第4話 蛙オババ
魔女『蛙オババ』のエピソードです。
4月の末のある日、私は自力木枠・・ややこしいなっ、略して木枠輪転機に乗って冒険者協会指定のいくつかのショップと島の警備局の施設にポーション+2何かのちょっと高価な回復アイテムを卸してきた。いずれも私の勤める海鈴堂製だ。製造は私も手伝った。海鈴堂は材料費をケチらないから評判は上々っ! まぁ結果、いまいち儲からなかったりもするけど。
帰り道、木枠輪転機を漕いでいると晴れているのに小雨が降ったり、かと思えば急に薄曇りになって雲の間を雷が走ったり、それで一雨来るのか? と構えたらあっさり風が吹いてまた晴れて、晴れたまま少し霧が出てきたり・・。蛙もやたらゲコゲコ鳴いているし、何だか落ち着かない。
ゴーグルを付けたままだと雨に濡れたり霧の湿気でガラスが曇ったりして返って危ないのでヘルメットの上に上げた。
「変な天気。蛙、うるさいなぁ」
店に着くまで、蛙を車輪で轢いてしまわないように私は緊張して運転するハメになった。
「只今戻りましたぁ」
「オカエリナサイマセ」
「オカエリナサイマセ」
車輪のチェックを済ませた木枠輪転機を引いて店の中に入ってきた。受け付けには人がおらず、代わりに師匠が時々使う素焼きでできた私とあまり変わらないサイズの『ハニワゴーレム』が2体、部屋を掃除したり魔法素材類の検品をしていた。
ミツネの使うミニゴーレム達と違って特に高度な自我は持たせていない。名前も『1号ちゃん』と『2号ちゃん』だ。私が店にいなくて師匠が不在で、かといってモリシを呼ぶ程でもない時はこの子達がごく簡単な受け付けや販売くらいはやってくれる。
「1号ちゃん、2号ちゃん、いつもありがとうね。師匠とネリィさんは?」
「ねりぃ様ハだいにんぐカト思ワレマス」
「ますたーハ書庫カト」
「そう。喉乾いたな・・1号ちゃん、これ、お金も! 整理、よろしくぅ~」
木枠輪転機を停めて、受け付けカウンターにウワバミポーチから引っ張り出した領収書の控えと売り上げをドサッと置いてゆく。
「カシコマリマシタ」
私はヘルメットも取ってポーチにしまい、ダイニングに向かった。ぽっちゃりしたネリィさんがキッチンで何か仕込んでいた。
「ネリィさん、ただいま」
「あら、お帰りなさいお嬢様。今日は・・」
「パエリアですか?」
警戒する私っ。美味しいけど、頻度が高過ぎるっ。
「いえ、今日はタンドリーチキンとアボガド入りのロール寿司です」
「そ、そっかぁ」
無きゃ無いで何か微妙に残念な気もするネリィさんのパエリアだった。
「まだ夕飯には早いですが何か、あっ、昨日トリアさんから送って頂いた・・」
ネリィがたぶん、会社を辞めたパン職人のトリア氏が送ってくれたスコーンを出してくれようとしたと思うんだけど、
「っ?! ビクっときたっ!」
「ええっ?」
ネリィさんを驚かせてしまった。私の『敵意感知』が働いた。異様な気配を感じた! 店の中なのに?! 何? 純粋な害意でもない感じけど・・。と、
「来客ダヨッ! 来客ダヨッ!」
ダイニングに置いてあるブリキの羊人形も騒ぎだした。この子は『来客探知』能力がある。
「種族・・魔女ッ! 蛙ゥッ、ウッウウッッ」
羊のブリキ人形はガクガク震えだし、しまいにボフンッと煙に包まれてブリキの『蛙』人形に変わってしまった!
