第3話 雲の魚
今回は少年と空の冒険です!
幽霊カラクリ猫ジンゴロちゃんの騒動から暫くしたある日の早朝、私と師匠とモリシはレンタルしたタツノオトシゴ型の乗用獣ウェイブランナーに乗ってカムヤエ島の南部のやや奥まった所にある冒険者協会の教練所に向かっていた。『初級冒険者ステータスパラメーター振り分け検診会』で検診官の仕事をする為だ。
朝早いからモリシを家から出すのが大変になるかと思ったら案外スッと出てきて拍子抜けした。私1人で行った時と師匠が同伴している時で対応違くない??『働いたら負け』スピリッツはどこいったんだよ?! ・・ま、いいけどさ。
「ブロッサムに若葉がだいぶ混じってきたね」
私達は葉の大きい熱帯種のブロッサムの並木道を通っていて、師匠は目を細めて言った。
「もう4月も後半ですよ、師匠」
「でも朝はまだ寒いですね。こんな早く起きたの3ヶ月ぶりくらいですよ」
夢から覚めた様な顔で呟くモリシ。確かに肌寒いので私もまたボアジャケット+1を着てる。けどそれよりも、
「3ヶ月前何で早起きしたの?」
私はモリシがポロっと溢したワードを聞き逃さなかったっ。
「そ、それは・・・の・・・だよ」
「ん? 何?」
「だからっ、ご当地アイドルの煌めき渚シスターズの新年ライブに行ったんだよっ! 午前の部のチケットしか買えなかったんだよっ」
ヤケクソ気味に白状するモリシ。
「ヒッヒッヒッ、モリシぃ~。お前のなんちゃってヒッキーぶりには私は飽きれちゃうよ?」
「うっさいなぁっ」
むくれるモリシ。別に可愛くないっ。
「ロミ、いいじゃないか別に」
「あ、出たっ! 師匠のモリシ贔屓っ」
「そういうワケじゃないよ」
「ロミの口が悪いだけですよねっ!」
「最近、私は相手を選んで毒を吐いてるからね」
「何だよぉっ」
「んん?」
「よしなさいって」
そんな具合に軽く小競り合いしながら、まだ朝靄の出ている少し青み掛かってきたブロッサム並木道を私達は浮遊しているウェイブランナーをゆらゆら揺られながら進めて行った。花弁が小糠雨みたい。ずっといい香りがしている。
教練所には移送魔法バダーンの発着所があるから飛べば早いし乗用獣のレンタル代も掛からないんだけど、師匠は最近出勤率は上がったしアイドルのライブにこっそり出掛けたりはしていても、基本的には籠りがちなモリシにはウェイブランナーでゆっくり景色を見たりしながら長距離移動させた方がいい、と判断したのかもしれない。
「あ、何か飛んでますよ?」
モリシが不意にブロッサムより更に高い所に視点を合わせて言った。
「ああ、『雲の魚』だね。朝だからねぐらに帰るんだろう」
師匠も朝焼けの空を見上げながら言った。空には朝日を反射する様にキラキラ光る何かの群れがいて、海の方へと下ってゆくところだった。
「はーい、次の方どうぞぉ」
教練所に着いたらすぐにパラメーター振り分けの検診会が始まった。慌ただしいけどすぐに仕事モードに切り替え、対応を始めていた。
「ども、上着脱いだ方がいいんですか?」
「それは大丈夫です。やめてくださーい」
初心者相手のパラメーター振り分け検診あるある『健康診断と混同される』だ。
「え~と、No.012さん。レベル7、メインクラスは戦士。サブクラスは大工に左官に木工・・あ~、土建系ですね。こっちのレベル高い。冒険者よりそっち系の方が向いてるんじゃないですかぁ?」
ヤバっ、ちょっと口がスベった。
「いや、自分、土建屋の三男坊なんで仕事の口があまり無くて・・」
でも温厚な人で助かった。危なっ。気を付けよっ。
「そですかぁ」
このNo.012さんもそうだけど、島の冒険者の7割方は人間だ。カムヤエ島は小柄で先住のパタヤ族、島を統治している人魚族、商圏が1番大きい様々な種の海魔人族が多数派で人間は全体の2割くらいしかいないから、普通の仕事の口を見付けるのはちょっと大変だったりする。
「オーダーは力3を対価に守り2増やす、ですね? 1、対価で目減りしますよ?」
「教練所に予約入れてます。鍛え直すんで大丈夫です」
「はい、了承、と。でも戦士系で力を切って守り増やすって珍しいですねぇ」
「同じパーティーに大盾使いが居て、役割分担やり過ぎちゃって。今のレベルで受けられるクエストでピンで動いた時、もう危なくてしょうがいんですよっ」
「ああ~、タンク役が仕事し過ぎるとバランス崩れますよねぇ。じゃ、処置しまーす。リラックスして下さい」
ここでパラメーター錬成に適したリブラワンド+1を使ってシャワーンっ、とパラメーターを調整っ!
