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イェル姫と白の城塞  作者: 八点鐘
1/5

【1】

 美しい金髪を持つ少女は、白いふわふわとした布の山の中で目覚めた。

 柔らかい光の中で、覚めやらぬ眠い目を擦っていると、いつもの通りの声が迎えてくれた。

「おはようございます、イェル姫さま」

 傍らには、にっこりと微笑む、白銀の髪をもつ美女。

「おはよう、ビアンカ!」

 イェル姫は立ち上がり、床に座って同じ目線の高さにいるビアンカに抱き付いた。


 壁も、床も、天井も、全てが白い空間。ここで姫は生まれた。

 全てが暖かく、全てが優しく、何もかもが満ち足りている、この〈白の城塞〉で。


 物心ついたときには、二人の従者がいた。


 一人は世話係のビアンカ。

 ひだが多くて、ふわふわして、柔らかい純白のドレスをいつも着ている。肌も真っ白。


 もう一人は、二人の護衛をしてくれる衛兵のガルド。

 彼はいつも城塞のあらゆる所を見廻っているので、滅多に姿を見掛ける事はないし、全身を純白の完全鎧(フルアーマー)に包み、白い羽根飾りのついた兜の面頬はいつも下ろしているので、どんな顔をしているのかは知らない。

 幼い頃は、彼が歩くときに立てる鎧のガチャガチャいう音に怯え、大きな声での話し方に驚き、何度も泣いたものだ。


 ここでは、何もかもが白かった。壁も白、天井も白。ドアもドアノブも、何もかもが白。ビアンカもガルドも、着ているものから肌まで真っ白。

 しかし、イェル姫だけは金髪に、山吹色のドレス。

 自分だけ白くないのが、まるで仲間はずれにされたような気分にもさせたが、

「黄色は、姫さまにだけに許された、とても尊い色なんですよ」

 とビアンカにことさら羨ましげに言われると、嬉しくもあった。


 イェル姫はかくれんぼが好きだった。

 〈白の城塞〉は果てしない。どこまでも幾重にも廊下が続き、同じような扉がずらりと並んでいる。隠れるにはもってこいだ。

 また、ビアンカは意外にもかくれんぼの名手で、どんな狭い所にイェル姫が隠れても、すぐに見付けてしまうのだ。

 逆に、ビアンカがどこかに隠れてしまうと、イェル姫はどうしても見つけられない。


 今日は何処に隠れようかしら?

 イェル姫は黄色い布靴で白い廊下を駆け、隠れ場所を物色した。床には、ビアンカのドレスと同じようにふわふわの、白い布が敷き詰められている。

 今度こそは、という決意を秘めつつ、イェル姫は幾つかの扉の前を過ぎた。どの扉も似たような作りで、迷わないのが自分でも不思議になる。しかし、迷ったためしはない。


 イェル姫は、ここぞと思う扉を開けて中に隠れた。


 程なく、遠くの方で扉の開け閉めの音が聞こえた。ビアンカが探し始めたのだ。

 息を殺して、イェル姫は身を潜めた。

 衣擦れの音は遠のいた。どこか別の廊下へと入ったようだ。イェル姫は一時の勝利をかみしめながら、一人ほくそえんだ。

 そうよ、今日こそ掴まるものですか。


 ややあって、遠くの方で、ガチャ、ガチャという音がして、イェル姫は顔を上げた。ガルドが見回りをしているのだ。

 そうだ、ガルドがここの前を通ったら、後ろから驚かせてやろう。ガルドの驚いた顔ってどんな風かしら。

 扉に耳をあて、期待に胸を膨らませながらイェル姫は待った。

 音は一時近づき、また遠ざかっていった。扉の前は通らなかったようだ。残念。


 高揚も期待も、一時のこと。静寂は素早く舞い戻ってくる。

 物音一つしない広い城塞でたった一人。無音の空間はたちまち重量感を増す。

 自分が余りにも上手く隠れてしまったので、ビアンカとはぐれてしまったのでは。このまま一人ぼっちで、もうガルドにも見付けてもらえないままになってしまうのでは……という恐怖はたちどころに募る。

 ついに堪えきれず、泣き出しそうになった頃、まるでそれを見計らったかのようにドアが開き、こう言う声が聞こえるのだ。

「見つけましたわ、姫さま」

「ず、ずるい!」

 口ではそう言いつつも、いつもイェル姫はビアンカに自ら飛びつくように駆け寄るのだった。

 どのくらいの時を、隠れて過ごしたのか。

「さ、もうお休みの時間ですよ」

 そう言われた途端眠気に襲われ、イェル姫は肯きながら大きなあくびをした。

 そしていつもの通り、ビアンカの白くてふわふわしたドレスのひだにくるまるようにして眠りについた。

全体で1万文字を少し超えるくらいの短編です


5部分に分けて毎日昼12時に投稿されますので、今しばらくお付き合い下さい

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