「ゲコゲコゲコッ! おばばヲ讃エヨッ! おばばヲ讃エヨッ! ゲコゲコゲ~コッ!!」
全然機能に無いことを喚きだすブリキ人形っ。
「コレ、ヤバいやつだっ! カワンっ! リバーっ!」
私は範囲化した魔力耐性魔法と精神耐性魔法をネリィさんと自分に掛けた。
「ネリィさん、キッチンの火を消して地下室の3番の部屋に入って鍵を掛けて下さい。中に転移用の脱出の鏡も置いてありますけど、外が安全かわからないから一旦籠っていて下さいっ」
「ロミお嬢様は?!」
「私は・・」
「ロミっ」
師匠がダイニングに早足で入ってきて、私に障壁を作れるバリアワンド+1を投げ渡してきた。自分は炎の属性の火食鳥の杖を持っている。
「ロミ、厄介な客が来たようだ。対応する。決して私の前に出てはいけないよ?」
「はいっ」
「ネリィさん、ロミの言われた通りにしていて下さい。脱出の鏡は紫色の物を使えばいちばん近い冒険者協会の支部の庭に飛べます。万一の時はそちらに」
「わかりました旦那様。お二人ともお気をつけて」
「うん、ではゆくぞ?」
と言って、杖を一振して騒ぐ蛙のブリキ人形を元の羊に戻して停止させ、師匠は足早にダイニングを出ていってしまった。
「ちょっと待って下さいよぉっ、師匠っ!」
私は慌てて追い掛けた。
店の受け付けは酷い有り様! そこら中蛙だらけっ。何かやたら大きい、私と変わらないぐらいのサイズの蛙も2体いるしっ。店の入り口には落ち着きなく片足を貧乏揺すりする老いた魔女『蛙オババ』がいたっ! 人と蛙の中間の様な見た目のもう引退して憑いていた悪魔を手放した魔女。身体中から奇妙な臭いの霧の様な煙を出しているし、目の焦点も合わず、とても普通の状態ではなかった。
オババは確かに風変わりではあったけど、こんな手が付けられない様な魔女じゃなかった。何で??
「・・オババ、久し振りに店に来てくれたのは嬉しいが、随分荒らしてくれるじゃないか? お手柔らかに頼むよ」
師匠は穏やかに言いつつ、杖を振るって今にも飛び掛かってきそうだった2体の大きな蛙を2体のハニワゴーレムに変えて停止させた。1号ちゃんと2号ちゃんだっ。
「ゼイルゥーッッフっ!! 客を待たせるなっ! ワタシワタシワタシをっ!! 待たせるなっ!」
ますます霧の様な煙を出す蛙オババ。師匠は杖で床をトンっと突くと、火花が散って、その妖しい煙が店の出入口から外に吹き飛んでいった。
・・あれ? 煙でわかり難かったけど、オババの後ろ、店の外にフードを被った若い、というか見た目が私と変わらない幼い魔女らしい者が2人控えていた。魔女見習いの、確か名前はラキとルキ。双子だ。オババの弟子。2人とも性格キツいっ。特に姉っ! その姉、ラキと目が合ったら凄い睨まれた。
「オババ、依頼を聞く前にネーマを掛けていいかい? オババは少し気を落ち着かせた方がいいんじゃないかな?」
「・・・」
「・・・」
無言になるオババと師匠。
「・・いいだろう。ネーマ以外のおかしなことをしたらタダじゃすまないよぉおっ! ゲッコォオオッ!!」
「勿論だ。では、掛けるよ? ネーマ」
師匠は鎮静魔法を蛙オババに掛けた。するとオババは貧乏揺すりが収まり、煙も殆んど引っ込み、目の焦点が少しは定まった。
「少しは落ち着いたかい? オババ」
「・・少し急いでいただけさ」
「要件を聞こう」
オババは大きく息を吐いた。
「別に何も難しい話しじゃない。ワタシはそろそろ死ぬ。それだけのことさ」
オババは淡々とそう言った。
魔女には自分の死期、特に老衰死や病死の時期を察知する力がある。彼女達にとって重大な意味があるから。オババも自分の死期が近いことを最近悟った。死期の迫った魔女は心や力の抑えが利かなくなりやすい。元々エキセントリックだったオババはここ数日、弟子達もお手上げな状態だったようだ。
魔女は死ぬ時、同じコミュニティの魔女達による『魔女の送り』という儀式を行うのが正式な作法。平たく言えばお葬式なんだけど、魔女の場合はただ死ぬだけじゃない。死んだ後、契約した悪魔に魂を明け渡さなきゃならない。オババは老いて使いこなせなくなった契約悪魔『スワンプ・シーカー』を手放していたけれど、例え手放しても悪魔との契約は無効にはならない。
魔女に、穏やかな死は無い。だからせめて仲間の魔女達が手厚く送ってあげる。オババはその自分の『送り』の前に必要な準備や雑用を海鈴堂に頼みに来たワケ。だったら普通に来店して頼んでくればよかったんだけどっ!