「お疲れ様でしたぁ」
「いや、ありがとうございました。何か・・整いました!」
パラメーター振り分け検診あるある『サウナの後、みたいな感想を言ってくる』だ。
「はーい、次の方どうぞぉ」
この繰り返し。魔力が尽きたら魔法石の欠片を使って回復。私とモリシは人間やパタヤ族やコボルト族等、比較的調整難度の低い種族を担当。師匠は難度高めな人魚や海魔人族等を担当していた。午前中の検診は特にトラブル無く済んだ。
モリシは中退でも魔法大学に入れるくらいだから錬成師としての地力は私より優秀なんだけど、対人接客は苦手だから私の6割くらいの人数だけ回しといて正解だった。パンクしちゃうもんね。
昼休憩になると私とモリシは検診用のホール近くの廊下のベンチで昼、食堂で何食べるか? と話したりしながら師匠を待っていた。
「悪い、待たせたね」
師匠が得意の亀系種族の老人らしからぬ早歩きでスタスタとやってきた。紙袋をもっている。
「お疲れ様です師匠」
「ゼイルッフさん、それは食べ物ですね?」
即、紙袋に反応するモリシをジト目で見てやったが、これくらいで動じるモリシじゃなかった。
「そうだよ。フリッターライスボールだ。貰い物だが2人で食べるといい。除菌シートも入っているからね」
師匠は苦笑しながらフリッターのいい匂いがする紙袋を見た目通りの食いしん坊なモリシに渡した。
「いやぁ、すいませんね。えへへっ」
「師匠は?」
「私はこれから教練所の所長と会食することになった。2人共、午後の検診対応が終わったらそのまま直帰していいよ。ロミはもう今日は店を開けなくていいからね。夕飯はネリィさんがパエリアを作っておいてくれるそうだ」
「またパエリアですかぁ?」
3日連続だ!
「そうだ、モリシウォード君」
「はい?」
紙袋を早速開けて気を取られていたモリシ。
「午前中の君の検診対応、教練所の係の人が手際がいい、と感心していたよ」
「そ、そうですかぁ? まぁ、まだ本気は出してないですけど、ざっとこんなもんですよ! はははっ」
「午後の検診対応もよろしくね」
「はいっ、任せて下さいっ!」
師匠は私には特に何も無く、スタスタと歩き去って行ってしまった。酷っ。
「モリシっ! 見え見えのお世辞じゃん。真に受け過ぎだよっ」
「ふぅ~っ、敗者の遠吠えが心地好いね」
「はぁっ?! いいから私の分のフリッターライスボール出しなよっ」
「ロミ、お前はチビだから3個でいいだろぉ?」
「何言ってんの? チビの胃袋甘く見てるでしょ?!」
等とベンチでギャーギャー言っていたら、杖を突いたコボルト族の老人が片足を引き摺ってこちらに歩いて来た。ん? 誰?
「あの・・海鈴堂のロミさんですか?」
「あ、はい」
仕事関係か。私はすぐに再び仕事モードに切り替えた。
「海鈴堂、2級錬成師のロミです。何か御用ですか?」
そこから杖を突いた老人、タイゾウさんは意外な話を私に持ち掛けてきた。
午後4時くらいだったかな? 振り分け検診会を終えると、私は教練所で「せっかく南部に来たからアボガドジンジャーバーガーの食べ比べしてくる」というジャンクフード好きのモリシと別れ、南7番街にあるタイゾウさんの整備工場にウワバミポーチに入れていたエアボードで向かった。勿論、仕事だから師匠に断ってある。
エアボードの魔力燃費は悪いけど、ウェイブランナーをまた借りてしまうとタイゾウさんの整備工場から7番街の返却用のレンタルステーションまで遠いみたいでめんどくさかった。近くにバダーンの発着場も無いし、しょうがない。教練所のある奥南部3区が南7番街に隣接していてわりと近いのがせめてもの救いだった。
「すいませーんっ! 海鈴堂のロミでーすっ! タイゾウさんいらっしゃいますかぁ?!」
呼び鈴がどこにあるかよくわからなかったかったから、付けていたゴーグルだけ取って、整備工事内に呼び掛けてみた。
ここは鳥舟専門の整備工場だ。鳥舟というのはプロペラの推進力と羽の揚力、そして飛翔石の浮力何かで飛ぶ、鳥の様なシルエットをした小型の飛翔船のこと。軍事転用され易いから規制の厳しい乗り物だけど、カムヤエ島は飛行系の乗り物がわりと発達しているから小さな民間の整備工場もちらほらあったりする。
ただし、タイゾウさんのこの整備工場は既に閉鎖済みで施設内は機材も少なくガラン、としていた。
「誰?」
工事の奥からタイゾウさんではなくコボルト族の少年が出てきた。
「ああ、君が孫だね! 孫のイチホ少年っ! 私、ロミっ。ロミ姐さんでいいよ?」
「え? 誰っ? えっ??」
露骨に怪しむイチホ少年っ。こっちは先にタイゾウさんから話を聞いていたもんでちょっと先走り過ぎたか・・。
「ロミさん! お待たせしました。足が悪いもので出るのに手間取ってしまって」
工場の事務室からタイゾウさんが杖を突いて出てきた。私の方がちょっと慌てて小走りで近付いた。
「すいませんタイゾウさん。呼び鈴がどこかわからなくて」
「ああ、呼び鈴は機械化したのが入り口の所にあったんですが、回収業者が勝手に持っていってしまって。お恥ずかしい話ですが、今はウチの工場呼び鈴無いんです」
「そうですかぁ・・」
商売辞める時に来る回収業者はどの業界でもムチャする人達多いもんね。気まずくなっちゃった。
「だから爺ちゃん、この人、何?」
あっという間に『誰?』から『何?』に格下げされた!
