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黄昏の昊、蒼翼の鸞 【邂逅】


津国の山中、月の明るい夜。

月明かりを頼りに馬を駆けさせる影が四名。うち一人はまだ少年と言っても良い体格だ。きっちり鍛えた大人に囲まれるようにして、だが馬を操る技術は大人に引けをとらない。身軽に駆ける様は少年とはいえ、熟練された技量である。黒い髪をひとつにまとめて布を被せ、身軽な装束に身を包んでいる。帯には一振り剣を差しているが、飾り気は無い簡素なものだ。きつく釣り上がった眼差しに、緊張感に引き結ばれた口元が少年を子供ではなく大人に見せる。

他の三名もそれぞれ鍛えられた体躯に簡素な旅装ではあるが、各々剣や弓、槍を携えている。武装しているからだけではなく、その醸し出される空気が違った。精鋭部隊と言っていい張り詰めた緊張感が、他人の目がない山中だからこそ如実に現れる。この山の中であれば、いつもどおりで構わない。取り繕う必要は無い。ただそれだけの理由だった。

遅れて崖下から馬で駆け上がってきた一騎が併走する。馬そのものもだが、乗り手の技量が明らかにおかしい。この緊張感の中、黒馬に跨った乗り手は興奮に顔を紅潮させながらへらりと楽しそうに笑って見せた。若干の気持ち悪さに少年は内心引く。いつものことではあるのだが、何回見ても気色が悪い。

実力は確かなのになんなんだろう。こいつの気色悪さ。


「若様!追っ手がきますよ!」

「その気色悪い顔をどうにかしろ!!何人だ!?」

「人は五!犬が三匹!」

「うっわ犬までいるのかよ!」

「逃がさないっていう執念?馬と走らされる犬かわいそー」

「若様モテモテですねー!」

「双子は黙れ!犬は予想外にしても数は予想の範囲内!手筈どおりこの先で迎え撃つぞ!」


夜の山中、馬上で言い合う男たちに緊張感は皆無だった。もともと夜というところだけ気をつけて馬を走らせていたのだからこんなものである。通常、月明かりだけで山中を馬で走るなど正気の沙汰ではない。だが、ここにいる五人にはさして困る事態でもなかった。この山の地理は昼間に調べているというのもある。

なんとしてでも、追っ手はこの津国の中で巻いてしまいたかったからだ。そのためなら仕方が無い。仕方がない、が!


「しっかしやっと泉州かー・・・案外短かったなー」

「若様を小間使いにできるのも最後かー!いやぁ新鮮でしたね若様!」

「黙れって言ったの聞いたか!?お前ら好き勝手言い過ぎだろ!」


若様と呼ばれた少年、名前を夕斗せきとという。苗字は。津国の羽家と言えば武門の名家だ。その始まりは津国を統一した時代の将軍を祖とする。代々津国の武官として将軍として武官として、津国に仕え続けた家だ。津国の皇帝とも縁深く、過去には何人もの后を輩出し、また公主の降嫁先として栄えてきた。

追っ手は、その羽家の私兵である。ただし、第一夫人が雇ったものなので、非正規ではあるが。

ちなみに正規な私兵とは、羽家当主が率いる兵を言う。

その追っ手を騙すために、若様は傭兵の小間使いという立場で日中過ごしていたのである。その屈辱たるや、筆舌に尽くしがたい。信頼がおけるということと、常日頃の扱いたるや粗雑の極みである。


「騒ぐのも一旦止めなさい!そろそろ到着しますよ!」


先頭の騎手が長い髪を翻しながら後ろで騒いでいる若様達を一喝した。

手筈として、この山中にはいくつか開けた場所がある。その場所に追っ手を誘い込み、一網打尽にしてから泉州国に入るというのが予定だった。行き先は泉州国だととっくにバレているのだから今更である。追っ手としては夕斗を泉州国に入る前に確保するのが目的なのだから、ここで何としてでも達成したいというのが魂胆だろう。


「おっし!やっと暴れられるぜ!」

「殺してはいけませんよ!」

「犬は?」

「若様任せた!」

「はぁ!?」


人は殺さないが犬はどうしようーーー夕斗の頭に思わず迷いが出た。いや本当にどうしよう。野犬だったらためらわないが、訓練された犬だったら殺すのは惜しい。こっちの役に立つかもしれない。思わずそんな魂胆がちらついた。たぶん他も似たような心境らしい。犬、という単語に微妙な顔をしている。

犬の訓練は向き不向きがあるものの、馬と比較すると面倒なのである。

連れてく連れてかないの判断も含めて、この場で一番偉い=夕斗に任せようの図式が成り立ったのは全員同時だった。

ちなみに野犬だったらきちんと始末しないと危険なのでためらいは無い。野犬であることを祈る。

そうこうしているうちに当初予定していた場所に到着した。馬首を翻し、各々の得物を携える。先ほどまでおちゃらけていた空気もどこへやら、糸が張り詰めたような緊張感が漂う。