全然関係無い街の人達にも『蛙化』の被害が結構出ていて、そっちは他の魔法系業者に対処してもらうことになった。島の警備局や、お金になりそうと冒険者達も出張ってきてややこしかった。海鈴堂としては難度の高い案件は師匠が、簡単な案件は私が担当することになった。しばらく店に人がいなくなってしまうから、モリシとハニワゴーレム達にこの件が片付くまで休止できない継続業務を頑張ってもらうことになった。
で、私はその日の夕方、まずこの間マジックハーブを採集したエメラルドリーフヒルに移送魔法バダーンで向かうことにした。目指すポイントが以前と違ってバダーンの発着場が生きてる場所だ。
「・・最初にキラーハイビスカス。次は水琴秘石、最後は逃げた使い魔蛙達の捕獲と。う~ん。2日以内に集めるのがちょっと大変だけど、内容はわりと普通のお使いクエストだね」
失敗したら大変なことになりそうだからか? 私は余計に『案外楽なクエストだ』と思い込もうとしていた。心理学で言うところの正常化何とか、というヤツ。
「安心シロ相棒ッ! 私ガさぽーとスルカラニハ全ク問題ナイッ。がはははっ!」
私と一緒に『悪霊倒す君・カバータイプ』がバダーンで飛んでいた。水晶通信で連絡を取って緊急で改造してもらい送ってもらったんだ。時間がなかったからミツネのミニゴーレムにしては武器が剥き出しのゴツい格好になってるけど・・。
「・・ま、よろしく頼むよ」
悪霊退治ならさっさとあの世に送ってやった方がいいけど、野生モンスターを必要以上に殺して回るのはよくない。この子、好戦的だからちょっと心配だなぁ。
とにかくエメラルドリーフヒル内の目的のエリアC-3、通称『プラントキッチン』の発着場に着地した。エアボードで一気に行きたいけどここはモンスターが多いエリア! 私はボアジャケットを脱ぎ、メットも取り、ゴーグルだけ付けた状態でポーチから引っ張り出したホビットのマントを着込んだ。店からそのまま持ってきたバリアワンドも取り出す。
「倒す君、ステルスモード!」
「了解ダッ」
悪霊倒す君は身体を半透明になり動力の気配も察知し辛くなった。
「お互い見え難くなってるから。私の心臓の音を目印にして横か後ろにいてね」
「心臓ノ音・・覚エタ! 横カ後ロニイルゾッ!」
素直。
「慎重にね」
フードを被りマントの潜入効果を発動させ、歩いて出発した。駆けてゆきたいけど街中じゃないから転び易いしどこにモンスターが潜んでいるかわからない。それでもマントの加速効果で早足程度の速度で歩ける。日が完全に落ちて夜になるとマズい。私は目指すリポップポイントに急いだ。
買った物でよけりゃ高いけど買ってくるんだけど『取ってこい』ていうオーダーだしね。
私達はそれからシシオオカミの小集団、野生化した塩草系ハパーンの中型個体、キノコ系モンスターのスリープマーブル2体組、麻痺毒を持つ蜂系モンスターのアサシンザビーの群れを物陰でやり過ごしていった。マントとステルスモードの効果と私の敵意感知、それから悪霊倒す君の音声探知力と生体探知力で何とかなった。1度も戦ってないけど、私は気疲れでヘトヘトになってしまった。
「ドウシタ相棒? マダ大シタ距離ハ歩行シテイナイノニ生体反応ガ弱ッテイルゾ?」
「大丈夫、ちょっと休憩・・」
私は木々や葉が淡く光る森の木の根に座り込み、ポーションを1瓶飲み干した。
「うっ」
梅昆布味だっ。体力は回復したけど、求めていた味じゃなかった・・。
「急がないとね」
それでも私は立ち上がり、毒花粉系攻撃に備えて付けていたけど汗ばんで鬱陶しくなってきたゴーグルを取り、再び出発した。
程無く、キラーハイビスカスのリポップポイントまできた。岩場の日当たりの良い所で夕日を受けて何やら機嫌好く歌ってる。
血塗れ 血塗れ 頭から血塗れ だくだく食べよう
血塗れ 血塗れ お腹からも食べよう だくだく だくだく 明日も美味しいよ
