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敗者の行進  作者: 春獄
第一章 Bloody brother
9/33

8敗【急襲】

 傀儡がざっと見て五十人ほど、俺たちの前に大所帯で立ち塞がっている。

 奥が見えないぶん、見立てよりもっと人数が多いかもしれない。


「…あれー?お客さん、じゃないよね?」


 遠くを見渡すように右手を目上にそえながら、低い声でクリアが呼びかける。

 笑みを浮かべているのに、目が笑っていない。俺たちに見せた笑顔とは明らかに違う、苛つきが籠った明るさだ。


「は?なんだこいつ。もう一人変質者がいるなんて聞いてねえぞ?」

「い、いやでも見ろあれ!カガチだ!カガチがいる」

「あいつ、いつもの軍服着てねえ。骨粉が…」

「やっぱあいつのいう通りだったんだ!」

 

「どうしてここが分かったんだろ。一応とじまりはしっかりやってるんだけどなー」


 自分の質問が無視されていることを無視しながら、クリアは疑問を抱える。

 だがその疑問は、俺たちも同様に感じていた。


 墓場がどのようなセキュリティーで成り立っているのかは分からないが、それ以前に、こんなにも準備万端な状態で傀儡たちが攻め込んでくること自体稀である。

 クリアは「どうやってこの場所に来たのか」を気にしているようだが、俺たちは俺たちで「どうやって俺たちを見つけたか」を気にしている。

 つけてきたにしても、一体どこから?俺たちはミスターの奇跡で移動してきたんだ。研究所から先はついてこられるはずがない。


「妖精の仕業か?」


 ケンケツがボソッと呟く。

 現状一番可能性がありそうなところだ。だが、その場合。


「ねぇ、見てお兄ちゃん。考えられるの一匹だけじゃない?」


 ユケツが分かり切った答えにうんざりしたように、傀儡たちが手に持つ銃火器や刃物の類に目を向ける。


 …ああもう、答え合わせをするのも億劫になるほどあからさまなお手製のパンプキンマーク。自己顕示欲が強いくせに、毎度他人をけしかけてくるのは害悪としか言いようがない。

 ケンケツの舌打ちが、俺の想像に丸をつけた。


「ま、【戦争】の奴しかいないわな」


 その名を口にされただけでユケツの顔が歪む。

 脳裏にあのオレンジ色のクズが思い浮かんだのだろう。俺も気分の悪いときに思い出したせいで、余計にキツい。


「最悪~!!アイツ、早くあの頭のカボチャ腐って死んでくれないかな!!」


「フードだから腐らんだろ」


 冷静なツッコミ。


「むきぃー!!なら普通に脳みそおとうふになって死んじゃえ!」


「それは同意」


 ケンケツはそう言いながらも、ゆっくりと傀儡の群れへと進んでいく。

 普段なら傀儡を見つけた瞬間、真っ先に殴り潰しに行く突撃モンスターなのだが。今日はやけに冷静である。


 …いや、俺のせいか。

 この数でこられたら、流石に何発かは食らわなければならない。


「なあお前ら、大方あいつになんか言われて此処に連れてこられてんだろ?つーことはこれ、不毛な戦いなんだわ。いつもみたいに追っかけたりしないから、さっさと出てってくれ」


 ざわざわとどよめきが広がる。これは…


「ほっ、本当だ!本当に彼の言う通りだ!」

「ユケツの人形が使い物にならないって…」

「今なら血兄妹をなんとかできるぞ」


 嫌な方の、盛り上がり方だ。


 完全に舐め切った態度で色めき立つ集団の中から、ひときわデカい、ランチャー兵器を持った傀儡が前に進み出る。装備の厚さから見て、こいつが先導しているようだ。

 そいつはにやつきながら、銃口をこちらに向ける。


「俺らがこんな絶好のチャンス見逃すわけないだろ?お前らが降参しろよ!」


「うへえ、だる」


 ケンケツはこちらを振り向くと、心底つまらなそうな顔で親指を首の前で掻っ切った。


「ユケツダメだ。こいつら馬鹿すぎる。俺一人で片付けるから、お前ら下がっとけよ」


 ケンケツは拳をパキポキと鳴らして、いつものルーティンを行い、臨戦態勢を完成させる。その後ろ姿だけは、いつ見ても頼れる兄貴の背中だ。

 俺は言われるがまま、傀儡たちから遠ざかろうとするが、生憎と足が地面と繋がっていて離れられない。ユケツもケンケツもそんな俺の姿を確認し、改めてここでの戦闘を覚悟する。

 特にケンケツは一人で戦うことを快諾したような雰囲気だったが、急にピタリと体を停止させて、思い出したかのようにもう一度こちらを見る。


「クリア。お前も戦えんだろ。手伝えよ」


 突然の指名に、クリアは目を見開く。そして無言のまま俺とユケツの顔を交互に見て、最後に今か今かと引き金を引きそうな傀儡たちを見た。

 誰にでもわかる。ケンケツだけで敵を倒せるかどうかの計算だ。そしてどうやらその計算は、「可能」ということで落ち着いたらしい。


 今日イチ満面の笑みで、クリアはケンケツに言い渡す。


「ええ?僕できないよ、戦うとかそんなこと」


「はあ~!?お前こんな時までそれかよ!じゃああんときの蛇連れてこい!ここに居るんだろ?知らんけど」


「蛇?ごめんケンケツくん、何言ってるかさっぱり…」


「これ終わったら覚えとけよ!マジで!」


 ケンケツはそう叫びながら傀儡たちの中に突っ込むと、誰を狙うでもなく拳を振り下ろした。

 その拳から放たれた風圧は凄まじく、当たり前のように地割れが起きる。一発でわかる、「あ、これ勝てない」の怪力。牽制としては上々である。


「おらかかってこいよ。今ならやれるんだろ?」


 傀儡たちがその異常な光景を目の当たりにして、引き金に手をかけ忘れる。煽り文句すら耳に入ってない様子だ。それに対して、ケンケツは何故かノリノリである。戦い甲斐がない相手には萎える奴が、どうして。