その中で先頭にいた騎手が、馬首を返す。背負っていた矢を番え、弦が引き絞られる音だけが耳に付く。木々のざわめきにまぎれて、馬の蹄の音が聞こえる。おおよその狙いを定めていたのか、飛んで行った矢は追っ手のどこかに当たったらしい。何やら騒いでいる声が聞こえた。


「・・・これ、俺ら出番あるか?」

「集中集中。五人生け捕るまでは気を抜かないように」


思いがけず零れ出た本音に、頬を紅潮させたままの男が低く注意を促す。薄い唇から漏れる呼気は熱く、眼差しは興奮に潤んでいるが、その手に握っているのは反りの強い青龍刀だ。よく手入れされた鋼が艶めかしく月光にきらめき、舌でも這わせそうな雰囲気である。

思わず周囲四名が馬ごと引いた。完全に危ない人種にしか見えない。これが一番最年長で実力もあるとか、ちょっと我が身が切なくなる。

各々が得物を引き抜き、弓を放った青年は早々に弓から剣に持ち替えている。中距離なら兎も角、近距離の山中では得物は短い方が小回りが利く。


茂みから飛び出してきた黒づくめの追手を、五人はそれぞれ迎えうった。






・・・


・・



・・


・・・






うっすらぼんやりと、暗い意識が浮上する。見上げた空がやけに青いのが印象深かった。

眠りから意識が戻って、空の青さが真っ先に目に入ったが、次に知覚したのは全身の痛みだ。やけに硬いのは地面らしい。硬い地面に寝かされているからだけじゃなくで、あちこちに打身やら擦過傷を作っているからだろう。連鎖的にあちこちが痛むので全身が痛い。だが、骨が折れたような熱があるわけではないらしい。痛くはあるが意識ははっきりしている。むしろ自分の悪運の強さの方に驚くぐらいだ。むしろ良くこれで済んだな、俺と感心する。


「あ、起きたぁ」


ひょこりと空と自分の間に割って入ったのは、まだまだ年若い青年だった。自分よりかはいくつか年上に見える。彼は薄汚れた旅装束に、外套を頭からすっぽり被っているが、その顔立ちはすっきりと綺麗に整っていた。思わず綺麗な顔にぼんやりしていると、彼は黒い革の手袋をはめた手を目の前で軽く振る。


「?おーい?意識はあるよね?水を飲ませてあげるから、体を起こすよー」


そう言って自分の腕を肩から頭の後ろに差し込み、軽く上体を起こされる。打身と擦過傷の痛みに全身が軋んだが、耐えられないほどではない。青年が口元に水が満たされた杯を差し出してくれたので、ゆっくりと啜り込む。咽せないように気をつけて、喉がひりつくような感覚がしたものの、時間をかけて飲み干した。あまり量は多くなかったが、喉の違和感は無くなったのは助かった。


「助かった。礼を言う」

「気にしないで良いよぉ。てゆーか、よく生きてたよねぇ」

「・・・川に落ちたところまでしか記憶に無いが、ここは何処だ?」

「んー?泉州と津の国境の山の中だねぇ。位置としては泉州寄りの玉葉川沿いの、あと半日ぐらいで関所に着くと良いなってとこぉ」

「結構流されてるじゃねぇか俺・・・!!」


青年のゆるい言葉に愕然とした。自分の記憶としてはまだ一応まだがっつり津国だったはずなのに。

いや、一応自分としても泉州国を目指してはいたから正解ではあるのだが、はっきり行って納得できない。こんな国境越えははっきり言って想定外である。いやそもそも川に落ちたことも甚だ不本意ではあるのだが。


「って言うか!俺の他にはだれかいなかったのか?何か流されてるとか!」

「いやぁ?君以外に流されてる人はいなかったなぁ。てか君、川に結構流されてたっていう割に元気だねぇ。口の中も無事みたいだし、よければ食事も食べるかい?これから用意するけど」

「いや、命を助けてもらった上に食事までもらうのは・・・」


遠慮しようとしたら腹から盛大に音が鳴った。何か計ってたとしか思えない。羞恥で顔に血が昇るのがはっきりとわかる。

呆気にとられたらしい青年は、一拍置いて盛大に吹き出した。人形のように綺麗な顔が一気に人間味が出る。しかし涙が出るほど笑われるのは、仕方がないとはいえ恥ずかしい。


「今更今更ぁ〜。事情もありそうだし、薬もかえがてら着替えてきなよぉ。はい、君の服と包帯と擦り傷に効く薬〜」

「・・・助かる」


けらけらと笑う青年から視線をそらし、盛大に鳴った腹を抱える。何も今!鳴らなくても良いだろう腹!普段はそんなに主張しない癖にどうして今鳴った!