血塗れ 血塗れ 血塗れ・・・
「酷い歌っ! 呪歌じゃないみたいだからまだましか」
離れた岩陰から様子を見ながらゲンナリした。
「やつ等ハアノ場カラ動ケナイ。狙撃ヲ推奨スル!」
「採集に来たんだから滅茶苦茶にしたらダメだよ?」
「ええ~??」
凄い不満そうな声を出す悪霊倒す君。そうは言ってもキラーハイビスカスはいつかのスパイクヴァームよりも凶暴で意識もハッキリしてる。私の睡眠魔法タピオじゃ群体を纏めて眠らせるのは難しい。私はより強力な+2のタピオの魔法のロールをポーチから引っ張り出した。これも高いし仕入れ難いんだよなぁ・・。
「倒す君、接近して確実に決めたいから陽動してくれる? 相手を傷付けたらダメだよ?」
「攻撃デキナイノカ? 何ト言ウすとれすっ! ・・ダガ了解シタ。行ッテクルゾ? 相棒ッ!」
納得してくれた悪霊倒す君はステルスモードを解除して右手の無属性砲を明後日の方向に乱射しながらキラーハイビスカス達の前に躍り出てくれたっ。ギャーギャー騒いで悪霊倒す君に特技『噛み付き』『消化液』『蔓絡み』を連発するキラーハイビスカス達! 怖っ。
「でもやるしかっ!」
私は気合いでマントの力をキープしたまま騒ぐキラーハイビスカス達に突進した。
「ギャギャギャッ!」
喚くキラーハイビスカス達っ。あと少しっ! 突入経路をミスったのか、消化液を1発もらいそうになったけどバリアワンドで弾いてやった。
「鉄屑! 鉄屑! オイル塗れ!」
・・届いた! 私はキラーハイビスカス達の目の前でタピオ+2のロールを開いた。
「ギャギャッ?!」
煌めく砂の様な物がキラーハイビスカス達を覆い、ヤツ等はヘナヘナと倒れ眠ってしまった。
「みっしょん完了ダッ!」
「そうね、あ~疲れた。・・ん?」
私は敵意ではないが、何か不穏な気配を感じて後ろの上空を振り仰いだ。
「ルキ?」
箒に乗った魔女の弟子の妹の方がこちらを見下ろしていた。ルキの肩には使い魔のイモリがいて、舌をチロチロ出している。
「魔女ダ」
取り敢えず銃口を向ける悪霊倒す君だったが、ルキはノーリアクションだった。
「何か用?」
「・・お前を見てるだけ」
「はぁ?」
意味がわからない。付き合ってられないので私はポーチから防護グローブ+1と剪定鋏+1を取り出した。起きる前に採集しないと。でもちょっと数が多いな。コイツら身体が硬いし。
「ねぇ、何なら手伝って・・」
もう1度振り返ったらルキの姿はどこにもなかった。
「何だよっ」
オババの弟子2人も別動で送りの準備をしているみたいだけど、全く協力する気が無いからやり難くてしょうがない。
海鈴堂に戻ってお風呂を済ませ、先に戻っていた師匠と夕飯を食べ出したが食べながらこっくりこっくりと寝落ちしそうになってしまった。
「ロミ」
「あ、大丈夫です」
夕飯はネリィさんが作ってくれていたタンドリーチキンとロール寿司。美味しいけど眠過ぎて雲か何かを食べてるてるみたいだ。悪霊倒す君もミツネが送ってくれた機材で充電中だった。
「・・あの双子、オババの弟子。何か突っ掛かってくるんですよ。私、嫌われてるのかなぁ?」
「ロミのことが羨ましいんだろう」
「羨ましい?」
何が? 思い当たらなかった。
「ロミは魔女の才能があるけどここで働いているだろう? それが羨ましいんだよ」
「そんなもんですか?」
仕事は少し変わってるけど、普通に生活してるだけ。悪魔は怖いし、別にこれ以上特別長生きしたりもしたくないし、特に変わった選択をしたつもりはなかった。
翌日、もう今日中に全ての準備と雑用を済ませなきゃならない。
「よーし、午前中に水琴秘石のゲットは済ませちゃおう。行くよ倒す君っ!」
「どんト来イッ!」
私は島の中部にある渓流地帯『龍の祭殿』に向かった。龍の祭殿は祭殿の様な幾何学的な岩が多い渓流地帯だ。その名の通りエリアによっては竜族がいるからエメラルドリーフヒルより注意は必要!
