第2話 カラクリ猫
ロミの友人、魔工師ミツネが登場します。よろしくお願いします。
魔法屋、海鈴堂の作業部屋の1つで私は延々と『保温ポット+0,5』の錬成を行っていた。錬成は普段使ってる念力特化のマグネットタクト+2では効率が悪いので、錬成用のフュージョンワンド+1を使ってる。+1でも錬成専用なので断然楽。
「・・・」
無言の作業だ。錬成陣に十数個の素のポットと錬成素材を正確に乗せてフュージョンワンドで錬成。それをマグネットタクトで仮置き用の棚に乗せて、次の材料を陣に乗せる。魔力が無くなってきたら魔法石の欠片で回復。これをエンドレス・・。既に600個は錬成したが、まだまだ終わらないっ!
この間、マジックハーブを使ったパンの材料を取りにいったりしたけどああいう仕事は少なくて、通常業務はほぼ内勤。慣れっこと言えば慣れっこなんだけど、ここまで単調な仕事はやっぱり飽きてくる。
「・・師匠、こういうのって工場でガーっとやった方が絶対早いですよねぇ」
同じ作業部屋で師匠は『プレミアム保温ポット+1』を錬成していた。
「まぁねぇ」
「この世にこれ程までに保温ポットの需要があるのでしょうか?」
「あるから仕事になってるんだろうねぇ」
「やっぱり流れ作業でガーっとやったら早いと思います」
「だねぇ」
「仕事を回してくれるのはありがたいですが、カムヤエ陶業さんは投資してでもそうすべきだと思います」
「う~ん」
師匠は作業の手を全く止めずに、少し考える素振りを見せた。
「錬成師は誰でも成れる仕事じゃないから、工場のライン作業に雇われてもいい、という人は少ないんじゃないかな?」
それもそうか・・。
「ですね。でも、だったらいっそ大掛かりな製造機械を導入しては?」
「錬成加工になるからねぇ。初期投資と維持がちょっと大変かなぁ。カムヤエ陶業は中堅メーカーだしねぇ」
ダメかぁ。
「商売は難しいですね、師匠」
「だねぇ」
何て退屈しのぎに話したりしていると作業部屋のドアがノックされた。
「ネリィさんかい? どうぞ」
「失礼します。旦那様、『バラック庵』さんからお使いが来ましたよ?」
家政婦のネリィさんが頭に小型の傀儡使い魔ミニゴーレムを乗せて作業部屋に入ってきた。ゴーレムは機械仕掛けのカナリア型だった。確か名前はヨッピー3号。
「くぇーっ! スグ来イッ。スグ来イッ。ろみヲ寄越セッ。報酬1日3万ぜむッ! 1日3万ぜむッ! ろみヲ寄越セッ。ろみヲ寄越セッ!」
ネリィさんの頭の上で大騒ぎするヨッピー3号。師匠が手を止めて振り向いてきた。
「御指名らしいよ? ロミ」
「ええ~っ、1日3万ゼムって微妙な額ですね?」
何かちょっと安く見られた気がするっ。
残りの作業は近所に住んでる無職の人に押し付けて、私はバラック庵に向かうことにした。バラック庵はカムヤエ島の北部にある『鉄鋼町』の外れにあるんだけど、海鈴堂からは遠いので移送魔法のバダーンで一気に飛ぶっ!
カムヤエ島は飛行禁止エリア以外で許可持ちであれば飛行可。鳥や飛行種のモンスターや他の飛行者との激突に気を付ける必要はあるけど、許可はあるから問題なく飛べるっ。今日は天候も良し。一応、自力木枠輪転式乗用機やエアボードに乗る時に使ってるヘルメットとゴーグルを装備してるけど、空の眺めはやっぱりいい。ずっと地味な作業をしていたからいい気晴らしになった。ただ・・
「急ゲ! 急ゲ! ゴ主人様ガオ待チダッ。ぐずっ、のろまっ、ちびっ!」
飛んでる私の襟の後ろに脚で掴まってるヨッピー3号の口が悪過ぎるっ。
「ヨッピー3号、あんたそれ以上減らず口を叩いたらさっき作ってた保温ポットと錬成して『ポット型カナリアゴーレム』にしちゃうよ? 首が蓋になってすぐパカっと取れちゃうよ? お湯、入れちゃうよ?」
ギロっと睨んで言ってやると、ヨッピー3号は一瞬、フリーズした。
「・・ス、スミマセン。ろみ様ァ。反省ッ! 反省ッ! ワタクシハ反省シタァーッ! くぇーっ!!」
うっ、反省させてもうるさいな、コイツ・・。
とにかく暫く飛んで、目当ての鉄鋼町上空まできた。ここは島で『機械屋』を営む魔工師達が多く住むエリア。機械屋は魔法屋と違って1ヶ所に集まって材料の融通し合ったり専門分けをして商売した時の効率が高いのと、どうしても作業時にガスや騒音が出たり大型機材の搬出入が多かったりするから、機械屋の集合コミュニティはどこの都市でも発生しがちだった。ここもそう。機械屋自体は島の殆どの街にあるけど、島ではこの鉄鋼町のコミュニティが最大だった。
「着いたぁ。バラック庵までもうちょっと。ちょっと寒くなってきたなぁ」
バダーン展開中は風のバリアで使用者は守られるんだけどこの風自体が結構寒い。もう4月だからいけるかと思ったけど、長距離飛行するならまだ厚着すべきだったかも?
