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黄昏の昊、蒼翼の鸞 【関所】弐


「まず、うちの若様を助けていただき、誠にありがとうございました」

「いいよぉ。怪我人を助けるのは薬師として当然。もっと言えば子供を助けるのは余裕のある大人の当然でしょお?」

「蒼月殿に拾われるとは、若様は本当に幸運でした。お礼をいくらしてもしたりない程に」

「またまたぁ。お立てても何もでないよぉ?」


嘘つけ八割好奇心だって言ってたじゃねーか。

思わず夕斗の口から飛び出るかと思ったが、寸でのところで堪えた。流石に出したらいけないことぐらい分かる。命の恩人と現在の保護者(暫定)の話に要らない嘴は突っ込むまい。何が飛んでくるか怖すぎる。


ひとまず、夕斗は蒼月と共に来季が押さえていた宿に移動した。主な理由としては夕斗の体力が限界だったからである。お腹も空いたし節々はやっぱり痛い。蒼月曰く、軟膏の痛み止めの効果が切れたらしい。しかしトドメを刺したのは絶対に蒼月のあの悪戯のせいだ。

来季が押さえていたのは、馬も預かってもらえる宿であった。見知らぬ街でよく見つけてきたものである。詳しくは突っ込むまい。


来季は蒼月に対して警戒心ばりばりで、部屋の中にある茶卓と椅子で空恐ろしい会話を繰り広げていた。なにあれ。連れてきたのは自分だけど関わりたくない。蒼月は変わらずのんびりとした雰囲気で、来季をあしらっているんだか煽ってるんだかわからない。蒼月が油に火を突っ込まないことを祈る。そもそも蒼月の存在が来季の火だったらどうしよう。どうしようもない。鎮火してくれることを祈る。


「・・・それはそれで良いとして、知り合いなのか?」

「そうだよぉ。まさか、こんなところで会うなんて思わなかったぁ」

「・・・知り合い・・・まぁ、仕事で少々関わりがありまして」


にっこにこの蒼月と、苦虫を口いっぱいに噛み締めたような来季。なんとも対照的な表情である。その温度差は何なんだ。思わず夕斗の目が半目になる。どっちが信用できるんだコレ。

その心境を察したのか、盛大に来季がため息を吐き、重そうな口を開いた。その嫌そうな表情、せめて本人の前では取り繕った方が良いんじゃないだろうか。


「私が宮城で、官吏として働いているのはご存知でしょう?どこの部署なのかは知っていますか?」

「知ってるも何も、尚書省兵部だろう」


三省六部ーーー三つの省と、六つの部からなる津の基本的な行政司法の作りである。その中で尚書省兵部といえば、津国の軍事を裏から支える部署だ。軍である羽林軍を後ろから支える、裏側の司令塔。その力は軍部全てに影響し、尚書となれば羽林軍将軍に匹敵する権力を持つ。日常の訓練で使用する武器防具の購入や手入れの費用、武官の給料管理、軍備に関わる全てを統括する。現在の兵部尚書は、確か観家当主ーーーつまり、来季の父親が勤めている。

そもそも、観一族はなんだかんだ兵部とは切っても切れない縁がある。武門の名門である羽家を支える観家という印象はどうにも強いのか、他の家や官吏もなんとなく観家の人間を兵部に回すことが非常に多い。気がつけば兵部に行くと観家の親戚大集合だった時もあったというのだから笑えない。法令の審査機関である門下省へ希望を出しても兵部に回されるのだから印象というのは侮れない。

そして来季も例に漏れずに尚書省兵部に配属になっていた。あの時の荒れっぷりは酷かったのでよく覚えている。


「・・・ええ、まぁ。非常に不本意でしたが、そうです。もっと言えば羽林軍の官舎で仕事してまして。いわゆる窓口的なものですが・・・まぁ私の所属そのものは今は良いんです。で、羽林軍の中には医療師団という、医師と薬師、調剤師で構成されている一団があります。武官の中から選出されている特殊な武官のひとつでもあります。なので医療師団の医師は武官です。一応。彼らは非常に研究熱心でして、よく自分たちで薬草などを狩りに出てたりもしてます。実力的に言えば、そこらの医師より武官よりよっぽど優秀です。不本意ではありますが」

「来季、お前なんか医療師団に恨みでもあるのか?」


相変わらず嫌そうな顔をした来季が説明したのは、羽林軍医療師団のことだった。夕斗も多少は知っている。軍略において必要なのは武術だけではない。羽林軍の中にはそれぞれ特殊技能を持つ部隊や師団が存在するというのは、まことしやかに流れる噂であり事実だ。その中で医療師団といえば、軍の中では比較的存在が明確に知られている特殊技能集団の一つである。その実力は国内の医療においては三指にはいるほどの狭き門である。武官から選りすぐりというのは、つまり武官の試験に合格するだけの実力が必要なのだ。医療の知識と技術に、武術も一定水準を修めた人間というのはそれだけ優秀であることの証左だ。