バダーンの発着場も龍がモチーフの凝った装飾が施されていた。
「涼しい。というか寒いっ」
私は飛行用のボアジャケットは着たまま行くことにした。
「エアボード使うけど、ついてこれる?」
「ふらいともーどニ移行スル!」
悪霊倒す君は背中に羽、頭に送風機の様な物を出し、足からも風のエレメントを出して浮き上がった。
「凄っ」
「燃費ガ悪イ。サッサト採集シヨウ!」
「よしきたっ」
私はポーチからエアボードを引っ張り出し、足を固定するとボードを発進させた。龍の祭殿はルートを外れなければ意外とエネミーが少ない。場所も開けているし、『たまに竜と遭遇する』ことを除けば観光スポットになっても不思議無いくらいだ。
「いい景色ぃ~」
私は気分好く水辺をエアボードで疾走した。水飛沫が虹を作った。遠目に結構大きい沢蟹型モンスター『ロックスラッシャー』を見付けたりもしたけど、遠くから発見できるから回避するのも楽チン。唯一不満が不満があるとしたら・・
「服、びしょびしょだコレっ!」
水飛沫の激しさを考慮して無かった。ボアジャケットがボードを走らせている内にドボドボになってきた。私は目的のポイント『水琴淵』に到着する頃には全身水浸しでガタガタ震えていた。パタヤ族は寒さに弱いんだよ・・。
「相棒っ! マタ生体反応ガ衰エテイルゾ?」
「まあね。耐寒特性でも『びしょ濡れ』には上手く対応できないのね」
私はマグネットタクトでポーチから雫払いの錬成符を取り出し、自分に使った。パシュっ! 衣服や髪についた冷たい渓流の水が払われた。
「ポーラ」
私はメットとゴーグルを取り、照明魔法の熱量を上げて使い、熱い光球を作り出してそれで暖を取った。
「生物ノ身体ハ不便ダナ」
「ほんとそれね。同感だよ」
退屈そうに既にフライトモードを解除した悪霊倒す君を待たせてしまったけど、私は体温が戻った。ポーラの光球を解除する。
「お待たせ。じゃ、確認するね」
私は両手の中指と人差し指だけ立てた状態でそれを両目前に持ってゆく、手の甲が顔側。このポーズなら効率良く魔眼が使える。このポーズ以外だと効率が悪化する。そういう制約っ! 私は『魔眼・透過望遠』を発動させた。
視界が飛んで、水琴淵の中を探る。ここで目当ての水琴秘石がリポップできる。冷たそうな水中には『根切りヤマメ』等の水棲モンスターも幾らかいたが、水底に輝く石を・・
「見えた!」
発見したっ。魔眼を解除した。
「倒す君、あの石とあの石を真っ直ぐ結んだ座標の水底にあるからステルスモードでいける? モンスターは私が餌で陽動するよ」
「任セロっ!」
悪霊倒す君はすぐにステルスモードになった。私は眼が魔眼を使ったから目がショボショボしてきたから目薬を差してから、ポーチから出した水棲モンスター用の餌をマグネットタクトで操って淵の遠い場所に撒いた。水が澄んでいるからモンスター達がそちらに集まるのが探知するまでもなくよく見えた。
「倒す君っ、今っ! 静かにねっ」
「了解っ」
悪霊倒す君はスーっと言われた通りソフティに着水し、冷たく深い水琴淵に潜っていった。よしよし、これで・・
「っ?! ビクっと」
「遅いよ」
振り返ろうとしたら後ろから思い切り、蹴られ、派手に音を立てて水琴淵に落とされた! 想定の2倍は冷たい水に心臓がキュウゥっとされるっ。私は慌てて水面に顔を出した。さっきまで私が立っていた所で魔女の弟子の姉の方、ラキが嗤っていた。肩に乗せたサンショウウオな使い魔まで嗤ってるっ。
「あははっ、いい気味っ! 借り物のゴーレムなんて使って横着してるからだよっ。ロミ、お前に魔法はもったいないっ。『蹴り』で十分だっ」
「何だよラキっ! うっ」
ヤバい心臓痛くなってきたっ。早く回復魔法使わないと・・でも身体に力が入らず口が上手く動かない。さらに水音と水に溶けた私の匂いに反応して追い払った水棲モンスター達がまた戻ってきた。
「・・? 何してんだよ? 早く上がって来いよ??」
ラキは私の異変に気付いて嗤うのを止めたが、反応が遅れた。心臓が、痛い・・っ。根切りヤマメが1体、私に喰い付こうと大口を開けた。ヤバいっ。
ドンっ! ドンっ! ドンっ!
