6敗【初対面?】
そうして俺がじろじろ見ている間に、クリアは俺のことを思い出したのか、手を叩いて頷く。
「ああー!わかったわかった!土から出てくるヒトたちのおうさまだ!」
「土」
あまりに直接的な言葉に、その二文字しか口に出せなかった。
「あはははは!」
「おい元凶。笑うな。まあ、その認識で問題ないです」
”土から出てくるヒトたち”。
印象をそのままぶつけた名を複雑に思いながらも、なにも間違っていないので訂正のしようがない。一方、遠慮なしに笑うやつの頭は常日頃、慢性的に間違えすぎていてこちらも訂正のしようがない。
ちなみにこちらは頭めがけたチョップで一時的な反省は望める。
「あいたあっ!」
望めるだけで、反省しているかは知らない。
「よろしく。僕はクリア」
「あ、ああ。よろしく…お願いします」
突然差し出された右手に対し、おずおずと左手を伸ばすと、クリアは堪えきれなくなったように吹き出した。
「そんなに怖がらなくていいのに。敬語もいいよ」
俺は出した手を思わず引っ込める。
クリアは今まで出会ったどの変質者よりも異様に友好的だ。いや、今まで表面上友好的なやつなら結構いた。そういうのは大体、油断し始めてから手痛い攻撃を食らった。酷いときは体中を刃物でめった刺しにされたこともある。その経験もあって、警戒するのは許してほしいところだが…
手汗を気にしながら、俺はもう一度彼の表情を見る。
「ん?」
こちらの毒気が抜かれるキョトン顔。
流石に俺の考え過ぎか?ユケツもミスターも笑って彼の話をしていたしな。ケンケツだけはなぜか、色々突っ込みたそうな顔をしていたが。
「いつもはここに居ないんだけどね、今日はお客さんじゃないヒトが来てるって、キッチュが言うから」
「キッチュ?」
「あ。僕のお友達のことなんだけど…今はちょっと遠くにいるから、紹介できないね」
そういって彼は墓場の奥、可視化が届かない、暗く静かな闇に眼差しを向ける。もしやここにもう一人、変質者がいるのだろうか。
「でも結局、お客さんだったね。だって君、ユケツちゃんとケンケツくんのお友達なんでしょ?」
ケンケツ?
あ。
しまった。忘れたままだった。俺はしばらく放置していた兄の方を思い出す。
思い出してしまえば、気にしていなかった「誰かなんとか言え!」や「え?ホントに死んだ?」等の言葉が大ボリュームで響いてきた。
ユケツも申し訳なさそうにしながら、その断末魔のような叫びを聞いている。
「そろそろお兄ちゃん助けてあげよっかぁ…」
…
「カガチ!?おい!死んだのか!死んだなら返事しろ!」
声の方に全員で向かっていくと、そこには何もないところで腰を低くし、戦闘態勢に入っているケンケツが居た。随分古典的なボケを披露していらっしゃるようで。
一旦可視化使うと、本当に馬鹿みたいな光景に見えるなこれ。実際俺とユケツ含め、馬鹿なんだが。よく見ると足が震えている。よほど足音のホラー演出が堪えたらしい。
これは……チャンスだな…
そう思ったのとほぼ同時に、ユケツが顎をケンケツの方へ振る。「やれ」というサインだ。
俺はその命令に頷いて、背後から静かに詰め寄り、奴の耳元でこう囁いた。
「死んだ」
するとケンケツは、足にバネでも入っているかのように跳ね退いた。
「ふおおおお!?カガチ!?急に後ろから話しかけんなよビビんだろうが!」
お望み通り返事をしてやったのになんだその反応は。
とりあえず隣のクリアに可視化をかざしてもらい、閉ざされていた視界を確保してやる。すると安心したのか、今まで曲がっていた背は見事にまっすぐ戻った。
「クリア、ほらな?後ろから話しかけたらみんな驚く」
「うわあ、本当だ。ごめんねー」
素直な反応に体が固まる。本当に変質者なのか?彼は。
弟のように接しても気持ちよく受け入れてくれる態度に、早速絆されかけている自分がいる。ケンケツもユケツと接しているとき、こういった気持ちになるのだろうか。あっちはとんだじゃじゃ馬娘相手にしているから、この感情の規定に入らないかも知れないが。
ともかく、これで一件落着かと思われた。
が、予想外の反応が俺たちを襲う。
「あ?お前誰だ?」
ケンケツが、俺と話していた時とはまるで違う態度をクリアにとったのだ。
な、え?