うん。ここで一回整理しよう。タイゾウさんは私と師匠が以前島に住んでいた頃のお客さんだった。私が店を手伝い出してから3回程仕事を依頼したことがあったそうだけど、たぶん直接関わったのは1度きり。それも当時は3級錬成師の資格しか持っていなかったからほんと簡単なアシスタント業務を少ししただけで、申し訳ないが私の方は見覚えがある、かも? くらいの記憶しかなかった。
それでも向こうは覚えてくれていて、工場を閉める挨拶に付き合いがあったらしい教練所に挨拶に来た時に私を見付けて今回の依頼をしてくれた、というワケ。
その依頼内容は『工場に唯一残った年代物の鳥舟の修理の段取りの手伝い』だった。
・・・正直、魔法屋の仕事じゃない。機械屋の仕事だね。ただ、タイゾウさんは5月には島の養老院に入ってしまうんだって! 時間があまり無い。諸々お金が掛かるから予算も余り無い。海鈴堂はわりと臨機応変に融通を利かせて仕事を請け負うタイプの店だったからタイゾウさん的にはちょうどいい、と思ったのかもしれない。
「・・というワケだよ、少年」
「ふーん、でも爺ちゃん。今更、アレを修理してどうすんの?」
イチホ少年はドックの奥にある古びた鳥舟を振り向いた。タイゾウさんはすぐには答えず、ドックの端にある棚で何かゴソゴソし始めた。
「ロミさん、ちょっとそこの照明レバーを下ろしてくれませんか?」
「ん? いいですよ」
私は腰の後ろの鞘からマグネットタクト+2を抜いて、タクトの念力でタイゾウさんが示したレバーを下ろした。パッと2つ灯りが点いて薄暗いドックの中で古びた鳥舟が照らされた。錆びてるけど結構、カッコイイなぁ。後部席も2つあった。大昔の偵察機を観光用に改造した、って感じかな?
「イチホ、お前にその鳥舟、7型熱帯仕様機『遠雷』改に乗ってもらおうと思ってな」
「爺ちゃん。俺、飛行士じゃないし、子供だし」
「違う違う」
タイゾウさんは苦笑しながら、棚にあった箱から出した、これまた古い転写機を取り出してイチホ君の方に杖を突いて歩み寄った。
「それって父さんの?」
「うん、ナギヒコが駆け出しの頃に使っていた物だ。修理した。まだ使える。お前は後部席からこれで転写図を撮るといい」
転写機を渡されたイチホ少年はまだ困惑してた。
「空から? 何を??」
「覚えてないかい? 雲の魚、スプライトエアフィッシュだよ。昔、ナギヒコの夜間空撮に1度ついていった事があったろう? あ、ロミさん、あのテーブルに出してある平たい缶を取って貰えますか?」
「はいはい、取りますよぉ」
何か、そういう係みたいになってきた。テーブルからタクトの念力で缶を取り、渡した。缶を開け、保護シートに入っていた転写図もイチホ少年に渡すタイゾウさん。少年はグッと目を見開いた。
「私も見ていいですか?」
「ええ、ロミさんも是非」
覗き込んでみると、少し色褪せてはいても凄く綺麗な転写図だった。夜間撮影だから加工されて不思議な色が出ていた。雲海を切って飛び魚と鳥の中間の様な生き物達の群れが発光しながら飛んでいた。今朝、ブロッサム並木から海に降りてゆくのを見たばかりだ。今、ちょうど渡りの季節だもんね。
「この転写図は新聞社や雑誌にいい値段で売れてね。島の文化局から年間銀賞ももらった。あいつはいい仕事したよ・・」
転写図をじっと見詰めるタイゾウさん。イチホ少年も黙って転写図を見ている。えーと、これは、聞いた方がいいのかな? それともダメなヤツ?
「あの・・その、ナギヒコさんは?」
聞いちゃった。
「これを撮った2年後に仕事中の事故で・・この子の母親も病気で亡くなってしまったから2人で暮らしてきたけど、私もすっかり身体にガタがきたし、この工場もこれ以上続けると借金を作ってしまうから、まぁ潮時ですよ」
「え? じゃあ少年は?」
まさか、施設に入る前の思い出作り、みたいな・・。私は冷や汗をかいてしまった。
「俺は大陸の方の叔母さんの家に行くんだ」
「そ、そう・・」
施設よりかは、いいのかな? どうだろ?? 反応に困ってしまった。
「飛行士の当てはつけてある。島から出る前に、撮るといいよ」
「爺ちゃん・・」
何かしんみりした感じになったけど、私の冷や汗はまだ止まってない。5月までにあの錆びた機体、直す段取りつけられるのか私??
翌日、工場の裏手に仮設の発着場を作っておいたので、私は海鈴堂の昼休みに移送魔法バダーンでやって来た。慌てたから昼御飯食べ損なって飛行中集中が切れて島カモメの群れに突っ込みそうになって慌ててしまった。島カモメ結構凶暴だしっ。危うく空中でフルボッコされるところだったっ。
とにかく『午後12時半頃』と彼女と約束しておいたから遅れるワケにはゆかなかった。コミュ力に難があることに関して、彼女は私やモリシの比ではなかったから・・。
「姉ちゃん、アレじゃないかな?」
工場裏の広場みたいになっている所で、腹ペコの私が冒険者協会が売ってるあんまり美味しくないレーションスティックのココアパパイア味をワシワシ噛っていると、イチホ少年が北の空を指差した。少年に『ロミ姐さん』と呼ばそうと何度かそれとなく誘導したが、結局『姉ちゃん』と認識されてしまったようだ・・チッ。
ま、それはいいとして、北の空に機影が1つ見えた。近付いてくる。ふっふっふっ、助っ人を雇った。
「来た来たっ。オ~イっ!」
私が機影に手を振っているとイチホ少年は首からストラップで提げていた転写機でパシャっと機影を撮った。
「少年、そのフィルム高いんだよ?」
「いいよ、飛ぶ時の分は残してるから。練習だよ」
イチホ少年は自分が撮った転写図の仕上がりがまだわからないからか、転写機をどこか落ち着かない感じでイジっていた。
程なくその機影、熱中症対策の防護服を着たミツネが運転していたマシンピッキングボードは工場の裏に着地した。石油のガスの臭いがする。マシンピッキングボードは大きめのエアボードを3枚使って中高度飛行で小型コンテナの輸送ができる乗り物。魔力だけだと燃費が悪過ぎてとても飛ばせられないからオイルドライブという精製石油を使った補助動力が積んである。
「ミツネっ! お疲れ様ぁっ」
「・・うん、遠いな南部は」
機体のオイルドライブを切って、動き難そうな防護服で広場に降りてきた。
「何でそんな服、着てるんですか?」
と聞きつつ、転写機でパシャっと撮るイチホ少年。
「脱ぐと死ぬ」
そこまで極端じゃないはずだけど説明が面倒くさかった様子のミツネ。
「ロミ、コレが言っていた工場の子供か? スプライトエアフィッシュ撮るんじゃないのか? 私を撮ってるぞ?」
「練習してんだって。それよりこんな派手なので来なくてもウワバミポーチにコンテナ入れてバダーンで来ればいいじゃんか」
「私はウワバミの鞄を3つ持っているが、容量の小さいヤツと機械嫌いで受付ないヤツと気紛れで取り込んだ物を出してくれないことがあるヤツで、どれも使い物にならない。よって、自分で来た」
「それ、鞄を買い換えた方がいいんじゃないの?」
「長年使って愛着がある。問題無い」
いや結構有るみたいだけど??