不意に水底から悪霊倒す君が無属性砲を乱射して浮上してきた! 今度陽動じゃない。正確に水棲モンスター達を撃ち抜いた。倒す君は力を失っている私を抱え、岸まで飛び上がった。
「ううっ、ゲホゲホっ」
私は咳き込んで少し飲んだ水を吐いた。
「無事カ相棒ッ。・・こいつハ敵カ?!」
悪霊倒す君は銃口を私の様子を見て顔色が悪くなったラキに向けた。
「な、何だよ? ゴーレムのクセにやる気かよ?!」
「姉さんっ」
箒に乗ったルキが飛んできた。
「リーマ」
ルキは回復魔法を私に掛けた。心臓の痛みが和らぎ、ずぶ濡れだが全身の体温も取り敢えずは戻った。
「やり過ぎだって姉さん」
「ち、違う。コイツが弱っちいからだよっ。あたしは悪くないっ」
「もういいよ。ロミ、ゼイルッフに言い付けたいなら勝手にしたらいいけど、魔女から引き受けた仕事を途中で投げ出すのは許さないよ?」
ルキはそれだけ言うとさっさと箒で飛び去ってしまった。
「おいっ、ルキ! 置いてくなよっ」
ラキも慌てて箒でルキを追って行った。
「危機ハ去ッタ。早ク水分ヲ払エ、相棒。水琴秘石モ回収シタゾ?」
倒す君は口をパカッと開けて取ってきた水琴秘石を私に見せた。
「・・お、お疲れさん」
そう言うのが精一杯だった。
その日の午後、私は蛙を探知する『ガマコンパス』と魔女の痕跡に反応する『ウィッチランプ』を手に、海鈴堂のある街の近くの何てことない普通の牧場の牧草地で使い魔蛙を探し回っていた。オババは昨日、海鈴堂に来る途中で理由はわからないけど癇癪を起こして使い魔蛙達を上空からぶちまけたらしい。未回収の蛙は13匹。ラキはとルキが『閉じ込め』の結界を張ったから蛙達はこの牧場から出られない。地道に探せば見つかる案件だ。
・・私は意地でも師匠にラキにシバかれたことはチクらないことにした。仕事も途中で投げたりしないっ。くっそ~ラキめっ! いつか覚えてろよっ。
「相棒、私ハ暇ダ」
使い魔蛙探しはエネミー対策不要で、倒す君の探知能力では上手く引っ掛けられないのですることが無く、牧場の牛の背に乗ってさっきからそこらをウロウロしていた。
「ラキ達が来ないか見張ってて」
「了解シタ!」
まぁ、さすがに今日中にまた嫌がらせに来たりはしないと思うけど・・。
使い魔蛙探しは地味な作業だったけど、地味に難航した。ガマコンパスは蛙なら使い魔でなくても反応し、ウィッチランプはかなり近付かないと反応しない。敵じゃないから敵意探知は無効。魔眼は午前中使ったばかりだからもう今日は無理だ。とにかく時間が掛かった。
3時間掛けて何とか9匹見付けたけどあと4匹。夜までに見付けられるかな・・と、突然ウィッチランプが弾けて壊れる燃え上がった!
「アチチっ! 危なっ。ええっ?!」
「ドウシタ?! 相棒っ! オ? オゥウウッ・・・」
倒す君は強制停止させられ牛から転げ落ちてしまった。驚いた牛が走って逃げてゆく。突然晴れていた空に暗雲が立ち込め、雷までなりだした。
「何?!」
「・・お困りのようですね」
気が付くと目の前に燕尾服を着て杖を突き、シルクハットを被った人間の男が立っていた。だけど、魔眼を使うまでもなく直感と状況でわかった。
「悪魔!」
「御明察。わたくし、スワンプ・シーカーと申します。今は主を失いはぐれておりますが・・」
私はバリアワンドをポーチから引っ張り出しながら跳び退いた。
「何しに来た! オババは明日死ぬ! 大人しくしていろっ」
「随分な言われようですね。こんなわたくしでもセンチメンタルを感じることはあるのですよ? ・・ところで、貴女、わたくしと契約しませんか?」
そう言いながら悪魔スワンプ・シーカーな身体は伸び上がり、頭は膨れ上がり、バリアワンドは砕け散り、悪魔の顔が私の眼前まで迫った。
「っ?!」
私は気を当てられ、そのまま昏倒してしまった。気が付くと夜で、私の回りには残りの使い魔蛙達4匹が当然の様に居て、ゲコゲコ鳴いていた。悪魔の姿はどこにもなかった。空は晴れて星空が見えていた。
準備も雑用も全て済み、夜が明けて、オババが死ぬという日になった。私と師匠は昼前に島の西部の密林の奥にある蛙オババの家に招かれた。一応用心棒として倒す君も連れてきてる。あっちもこっちも蛙だらけだ。所々に私が捕まえた子やそれ以外の使い魔蛙も混ざっているがやたら数が多い。だが島の他の魔女達の姿はまだ見えなかった。
招かれたと言っても私も師匠も家には入れてもらえず庭のガーデンテーブルに使い魔蛙によって通されただけだ。ラキとルキは家の前の奇妙な大花瓶に活けられたキラーハイビスカスを整えたり、家の近くにあるやらり奇妙な窯を調節したり、窯の近くに作られた水琴秘石を使った雨によって演奏する『天水琴』という楽器の調音をしたりしていて、客である私達のことは無視だった。
まず、依頼を完遂した報酬もまだもらってないんだけど、どーなってんの??
