5敗【透明】
「カガチ!どうしたの!?」
「なにかあったか!?」
後ろを振り向くのを躊躇う。
あんなに声を出すなと言ったのに、あいつらときたら。人の話を聞かな過ぎだ。ミスターはあんなに理性的なのに、どうなってるんだ?まさか教育とかそういう、子育ての類は苦手なんだろうか。チューシャさんに任せきりだったら本当に危ないぞ。
ーいやいや!今はそんなことを考えている場合じゃない!
三秒ほどの現実逃避に終えて、今の緊急事態に思考が戻って来る。
このままではいけない。とりあえず、助けを求められる可能性はあるのだから、血兄妹が居ることを悟られる前に俺がなんとかする他ない。
俺は覚悟を決め、背後の人物の正体をこの目で捉える。俺のことを知る傀儡はまだ少ないが、もしも仲間を呼ばれた際には、骨粉がないなどと言っていられない。その場で制圧しなければ。
だが、予想は大きく裏切られた。そこにいたのは傀儡などではなく、もっと恐ろしい。
人間?
この世界に居るのが不思議なくらい、生きた顔を持った青年が、こちらを興味深そうにジッと見つめている。目が大きい。その瞳に収まる蒼い色彩は、澄み渡っていて、ミスターの奇跡と似たような恐怖を植え付けられる。美への畏怖、自然に向けての根源的な恐怖だ。
そしてそんな奴が身につけているのは…可視化。今俺たちが喉から手が出るほど欲しいこの世界の必需品だ。俺がこの青年を青年だとわかるのも、彼の灯りを頼ってのもの。恥ずかしい事この上ない。
だが、それよりもっと重要なことがある。この世界に人間など居るはずがない。もし、人間に近い、傀儡以外の外見を持つものがいるなら。
「マジかよ」
俺はこの時点で、この青年が血兄妹やチューシャさんと同じ『変質者』であることを確信した。
つまり、最悪中の最悪だ。これでは傀儡であった方が幾分かマシだった。
俺みたいな偽物じゃなく、本物の『変質者』。この世界に適応した、してしまった例外集団。
嘘だろ。飛ばされた先にこんなのが居るなんて聞いてないですよミスター。これは俺の手に負える奴じゃない。もし、妖精なんかの身内だったらどうする?血兄妹でも目の見えないこの環境じゃ…
「きみ、この辺りの傀儡じゃないよね。だって体がとてもきれいだもん」
青年は俺の状況分析など知らずに近づいてくる。
その大きな瞳に後ずさると、その青年はもう一歩、さらに踏み込んで俺の顔を覗き込んだ。
「人狼?でも耳ないし…勝者だったら大問題だし…あっ、ひょっとして僕が知らない五匹目?」
青年は好き勝手に俺の正体を考察し始める。
残念ながら俺はそんな大層な奴等ではない。お前こそその類だろう?
言い返す言葉は溢れてくるのに、その言葉を出力するための勇気が足りない。
「ねぇ教えて!きみはだれ?」
「俺、俺は…」
ん?
俺は混乱で熱している頭に冷水をぶっかける。
青年の可視化で見える周りの風景をよくよく観察すると、
石。石。石。
周りはやたらと大きな石が並べられており、そのどれもに謎のマークが描かれている。だいぶ大きな筆で描いたのか、線が太い上に塗料が垂れて、中々その意味を理解しがたい。
だが、それでもそのマークがなんなのかがわかった。有名なモチーフなのに、それが似合うここでは本物しか見たことがない。
これは、…ドクロ? ………墓石?
それなら此処は………
そういえば、今更ながら青年が持っている可視化も、俺のと同じ純正品だ。指輪型の最新モデル。普段傍にいる奴らが全員身に着けているせいで麻痺していたが、こんなのいくつもあるものじゃない。どこで手に入れた?ミスターの知り合いか?
あれ?
ひょっとしてこいつ。
「クリアくん!?」
そう呼ばれた青年は、先ほどまでの神秘性をすべて剥がして笑った。
「あれ?ユケツちゃんだ。こんにちは!」
「こんにちはぁ~!」
クリア?
じゃあこいつが墓守の。
というか、どうしてユケツはここに居るんだ?可視化なしにここまで来るなんて無茶したのか。
「わ~!ほんとにクリアくんだ!」
俺の心配なんてよそに、ユケツはクリアと呼んだ青年に全力で抱きつく。あははと笑いながら顔を顔にこすりつけるのは、主人が帰ってきた犬みたいだ。聞いていた通り仲がいいな。
ここにケンケツという名のシスコンがいたらどうなっていたのだろう。
「おい!?カガチ大丈夫か!?おい、返事しろ!」
…しばらくは大丈夫そうだ。
「お、お兄ちゃん…声うるさ…」
ユケツが耳を抑えてアピールする。
お前は絶対に人の事言えないだろ。
何度目かのブーメラン発言を、これまた何度も耐える。
「てゆーか!あの足音クリアくんだったのぉ?おどろいてソンした!」
「僕だってびっくりしたよ!二人とも、なんにもないところでずーっとキョロキョロして叫んでるんだもん」
「あ、あ~…それはね…」
「うん?」
青年はユケツの戸惑いを不思議がっていたが、俺と再び目線が合わさると、遠慮なしに指をさした。
「あ!そうだユケツちゃん。このヒト、だれ?」
俺は刺してくるような関心の視線に耐え、自己紹介に挑む。
…話が通じればいいんだが。
「カ、…ガチです。ユケツの死骸人形、その処女作…でわかりますか」
「ぷろと」
言葉の意味が分からないといった様子で、青年…クリアは指で顎をなぞる。その姿は、まるで何も知らない、純真無垢な少年にすら見える。
だがしかし、騙されてはいけない。ここは二度目の地獄、ノーマンズ・ランド。マトモなやつなど居やしないのだ。
クリア。名は体を表す。
さっきは緊急事態で顔にしか目がいかなかったが、おや?
唐突に目に入った非常識に、思わず笑ってしまいそうになる。
この男、首から下が見当たらない。骨しかない。
どういうことか?こういうことだ。
首から下がスパッと、まるで血肉が透明にでもなってしまったかのように、鎖骨や胸骨が露わになっている。かと思えば、手や足の付近などは、顔と同じく肉がついている。
何だこの姿は?この姿で生き生きと動かれるのがどれほど気持ち悪いか。
もしユケツやケンケツが日常的に手足を飛ばしている光景に慣れていなかったら、ここで大声を上げているところだった。
これがクリア。骨人の『変質者』。
俺は失礼を承知で、そのあべこべな体の断面と骨とを終始凝視した。
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