「まぁいいわ、ちょっとドックの機体見てみて。ミツネなら直せると思うんだけど・・」
「いやその前に、私は寝る」
ミツネはそう宣言して広場の端に仰向けに寝転んでしまった。
「いやいや何で?! ちょっと待ってっ」
「外出自体1ヶ月ぶりくらいだが、さらに長距離飛行までした。限界だ。コンテナに最低限度の機材と鳥舟整備用に調整したマシンミニゴーレムを3体積んである。ロックも解除済みだ。それで事足りるだろう・・」
「ええ~?? いや、大丈夫なのミツネ?」
「問題無い。水分もこのまま取れる」
そう言って、防護服の腰のベルト付近を操作するミツネ。するとカシュっと防護服の顔のフィルターの向こうにストロー状のノズルが延びてきて、それをチューチュー吸うミツネ。撮影するイチホ少年・・。
「ま、まぁいいや。少年、その人撮ってもしょうがないからお爺ちゃん呼んできて、確認してもらうから」
「わかった」
ミツネの撮影を切り上げ、工場の中に小走りに去ってゆく少年。子供はすぐ走るなぁ。私は取り敢えずコンテナの方に行ってスイッチを入れ、パカっとコンテナを開けた。途端、マシンミニゴーレム3体が飛び出してきた。
「ワァッ、ヤット着イタァッ! 何ダ? イツモノちびガイルゾ?」
「こいつドコニデモイルナッ」
「ろりばばぁダ!」
「ロリババァ言うなっ。お前らかよっ」
鳥舟整備用に厄介そうなヤツらがチョイスされていた・・。
「ますたーガ倒レテイルゾ?!」
「ますたーっ! シッカリシテッ」
「ますたーっ、起キテッ!」
「・・・お前達・・思い出を、ありが、とう・・」
ガクッとわざとらしく力を抜いて寝たフリをするミツネ。大騒ぎするミニゴーレム達・・。
「何コレ? ・・もう、ミツネっ。遊んでるんだったら機材積み下ろすの手伝ってよっ。というかコレで直せんの? 私、午後の店の仕事あるから時間無いんだよぉ~っ」
しかし、ミツネは本当にそのまま眠ってしまい、積み下ろしと確認作業の途中で時間切れになってその日は私は帰ることになっった。何かグダグダになってるけど、間に合うのかなぁ??
それから3日間、専門じゃない私は仕事の合間や仕事終わりにちょっと様子を見て手伝いしたり差し入れしたりするくらい、ミツネはどうやら気に入ったらしいマシンピッキングボードで毎日来ては小一時間程度、熱中症対策の防護服を着たまま修理作業をしたり工場に置いたままにしているミニゴーレム達の調整をしたり、床に寝転がって『仮眠』を取ったりすることを繰り返しているだけだったけど、そのミニゴーレム達は1体で3人分くらいの働きをして見る間に錆だらけの鳥舟『遠雷』改を修復させていった。減らず口を叩くだけじゃなかった・・。
作業を続ける中で、タイゾウさんも最初より元気になってきた気がした。海鈴堂としてはミツネのバラック庵に仕事を紹介してあとはちょっとサポートしているくらいだったし、正直タイゾウさんが用意できた依頼料自体高額とは言えない額だったから儲けはあまりなかったけど、これはこれでいい仕事!
そして作業5日目の夕方、私がイチホ少年一旦機体から取り出したまだ使える部品を磨く作業を手伝っていたら、ついさっきまでドックの床の端で防護服を着たまま寝ていたミツネが誰もいない工場の事務所の窓から身体を半身だけ出して、チョイチョイっと、片手で手招きしてきた。
「うん?」
何か、都市伝説の怪異みたいになってるけど何だ??
「ちょっと行ってくるね、少年」
「うん。何かシャッターチャンスがあったら俺も呼んで」
「どうかな、それ?」
どうも少年の中でミツネ、イコールシャッターチャンスみたいな図式になってる・・。とにかく私はミツネのいる事務所に入った。
「来たかロミ。まぁしゃがめ。声も小さくな」
と言ってまず自分が事務所の窓の下辺りにしゃがむミツネ。
「何、何?」
私も声を潜め、ミツネの隣にしゃがんだ。
「問題が5つある」
「5つも?!」
「1つ目は、私は最近ピッキングボードに乗り回すことにハマったのだが、ずっと防護服を着ているから帰路の時間を考慮ふると、この工場の仕事を終えてから40分程度しか余裕がない」
「・・?? 何で? 服の冷却装置の調子悪いとか??」
確か最大充填で4日持つとか前に言ってたような?