一気に空気が重くなる。
警戒と殺気。先ほどまで俺がクリアに向けていたものである。
なんだ?ユケツの反応と随分違うぞ。
すぐさま頭の中で、研究所での会話を再生する。確かあの時のクリア談義にはケンケツも混ざっていた。てっきりユケツ同様顔を知っていると思ったが、この反応だと初対面なのか?
「なんだよ、知り合いなんじゃなかったのか?」
クリアのフォローもしつつ声をかけるが、ケンケツは何も言わない。ただ相手を見定めるように、ゆっくりとその眼球を動かしている。睨みつけているのだ。
そして睨みつけられている当のクリアというと、そんなケンケツに怯えることなく、俺たちと接するのと変わらない様子で、朗らかに声をかける。
「ケンケツくん。僕だよ、クリアだよ」
その言葉を聞き、ケンケツの右目がひくつく。
「はあ?お前がクリアな訳ないだろ。あいつはもっとおっかなくて、偉そうで、そもそもこんなに目立つような白い頭してねえよ」
クリアなわけがない?
違和感が加速度的に増していく。
やはりケンケツはクリアを知っている。いや知っているが故に、このクリアをクリアではないと認識しているようだ。なにがどうなっている?ユケツはこのクリアを受け入れていた。ユケツの中のクリアと、ケンケツの中のクリアが一致していない。
「お兄ちゃん、それ別の姿のときのクリアくんなんじゃないの?」
「「……へ?」」
俺とケンケツは、同時に似たようなマヌケ顔と声を晒した。
ユケツから思わぬ可能性を提示されてしまって、脳が停止したのである。
「ほら、クリアくんて元はホネホネじゃない?だから顔とか体を付け替えると、まるっきり外見が変わっちゃうの!」
言われてみれば、というか。ああ。そういうことである。だが、そうしている意味が分からない。
俺はクリアの異様な体を見てから抱いていた疑問を、ぶつけるなら今だと感じた。
「それについてなんだが…」
躊躇いながら彼の顔や肉体を指さす。
「それ、なんだ?」
「ん?ああ、これ!スケルトンって言ったってさ、流石に骨だけのままじゃみんな怖がっちゃうでしょ?」
そうだろうか。確かに俺も彼に会うまでは不気味な存在だと考えていたスケルトンだが、いざこうして肉が中途半端に付いたスケルトンをみると、そちらの方がよっぽど不気味である。
「ファッションも兼ねて、その日の気分で肉と服をつけかえてるんだ!」
「ファッション」
「あと、全裸でいるのは流石にやばいでしょ」
「全裸」
常識外れた衣服と価値観に面食らい、聞き返すだけとなってしまったが、すぐさま持ち直す。
全裸というが、肉服を着ていても全裸なことには変わりないだろう。その上から着込んでいる服は、彼にとっては厚着になるのだろうか。配慮して頂いてありがたい限りだ。
ケンケツはこの話を聞いている内に、みるみる目を見開いていく。徐々にその仕組みと自分の認識の齟齬について理解したきたのだろう。
「ええ?じゃあ本当にお前はクリアで…あっ!?俺があの時いた場所って、もしかして墓場だったのかよ」
「うーん、そうなるね?」
「なんっだよ!灯台下暗し過ぎるぜオイ…」
「おいどういうことだ」
“何の話かわからないからつまんなーい”とでも言いたげな顔をしているユケツの代わりに、俺はこの勘違いの起点について知っておかなければならない気がした。
ケンケツは質問している俺ではなくユケツの顔を見ると、頭を掻きながら申し訳なさそうに切り出す。
「どーもこーも…俺たぶん、一回墓場に来てるわ。で、そん時も可視化忘れてたから」
「待て。自殺行為を流されたせいで話が頭に入ってこない。お前こんな命に関わる凡ミス過去にもやってるのか?」
「で、」
無視か。
「それでこいつにボコボコどころかグチャグチャにされてる。ハンバーグのタネぐらい」
「はあ?」
こいつとは、クリアの事か?
今、俺たちの前にいる、クリア?