「どうせ向こうで着るから今、着とこうかな・・」
私はバダーンの風のバリアの中でウワバミポーチ中から冷気耐性+1のボアジャケットを引っ張り出そうとした。
「見エタッ! 見エタッ! 我ガ屋ッ! 着陸ッ、着陸ゥッ!!」
「え? もうっ?」
中途半端な体勢になってから私は慌ててボアジャケット+1をポーチにしまった。確かに地上にバラック庵が見えている。鉄鋼町の外れにポツンと建ってる平屋の一見するとオンボロな建物。それがバラック庵。私はその敷地内のバダーンの発着所に一直線に飛んでいた。
「思ったより早かったな・・」
ヨッピー3号と喋ってたから時間感覚がズレたのかもしれない。とにかく私はバダーンの風のバリアを調整して着陸体勢を整えた。発着所には誘導器が設置されてるので楽だ。私は良きタイミングでバダーンの魔法を解除し、ふわりと着地した。
「到着ゥーッ! ろみ様天才ッ。ろみ様天才天才ッ。奇跡ッ! 奇跡ッ!」
「いや、大袈裟だって。週一くらいで来てるし」
私は襟の後ろからメットの上に移動して騒ぐヨッピー3号に苦笑しながらゴーグルを外し、改めてボアジャケットをポーチから引っ張り出して羽織った。
バラック庵の敷地内には様々な形の機械仕掛けのミニゴーレム達が放し飼いになっていて。発着所から出てバラック屋に歩いてゆくとわらわら寄ってくる。一応警備や屋外設備の補修等を担ってるらしいけど大体遊び回ってるだけ。
「ろみガ来タッ! ちびガ来タッ!」
「こいつヨク来ルナッ!」
「ろりばばあダッ!」
「ロリババア言うなっ」
確かにワケあって見た目より少し長生きしてるけど、それはまた別の話・・。私は邪魔臭いミニゴーレム達を踏まないように気を付けながらバラック庵の入り口までたどり着き、機械化している呼び鈴ボタンを押した。
「・・遅い」
呼び鈴ボタンとセットで付いている伝声機から不機嫌な女の声がした。
「あんたねぇ、一方的に呼んどいて何だよ? 大体水晶通信で用件説明してくれよ、何かと思うじゃんか?」
「・・ウチの水晶通信器が壊れていた」
「魔工師だろ? 直せよ」
「・・めんどくさい。早く入れ。時間がもったいない。金は払う」
一方的に通話を切られてしまった。しかし、厳重に出入り口が閉ざされていたバラック庵のセキュリティが解除され、ドアが開けられるようになった。
「んだよっ」
「ゴ主人様、機嫌悪イッ! ヤム無シッ。ヤム無シッ」
「私も今、機嫌が悪くなったっ!」
「ヒィーッ!」
ヨッピー3号をビビらせつつ、私はバラック庵に入っていった。
魔工師は機械類に扱いに長けた特殊な魔法使いだ。急に話が大きくなるけど、私達の世界は過去に数回、『機神』と呼ばれる邪神に滅ぼされかけたことがあったみたいで、神は機神の発生原因になる機械文明の発達を制限している。だから私達の世界の機械文明は少なくとも300年くらい前からずっと停滞している。
魔工師達はその停滞した機械文明技術に魔法や魔法素材や魔法器機を組み合わせることでちょっとだけ、神の禁忌から逸脱して文明の先をゆくことができる! まぁ、普段の生活にそんな高度な文明はあんまり必要無いから、少なくとも普通の街の機械屋で働いてる魔工師はせいぜい機械類に詳しい魔法使い、ってだけの扱いなんだけど・・。
「何か、焦げ臭くない?」
窓を締め切ってる上に照明が不十分で薄暗く肌寒い、バラック庵の廊下で私は鼻をヒクつかせた。微かにだけど焦げ臭い、気がする。
「ワタクシ、嗅覚ガアリマセンッ! 残念ッ。アハハハーッ!」
爆笑するヨッピー3号。別に面白くない・・。
「まぁ、いいや。ちょっとぉーっ! どの部屋いるのぉーっ?!」
バラック庵は意外と広い。主が作業しているであろう部屋は毎回まちまちだった。私は大声で呼び掛けた。
「・・第4ラボだ」
近くの伝声機から主の声がした。
「第4ラボね」
私は4番の部屋に入った。
「寒っ」
やはり薄暗い第4ラボは冷温庫の中の様に廊下よりさらに寒かった。私はボアジャケットのファスナーを閉じた。一応、寒さに弱いパタヤ族だから風邪を引く。
「ゴ主人様ッ! ろみ様ヲおオ連レシマシタァッ!」
「ご苦労。充電してよし」
「有難キ幸セッ!」
主の許しを得て、ヨッピー3号は私のメットから飛び上がって機械だらけで雑然とした室内にある充電器に止まり、休止モードになって動かなくなった。
「よく来た。ロミ」