「違うっ。トイレだ! 40分以上は不測の事態が起きかねないっ。一応予防策は取ってあるが」
予防策?
「うーん・・ああ、オム」
「言うなっ! 察してくれっ」
「はいはいっ、ごめんごめん。ごめん、てっ」
でもそこまでしてこの仕事引き受けてくれてたんだ。何か、悪いな。
「まぁ、1つ目は私の個人的な問題だからいいとする。・・2つ目は、あの転写機小僧だ」
転写機小僧て・・。随分な呼び方をして、窓からチラッと作業するイチホ少年を見るミツネ。
「イチホ少年がどうかした?」
「だから、全く学校に行ってないんじゃないか?」
「ああ・・」
そういえば毎日、どの時間に工場を訪ねてもいる! もはや少年がいるのが当たり前過ぎて気付かなかった。
「でもどうせすぐ引越ちゃうんでしょ? いいんじゃない? サボっても」
「そうなのか? 私は普通の学校は中等師範学校に2ヶ月通っただけだからよくわからないが・・」
「私なんて、普通の学校通ったことないよ」
「う~む、一般的に、初等学校には通った方がいいとされている気がするのだが・・」
「私もそんな気がしたよ」
私とミツネは、どよんっ、とした顔で改めて事務所の窓から熱心に部品を磨いているイチホ少年を覗き見てみた。
「・・どうやら『普通』の範囲の事象に対し、我々は無力なようだな」
「そだね。あの子、元気そうだし、いいんじゃない?」
「うむ。この件も保留、か・・」
防護服のフィルター越しに苦み走った顔をするミツネ。
「3つ目は?」
「うん、ここからは仕事の問題だ。3つ目は、スプライトエアフィッシュ、島の連中は雲の魚と言ったりしているが、この魚の『渡り』が今年は少し早まってるそうだ。どうも半年程前に海龍王が暴れたせいで天候に影響が出たようだが・・」
「それ、間に合うの?!」
目当てのスプライトエアフィッシュは春になるとこの島を経由して大陸の汽水湿地地帯渡りをする習性がある。例年なら大体4月一杯は島の上空を夜、飛び続けてくれるはずなんだけど。
「島の環境局の発表を見る限り微妙だな」
「ええ~?」
鳥舟を直せばクエスト完了と思い込んでたよ。
「4つ目もこれに起因している。スプライトエアフィッシュの天敵、クラウドイーターが今年は多いそうだ。狩りできる期間が短くなって慌てているんだろう。例年より気性が荒く、今年は人が襲われるケースが増えて冒険者協会の討伐リスト上位に乗せられていた」
クラウドイーターは夜行性中型飛行モンスターだ。凶暴だが警戒心が強く、例年ならそんなに問題になるエネミーじゃない。
「エネミーに関しては、ある程度は迎撃用のミニゴーレムを積んで対処できるが、状況によっては夜間飛行で雲の魚を撮影する、というのは厳しいかもしれない・・」
「そっかぁ。でも鳥舟が直れば、他に、昼間に島の回りの渦潮を撮りに行ったり、色々できるよね?」
「まぁその方が無難ではあるな」
期限と天敵か・・急にクエストの達成難度が上がっちゃったな。
「ロミ」
私が考え込んでいると、ミツネは更に声を潜めて防護服越しに頭を寄せてきた。
「4つ目までの問題も厄介だが、5つ目の問題が1番致命的だ。このクエストの存続に関わる問題なんだ」
「何? 何があったの??」
ミツネは1度呼吸を整えてからこう言った。
「予算が足りない」
あちゃ~、そこかぁ・・。
それから約30分後、私はヘルメットとゴーグルを付けた格好で南4番街の比較的『マシな』バダーンの発着場に降り立った。
「臭っ」
治安の悪い南4番街は下水の様な臭いと甘ったるい臭いの混ざった独特な臭いがした。完全に日が落ちると面倒だ。私は素早くメットとゴーグルをウワバミポーチにしまうと、代わりに『ホビットのマント+1』を引っ張り出した。
このフード付きのマントは、フードを下ろすと周囲に認識され難くなる。さらに+1が付いてるから素早さも上がる! 時間も無いし、私は以前より女子っぽい格好をしているからこの魔法道具がベストだ。
足の筋を伸ばしたり、準備運動を済ませると、着込んだホビットのマントのフードを下ろした。ミツネから渡された4番街マップをチラッと確認する。
「よしっ」
小走りで走り出すと全速で走ったのと同じ速度が出た!
「おおっ?」
これでコケたら大怪我しかねないっ。私はコケたり街のゴロツキや建物に激突したりしないように集中した。ホビットのマントはエアボード程じゃないけど魔力を消費する。気を付けつつ、無駄な回り道はしないっ。
「よっ、ほっ、危なっ」
風の様に走り抜けてゆく、街に立ち込める甘い臭いの正体、葉巻型のソフトドラッグを吸ってとろけそうな目をした住人達を飛び越えて走ってゆく! 目指すはパーツ屋『がんじゃもん』ミツネから預かった『暴走魔工バッテリー+1』を売りにゆくっ。
・・ミツネの話では、鳥舟の修理を進める内に基幹フレームの劣化が一部で酷く、予定より費用が掛かるようになってしまったらしい。勿論タイゾウさんはこれ以上お金を作れない。もう工場の権利もとっくに売って、立ち退きまでのモラトリアムで作業している状態なんだ。
ミツネは予算の帳尻を合わせる為にミニゴーレム達をあちこちに放って、必要な材料や手っ取り早く売れる素材を集めさせていたらしいけど、いよいよ追い付かなくなってしまったそうだ。そこで鉄鋼町ではあまり取り扱わない、ヤバいパーツを何でもありな南4番街のパーツ屋に高値で売ってお金を作ろう、ということになったワケ。
ドックの床で寝てばかりいたミツネだったが、実は影で頑張ってくれてた。私も一肌脱ごうじゃないかっ!