ユケツと顔を見合わせる。お互い何も言わなかったが、何を言わなければいけないのははっきりわかるぞ。お互い呆れ顔だからな。
ユケツから口が開く。
「はあ。これだからお兄ちゃんってば。いくら私とクリア君が仲いいからって、デマ流すなんて信じらんないよ」
続いて俺の援護射撃。
「俺もクリアの事は信じきれちゃいないが、そこまで盛られれば嘘だってわかるぞ」
するとケンケツは救えないものでもみるような顔をして、頭を抱えてしまった。まるでインチキ宗教に入信されてしまった家族のような反応である。
だがそれでも諦めきれないのか、ケンケツは俺たちの説得に言葉を尽くす。
「いやいや本当なんだって!あの後ミスターに直してもらわなかったら、終わってるレベルの…おいクリアお前、猫かぶってんじゃねえぞ!」
「え~?なんのことかわからないにゃ~?」
「てーめーえー!!!」
ケンケツがクリアの肩を強く揺さぶる。どちらがより暴力的かは一目瞭然だろう。もしクリアにケンケツから暴力を受けたと言われれば、簡単に信じたかもしれない。
完全な冤罪だと思えるのでクリアが可哀想だが、にっこり笑っていることだし、この反応も楽しんでのことなのだろう。彼の少年らしさには、いたずらっ子のような一面も含まれているようだ。
「でもあの時、お前は黒髪だったよな?服もスーツで、見るからに大人って感じだったし…」
「だっておしごと中だったんだもん…ミスターも”ふぉーまる”な恰好がいいよっていうからさ…」
「アレは恰好とかいう話じゃないだろ!!」
「こえでか」
ケンケツはまだクリアを問いただしているようだ。
声を荒げることは珍しくもないが、一体クリアのなにを見たっていうんだ?これだけギャーギャー騒げるのだ。なんの話か知らないが、そんなに見事なオンオフの切り替えならば、是非とも見てみたい。
クリアの謎に興味をそそられていると、ケンケツは嫌悪感たっぷりな表情で、親指をクリアを指し示す。
「ユケツ、カガチ、気をつけろよ…こいつこう見えて、本当に容赦ないからな…」
俺はユケツの表情を見やる。
ケンケツ。ここで一つ、悲しいお知らせがある。お前は気づいてないかもしれないが、しつこい話に、もう妹の方は堪忍袋の緒が切れてしまったようだぞ。この頬の膨らみが見えないのか。
「だからもういいってそれ!これ以上クリア君に突っかかるなら、お兄ちゃんのこと嫌いになっちゃうよ!」
出た。出てしまった。妹お得意の必殺嫌いパンチ。こうなってはもう兄の方に命はない。
ちなみに喧嘩の際にはよく出る技なので、ケンケツはよく(精神的に)死んでいる。
「はっ、はあ~~~!?お兄ちゃんはお前のためをおもって言ってるんですけど!マジでこいつはやめとけ!」
いつも通りのよーいドンに、うすら笑いが浮かぶ。
妹の最終兵器に大ダメージを食らっている様子は何度見ても面白い。ついでに睨みつけられ、巻き込まれているクリアを見ていると、普段の自分もこう写っているのかと自虐的な気分も味わえる。そこは楽しめない。なんなら苦しい。
自分の想像以上にユケツがクリアに懐いているのがやるせないらしく、ケンケツはさらに(妹の好感度の)負のスパイラルに陥る。
「うん…うん!たぶん見た感じ、俺とユケツで使い分けてるわ顔を!てか比喩なく使い分けてるし!あーあー無理!こんな男絶対ダメだね!」
「クリア君はそんな子じゃないもん!」
「ええ~?なにがダメなの?お義兄さん」
「あああああ!わかっててやってるだろお前!」
ユケツはケンケツに怒り、ケンケツはクリアに怒鳴り、クリアはユケツにすり寄るこの惨状。じゃんけんかなにかか?
「おい、もうその辺にしておけ」
これ以上やりあって乱闘騒ぎになっては困る。
俺はケンケツの肩に手を置くと、ガルルと威嚇をしながらも引き下がってくれた。よしよし。どうどう。
さながらトレーナーのような手つきで、そのまま背中をさする。なんだかんだ言いつつ、こちらもこちらで大変仲がよろしいようだ。
俺は若干垣間見えたクリアの透明ならざるところに目を瞑りながら、ほのぼのとそう思った。
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