それだけ聞けば非常に優秀かつ頼りになる武官の集まりだろう。

夕斗としても、印象としては非常に優秀だと思う。実態を知っている来季がどう思っているかはさておき、対外的な印象としてだ。

しかしその内部の印象を端的に知っているらしい蒼月から爆弾発言が飛び出してきた。


「そりゃあ、津国の羽林軍医療師団って、仕事のできる脳筋馬鹿と変人の極みの巣窟だからねぇ」

「蒼月殿!人が暈したことをそんなはっきり言いますか!!」

「本当なのかよ!!」


というか来季はアレでボカしたつもりだったのか。

けらけら笑う蒼月に、来季は恨めしげな顔を崩さない。見慣れた夕斗ですらも中々恐怖を煽る表情だが、蒼月は鼻で笑い飛ばした。若干目が据わっているのは気のせいだと思いたい。


「だってさぁ、聞いてよ夕斗君。山の中で出会ってお喋りして薬師だって話したらさぁ、いきなり羽林軍の官舎まで誘拐されたんだよお?」

「だから私も頭抱えたんですよ!!」


どうやら、津国の山の中で薬草を補充していた蒼月と、同じく定期採集に出ていた医療師団の一部がかち合ったらしい。それで話していたら薬師だとバレて、探究心旺盛な医療師団に拉致された。しかも蒼月のこの言いようだと、恐らく蒼月は了承してない。羽林軍なんて関係者以外立ち入り禁止の場所にそうほいほい外部の人間を入れるわけにはいくまい。いくら武官が連れてきたとは言っても流れの薬師(身元不明)なぞ、どこの間諜かと疑われてもおかしくないだろう。訳も分からずいきなり軍の官舎に連れて行かれた蒼月が災難過ぎる。いきなり不審者(仮)を持ってこられた来季も似たような状況だっただろう。

なるほどこれは頭も抱えたくなる。そしてそんな出会いであればお互い忘れないだろう。特に蒼月は身なりにしろ顔にしろ特徴がありすぎる。夕斗も想像だけで頭が痛くなってくるような話だ。


「ーーーそれでぇ?観官吏はどうしてここにいるのぉ?やっぱり転職ぅ?」

「辞表は出しましたが転職はしてません。そして此処は宮城でもないので、その呼び方は止めてください」


きっぱり言い放つ来季に、蒼月はにやにやとなにやら楽しそうだ。何がそんなに楽しそうなのか、夕斗にはさっぱりよく分からない。


「じゃあ、来季ぃ。羽家の若様を連れて神前試合がてら旅行なのかなー?違うよねぇ?」



あ、これ十割好奇心の笑顔だ。

これは付き合いの短い夕斗にもはっきりとわかった。






・・・


・・



・・


・・・






津国は大陸の西側に位置し、北西の方角に崑崙山、さらに北西から西、南にかけては楽園砂漠と呼ばれる砂漠が広がる土地である。砂漠から東にかけては玉葉川が南北に縦断する形で流れているため、雨が少なくとも水に困ることもなく、人が住むことができた。

そして、主な産業は国の東側の山地で採掘される宝玉である。また採掘された宝玉を加工する技術においては大陸随一であった。国土こそ大きいが、大部分を砂漠と山に分けられるため、国力としては泉州国には確実に負ける。

かつては東の高園国(こうえんこく)、北の露淵国(ろえんこく)に挟まれながら領土を拡大していったほどの軍事大国であった。今ではあまり軍事には重きを置いていない。


羽家は、その領土拡大に尽力した将軍と、時の公主が降嫁してできた家である。

蒼翼の将軍と謳われた彼は、津国では英雄である。ほぼ身一つで軍へ入隊し将軍にまで上り詰め、時の公主と壮絶な大恋愛の末に結ばれた。色々と逸話(エピソード)に事欠かないご先祖さまである。その始まりからして津国皇家とは縁深く、時には皇妃を排出し、時には公主の降嫁先として選ばれる名門となった。羽家の人間は、その環境がそうさせるのか武芸に秀でることが多い。女であろうとも例外ではなく、羽家の姫は武官となる場合も多い。

現在の羽家当主も例に漏れず、現役で羽林軍の大元帥を拝命している。

どちらかというと貴族というより、宮仕えに特化した家である。領地は申し訳程度にあるにはあるものの、特に交易の要衝というわけでもなく、特産品があるわけでもない。至って普通に耕作地と山があるだけの土地である。首都である西玉に近いというだけが利点の土地だ。それに西よりなせいでうっかりすると砂漠に近い。