「まぁ、魔女の送りはこんなもんだ。決まった形式もないし、様子を見るしかないよ」
師匠は喪服のスーツを着ていた。私もレディーススーツの喪服だけど思い切りスカートタイプだったから落ち着かない感じもした。因みに倒す君も無理矢理喪服スーツっぽい物を着せてある。
何だかな、と思っていると何の前触れもなく、オババの家の勝手口から真っ白なウェディングドレスを着て物凄い厚化粧をしたオババが出てきた!
「嘘ぉっ」
「ロミっ」
思わず言葉に出してしまうと、師匠に小声鋭く嗜められた。怒られたしっ。
オババは手に盆を持っていて、盆には茶道具一式が乗っていた。あ、コレ、絶対こっちに来ちゃうヤツだ・・。 ラキとルキも遠巻きに様子を伺っている。
「ゼイルッフっ! ようこそワタシが死ぬ日にっ」
「これはオババ、お招き頂いて」
師匠は席から立ち上がり、正式な礼をした。私もぎこちなくなっちゃったけどそれに習った。倒す君は普通に接近してきたオババに銃口を向けたので手でやんわり払って止めさた。
「お茶をどうぞぉ」
ティーポットとカップをテーブルに並べるオババ。私と倒す君の分まであった。そしてポットの中身は何やらゴポゴポ煮え立っていて、異様な臭気を放っていた。師匠はそれをチラッと見てから私に顎で促した。来た! 私はなるべく自然にずっと持っていた白薔薇ベースの花束をオババに差し出した。
「これっ、どうぞ。本日は御日柄もよく・・ご、御愁傷様、です??」
「ロミ」
「す、すいませんっ。あっ! それからコレは請求書ですっ」
生きてる内に渡しといた方がっ。
「ロミ・・」
凄い師匠に飽きれられてしまったっ。でも、オババは両方受け取ってくれた。
「支払いはコレでいいだろう、ゼイルッフ」
オババは付けていた腕輪を外してガーデンテーブルに置いた。『水勢支配の腕輪』だ。水棲系モンスターを支配するレア装備!
「毎度あり。オババ、あんたには長く儲けさせてもらった。ありがとう」
「ゲッコォオオっ! 強欲なジジイだよっ」
笑ってるとわかり難いけど爆笑するオババ。
「・・あばよ」
それだけ言うと、オババは請求書と花束を両方とも一口で食べてしまい、そのまま勝手口から家に戻ってしまった。ラキとルキは素早く、その後に続いた。
「・・そのお茶は飲まないように」
「それくらいわかりますよっ?」
ここで、倒す君がグイっと前に出てきた。ん?
