【2】
どのくらい過ぎたのか。
イェル姫の背丈はビアンカの胸位まで伸び、かくれんぼよりも、ビアンカやガルドとの話を楽しむようになった。
忙しい警備の合間を縫って、ガルドも時折イェル姫の部屋を訪れるようになったのだ。
昔と変らずビアンカは微笑みを絶やさず、ガルドは大声で怒鳴るように話す癖が抜けてなかったが、もうガルドに驚いて泣く事も、一人でいる事を怯える事もなくなっていた。
ビアンカは昔のような御伽噺ではなく、〈白の城塞〉の〈外〉のこと──外に在るもの、外で起こること──を教え、ガルドは〈外〉に潜む──ガルドが二人から遠ざけんと日々見張っている──恐るべき存在のことを語った。
大きなもの、黒いもの、突き刺すもの、冷たいもの。
ガルドが恐ろしげにこれら「怪物」のことを話すたびにイェル姫は身を震え上がらせ、ビアンカに抱き付いた。
でも、この城塞の中にいれば安全。ビアンカとガルドは口を揃えてそう言う。
二人がそう言うからには、きっとそうなのだ。外に出ない限り、何も怖がる事はないのだ。
しかしある日、ビアンカは語った。
「もう少し大きくおなりになったら、姫さまはこの〈白の城塞〉をお出になるのですよ」
「えっ……それって、〈外〉へ?」
白の城塞での満ち足りた、安全な生活以外考えられぬイェル姫にとって、それは到底信じられぬ事だった。
「みんなと一緒に?」
「いいえ。わたくしはお供できません」
ビアンカはいつもの通り微笑んだ。
「だめよ! そんなの、私が許さないわ」
姫は声を荒げたが、それはビアンカの微笑みを哀しげなものに変えただけだった。
「……こればかりは、姫さまのお望みといえども叶えることはできません。どうかお許しくださいませ」
「ガルドも?」
「遺憾ながら」ガルドは直立不動の姿勢を崩さない。
「そんな……!」
期待していた言葉がガルドの口から出なかったことに、イェル姫は衝撃を受けずにはいられなかった。
「だって、外には、バケモノが……いろんな怖いモノがいるんでしょう? そのためにガルドが……」
「いえ、御身はご自分で護られるのです」
「いや、いやよ! 一人だなんて、いや! 恐いわ……!」
イェル姫は泣き崩れた。
「わたくしもガルドも、この城塞から離れる事は出来ませんの」
イェル姫の背中に優しく手を添え、哀しげにビアンカは告げる。
「出来る事なら、地の果てまでもお供致したい。しかしいくら望もうとも、我等にはそれが出来ぬのです」ガルドは頭を垂れた。「どうか、お察しください」
ガルドの声も、苦渋に満ちているように聞こえる。
私が一人で行くのが嫌のと同じくらい、ビアンカとガルドは私の供が出来ないのが辛いんだわ。姫はそう知った。
「姫さま、僭越ながらお願いしたき儀が」頭を垂れた姿勢のまま、ガルドは言った。
「……」
イェル姫は顎を引いて、続きを促した。
「イェル姫さまさえよろしければ、わたくしめが明日より剣の稽古を付けさせて頂きます」
「剣を……?」
「御意。〈外〉へ出られた暁には、御身を御自身で護られるために」
「………」
「御供が出来ぬ以上、せめて私にできることを尽くさずにはおれませぬ」
「姫さま……どうかガルドの願いを聞き入れてはくれませんか」
いつしかドレスをきつく握りしめていた手を、ビアンかの手がやさしくさする。
イェル姫が〈外〉に出ることも、たったひとりで〈外〉に出ることも、もう既に揺るがぬ、避けえぬことなのだ。
そして、恐ろしげな〈外〉のことを敢えて話すのも、剣の稽古などということも、来る日に向けての備えであり、姫に対して二人が取りうる最善手なのだ。
「……いいわ。二人がそう言うのなら」
「はっ! 有り難き幸せ」
面頬に隠れて見えないが、きっと笑っているのだろう。そんな明るい口調で、ガルドは答えた。
その様子を見て、ビアンカは嬉しそうに、何度も頷いていた。
翌日、ガルドは見事な金細工が施された細身の剣を持って現れた。それは模造ではなく真剣であり、姫は始めは柄を持つことすら怯えた。
こんなものを使わなくてはいけない〈外〉の世界。そこで自分は一人で向かわねばならない。そのうちに。
ガルドは厳しい教師ではあったが、教え方はうまかった。
細腕のイェル姫にあわせ、非力さを補う技、そして固い殻で身を固めた相手の倒し方を、姫は学んだ。
当然辛くもあったが、自分が供を出来ないのならせめて、というガルドの想いを理解すればするほど、それに耐えてゆけた。
イェル姫は、ふわふわのカールヘアで、いかにも「姫」という感じのレースやフリルがたくさんついたドレスを着ています
ビアンカは、松○零士御大の作品に出てくるような、ストレートのロングヘアとロングドレスを纏った謎めいた美女のイメージです
なので、脳内CVは池○昌子さんです