冷たい部屋で、何やら作業していたバラック庵の主が振り返ってきた。腰まである髪の先が木の根や枝の様になっている。植物の妖精ニンフ、それも寒冷種と人間のハーフだ。かなり珍しい。ちょっと目付きが悪く、作業用のツナギを着ているが、浮世離れした美人だった。彼女は低温の環境でしか生きられない。なぜ熱帯の島に住んでるかはわりと長い付き合いの私も知らない。
「よく来た。じゃないよ、ミツネ。何の用だよ」
1級魔工師の、機械屋バラック庵の店主にしてハーフニンフのミツネは少しだけ笑みを浮かべた。
「うん。取り敢えず、そこのテーブルにピザがある。食べたらいい」
「ピザ?」
振り返ると、確かにテーブルにカットされたクォーターで頼んだらしきピザの半分が置かれていた。アスパラポテトベーコンと小海老ツナトマト、私の好きな具だ。しかし・・
「カピカピじゃんっ! いつのだよ?!」
テーブルの上のピザはキンキンに冷えて変色していたっ。
「3日前の物だが、ここは寒い。食べられるだろう?」
「せめてちゃんと冷凍していてくれよっ」
「ああ、そうか」
ミツネはちょっとションボりした。
「もうっ、いいからっ。用件は何?」
「うん、実は、お前に猫を探してほしいんだ」
「猫探し? そんなの冒険者にでも頼んだら?」
私は魔法屋であって何でも屋ではないっ。
「冒険者達は信用できない。仕事を頼んだら店の機材や素材を盗まれたことが何度かある」
ミツネは眉を潜めた。それは引きが悪かったね・・。
「それに、普通の猫じゃないんだ。からくりの猫なんだ」
「ああ、その子もマシンミニゴーレムなんだ。迷子になっちゃったの? だったら他の魔工師に頼んだ方が探知し易いんじゃない?」
「ダメだ。私は他の魔工師から嫌われてる。私もヤツらが嫌いだ。信用できない」
むくれるミツネ。組合の仕事や付き合いに全く応じない彼女は鉄鋼町の魔工師達の中で浮いた存在だった。
「それに、だ」
「まだ『それに』があるの?」
「うん。ロミ。その猫はからくりでもあるのだが・・一方で、幽霊でもあるんだ」
「・・・は?」
意味がわからない。
それから約2時間後、私はミツネ特製の『霊体探知機』を背負い、護衛にマシンミニゴーレム『悪霊倒す君8号・改』を連れ鉄鋼町をのしのし歩き回っていた。
私の特技『魔眼・透過望遠』で町全体を見るのはしんどいし、霊体は上手く捉えられないかもしれない。もう1つだけ持ってる魔眼系特技『魔眼・正体看破』なら姿を隠した霊体も見破れるだろうけど、負荷の大きい正体看破で町全体を見たりしたら私は確実に失明してしまうだろう・・。
やはり、この変な機械に頼るしかない。でも、
「あ~、この機械、結構重い。そして目立つわっ」
ボヤかずにはいられないっ。霊体探知機は本体自体大きくて目立つのに加えて霊体を探知する為にお椀状の器機が上部に付いていて、それが霊体を察知すると派手にぐるっと回ったりするから何かの路上パフォーマンスしてる人みたいになってる。
「日給3万ゼムじゃやり切れないわっ。ちょいちょい悪霊引き当てるしっ!」
霊体探知機は霊体を探知する性能は高いが、何の、どんな、霊体であるかは全く区別がつかなかったっ。最悪っ!
「うらめしやぁ~ッ!!!」
「晴らさでおくべきかぁッ!!!」
「私のプリンを食べたのはお前かぁああっ?!!」
こっちが見付けたことに反応して、よく知らないけど生前の恨みを晴らしに襲い掛かってくる悪霊達っ。しかし、
「ピピッ! 目標ヲ捕捉ッ。破壊ッ! 破壊ッ!」
悪霊倒す君8号・改は右手の光属性砲を容赦無く高精度で連射して次々と悪霊達を瞬殺していった・・。
「・・マタツマラヌ者ヲ滅ッシテシマッタ」
ニヒルに呟き、黄昏てみせる悪霊倒す君8号・改っ。何だかなぁ。
ともかく、肝心の見付けなきゃいけない幽霊猫、その名も『ジンゴロ』はなんと猫型マシンミニゴーレムの幽霊だった! ジンゴロは今から約3ヶ月前、私と師匠が島に戻ってくる1ヶ月前に老朽化を原因として機能を停止してしまったらしい。しかしそのすぐ後、夜な夜な「猫型ミニマシンゴーレムの幽霊」としてミツネの前に現れるようになったそうだ。特に悪さはしない。
それだけならちょっと不思議な話、で済むことだが、そのジンゴロの幽霊が1週間前からパタリ、と姿を現さなくなったらしい。私はバダーンの夜間飛行は怖いから昼間しかバラック庵を訪ねなかったからまるで知らなかった。ミツネも何も話さないし。そもそも、ジンゴロが幽霊になる前、私が最初に島に居た頃の記憶では、ミツネはそんなにジンゴロを構ってなかった。というか、何ならちょっと他のミニゴーレム達と比べて避けていた気さえしていた。