「ここか! わっ? ととっ」
速過ぎて止まるのに手間取ったが、『がんじゃもん』の前に到着した。フードを上げる。私はポーチから水筒を取り出してハーブ水を飲んだ。汗だくだ。呼吸も整える。
「・・やるかっ」
水筒をしまい、暴走魔工バッテリーを取り出し、私はミツネのラボとはまた違う、兵器パーツが多い機械だらけの店内に入った。
「なんだ? ションベンガキが来る所じゃないぜ?」
ピアスまみれのスキンヘッドの男が店主らしい。取り敢えずディスってくるカルチャーっ!
「これ、売りたいんだけど?!」
私は臆せずドンっ、とカウンターに暴走魔工バッテリー+1をカウンターに置いた。わざとセーフティロックを解除すると『暴走』だけにまだ充填も何もしていないのに煙を吹き出してバリバリ放電しだした!
「私、子供の遣いじゃないから、最低価格は120万ゼムから交渉しようか?」
バッテリーに触れているから感電してダメージを受け続けているけど不敵に笑って見せてやったっ。
「お、おめぇ何モンだ?!」
店主をビビらせることには成功したが、実は事前に雷属性対策しようと思ってたのにテンパってすぐ店に入っちゃったから何もしてなくて、ダメージ入り過ぎて内心半泣きな私だった・・。
「只今戻りましたぁ~」
私は疲れ切って海鈴堂に帰ってきた。あの後、バッテリーは十分な価格で売れて何とかクエスト続行と相成った。軽く死に掛けたけどねっ。属性対策大事だねっ!
「ロミ、遅かったね。今日は差し入れ・・おっ?」
私の頭を見てギョッとする師匠。電撃のせいで軽くパンチパーマになっていた。髪が短いから鳥の巣みたいでもある・・。
「敢えて、何も言わないで下さい、師匠。お風呂上がったら直すんで」
「そうかい。あまり無茶しないようにね。それと、モリシウォード君が、あの何だったか? 彼があの応援しているアイドルグループのグッズの『煌めき饅頭』というのを差し入れてくれたから明日工場に持っていったらいいよ」
「はい。モリシ・・あっ。そういいえばモリシって魔工師5級持ってましたよね?!」
前に凄い自慢されたしっ。
「魔法大学の錬成学部の一般教養で必修だからね」
「だったら私の代わりにモリシに工場に行ってもらおうかな? ちょっと作業急がなきゃならないんですよ」
私も2級錬成師だから習得必須の7級魔工師免許は持ってるけど、7級じゃできる作業が見よう見まねだけで手伝ってるイチホ少年と変わらないレベルだった。
「いや、ロミ。モリシ君は休業期間が長かったから年内に2級錬成師の再講習を受けてもらおうと思ってるんだ。本人とも少し話してるが、もう少し慣れるまで錬成師の仕事に専念してもらいたい」
「そうですか・・」
モリシはモリシで忙しいかったか・・。
「わかりました。このクエストは引き続き私が最後まで担当します。じゃ、お風呂行ってきま~す」
「ロミ」
「はい?」
「タイゾウさんは常連という程ではなかったが、古いお客さんだ。そして、たぶんこれがタイゾウさんから受ける最後の仕事になるだろう。大事にやってくれ」
「・・はい。任せて下さい」
そっか、そうだよね。何かイチホ少年にばかり気を取られていた気がするけど、クエスト主はタイゾウさんだもんね。ちゃんとしよ。
作業6日目の昼、整備工場に飛行士と島の飛行局の役人が来た。飛行士は人間の男で30代中盤くらい。役人はロブスター系海魔人で人型ベースじゃないから年齢はよくわからなかった。たぶん女性。私達はモリシ経由で手に入った『煌めき饅頭』食べて休憩している所だった。この饅頭美味しいけど値段高過ぎ。たぶん市価の3倍くらいだ。怖いわ~アイドル業界っ。
「タイゾウさん! 思ったより凄いじゃないですかっ。遠雷っ。懐かしいなぁ」
飛行士は声の大きい男だった。
「ラスタ君。よろしく頼むよ」
タイゾウさんとは旧知の様子だった。
「呼び鈴を盗まれたそうですが届けは出しましたか?」
役人さんは几帳面そうな話し方だった。
「一応は、それより存分に検査して下さい。もう中高度低度なら飛べますよ?」
実は低高度飛行試験しかしてないけど、ちょっと盛るタイゾウさん。
「ふん・・・この穴は何ですか?」
機体後部上辺の穴に注目する役人さん。
「それな、探知用のミニゴーレムを仕込む穴だ」
機体の陰からヌッと顔を出す防護服を着たミツネ。たじろぐ役人さん。
「ミニゴーレム?」
「この子だ」
ミツネはミニゴーレムの1体を円柱状に変形させて穴に自分でスポっと入らせた。
「マシンミニゴーレム・・珍し、あっ! あなた雪姫さんではっ?!」
防護服のフィルター越しにミツネの顔をハッキリ確認して驚く役人さん。飛行士のラスタも振り向いた。そう、実は機械関係の業界でミツネはちょっと有名人だ。ただ有名になったのはミツネが島に引越て来てからだから世代的にタイゾウさんはピンときてなかったみたいだけど。
