じの温泉街になってるけどさ」
ダイナーの窓から通りを見るヌチ子さん。観光客も多いけど、郷の住人は人間半分、ワーラビット半分といったところ。皆、のんびりしてる。平和だ。凄惨な過去等無かったみたいな光景だった。
「後はモノデ氏の居城跡だけですね。許可は取ったし、最後の素材採集、1発決めましょうっ!」
「よしっ! ・・でもまずこのリゾット片付けよう。もったいないし」
「・・はい。身体にはよさそうですしね。身体には」
私達はもそもそと時間を掛けて薬膳リゾットを平らげ、ネクロマンサー氏族、モノデ氏居城跡に向かった。
「・・『危機感知』感じる?」
「奥から、ビクビクッときますねっ」
ゾウナン郷から少し離れたやっぱり立ち入り禁止の居城跡は瓦礫が散らばった荒れ野だったが、カクナー邸跡と違い、わかり易く邪気に満ちていた。ここが立ち入り禁止なのはシンプルに『危険』だからだった。死人使い達が滅びた地だから、そう簡単に浄化されないんだろう。
「まだ全然昼だし、いけるっ! コス変えるね」
ヌチ子さんは両腕の『ステータスセーブアクセサリー』と『トレードチェンジアクセサリー』を使って闘気を解放し、コスチュームをレスラースタイルに変えた!
「私も鎧着ます」
私はポーチからホビットの退魔鎧+1を取り出し、ガシャガシャ着込んだ。右手に星のタクト、左手にマグネットタクトも持った!
「・・それ、動き難くない?」
「防御重視ですっ! 防振りですっ」
「まぁ、いいけど。聖水被っとこう」
「リバーのロールとゴーノも掛けときましょう」
私達はユシャ購入した聖水+1を2本使って闇耐性を上げ、精神耐性魔法リバーのロールと簡易物理耐性魔法のゴーノの魔法も重ねて掛けた。
「良さそうな素材があったらとっとと回収してズラかろうっ!」
「ですねっ。ここはベイビー怪盗団スタイルでゆきましょうっ!」
私達は勢い込んで、モノデ氏居城跡を進んで行った。だが『縁のある素材』探しは難航した。
「・・基準がわからいなぁ」
「ムイラーさん自体謎だし。そこですねよね」
邪気に満ちた居城跡はどこもかしこも怪しかったけど決め手に欠けた。
「あっ、そうだ」
私はタクトでポーチからカクナー邸跡で回収したアマリリスの花を1輪を引っ張り出した。
「何すんの?」
「ルッカーの媒介にしてみます。ダメ元ですけど・・ルッカーっ!」
私はアマリリスの花を媒介に魔力探知魔法ルッカーを発動させたっ。するとアマリリスの花が光の粒子に砕け、廃墟の先へと道を示した!
「・・・こっちですっ」
私は駆けだし、ヌチ子さんも続いた。
「ここですね」
そこは一見すると湯殿の跡のようだったけど全てに赤黒い色素が定着していた。
「これは・・血か?」
「たぶんモノデ氏が何か、良くない『作業』をした跡だと思います。ここ・・っ?! ビクッときたっ! 来ますっ」
周囲に一気に負の魔力が集まりだし、空に暗雲が立ち込め、日の光を遮ったっ。周囲の廃墟の石の破片が巻き上げられて私達を襲ったが、ゴーノの魔法の効果に加え頑丈なヌチ子さんと、鎧に守られた私は無傷っ!
「・・アマリリスの臭い、忌々しい。あの出来損ない『ども』臭いっ!!」
邪気が集束し、血の湯殿跡の中空に血煙の集合体アンデッドモンスター『ペインガストスペクター』が出現した! 合わせて周囲の瓦礫が組み合わさって中型のグレイブゴーレムが7体出現した!
「凄い『悪』っぽいの出たんですけど?!」
「物理が利く相手は任せてっ!」
「ネロっ!」
ペインガススペクターは問答無用に暗黒ガス魔法を放ってきた。
「ドガラ!」
鱗状障壁魔法でこれを防ぎ、タクトでポーチからミツネ特性光属性花火爆弾を7つヌチ子さんにパスした。
「頼みます!」
「頼まれたっ!」
ヌチ子さんは纏めて数個ずつ花火爆弾を魔物達に投げ付けたっ。仰け反る魔物達! ネロの発動も止まった。
「チャーンスっ!」
私はドガラを解除し、タクトでポーチから霊木の灰、魔法石の欠片、雷甲虫の角、風の錬成符を引っ張り出した。
「錬成っ!」
魔法石を担保に、風の錬成符で烈風を起こして霊木の灰を巻き上げペインガススペクターを包み、雷甲虫の角で電撃を起こして灰の旋風に付与した。
「雷灰つむじっ!!」
清めの効果の灰を介した電撃が死霊を撃ち据えるっ!