今になってこんな依頼をするとはとても思わなかったが「ロミ、よろしく頼むよ」と真剣に頼むミツネに、私は引き受けるしかなかった。やるだけやってみよう。
・・で、やってみたんだけど、夕方まで粘っても鉄鋼町の悪霊達を全滅させただけで、幽霊からくり猫のジンゴロは結局見つからなかった。
「・・というワケなんですよ、師匠」
「ふーむ」
ミツネに報告して探知機と護衛ミニゴーレムも返し、くたくたになって海鈴堂に帰宅した私はネリィさんが作り置いてくれていた夕飯のパエリアを食べながら師匠に事のあらましを伝えた。
「簡易な作りのミニゴーレム、それも機械仕掛けのゴーレムが機能停止後に霊体化する、というのは珍しいね。それに、失踪してしまう、というのも」
「ですよね? 私、ちょっと思うところがあるんですけど・・」
スプーンを置いて、慎重に考えを整理した。
「本当に、猫のジンゴロちゃんの幽霊だったとしたら、その子は最後のお別れが済んだと思ってもう昇天してしまったんじゃないでしょうか?」
「かもしれないね」
師匠は海藻のサラダをもしゃもしゃと食べた。海亀系海魔人だから海藻は好物みたい。飲み下すと、水を一口飲んで師匠は話しを続けた。
「いずれにせよ、明日ミツネ君に話す時は言葉を選らばないとダメだよ? 彼女も魔法使いだから、可能性は心得ているだろうけれど」
「はい」
ミツネは私よりも1人ぽっちで暮らしているから、ミニゴーレム達はきっと大事なんだと思う。ジンゴロちゃんがミツネにとってどんな存在だったのかはわからないけれど、明日は悪い癖で口を滑らせないように気を付けて話そう。向こうはどう思ってるか知らないけど、この島で、気軽に話せる同性の知り合いはミツネくらいだ。
貴重な知り合いだと思ってる。
だが翌日っ! 私はバラック庵に行く前にいつも仕事の代役を頼んでいる近所の無職の人の元に先に寄るハメになっていたっ。今日も私の代わりに午前中から仕事に入ってもらうはずが来ないしっ。水晶通信を入れてもシカトっ! コイツめっ!!
「ちょっとぉーっ。モリシぃっ! 出てきなさいよっ。居るのわかってんだよっ」
近所の無職、ことモリシウォード・サンセット4世の家の前で私は呼び掛けた。さっきから呼び鈴を鳴らしても反応無しっ、だ。結構高齢の両親と暮らしているけど、両親は二人ともまだ勤め人で、とっくに出勤して家に居なかった。モリシの部屋は2階の角部屋。私はそこに呼び掛けてる。しかし反応は無いっ。
「ああ、そうっ! そういう了見なワケっ。だったらこっちも考えがあるかんねっ」
私は腰の後ろの鞘に差したマグネットタクト+2を抜き、モリシの部屋の窓に向けて構えた!
「う~ん・・」
透視するまでもないっ。私は念力で部屋の窓の鍵をカチャリ、と開けた。
「ほいっと」
そして窓とカーテンを全開にしてやったっ。
「あっ! オオイっ、ロミ、やめろよぉっ」
中からぽっちゃり太ったオットセイ型海魔人のモリシが慌てて顔を出して窓とカーテンを閉めようとうする。チャーンスっ!
「もらった!」
私は念力でモリシ本体を捉えたっ。
「ぐわっ?! ちょっ、やめろって! 危ないっ。落ちるって! ロミっ。痛たたっ」
「師匠が魔法大学中退してから1ミリも働こうとしないお前を心配した両親に頼まれて、お情けで仕事回してやってんのに出勤拒否ってんじゃないよぉっ! お前ぇっ?!」
全力で引っ張ってやるが窓枠にしがみついて耐えるモリシっ。
「働いたら負けだと思ってるっ! 2日も続けてっ、それも朝から働くなんて身体に悪いよっ?!」
「ぶくぶく太っちゃってさぁっ! オットセイ型海魔人じゃなくてトド型海魔人に見えるぞっ? 働いて痩せろよぉっ」
「ああっ? そういうのは何らかのハラスメントになっちゃうぞ? 多様性の観点から・・」
「うるさいっ! お前のこの件っ、今回のクエストに全然必要ないんだよぉっ!!」
「くっ、『件』だとぉ?! ここが僕の人生だっ! 負けてたまるかぁーっ!!」
凄いパワーで踏ん張ってくるモリシっ。
「ううっ、こうなったらっ。ユ・リックっ!」
私はマグネットタクトに念力魔法を上乗せした! 輝くマグネットタクトっ。出力が倍増する! 私は一気にモリシを部屋から引っ張り出しに掛かったっ。
「痛たたたっ?!」
「モリシぃいいーっ! 社会に出て来いやぁああーーーっ!!!」
「ぐわぁああっ?! 何らかの症候群を発祥するっ! 何らかの症候群を発祥するって! 死ぬ死ぬっ! 痛たたたたたたっ!!」
シュポンっ!!!