「そんな通り名を自分で名乗ったことは1度もない」
ムッとした顔のミツネ。まあね。
「と、とにかく、検査は公正に行いますよっ?」
「トットト調ベロ海老ババアッ!」
「何ですって?!」
円柱状になっても口が減らないミニゴーレムにヒヤヒヤさせられたが機体の検査は無事済んだ。
「当日、離陸できない場合や雲の魚の渡りが済んでしまっていた場合は、最悪、俺がこの遠雷で坊主を島の回りの渦潮海域でも撮らせに連れてってやるよ。海龍王の加護を受けた渦潮はこの島の周囲だけだが、スプライトエアフィッシュは世界中どこにでもいるしな!」
途中までは私も同じ様なことを言ってたけど、後半急にぶっちゃけちゃう飛行士ラスタ! 一同苦笑するしかなかった。
7日目、いよいよ明日が本番になり、私達は機体の最終調整を行っていた。既に昼、ミツネが操縦して高高度飛行試験を済ませている。ミツネは最近長く工場にいるが『トイレ問題』は工場に『ミツネ専用冷温トイレ』を作って解決していた。
「アハハーッ! ますたーっ、クスグッタイデスッ。アハハーッ!!」
ヨッピー3号がミツネに何やらイジられて爆笑している。本番はヨッピーがクラウドイーター対策の為に積まれることになった。
「昨日の子じゃダメなの?」
「あの子は整備用に調整したから。昨日は時間が無かったから間に合わせだ。それに本番は『探知用』では対処しきれない。『迎撃用』を積む」
「ふーん・・あれ? イチホ少年は?」
さっきまで、ヨッピーを撮っていたが見当たらない。
「そこらにいるだろう。放っておけ」
「・・ちょっと見てくる」
私は何となく当て感で、裏手の広場に行ってみた。少年はベンチに寝転がってぼんやりしていた。
「どうした少年。作業に飽きたの?」
「別に・・フィルムが残り少ないからもう本番しか撮れなくなっちゃってさ」
「最後に撮ったのがヨッピー? 君、センス無いなぁ」
「うっさいなぁ」
少年はゴロンっと向きを変えて縮こまり、私に背を向けた。
「機嫌悪いじゃん? 明日でこのロミ姐さんとお別れだから寂しくなっちゃった? それとも君はミツネ派かな?」
「どうでもいい」
「そうきたか」
私はベンチの空いてるスペースに腰掛けた。
「タイゾウさん。・・お爺ちゃん、たまには訪ねてあげなよ」
「無理だよ。大陸から島まで遠いよ。お金掛かる」
「そっか。子供もしんどいね」
「当たり前だろ?」
「・・だね」
私も子供の頃、あんまりいいことなかった。
8日目、当日夜。島の環境局の発表でスプライトエアフィッシュの渡りが今夜も確認された!
「行くならなるべく速い方がいいっ! クラウドイーターは遅い時間に活発化するっ」
飛行士ラスタは少し興奮しているようで元々大きい声がさらに大きくなって、近いと耳がビリビリするくらいだった。
「ロミ! ヨッピーはあくまで緊急手段だ。頼り過ぎるなよっ」
ラスタに釣られてミツネまで声大きいしっ。
「わかったわかった」
後部座席にはイチホ少年と私が乗る。ミツネは防護服がかさ張り過ぎるのと万一の時の支援用ミニゴーレム達を地上に控えさせているからそっちの対応に専念することになった。
「ロミさん、イチホを頼みます。ただあまり無理をされないで。危なかったらすぐ引き返して下さい」
「了解です」
「イチホも気を付けるんだよ」
「うん・・」
それから警戒用のミニゴーレム達を数体放って、中高度までは確認させ、問題無いと判断できたので私達は離陸することになった!
「民間の滑走路で距離が足りないから飛翔石の浮力を強めに使うっ。ちょっとガクンっとくるぞっ? 舌気を付けろっ」
「りょ、了解っ。少年わかった?」
「わかったよ。俺、経験者だからね」
『経験者』ときたもんだ!
「離陸するっ!」
ラスタは生き返った遠雷・改のプロペラを回転させた。グワッと機体が前に進みだすっ。
「おっ、おお?」
「姉ちゃんビビり過ぎ」
「ビビってないしっ」
「舌噛むぞっ!」
怒られたしっ。滑走路ギリギリで加速した機体はガクンっ! と浮き上がった。飛翔石の力で軽く機体が発光するっ。機体はそのままグングン高度を上げ、警戒用に飛ばしていたミニゴーレム達を抜き去っていった。
「・・ミ、ロミ。ロミっ! 聴こえるか?」
無線伝声機からミツネの声が聴こえた。
「こちらロミ! 聴こえます!」
「こちらラスタ! 今のところ問題無い!」
「スプライトエアフィッシュの群れは北北東だ。少し離れるから該当空域の詳細はわからない。通信継続も難しそうだ。一応、ヨッピーを起動させておけっ。あとは・・」
通信が途切れた。
「ラスタさん、後ろのミニゴーレム起動させます。ちょっとうるさくなると思いますけど無視して下さい」
「了解っ!」
私は後部席側にあるスイッチを押し、ヨッピー3号改め、『ヨッピー3号・フルアーマーパック』を起動させた!
