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イェル姫と白の城塞  作者: 八点鐘
3/5

【3】

 どのくらい過ぎたのか。

 イェル姫はビアンカの身長を追い越していた。そしてビアンカは老い、痩せ、縮んでいった。イェル姫は一人で〈白の城塞〉を散策することが多くなったが、常にガルドが遠くから見守っているのは知っていた。

 ときにビアンカと語らい、ときにガルドと剣の稽古をしながら、しかし幸せに、満ち足りた日々を過ごした。


 ある日、日課となった城塞の散策の途中で、イェル姫は違和感を憶えた。

 この廊下は、初めて見るような気がしてならない。

 幼い頃からずっとこの城塞を過ごし、ありとあらゆる廊下、部屋は見尽くしたと言ってもいいほどなのに。

 何かが違う。何かが──。壁の色も、天井の色も、床の布も、全て同じなのに、何かが。


 その想いを裏書きしたのは、廊下の終わり──突き当たりだった。

 行き止まり。

 終点。

 廊下に、この城塞に、終わりがあるなど、小さい頃より考えても見なかった。どこをどう歩いても必ず居室につながっているもの。

 そう信じていた。しかし……。


 突き当たりには、頑丈な両開きの扉がつけられていた。扉の意匠も、大きさも、他のどの部屋とも同じだが、ここの扉は、何故だかより堅牢に見えた。

 イェル姫はおそるおそる扉に近づき、一瞬の躊躇の後、象牙のドアノブを握った。

 そっと回すと、鍵はかかっていない。他の部屋と同じように。

 助けを求めるように、あるいは諌める誰かを待つかのように、イェル姫は背後を振り返った。が、こういう時に限ってガルドはいない。

 しばし、恐怖と好奇心が心のうちで争ったが、やはり好奇心が打ち勝った。


 そうよ、この城塞で私が入ってはいけない部屋などないわ。そんな話、聞いたこともないし。


 イェル姫は、ドアノブを回し、音を立てないように慎重に扉を押した。

 扉が開くにつれて、部屋の中から甘い香りと眩い光が押し寄せてくる。

 背後を振り返り、誰もいない事をもう一度確かめると、イェル姫は扉を一気に押し開けた。そして、そこに広がる光景に息を呑んだ。


 白いカーテンに飾られた、白い、さまざまな濃淡の曇りガラスの幾何学的なモザイクで塞がれた、身の丈ほどの〈窓〉が、そこにはあった。ガラスの向こうからは眩いばかりの光が降り注ぎ、時折何かの影が横切っている。

 イェル姫は〈窓〉というものを見たのは初めてだった。しかし、これが〈窓〉であり、これの向こう側には〈外〉の世界が広がっている事は一目見て判った。

 おそるおそる、イェル姫は指を伸ばした。カーテンは、まるでビアンカのドレスのようにふわふわだった。

 一時、自分がとてもいけない事をしている、という思い、ビアンカとガルドに対する罪悪感が湧き起こったが、それはどうにか振り払った。

 

 〈窓〉。

 指先が、ためらいがちに触れていく。

「あたたかい……」

 まるで、ビアンカの腕の中のように、その〈窓〉は暖かかった。

 開くのだろうか?

 思い付くまま、イェル姫は窓を拳で叩いた。


 コーーーーン!!


「!」

 遠慮がちのノックのように、とても軽く叩いたつもりであったが、その音は城塞中に響き渡ったのは確実だった。

「姫さま」

 自分のやってしまった事の大きさに気づくより早く、背後から太い声が呼びかけた。

「ガルド……」

 ガルドは何も言わず、扉を押し開けて待っている。その表情は相変わらず見えないが、怒っているように感じられた。

「……ごめんなさい」

「………」

 そうした方がいいような気がしてイェル姫は謝ったが、ガルドは何も言わなかった。黙って扉を閉め、イェル姫をビアンカの待つ居室へと連れていった後、いつも通りどこへともなく歩き去ってしまった。

 ビアンカにさっきの出来事を告げると思ってたのに……。そうされなかったことが、イェル姫は却って心苦しかった。

「姫さま、どうしたのです? お疲れのようですけど」

 たとえ老い、皺が頬に刻まれていても、ビアンカの笑顔は素晴らしかった。

 その笑顔に応えるため、イェル姫は洗いざらい話すことを心に決めた。

「……ねえビアンカ、私……」

 しかしビアンカは遮るように、こう言った。

「お疲れのようですね。もうお休みなさいませ、姫さま。お話は、明日お聞き致します」

 ふわり、と白い布が身体にかけられる。

 イェル姫は何もかも話してしまいたかった。そして聞きたかった。あれは何なのか。しかし、ビアンカのドレスのひだに包まれると、あっという間に睡魔が押し寄せてくる。

 それでもイェル姫は、なんとか話を続けようとした。

「わ、私……突き当たり……、入っ……て……窓……」

「お眠りください、姫さま……」

 そう呟くビアンカの横顔は、とても悲しげだった。


「お眠りあそばしたか」

「ええ、ガルド。では、何があったのか話してください」

 眠るイェル姫の髪を枯れ枝のような手で梳きながら、ビアンカは言った。

「もっとも、先ほどの音で、大方の予想はついておりますが」

 軽く頷き、ガルドは淡々と話した。

「姫さまは、〈窓の間〉へと入られました。そして、ご自分で〈窓〉を叩かれました」

「やはり……そうでしたか。ご自分で〈窓の間〉を見つけられたのですね」

「御意」

 ほう、とビアンカは溜め息をついた。

「時が至った、ということですわね……とうとう」

 ビアンカは、イェル姫の寝顔をいとおしげに見つめた。

「ビアンカ殿……」

「ガルド。最後まで姫さまの事、頼みましたよ」

「……は! 仰せのままに」

 ガルドはいつも通り、背筋を伸ばして踵を打ち鳴らした。


 ビアンカはイェル姫の寝顔を見守り続けた。今までも、そして今夜も。いつも通りに。

ガルドはフルアーマーを着てます

あれを着て長距離を歩くこと、ずーっと巡回を続ける、というのは非現実的なのは分かってますが、ファンタジーですので大目に見て下さい


「俺の宇宙ではフルアーマーで何キロも歩けるんだよ! その方がカッコいいだろ?」

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