モリシを窓から引っ張り出してやった! そのまま家の前の通りにちょっと乱暴に着地させてすっ転がすっ。
「はぁはぁ・・無駄に疲れた。今月で一番無駄にエネルギー使ったよっ」
「ひっでぇなぁ、ロミっ。僕をあんまりイジメたらお前の師匠に言い付けてやるぞっ?」
プチっ。私の中で何かが切れた。
「言い付けてんじゃないよぉおおおおおおおーーーーっ!!! オッラぁあああーーーーーーっ!!!!!」
「ひぃいいいっ。わ、わかったっ。出勤するってっ。じゃ、じゃあなぁっ。お疲れッスぅ~っ」
モリシはルームシューズのまま、太った体型とは思えない素早さで海鈴堂へと逃げ去っていった。
「手こずらせやがってっ、チッ」
あんまり頭にきたから小悪党みたいな悪態を吐いてしまったよっ。腹立つわぁ~、モリシっ!
今日はヨッピー3号が付いてないから落ち着いてバダーンで飛行できた。最初からボアジャケットも着込んでる。発着所降り立つと今日もミニゴーレム達がわらわら寄ってきた。
「ろみ、今日モ来タッ! ちびガ来タッ!」
「こいつ、毎日来ルナッ!」
「ろりばばあッ!」
「だからロリババア言うな、って」
私は纏わりつくミニゴーレム達を避けながらバラック庵の入り口まで来た。
「ふぅ・・」
ため息を吐いて、考えを整理する。今日1日、ジンゴロちゃんを探しても見付からなかったら『可能性』の話をミツネにする。それまでは何も言わない。
「よしっ」
私は機械化された呼び鈴ボタンを押した。
「・・入れ。第4ラボだ」
予期しているのか? 伝声機越しのミツネの声は少し硬い気がした。
「うん? ・・昨日より、臭う、かも??」
中に入ると廊下が今日も微かに、しかし昨日よりか強く焦げ臭かった。
「ミツネはモリシのなんちゃってヒッキーと違ってガチで部屋から出てこないヤツだからなぁ。気付いてないのかな?」
ジンゴロの事より、こっちの方が心配だ。どっか機械が漏電したりしてるかもしれない。ラボに行ったらまずこの事を話そう。私は第4ラボに急いだ。
「ミツネ、来たよ」
冷温の第4ラボに入ると、ミツネは1人で転写図のアルバムを見ていた。部屋にはヨッピー3号と悪霊倒す君8号・改もいたがどちらも動力が入っていない状態だった。特に悪霊倒す君8号・改何やら物々しい装置に繋がれていた。どうした?! 悪霊倒す君8号・改?!
「・・うん。昨日言われたピザは処分した。今日新しいピザを頼もうと思ったが、水晶通信で店にオーダーする元気がちょっと無かった。すまん」
「いいよ、朝からピザは重いし、もう朝御飯食べたし。それより」
「ロミ」
「うん?」
廊下がちょっと焦げ臭いことを報せようと思ったけど、先に話し掛けられてしまった。
「このアルバムを見てくれ」
「・・わかった」
ミツネが自分の話をしようとしている。あまりないことだ。長話になるようなら途中で遮ってでも焦げ臭い件を忠告しなきゃだけど、私はまず話を聞くことにした。
近付くと、いつものことだが室温より低いミツネの体温の低さに内心ギョッとしてしまう。勿論そんな素振りは一切出さないけど。
ミツネが見ていたアルバムはかなり古そうだけど立派な物だった。幼いミツネと、ミツネにどことなく似た初老の人間の男性と、若く見えるニンフの女性が写っていた。間違いない、ミツネの両親だ。初めて見た。転写図は安い物じゃないから分厚いアルバム1つ作れたミツネの生家はたぶん裕福だったんだろう。転写図のミツネ一家の身なりも良かった。
「私はお前より長く、100年以上生きている。ニンフの血の寿命は長く、しかし私の意識は人間に近い。飽き飽きする人生だ」
「ミツネ・・」
「この猫を見てくれ」
彼女が指し示した古びた転写図には幼い屈託無い顔のミツネが猫を抱えている物があった。よく見ると、他のいくつもの転写図にその猫と幼いミツネが写っていた。
「この子って」
「そうだ。ジンゴロだ。私が子供の頃飼っていた猫。幼い私はその子が老衰で死んでしまったのが受け入れられなくて、まだ素人だったが、私は母譲りの魔力と父の資産からくる環境があった。私は当時は猫のぬいぐるみにジンゴロの魂を定着錬成させて生きながらえさせた。この、転写図だな」
ミツネは不安そうな、今のミツネと似た表情で奇妙な猫のぬいぐるみを抱えている幼いミツネの転写図を差した。
「・・それって禁忌だよね」
錬成獣開発の例を出したらキリがないけど、基本的にはクラスチェンジでもなく生物やその魂を別の物を錬成させて別の『存在』を作り出すのは錬成術の禁忌になっている。まして『自然死の否定』はより罪深い。