「ンギギギギッ!!!」
吠える死霊っ、だが削りきれないっ。
「的が大きいねっ」
ヌチ子さんは花火爆弾で弱ったゴーレム達をドロップキックやラリアット、スープレックス等のプロレス技で次々倒していた。私に迫る個体も引き受けてくれてるっ、私も気張らないと!
「よしっ」
私は距離が近いので消耗する覚悟を決めてルーティンポーズ無しで『魔眼・正体看破』を使った! 醜い死の集合体の中に、一際醜く変質した死霊が1体いた。コイツが中枢っ。
「見えたっ!」
私はマグネットタクトでポーチから聖水+1を3本、投擲物に追尾特性を与える『魔弾の錬成符』を取り出し、右手の星のタクトを構え聖水をタクトの周囲を逆巻かせた。
「錬成っ!!」
星のタクトの光属性弾に聖水と魔弾の錬成符の力を付与した。
「流星の銛っ!!!」
輝く聖水の銛が正確にペインガススペクターの中枢個体を貫いたっ!
「ゴォアアアァーッ?!! 血の聖杯さえ、完成すれば国軍ごときに・・おのれ、主人を、裏切る、とは・・・っっ」
死霊は掻き消えていった。ペインガススペクターの消滅と共に雲がはれ、残りのグレイブゴーレム達も砕け散っていった。
「何とかなった感じ?」
「ええ、まぁ、なりましたね・・」
私は取り敢えず目薬を差した。これ以上詳しいことはわかりそうになかったのともう余力が無いので、気持ち悪いけど血の湯殿の石をいくつか回収し、私達は引き上げることにした。
たった1泊しただけなのに、海鈴堂に帰還すると10年ぶりに帰ったかのようだった! 仕事が早いゼンマイ一味は倒す君と共に壊れたアマリリスの幻灯機を回収していた。師匠とモリシも素材とレシピを回収済み。
「こちらでも、アマリリス城に出入りのある魔女等に聞き込みをしてみたが、そのムイラーというのは人間を素材としたフレッシュゴーレムようだったようだよ」
「フレッシュゴーレムっ?!」
「おそらく、モノデ氏の下僕だったんだろうが、何らかの経緯で実験台にされていたウイジャに肩入れして主を裏切ったんだろう。そして甦ったウイジャと共に逃げた。その後の島に来るまでの事は詳しくはわからないが、ゴーレムにしては耐久年数の短いフレッシュゴーレムの寿命が尽きるまで一緒にアマリリス城で暮らしていたんだろうね」
師匠はダイニングでコーヒーを啜った。もう夜だが、私、ヌチ子さん、何だかげっそりしたモリシ、カラエモン、そしてなぜかぶっ壊れて機能停止している倒す君がいた。倒す君っ! 修理してもらうからっ。
「どらまちっくナ経緯ノワリニハ墓所ハ放置気味デめちゃくちゃダッタゾ?」
さすがに疲れた様子のカラエモン。
「どうも、ムイラーはウイジャに噛まれて眷族になることを最後まで拒んだいたらしくてね。ウイジャは見た目通りの幼い気質だからヘソを曲げたんだろう」
「何ダソリャ? ソレニ面倒ハソレダケジャナカッタ」
「うん?」
「何?」
「まだ何かあんの?」
「僕、もう眠いです」
「コレダ」
カラエモンは壊れたアマリリスの幻灯機にスイッチを入れた。ガタつき煙も出す幻灯機は映像は何も映さなかったけど、代わりに鬼火を宙に浮かび上がらせた。
「・・どうも、お騒がせしました。ムイラーです」
鬼火が喋り出した! しかも少年の声だ。子供のフレッシュゴーレムだったの??