「クェーッ! 目覚メノ時ィイイイーッ!!」
伝声機越しに、いきなりうるさいしっ。とにかく起動してくれたようだ。
「ヨッピー、いざとなったらよろしくねっ」
「ろみ様ッ、オ任セアレェーッ!!」
「・・姉ちゃん、何か凄いね」
「いいから、少年、君は転写機ちゃんと構えといて。夜間撮影モードにしてある?」
「してるよ」
そうこうしている内に機体は雲を抜けて雲の上に出た。途端、月が近くなって明るくなる。そして機体の先の小さな雲の塊の向こうに何かキラキラとしたより強い明かりの集まりが見えた!
「あれだなっ! 一応前方の雲は避けるっ」
ラスタは機体を傾け、雲を回り込んで光る群れの方に進めていった。その時、
「・・っ?! ビクっと来た!」
私の能力『敵意探知』が働いた!
「あの雲の中、何かいる! ヨッピー備えてっ!」
「了解ッ! クェーッ!!」
「間違いないのかっ?! おおっ?」
前方の雲からクラウドイーターが3体飛び出してきたっ! 魚のエイと鳥の中間の様な姿をしている。
「姉ちゃんっ!」
「ヨッピーっ! 迎撃っ!」
「了解ィイイイーッ!!」
ボシュっ! と機体後部上辺から円柱状に変形していたヨッピーが箱型のフルアーマーパックを背負って飛び出し、すぐに鳥形態に変形した! 飛び出した穴は押し出し式になっていてすぐ閉じる設計だ。
「好転するなら継続するが、悪いならすぐ撤退するぞ?!」
「それでお願いしますっ。ゴーノっ! カワンっ!」
私は簡易物理守備魔法と魔力耐性魔法を機体に掛け、ウワバミポーチから電撃魔法ジガのロール+2を取り出した。
ヨッピーは向かってくるクラウドイーターの2体に先制で『炸薬推進強化花火矢状弾』を全弾撃ち込んだ! ドドドッ! 1体はまともに受けて炎上して落下していったが、もう1体は特技『カマイタチ』で真空を起こして直撃を免れた! さらに無傷の個体もヨッピーに回り込もうとするっ。
「クェッ、クェッ、クェーッ!」
荒ぶるヨッピーっ。『強化ネイルガン』で威嚇しつつ、2体のクラウドイーターの真ん中を突っ切り、2体が追ってくると無傷で速度がありより接近してきた方に『後方威嚇用焦熱花火弾』を全弾放った! ボボボっ! 激しい無数の火球に自分から突っ込む形になったクラウドイーターは焼き払われ落下していった! 残る1体っ。
「あの鳥ゴーレム、いけるんじゃないかっ?」
「いや、火力のある武器はあれで最後ですっ」
「何?!」
残るヨッピーの武器はネイルガンと近接のパワーアームだけだ。
手負いのクラウドイーターはヤケクソの様にカマイタチを連発してヨッピーを威嚇している。ヨッピーはネイルガンで応戦していたが、ラチが開かないとみたのか不意に突進してパワーアームでクラウドイーターに組み付いた!
「ヨッピーっ?!」
「ろみ様ッ、ワタクシハ電撃耐性アリマス。撃ッテ下サイッ!」
「ええ?」
私が戸惑っている間にもヨッピーはカマイタチを受けて削られているっ。
「お嬢ちゃんっ! どうするっ?」
「姉ちゃんっ、ヤバいよっ!」
「・・わかった」
このままじゃ無駄死にになる。というかヨッピー修理できるしねっ。
「私の席の側を向けて下さいっ!」
「わかったっ」
機体が旋回し、ちょうど揉み合うヨッピーとクラウドイーターの横に付いたっ。私は右手にジガのロールを持ち、左手は人差し指と中指だけ伸ばした状態で左目の前に掲げ『魔眼・透過望遠』を発動させた!
「見えた!」
私は正確に狙いを定め、ジガの電撃を機体の外から発生させ、クラウドイーターとヨッピーを貫いたっ!! バリィイイッ!! 放電し、落下してゆくクラウドイーターとヨッピーっ。
「ヨッピーっ!」
「・・・刻ガ、見エタ・・」
「ヨッピーィイイイーーーーッ!!!」
ヨッピーは雲の下に落ちていった・・。
「何とかなったな。じゃあスプライトエアフィッシュの群れの向かうぞ?」
ドライなラスタさんっ。
機体はかなり離れてしまった雲の魚、スプライトエアフィッシュの群れ、ギリギリまで接近した!
「うわぁ・・」
「何度見てもいいもんだ」
「・・これ、見たことある。あった!」
目を輝かせる。少年。私は魔眼のせいで目がショボショボしてきたから慌てて目薬を差した。雲の魚達は1体1体が眩しく光り、空に流れる光りの川を成していた。
「少年、撮りな。現像したら見せてね。コピーもちょうだいね」
イチホ少年は言われるまま1枚は撮ったけど、それ以上は撮らず泣き出してしまった。私はびっくりしてハンカチで涙を拭ってあげた。
「どしたの? 代わりに撮ってあげようか?」
雲の魚の光りに照らせれたコクピットで、イチホ少年は泣きながらも首を振って拒否したが、中々撮影を再開できなかった。
「ううっ・・撮り終わりたくないなぁ。島にいたいよ」
「・・少年」
「あまり長く接近していると逃げられる。5分だっ! しっかりしろっ」
ラスタは厳しかった。イチホ少年は暫く泣いていたが、やがて再びシャッターを切り始めた。
光る雲の魚達は成すがまま、少年の島の最後の景色をその身体で示し続けてくれていた。少なくとも、数分の間は。