「今思うと、人間の父が、私と母を置いてどんどん老いてゆくのが怖かったんだと思う。いや、もっといったらいつか私が純血のニンフの母より先に老いてしまうことが怖かったのかもしれない。とにかく、その頃、私は死や老いが怖かった。私はジンゴロの時間を止めてしまった」
「・・それからずっと一緒だったんだ」
アルバムは誰かの葬儀の後らしいジンゴロのぬいぐるみを抱えたミツネとミツネの母の転写図で終わっていた。二人とも厳しい顔をしていた。
「この島に引っ越す頃には、無理矢理伸ばし続けたジンゴロの魂の寿命はもう限界だった。日に日に衰えてゆくジンゴロを私は遠ざけた。私は卑怯で脆弱なところがある。・・耐えられなかったんだ」
「そっか」
以前見た、ジンゴロとミツネの微妙な距離感はそういうワケだったか。
「今日も私、探すね。今日はバラック庵の近くを探すよ」
「うん・・ありがとう、ロミ。今日1日だけ、付き合ってくれ」
「了解っ、この2級錬成師っ、魔法屋海鈴堂のロミにお任せっ!」
「ふふっ、元気がいいな」
ミツネはちょっとだけ笑ってくれた。よしっ。
「あっ、その前にっ! ミツネ、何か廊下が焦げ臭かったよ? 漏電とかしてんじゃないの? 機械のことはよくわかんないけど」
「漏電? 特に警報は鳴っていないが・・確認してみよう」
氷属性の自分のマグネットタクト+2を使って接触操作タイプの有線画像表示板を手元に寄せて、画面を操作するミツネ。
「うん・・? 確かにガスは少し出ているな。この成分だと、地下の魔工ボイラーかな? 電気も来てるし、稼働はしているはずだが・・・・何っ?!」
「えっ? 何何っ??」
ミツネが驚いたから私も画像表示板を覗き込んだ。ミツネの髪に頬が当たると雪みたいな冷たさだった。
「うわっ、結構煙ってるじゃん?! 地下っ!」
地下室の画像はかなりガスが立ち込めていた!
「そのようだ。取り敢えず、非常電源に切り替えて、遠隔操作で魔工ボイラーは一旦切るっ」
画面が操作されると、一瞬、部屋が停電し、すぐにより薄暗い照明が点いた。
「電源を落としたが、ボイラーの出力が十分下がらない。確認しにゆこう。防護服はある。省電照明になっているから足元に気を付けてくれ。あ、パタヤ族は夜目が利くか・・」
「ま、まぁ利くけどっ」
私も地下室に行く流れになってるっ。1人で行かせたくはないけど、急過ぎて覚悟できてないよっ。
とにかく私達は防護服+1に着替えた。全体的に丸っこく、頭身が下がってヨチヨチ歩くようになる感じのデザインだ。物理、炎熱、有毒ガスに強耐性がある。ミツネ用の防護服は長い髪を纏めると後ろに出っ張りが出きるから、防護服の後頭部に突起があり、冷却装置を腰の辺りに仕込まなきゃならなくもあるから腰にも箱の様な形の突起があった。
「ロミ、準備はいいか?」
「いいよぉっ、余裕だねっ!」
防護服の中で冷や汗ダラダラかいてるけどっ。
「可燃性ガスは出ていないようだし、ボイラーの出力も一応は下がってる。爆発することはないと思うが・・私に命を預けてくれ」
ミツネは軽く冗談めかして防護服の顔の円いフィルター越しニヤリと笑ってきたが、あんまり笑えないよ?!
「預けちゃうよ? むしろそっちの命も預かっちゃうよ?!」
取り敢えず流れに乗っかりはした。ミツネはフフン、と笑うだけだった。はぁ~っ、何か成り行きでヤバいことになったぁっ。
地下に降りて、ガスの立ち込めた倉庫の並ぶ通路を進み、魔工ボイラー室の前まできた。
「一応、守り堅めとこうよ? ゴーノっ!」
私は簡易防御魔法を自分とミツネに掛けた。
「うん、ありがとう。ロミ、お前の『敵意探知』はどうだ?」
「う~ん」
私は敵意探知の能力を持ってるけど、あんまり精度は高くない。よっぽどシンプルに凶暴なヤツか、はっきりこちらを敵と認識している相手じゃないと微妙なんだよねぇ。それでも扉越しに中を軽く探知はしてみた。
「中は変調している魔工ボイラーのせいで探知し難くなってる感じ。でも、ちょっとゾワゾワする、かも? 魔眼でも見ようか?」
「いや、視力が落ちた状態に中に入るのも危険かもしれない。何かいる前提で中に入って、ジーンで確認しよう」
確かに音波探知魔法のジーンで確認するのが一番確実ではある。でも何か嫌な予感、するなぁ・・。私が思案している内に、ミツネはマグネットタクトでボイラー室の扉を開けてしまった。
「入るぞ」
「あ、待って」
中はガスで視界が悪くなっていた。
「酷いな、私はタクトで換気扇を起動させてみる。ロミはジーンを」
「了解。っ?! いや待ってっ。ビクっときた! やっぱ何かいるっ。それもたくさんっ!」
「チッ」
ミツネが舌打ちしてマグネットタクトで止まっていたいくつかの換気扇を作動させるのと、ガスの中から何かの大群ざ襲ってくるのは同時だったっ!