差し出された着替えと塗り薬を拒めない自分が憎らしい。塗り薬が沁みる痛みすら微々たるものだった。しかも全身ほぼ打ち身だらけだったために塗り薬を塗るのも包帯を替えるのも結局手伝ってもらうことになった。泣きたい。青年はけらけらと笑うばかりで、嫌そうな顔もしないのが余計に心苦しい。


青年は、名前を蒼月そうげつと名乗った。流れの薬師で、簡単な医師の真似事もしているらしい。

なんでもこれから泉州国に行くのだという。玉葉川沿いの街道を歩いていたら、川辺に打ち上げられていた俺を発見したらしい。一瞬水死体かと思ったそうだが、生きてるのが分かって手当てをしてくれたそうだ。濡れた服を脱がして怪我まで確認されたとあっては頭が下がる思いしかない。しかし本人曰く八割好奇心で、二割は純粋な善意らしい。

彼は河原で簡易的な竃を拵えており、そこで雑炊を作っていた。干した野菜や肉を水で戻し、いくつか薬草や木の実っぽいものを追加し、米と雑穀の干し飯を加えたものだった。味はほんのりと塩気が効いて、口に含むと優しい味わいが広がる。少し薬草っぽさがあるが、それが味に深みが増して、これはこれで美味しい。

と言うか、久々にきちんと手間をかけた美味しい料理にうっすら感動した。しばらくは非常食のおいしく無いものばかりだったから余計に。連れ達はあまり料理は得意ではなかった。


「ーーーふぅ、美味かった」

「口に合って良かったぁ。それだけ食べれればもう大丈夫そうだねぇ」


くすくすと笑う蒼月に、がっついた自覚があっただけに少し居心地が悪い。ただ、その前に盛大に腹の虫が鳴いていたので無意味だった。遠慮なく碗にもられた雑炊の誘惑には勝てなかった。まだまだ食べ盛りの少年に、食べ物の誘惑に抗えという方が無謀である。


「水もそんなに飲んでなさそうだし、怪我は擦り傷に打ち身があちこち、骨も頑丈だし内臓も無事。食欲もあるみたいだし、暫くきちんと食べて寝てれば大丈夫だよぉ。ま、擦り傷は暫く沁みるだろうけどねぇ」

「・・・食事に薬に、手当てまでしてもらって本当に助かった。蒼月にひろって貰わなかったら死んでたかもしれない。この礼は必ず」

「そんなに畏まらなくても良いよぉ。ーーーでも、なぁんで川に流されてたの?」

「あー・・・」


何て説明しよう。めちゃくちゃに困る。

まさか追っ手を駆けられてて、返り討ちにしてたら犬に川に落とされたとか、情けないにも程がある。

どう説明しても情けないことには変わりないし、散々情けないところは見せた相手だし、で諦めた。これ以上の恥の上塗りは止めておこう。万が一バレた時の居たたまれなさは考えたくない。


「野犬に追いかけられて、足を踏み外して川に落ちて流された」

「それは災難だったねぇ。で?これからどうするの?流石に連れとか親とか、探してるよねぇ?帰れるのー?」

「えーっと・・・」


一応、目的地は蒼月と同じ泉州国の水都市である。誰かが逸れた場合は、必ずそこを目指すということで話はしていた。ちなみにこの逸れた場合というのは夕斗を除いた誰かがという話であって、夕斗が逸れた場合は想定していない。誰かは傍にいるだろうと高を括っていたともいう。結果、夕斗だけが逸れているのだからどうしようもない。

まだ一日も経っていないだろうし、もしかしたらこの先の関所で会える可能性の方が高い。いくら馬があるからとそうほいほい先に進むだろうか?

進んでそうなのが若干嫌だ。

一応、あの五人は部下ではあるものの、兄弟子と弟弟子と師範いいうことも相まってあまり上下関係というものは存在しなかった。あくまで内側の話である。外から見たときはきちんとしていたから良しとしたい。

だが、蒼月から見れば自分は一応少年の筈だ。少年が一人で旅をしているとか、確かにおかしい。そもそもほぼ身一つで川に流されてるとか、この位置なら津国側の山間の村の子供だと思われてるだろう。


「・・・俺は傭兵見習いなんだ。野営してるところに野犬が来てな」

「傭兵かぁ。じゃあ、連れの人たちの心配はなさそうだねぇ」


ほんとそれな。

あっちの心配は実はしてない。夕斗と違ってあっちは全員良い年した大人なので、大丈夫だろう。大丈夫じゃないと困る。自分が。


「じゃ、関所まで一緒に行こっかぁ。片付け手伝ってー」


呑気な蒼月に有難くなりながら、夕斗は片付けを始めた。






・・・


・・



・・


・・・






まさかこの出会いが、仕組まれたものだったことを夕斗は知らない。



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