羽家は貴族にしてみると、予想外に貴族がよく働く家であった。地方貴族のほうが余程のんびり生活している。

権謀術数渦巻く宮城で宮仕えか、平民に混じって土にまみれながら農作業にせいをだすか。どちらがマシかという話である。

だが、それなりに長く続いた羽家といえど、貴族は貴族。長く続けばそれなりに色々あるのである。


「ーーー端的に言えば、いわゆる当主の跡目争いの一貫というヤツだ」


夕斗はお茶を口に含みつつ、同じく卓に座っている蒼月に向かって言い放った。

もはや自分の身分など分かっている相手に隠す理由がない。


「今のご当主に何かあったの〜?」

「体調がな、余りよくない。回復はしてるし、日常生活に問題ないらしい。が、病気である以上、また次いつ急変するか分からん」

「それもですが、次期当主が決まっていないという状況が一番問題です。今までは決めていなくても問題ありませんでしたが、当主が危ういとなれば話は別ですから」


現在の羽家当主は、未だ羽林軍大元帥を拝命している生粋の武闘派である。年齢の割に若々しく、若い頃から体調不良や病気とは無縁だった。怪我こそあれど、日常生活に支障があるようなものは無い。幼馴染でもあるらしい今上帝からは「殺しても死ななさそう」と評される人間である。我が父ながらそれもどうかと思う。息子として激しく同意はするが。

しかし、その父の体調がよく無い。夕斗はなんの天変地異の前触れかと慄いた程だ。だが、現実問題として歳は歳なので、そろそろ次期当主を決めないといけないのは間違いない。むしろ他の家からすれば決まっていなかったのかと驚かれる事案だと思う。

来季は指を三本立てた。


「次期当主候補に指定されたのは三人。当主の弟君か、当主の長男か、次男か。当主の出した条件は一つ。当主としてふさわしいということを一年以内に証明すること」

「ざっくりだねぇ」

「一人目、当主の弟君は、門下省の官吏を務めております。武芸はからっきしですがまだ若く健康。当主との仲はまぁ、良くもなく悪くもなく、と言ったところでしょう」


蒼月の感想は流された。

来季が指を一つ折る。

現当主の弟は、当主とはかなり歳が離れている。知らなければ親子に間違われそうなほどだ。しかし妾腹の子なので、本来であれば当主の跡目争いに参戦する立場ではない。そんな彼が次期当主に浮上した理由は、一重に優秀だからという一言に尽きる。

ぶっちゃけ武芸に偏りがちな羽家のなかで頭脳労働が苦にならない(というかそれしかできない)人間は希少だ。


「二人目、当主の長男。立場から言えばまぁ順当です。ですが、抱える問題が多すぎる方でもあります」

「問題ぃ?なあに?馬鹿なの?」

「馬鹿ではないので困ってるんです。当主のご長男、李宵(りしょう)様の御母堂とそのご実家が問題です」


来季が指をもう一つ折る。

嘆息している気持ちは夕斗も分かる。夕斗も同じ気持ちだからだ。


「うん?夕斗君のお母様でもあるんだよね?」

「俺は母親に嫌われてるから、俺の味方じゃない」


蒼月の疑問は、端的にいえばこれに尽きる。それに同母の兄弟での争いなど、貴族では当たり前のことだ。

争いに関しては何も思うことはないが、だからと言って何も感じていないわけでは無い。命の危機に何も思わないほど鈍感ではないのだ。それなりに腹が立つ。

来季が三本目の指を折った。


「三人目、当主の次男。若様ーーー夕斗様。まだ未成年かつ領地で過ごしているため色々未熟。ただ、今のところ李宵様の対抗できるのは夕斗様しかいないので強制参加です」

「なるほどねぇ。お貴族様じゃあ、ありがちっちゃありがちかぁ。よーするに、一人目の弟サンは当主なんてやる気がない。二人目の李宵サンはー、本人のやる気は兎も角、暴走気味のお母様も含めて当主にするのは色々疑問。三人目の夕斗君は後ろ盾も経験も年齢も足りない無い無い尽くしだけど、李宵サンと同じ立場だからこそ、正統に止められる権利がある、と」


黙っていた情報まであっさり看破された。多分蒼月の予想でもあったのだろう。


「で、夕斗君は当主になる条件【当主としてふさわしいことの証明】に、水都市の神前試合を選んだってわけかー」

「ええ、概ね合ってます」

「自分ちの当主争いに官吏返上しちゃうなんて、来季ったら大胆だねぇ」


大胆で済むのだろうかと、夕斗などは思う。思ってもついてきてくれた来季には、夕斗は頭が上がらないのだ。

その辺りを蒼月が分かっているのかは分からないが、大胆の一言で済ませて良いはずはない。来季の顔が鼻高々としているので、夕斗もこれ以上は突っ込まないのだ。


居なくなられるのも非常に困るので。




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