「ヤバいっ? ドガラっ!」
私は咄嗟に前方に障壁魔法で鱗状の魔力のバリアを張ったっ。そこへ次々と黒い仔犬くらいの大きさの蟻の様な者達が激突してゆくっ!! 換気扇でガスが晴れるとすぐ姿が明らかになった。
「鉄喰い虫かっ! 人の家の地下を荒らしてっ」
鉄喰い虫はその名の通り金属を食い荒らす虫型モンスターだ。好物は金属だけど、肉も食べるっ!
「キモいっ。私、虫の大群苦手だよっ」
「得意な人いるのか? まぁいい、ロミっ、もう少しドガラを持たせてくれっ」
ミツネは私を置いて崩れていた壁の棚の方へ走って行った。
「ちょっとぉっ、これそんな持たないって! 数多いって! ミツネっ」
ドガラのバリアに徐々にヒビが入り始めるっ。
「待たせたっ!」
ミツネは両手に釘打ち機+1を1機ずつ持って走り戻ってきた。
「そんな工具どうすんのぉ?!」
「・・最初から禁忌破りの錬成獣や悪魔達はともかく、神の禁忌により私達が工学により純粋な『銃』を開発することは永遠にできないっ」
「何で語り出してんの?!」
「しかしっ、高出力の釘打ち機は神の禁忌から外れる・・すなわちっ。解除しろロミっ!」
「っ?! 知らないよっ」
イチかバチか、私は言われるままに限界だったドガラのバリアを解除したっ。
「ギギギギギギッ!!!」
一斉にに襲い掛かってくる鉄喰い虫達っ!
「撃てる、ってことだよっ!!!」
釘打ち機+1で『釘』を乱射するミツネっ! 鉄喰い虫達は撃ち抜かれ次々と倒されてゆくっ。
「ええっ? それ普段、何に使ってたの??」
「アハハっ、企業秘密っ!」
別人の様に開放的になって鮮やかな釘打ち機捌きで鉄喰い虫達を撃破してゆくミツネっ。ヒッキー過ぎて力有り余ってたの??
しかし、虫達は次々と涌いてくるっ。
「思ったより多いなっ。ロミ、『虫寄せの錬成符』は持ってる?!」
「ん? ウワバミポーチに入ってるけど、防護服着てるから取り出せないよ?」
「はっ? 何で、防護服のポケットにポーチ入れとかないの?!」
鬼の形相でツッコまれたっ。ううっ。
「だ、だって急だったしっ、防護服とか普段着ないもんっ」
「ああ、もうっ。留め具を外して、腕をお腹の方に回してポーチから出してっ! 纏めて始末しないとどうしようもないっ。釘の予備の弾倉とかないからっ。早くっ!」
「わかったっ、やってみるよっ」
私は言われた通り防護服の留め具をいくつか外して、防護服の中から腕をお腹の方に回してみた。服が拘束具の様になって動き難くてしょうがないっ。でも何とか両手がポーチに届いたっ。でも、防護服が邪魔でウワバミポーチの中が見えないっ!
「くっそぉっ、こうなったらっ」
私は魔眼・透過望遠を距離最短で発動した! 指を眼の前にするルーティンポーズをしないと安定しないんだけど何とか焦点を合わせられたっ。見えるっ、ポーチの中っ! あったっ、虫寄せの錬成符っ!!
「あったよ! 虫、寄せるよっ?」
「早くっ!」
怒鳴ってくるミツネっ。ちょっと言葉強いよね? ま、いいけど。
「集まれっ! おりゃっ!!」
私は虫寄せの錬成符を触媒に、床に錬成陣を描いたっ!
「ギギギギギギッ?!!!」
全ての鉄喰い虫達はワケもわからず錬成陣に吸い込まれ、天井近くまで山盛りになった!
「ふぅ~っ、取り敢えず集めたけど、どうすんのコイツら? これもそんな長く持たないよ?」
「・・大丈夫。ウチのボイラー室を散々食い荒らして『金属』の属性が大分高まってるみたいだから余裕で『加工』できるよっ」
ミツネは不適な笑みを見せ、釘打ち機を床に置き、代わりにマグネットタクトとポケットから取り出した魔法石の欠片を2つを両手に持った。
「・・・」
やろうとしていることは大体わかったけど、敢えて口出しはしない。
「錬成っ!」
魔法石の欠片2つを対価に、ミツネは虫寄せの錬成陣を上書きしたっ。
「薬缶になれっ!!」
「ギギィッ?!!」
閃光と共に山盛りの鉄喰い虫達は『虫さんマークの薬缶の山』に錬成されてしまった・・。
「後で再錬成して、ボイラー室の修理代にしてやるからなっ。クックックッ・・」
残忍笑みを見せ、薬缶を1つ踏みつけて床にグリグリするミツネ。こっわっ。
「えーっと・・それより魔工ボイラーを見た方がいいんじゃない? 凄い煙吹いてるよ?」
ボイラーは出力が落ちてもガスを出しまくっていた。見ている内に目がショボショボしてきた。さっき魔眼を使った反動だ。目薬差したいけど防護服が邪魔で差せないよ・・。
ともかく私達は薬缶の山に構うのをやめ、ボイラーの方に行った。すると、
「・・・フニャ~ゴ」
弱々しい猫の鳴き声がした。まさかっ、
「ジンゴロっ?!」
動揺するミツネ。ミツネに呼ばれたことに反応して、魔工ボイラーからゆらゆらと、霊体の猫の頭部が浮かび上がった。ジンゴロちゃんがボイラーと一体化してる??