 ―まずい。あいつ、クリアに意地悪されたせいか機嫌が悪い。

 俺はすぐさま目を瞑り、ケチャップが床にばら撒かれるメルヘンな映像と現実とを入れ替える。


「今すぐ骨粉撒くけど、大丈夫そう?」


 目を瞑ったことが症状の悪化ととられたのか、ユケツが俺に合わせて屈みながら聞いてきた。

 額とこめかみから冷汗がぽたぽたと垂れ落ちる。その心配も尤もだ。


 大丈夫かと問われれば、決して大丈夫ではない。しかし、今の体の調子は所詮、本体の心に引っ張られているだけのもの。このイレギュラーな事態に対する代償だ。だから骨粉がまかれて再臨を果たせば、この症状が緩和どころかなくなる可能性は極めて高い。


 俺は胸を押さえながら、残ったスタミナを燃料にして精一杯に強がる。


「お前さえよければな」


 無理をして笑う口に、流れた汗が入り込む。嘘を咎めるようなしょっぱさに心が挫けそうになったが、そうも言っていられない。いくらケンケツでも、あの数は流石に疲れる。


 ユケツはジト目で俺の演技を眺めると、合わせていた目線を外して、立ち上がって腕を組んだ。ケンケツがよくやられている仁王立ちは、いつもこういう角度から見ているんだな。ローアングルからの胸が……、いや、なんでもない。

 ただでさえ体の調子の事もあるというのに、要らぬことで煩悶するなよ、俺。


「カガチ。余裕ぶってるけど、今日絶不調っぽいし、音声入力(フル・オーダー)でいくから」


「ぽ」


 まずい。ショック過ぎて変な声出た。

 はい?音声入力(フル・オーダー)


「なあにその変な声。ショック過ぎたぁ?」


「そんな訳ないだろ。合理的な判断だ、従おう」


 嘘だ。


 予想外の展開に、胸の鼓動が早くなる。

 

 だって、最近は全部自動入力(フル・オート)だったじゃないか。なんで今更。

 いやだ。絶対にいやだ。いや確かに、確かにこいつに全任せしなければやってられないのは確かだが、それはそれ。あの全てを委ねる感覚。何度やっても慣れないんだよ。やめてくれ。


「納得してないかおしてるけど?」


「いいや?俺は元からこういう顔だ」


 咄嗟に自分の内情とは間反対の笑みを貼りつける。

 限界が近いというのに、我ながら忍耐強さはピカイチだな。


 しかしこれが決定打となってしまったのか、ユケツは問答無用で俺の足元に骨粉をばら撒いた。


「あっそ!そんなに青い顔がふつうなんて、私が嫌なんだけど!」

 

「待っ…!」


「カガチ、再臨(セット)




―――――――――…




 そ、レハ。


 あ、あああ、アマリニモ。急スギル死、ズルスギル。



 瞬間、俺は逆らえない力に抗うこともなく、()()()()()

 吸い込まれるように、重力の捻じれに体のすべてを任せる。嗚呼、この感触だ。砂や泥の入り混じった、暗く閉ざされた安寧。

 地中の温かさには、まるで母親のような母性すら感じる。


 呼ビ声ガ聞コエル。「戻ってこい」トイウ、コエガ。


 俺の傍に、懐かしむのも新しき傀儡(おれ)が近寄って来る。

 傀儡(おれ)は、待っていたとばかりに俺の体を暴いて、その臓腑と肉の中に侵入した。

 心と体が完全に一つとなった、刹那。

 その快感に、全身の毛が逆立った。


 合わさった影は咆哮を上げ、蛇のように俺の周りでとぐろを巻く。



《音声認証:受諾/カガチ:再臨開始》



 始まった。


 脳の隅へ、今までの自我(ログ)が一気に追いやられる。≪自己アルゴリズム:遮断≫

 血管の一本一本がコードに代わり、そこに情報が流れ込む。≪血流を電流へ変換/≫

 表情も、感情も、体も、思考さえも、我が女王に献上される。≪ユーザアクセス対象:全機構≫

 喜びも、怒りも、悲しみも、彼女の指先ひとつ、つま先ひとつで変えられる。≪制御ユーザ:ユケツ≫



 ≪掌握完了(コンプリート)



 可視化(ランタン)で染まる光の中にひとつ、大きな影が生まれている。地面の底から這いあがるように伸び続けるソレは、人ひとりの大きさになり、雲集霧散(うんしゅうむさん)を繰り返す。

 そしてその影が宙へ溶けて消えたとき、彼は目を覚ますのだ。まつ毛の一本から爪の一枚まで、主人の所有物となって。


死骸人形(デージーズ)処女作(プロト)カガチ。再臨致しました」


 ―金色の瞳が、蓄積されたすべての思い出(データ)を懐かしんでいる。


 俺は今、この世界で一番彼女に近い。


女王(マスター)命令(オーダー)を。」


_道具だ。

ここまでお読みくださりありがとうございます。

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