7敗【墓守?】
「それで?そんなことより、今日はどうしたの?墓場にくるなんて」
クリアはおままごとをひと段落終えたような顔つきで、俺たちに向き直る。
ケンケツの唸り声を”そんなこと”で済ましていることについて触れたいが、今は”そんなこと”よりもここに来た目的を思い出さなければならない。
俺が肘をわざとらしく当てると、ユケツは大きく口を開けた。
「あっ、そうだ!クリア君、骨粉余ってない!?」
「骨粉?」
「あのー、ほら。ユケツがカガチ達に使ってる白い粉だよ」
ケンケツがぶっきらぼうに捕捉するが、説明の仕方に悪意を感じる。
完全に脳に直接届きそうな薬に聞こえてしまうだろうが。
「それは知ってるけど。なんのために…ああ!」
クリアが閃いたというように俺を指さす。
「この体と繋ぎとめるためか」
さっきからその通りなのに複雑な心境になるのは、俺の置かれた状況が特殊だからなのか。彼の物言いがストレートすぎるからか。
「どのくらい欲しいの?」
ユケツはいつも骨粉を入れている、手に収まるほどの麻袋をクリアに差し出した。普通ならこの袋の中の八割ほどを白い、ざらざらとした骨粉が満たしているのだが、今は中身が空っぽだ。
ちなみにこの麻袋、履いているのかいないのかわからない丈のスカートのポケットから取り出されたものである。…骨粉を失くした原因がポケットから落ちちゃいましたーだった場合、俺はこいつを呪いながら消えていく権利を得るだろう。
疑いの意味を込めてユケツと視線を合わせると、「流石にそれはない」とブンブン頭を横に振った。
「ふむふむ、任せてよ」
クリアは麻袋の深さを確認して、笑顔で頷くと、近くの墓から骨を掘り出して―
「おい!?」
「どうしたの?」
「いやいやいや」
どうしたの?じゃないんだが。
そんな、サツマイモ掘りみたいに意気揚々と墓を暴かれても、こちらが困る。
「おま、墓守じゃないのかよ」
「ハカモリ?」
駄目だ。血兄妹とは違った意味で言葉が通じていない。
「墓を守るやつなんじゃないのか?」
仕方なく言い直すと、クリアは「ああ!」と納得した顔でこちらを見た。
「僕が大事にしてるのはたしかにお墓だよ。でも、埋まってるものはあんまり。たまにきれいなギザギザがついた骨とかは、面白くて取っておいてるけど。見る?」
「いや、そういうことではなくて…」
やってることが盗人のそれなんだが。お前はそれを取り締まる側だろ。それでいいのか?
そう言ってやりたいが、その曇りのない瞳できっぱり言い切られると、なんだかこちらが無粋な質問をしたようにも感じる。
二つ返事でこちらが助かるという気持ちと、墓守としてのアイデンティティーをポイ捨てするのが解せない気持ち。両者が俺の中で激しくぶつかった。
「クリアくんは自由だからねー」
自由過ぎるだろ。
掘り返した骨をそのまま墓石で削っている姿を見ながら、俺は改めてこの世界に倫理や道徳を求めることがどれだけ時間のムダなのか知らしめられた。
墓は大事なんじゃなかったのか、墓は。
ヤスリとしか思っていないような墓石の扱いに、一瞬で先ほどの言葉との矛盾が生じる。クリアにとって言葉など、言葉以上の意味は持たないのだろうか。有言実行といったポリシーは、彼の前ではただのちんけなプライドに過ぎないのか?口約束などは絶対にしたくないタイプである。
しかしその力任せな製造方法のお陰で、どんどんと削り出された骨が下に溜まっていく。お目当ての骨粉だ。チクショウ、非常に助かってしまう。
「すまない。ありがとう、その辺で大丈夫だ」
せっかくの墓石が小さくなっていくのは見るに堪えないので、俺はほどほどのところでクリアを止める。
「大丈夫?もうちょっといるんじゃ」
「大丈夫だ」
少し食い気味になって否定してしまったが、クリアはそれを気にすることもなく了承した。本当に子供の遊び、その延長と言った感じだ。
そうして削り出された骨粉は、麻袋の中にさらさらと流されて、砂時計のようにあっという間に満タンになる。重みも十分だった。これならば当分の間、(ユケツが失くさない限り)ミスターやクリアに骨粉をねだらなくて済むだろう。
初めてのお使いにしては、あっさりとし過ぎていて拍子抜けかもしれない。骨粉をじっと見ていると、小麦粉でも買いに行かされた気分にならなくもないだろう。だが、これに俺の命が懸かっているのは紛れもない真実。無事に引き渡しが終わって本当に良かった。
俺がホッと胸をなでおろしていると、クリアがその心の隙間を刺す形で指摘する。
「カガチくん足大丈夫?なんか溶けてるけど」
「え?」
ふと目線を下に下げると、俺の右足は無くなっていた。
厳密にいうと、半透明に透け、地面とどろどろに絡み合っていた。黒い地面と俺の白い肌とか混ざり合い、まるでコーヒーとミルクのようにぐるぐる円を描き続けていたのだ。靴やそれに接していた肉などは、完全に液状化して溶け切ってしまっている。
「うわっ!お前それ」
酷い絵面にケンケツが声を上げるが、不思議と痛みはない。ないが、それはつまり痛みなく元に戻るということである。
俺に、できたての体の方が引っ張られてしまっているのだろう。
結論。端的に言って、時間がない。
「ユケツ、早く俺に命令を…うっ」
喉の奥から甘酸っぱい香りがこみ上げてくる。
すぐに口を手で押さえたが、幸い吐き出すまでには至らない。
死ぬ。その事に気づき始めるとなんだか気持ち悪くなってきたのだ。此処にいる俺は俺でないことを自覚させられると、吐き気が止まらない。プラシーボ効果とかいうやつも馬鹿にできないな。
片膝をつき、どうにかこのえずきを逃がそうとするが、それは無理な話。これは肉体的なものではなく、精神的な病みから襲い掛かっているものだからだ。こんな世界に降り立ってもまだ、生存本能というものは呪いのようにイキモノにまとわりつく。
「うわー!??ヤバーいカガチ!早く骨粉!骨粉撒かないと!」
「なんか俺出来ることある!?」
「なんもないよ!なんもないから黙ってて!動かないで!」
「えっ、俺の妹酷すぎ!?」
…なんだこの、ショートコント「使えない保健委員と学級委員長」は。具合の悪いときに漫才をやられても不快でしかない。ここには保健室などないのだから、いい加減にしてほしい。いいから早く、早く、
「命令…を」
言っている途中で目がくらみ、その場でうなだれてしまう。頭もぼやけてうまく働かない。限界、だ。
蕩けた視界には、心配だけは一人前な二人の姿と、状況をよくわかっておらず気まずそうにしているクリアがいる。周りを仕切る墓石が、なんだか自分のもののようにも感じ始める。
「わかった!カガチ、今」
ユケツが骨粉を手に握りしめたその時。
「おい!本当にいたぞ、血兄妹だ!」
―大声が耳を劈く。
のぼせ上がりそうな脳を働かして声の方角を見ると、そこには大勢の人間らしからぬ、もはや生物ですららしからぬ姿の動物がいた。
この世のものとは思えないほどのグロテスク 。生きているとは思えないほどの皮膚と肉の乖離。
…傀儡だ。
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