「・・ジンゴロ、お前がボイラーを守ってくれていたのかい?」
「フニャ~ゴ」
「ううっ、ジンゴロぉ~っ!」
号泣してジンゴロちゃんが一体化した熱せられた魔工ボイラーに抱き付こうとするミツネっ。
「わっ、危ないからっ、ミツネ!」
「離してくれロミぃ~っ、私も一緒にボイラーになるぅ~っっ」
「何言ってんでしょうかこの人はっ?!」
暫く大騒ぎだったが、何とか宥め、私では手に負えないから海鈴堂から師匠に来てもらってジンゴロちゃんと魔工ボイラーは無事分離された。
鉄喰い虫達はどうも半年前の地震でできた地下室のヒビを少しずつ侵食して、ちょうどジンゴロちゃんがいなくなったタイミングでボイラー室に侵入を始めたらしい。たぶんジンゴロちゃんはそれを察知して捨て身で魔工ボイラーを死守したんだろう。実際魔工ボイラーを喰われていたら下手したらバラック庵は今ごろ木っ端微塵になっていたかもしれない。間違いなく、ジンゴロちゃんのお手柄だった。
霊体探知機でこれまで察知できなかったのは魔工ボイラーとジンゴロちゃんの区別がつかなかった為だった・・。何はともあれ、一件落着っ!
その2日後、私は例によってモリシに仕事をパスしてからバラック庵を訪ねていた。
「ろみ様ぁっ! オ久シ振リデスっ!」
外にいたヨッピー3号に絡まれた。
「ああハイハイ、あんたはそうね。ちょっとややこしいからそこらへんの紋白蝶でも追い掛けてて」
「了解デスッ!」
ヨッピー3号は追い払った。
「ろみっ! 我ガ相棒ッ。今日ハ悪霊ヲ倒シニユカナイノカ?! 私ハ充電満たんダゾ?!」
「今日忙しいから、そこらへんでスクワットでもしてて」
「了解シタッ!」
バラック庵に入ったら廊下で悪霊倒す君8号・改にも絡まれたがこれも追い払った。
「ミツネ、入るよ?」
今日は第1ラボにミツネはいた。ここはラボと名前は付いているけど、ミツネの私室だ。どっちにしろ冷温が保たれている部屋だが機械まみれになっておらず、まともな家具もあってちょっとは生活感があった。
「ロミ、よくきた」
ミツネは今日はツナギでも防護服でもなく、弛めのワンピースを着て髪を後ろに纏めていた。美人だなぁ。
「注文の品、仕上げてきたよ?」
ムフフ、と笑って紙箱を差し出す。
「どれ、おおっ」
早速開けて中から『霊体グローブ+1』を取り出すミツネ。このグローブは霊体に触れるのだっ。+1だから凄くソフティっ! 多少範囲化効果も待たせてある。つまり、
「おいでっ、ジンゴロ!」
「フニャ~ゴ」
身体が半分透けた、カラクリ幽霊猫のジンゴロがミツネの方に駆け寄ってきた。霊体グローブを嵌めた手でジンゴロを抱き抱えるミツネ。よかったね。
「ありがとうロミっ! もう2度と触れないと思っていたっ。お礼にアイスを買っておいた!」
ミツネはマグネットタクトで部屋にあった小型の氷温庫からバータイプのアイスクリームを渡してきた。ちょっと高いメーカーのヤツだ。
「あ、うん。アイスくれるんだ。はい、いただきます」
袋を開けて齧る。ペパーミントのアイスクリームだ。いい香り。
「美味しいコレ。・・所で地下のボイラー室どうなったの? 部屋に電気は来てるみたいだけど」
ミツネは酸っぱい物を食べた様な顔をした。何、そのリアクション??
「鉄鋼町の他の魔工師何人かに来てもらって手伝ってもらった」
「ええ~?! ミツネが? 珍しいね」
「・・1人だけではやっていけないと、多少は認めざるを得ない。多少はな!」
「へぇ・・」
私は感心して、加えてちょっとからかってやりたくもなったけど、グローブを嵌めて喉をならす幽霊のジンゴロちゃんを撫でている姿を見ると毒気も抜かれてしまう。
「でもほんと意外だよ。私は昔の、ジンゴロちゃんに塩対応してたミツネしか知らないからさ」
寒い部屋で、正直ちょっと大変、と思いながらアイスを食べつつそれだけ言ってみた。
「ロミ、お前が知っているのは私とジンゴロの長い歴史のほんの1部に過ぎないのだ」
ミツネはジンゴロちゃんを強く抱き寄せ、とびきりの笑顔をこちらに向けてくるのだった。