「アノ魔女ノ生体反応ヲ探知デキナカッタ。既ニ死亡シテイルノデハナイカ?」
「ええ~?」
何でそんな怖いこと気付いちゃうんだよっ。
「いよいよ本当に死ぬのはまだだ。待とう」
師匠は椅子に座り直した。私と倒す君も座り、私はポーチからこの間のスコーンと水筒とコップ、それから倒す君用にミツネから預かった。オイルジャーキーを出し、3人でモソモソ飲み食いしながら『その時』を待った。
それからたっぷり2時間過ぎると・・1人、また1人とオババの家の周囲に島の魔女達が集まり始め、あっという間にオババの家は大勢の魔女や魔女見習い達に取り囲まれた。
「師匠」
「平然としていなさい。関心を持たれてはいけない」
「私ハ誰ト戦エバ良イノダ?」
「オイルジャーキーを食べていなさい」
「了解シタ!」
・・・その時が、来た! 家が、オババの家が萎れ始めた。使い魔蛙達の魔法が解け、普通の蛙に戻っていった。
「ロミ、魔女の送りが始まるよ」
師匠が言うと同時に、魔女達が無言で萎れた家の入り口の大花瓶に生けられたキラーハイビスカスを1本ずつ手にとって中に入っていった。大変な大人数で元々さほど大きくなかった上に萎れてしまったオババの家には入り切らない気がしたけど、後から後から、オババの家にいくらでも魔女達は入っていった。
全員入りきる頃には空が曇りだした。それから30分程すると、まずマグネットタクトを持ったラキ、続けて浮いた木の棺、続けて同じくマグネットタクトを持ったルキが現れた。二人は棺を浮かせながらゆっくりゆっくりと家の近くの窯に向かった。二人の後には魔女達が続く。やがて雨が降りだすと天水琴が雨に打たれて鳴り出した。それは不思議な何だか思ったより明るい曲だった。
「我々もゆこう」
「はい」
「了解」
私達も窯の近くに向かった。天水琴が奏でる雨の中、棺は窯に入れられた。ラキとルキは魔女全員が窯の前に来たのを確認すると窯の重い蓋をマグネットタクトで閉じた。
「我らが師、泥渦の魔女は夜の彼方に去ります!」
言い放つラキ。
「やがて、また再び、帰るでしょう。全ての魔女達と共に!」
言い放つルキ。
ラキとルキは窯の方を振り返り、声を合わせた。
「エルっ!!!」
窯に炎が点った。それは物凄い火力で窯が爆発するんじゃないかと怖くなるくらいだった。
「ばりあヲ張ロウカ?」
「え? どうしよう?」
「いや大丈夫だ。そのままにしていなさい」
師匠の言う通り、爆発しそうな火力を出した窯の火はすぐに収まった。雨も止み、雲間から日も差し出した。ここで先が横穴式になった窯の煙突から一際大きな煙が立ち上がり、オババの萎れた家の屋根に向かって飛んで行った。屋根には燕尾服にシルクハットを被った・・スワンプ・シーカーが座っていた。煙は悪魔の回りを一回りすると悪魔に寄り、やや透けた人の形を取った。それはウエディングドレスを着た若い女の魔女だった。目が大きく少し蛙っぽい雰囲気もないではなかったけど、オババだった時の様な蛙その物の姿ではなかった。
オババだった魔女は悪魔の腕に抱えられていた。
「スワンプ・シーカー。探し物は見付かったかい?」
おどけて聞き、悪魔の額に口付けする魔女。
「悪魔は名に呪われる物。君は最後まで意地が悪い人ですね」
「・・じゃあね」
魔女は光って人の形を成さなくなり、人魂の形に変わった。悪魔はそれを手に取ると、一瞬で影に包まれ魔族の本性を現した! 5本の腕を持ち、僧侶の服を着て、蛞蝓の頭部を持つ姿。腕は各々てんでバラバラな方角を指差していた。悪魔は魔女の人魂を自分の胸に当て、そのまま胸の中に吸収してしまった。
途端、悪魔はまた影に、それも激しく逆巻く影に覆われ、黒い竜巻と化し、萎れた家を飲み込んだ!
「倒す君、障壁を頼むよ」
「了解シタ! 相棒、ボサットスルナ!」
倒す君は少し離れた位置にいた私を腕を伸ばして服を掴み近くに寄せると周囲にエネルギーバリアを張った。烈風と家の破片から私達を守ってくれた。
「ハハハハハハハハハッッッ!!!」
黒い竜巻の中に影の様な人の顔が一瞬見え、それが嗤った。黒い竜巻は家を完全に吹き飛ばし、空の彼方に消えていった。同時に1度晴れかけた空が重く曇り、また雨が振りだした。天水琴がまた違った曲を奏でだした。
「解除していいよ」
「了解」
倒す君がバリアを解除すると雨が顔に当たった。ん? 何か温かい。私は手の甲でそれを脱ぐってみた。直感的に大丈夫だとわかった。私はそれを舐めてみた。
「・・師匠、コレって」
「言ってやるな。これを知った、はぐれた悪魔程哀れな物はない」
それはいつまでも降り続けていて、しかし魔女達はどこかシラケた顔で次々と去ってゆき、ラキは窯の後始末を始め、ルキは鳴り続ける天水琴を容赦なく解体し始めた。
私が初めて知った魔女の死は、そんな物だった。