「こいつノ魂ガ、墓カラ出テ幻灯機ノ方ニ定着シテヤガッタ! アレコレ注文シテキヤガルンダヨッ!」
「すいません。何だか変な感じでウイジャと別れてしまったからそれがずっと気がかりで、でもあんまり欲が無い方なんで依り代がないとすぐ昇天しちゃいそうなんですよ」
「・・じゃあ、何をどうしたいンですか?」
私はもう半ばヤケクソ気味に聞いてみた。
数日後の昼、私と見届けるというヌチ子さんとカラエモンはアマリリス城のウイジャの寝所に来ていた。今回はもう私は鎧を着てない。ヌチ子さんは午前中レッスンがあったから上下ジャージで、執事長のヒムロを困惑させていた。
「御注文の品、お持ちしました」
私は大量の資料の先達のレシピ、あとはミツネの力も借りてピカピカに修理が済んだアマリリスの幻灯機を持ち上げて見せた。
ウイジャは最初に来た時と同じわ蝙蝠の雲の上のベッドから足を投げ出して座り、天蓋から垂らしたオーガンジーのカーテンで顔を隠していた。今回は最初から三十路風の妖艶美女の姿だ。服装が全く同じだから前回の時からそのままなんだろう。夜の世界を永く生きる吸血鬼にしてみれば数日なんて一瞬なんだろね。
「ウイジャの知ってるヤツの魂を感じるぞ?」
「・・たぶん旦那さんじゃないですか?」
「そいつはウイジャに一度も噛ませなかった。継ぎ接ぎだらけで美味しそうじゃないクセにっ! ウイジャのことが嫌だったんだっ! 嘘つきっ! 意気地無しっ! ばかっ!」
聞こえているのをわかって言ってるせいか、言いながらベソをかき出したらしいウイジャ。やっぱり子供だ・・。
「ん?」
幻灯機がカタカタ揺れ出した。
「ウイジャ様、部屋の灯りを消して下さい。正しく作動するか御覧に下さい」
ウイジャが片手をスッと引くと広大な寝所の陰火の灯りが全て消えた。私は幻灯機の起動スイッチを押した。途端、寝所内に立体的にアマリリスの花が庭に咲く、田舎風の一軒家が現れた。日差しが家に注いでいる。匂いや気温、湿度、風の音や感触まで感じた。でも全て幻。
「・・ありもしない。夢の家の話何かをよくしたよね」
幻灯機から透けているが形をはっきり取ったムイラーの霊体が出てきた。継ぎ接ぎだらけの人間の少年の姿。フレッシュゴーレムは通常1人の人間からは作られない。彼は彼としての意識を確立するのに苦労したろうな、とも思う。
「覚えてないっ! 知らないっ!」
ムイラーの霊は宙のベッドの側まで浮かび上がった。
「たぶん、最初に君に会ってから、どうやったら友達になれるかなって、そればかり考えていたんだ」
「友達じゃないっ! ウイジャは夫婦がいいっ!」
「僕達は大人になれないから・・」
「変化できるっ!」
「本当じゃないよ」
「ゼン・ヴリド!!!」
ウイジャは突然壁に向かって上位熱線魔法を唱えた! 巨大な竜の仮面が虚空に出現し、大顎を開いて船団を一薙ぎで滅ぼすことができる程の圧倒的なエネルギー量の熱線波動を放った!! ドォウウゥゥッッ!!! 壁に大穴が開き、開いた穴は焼け爛れていた。壁の向こうから夜風が吹き込む。
「ウイジャはこの島のアンデッドの王様だぞっ?! 一番強いんだぞ?!!」
「そんなのウイジャのベッドに置いてある縫いぐるみ達と変わらないよ」
「ウイジャを言い負かそうとしているな?! お前は口が上手いっ!」
「顔を見せて、ウイジャ」
「・・・」
天蓋のカーテンが開いた。酷い泣きべそ顔だった。ムイラーはウイジャの横に座った。
「ウイジャ、僕に会いたくなったら幻灯機を点けて。時々充電もしてね。次、生まれ変わる時は一緒に大人になろうね?」
「・・・うわ~んっ!! ムイラーのばかぁっ!!!」
ロード・ウイジャは今度こそ大泣きして、変化を解いて子供の姿になると霊体のムイラーに当然のことのように抱き付いた。さすが吸血鬼! うん、これでよし。
「・・では、こちらの方を」
私はマグネットタクトで慎重にアマリリスの幻灯機をベッドに置いた。
「確かに納品致しましたので、わたくしどもは失礼致します。壁の修理は・・そちらで何とかして下さい」
「幻灯機は30時間以上連続仕様するとオーバーヒートするみたいだから気を付けた方がいいですよぉ?」
「ヒムロさんに説明書渡しておきましたんでっ。それでは」
「トンダ茶番ダ。ちびっ子ほすとダナっ!」
「カラエモンっ。言い過ぎっ? 失礼しますっ!!」
私はカラエモンの腕を引いてヌチ子さんとさっさと寝所を退散した。
これからの長い年月が、いつかの大人になった二人の時間に繋がってるといいね・・。