17.5敗【火油】
本気で言ってるわけじゃない。ただ見た目がこうなら、この世界じゃそう見られるのは仕方ないことだろう。
半分冗談交じりだったが、目の前の不可思議な変質者はあきれた様子で頭を掻いた。
「ハァ~~、だる!!そんなに見た目で判断するのが好きなワケ?もしそうだったらテメーらとっくのとうにお陀仏だろ」
「お。流石にやっぱそうだよな?」
あからさまな安堵のされ方に苛ついたのか、女は羽を小刻みに震わせてこちらを睨みつける。
だが、こっちとしては最悪な展開の可能性がゼロになってくれただけだいぶデカい。いやまあ、変質者ってだけで最悪の二分の一ぐらいには嫌だけど。そんなこと言ってたらこの世界生きてけねーしな。
そんなゴミみたいな理想ルートを描いてるうちに、俺を刺しやがった傀儡が恐る恐るその女に近づいて、頭を下げる。女はその恐縮しきった態度を、さも当然というように受け入れた。
「なんだよ」
「司教様、計画ではもう少し後にいらっしゃるはずでは」
「あ~?いいよ。なんかもう待つのめんどいし。それにコイツら雑魚そうじゃん」
そう言って俺たちを上空から見下ろす目は、無関心と呼ぶには過分な愉悦を含んでいたが、期待と言うには程遠い侮りを宿している。
「い、いやしかしですね。これでは後の行動に支障が…」
「うっぜーな。誰のおかげでコイツらと戦えてると思ってんだよ」
「しっ、失礼いたしました!どうか、どうかご加護を…司教様…」
「下がれ」
「はい…」
傀儡は、元々亀みたいに進む足をさらにのろくさせながら、まるで解雇通知でも言い渡されたかのように頭を項垂れて、後ろの集団に紛れた。
俺はそいつの痛々しい姿を見送りながら、その傷を負わせた小さな加害者を侮り返す。
「おいおい随分なご身分だな。司教様だって?お前、変な新興宗教でもしてんのかよ」
「は?黙れ。アタシの信者に口だしてくんな」
「信者?何言ってんだ」
「チッ!一回で理解しろよカス。このゲキヤク様に信者じゃねーお前如きが逆らうなっつってんの!!信者が調子乗ってたら潰すけど、アタシの信者以外はそもそも人権ねーから!!」
「じ、人権…?」
なんだこいつ。
調子に乗ってるのはお前だろ、と思わず言ってしまいそうになる。ゲキヤクはこいつの名前だろうからいいとして、様ってマジかよ。体に反して、態度がデカ過ぎんだろ。
このあまりのイキり具合には、変にやれやれ系中二病決め込んでるカガチでも流石に太刀打ちできないだろう。これはもうアレだ、中二とかいう前の段階の奴だ。小学三年病だ。
しかし俺は忘れていた。クソガキ…いやこの場合、かわいいから許されている問題児がこっちにもいることを。
「すごぉ〜い!!お兄ちゃん、世の中こんなにイキれるひとっているのぉ!?」
「あ?」
途端に女、自称ゲキヤクの顔が引きつる。そして俺の顔も引きつる。
「こんな子いたら、流石に異世界ハーレムやれやれ系ダウナー中二病決め込んでるカガチだって足元にもおよばないかも!あ、わかったお兄ちゃん、これメスガキってやつだぁ〜!」
「おーいおいおいユケツ?今俺が全部飲み込んだこと言うのやめて?なんなら俺よりブレーキかかってねーから」
「ブレーキかかってないのはこの子でしょぉ?あ、ブレーキないか」
「ユケツ~!?」
この状況をどうにかしようと声量が一気に上がる。
自分の妹ながら、可もなく不可もなく、お手本通りの中途半端な煽りスキルを搭載していると思う。お手本通り過ぎて、この煽りは生来のものじゃなく環境から由来したもんだと丸わかりなくらいだ。
さてここで厄介なことが一つ。この煽り機能、発動条件がまるでわからない。最近はカガチぐらいにしかやってなかったが、まさか今やられるとは思わなかった。いやめっちゃ今だけど!今じゃないだろ。言いたくなるのは分かるけど。
「異世界、ダウナー…?あ、中二病ならわかるよ!」
「ミスター、若い子の話に無理についてこなくていいからね」
…嘘だろ研究所員。
こちとらどこでもコントが出来る芸人集団じゃないんだよ。
と、頭の中に湧いて出てきたカガチがぽそりと呟く。すまんカガチ、やっぱ俺らシリアス向いてねーんだわ。
隣でまだ「ぼくがかんがえたさいきょうのへんしつしゃ?」だの「お口悪くてかわいい」だの言いたい放題な妹はいいとして、(良くない)。話に全然入ってこれないミスターを、遠慮がちに嗜めるミズチは介護ヘルパーさんそのものだ。あとミスター、お願いだから頑張ろうとしないでくれ。その方がキツい。
「…舐めてんの?」
「あ、あー…」
「舐めてる」と正直に答えた場合、どうなるかなんて検証はしたくない。なんならこの一連の流れの時間でカガチがどうにかなってたら、本当に笑えない。だが顔はその心配とは裏腹に強張り続け、一周回って笑っているようにも思える。
「あの、ごめん。ほんとごめん。一旦元の空気に戻すからちょっと待ってくんない?」
「は?なに意味わっかんねーこといってんの!?潰すぞ!!」
「ボキャブラリーも少ない、と…」
「ああ!?」
「あっ」
―やべー!!俺まで煽っちまった!
はい終わり。俺は勢いよく頭の中にあった議論のテーブルを台パンした。
はいはいもうダメ。こんなことをやらかせば、初対面ながらこの煽り耐性ゼロのミニマム女がどうなるかぐらいわかる。
たぶん、戦い以前に収集がつかない。その証拠に、既にゲキヤクの顔はここから見ても分かるくらいに怒りと殺意で紅潮している。赤い点みたいに見えるやつがそれだろう。絶望しかない。
だが、ここで救世主が現れた。
「ゲキヤクちゃん…だっけ?君が最近の騒動を引き起こしてるのかな」
さっきまで若者についていけなかったおじいちゃんである。
ミ、ミスタ~!!
頑張って顔を真面目なモードに戻しながら、俺は心の中でミスターの足に全力ですりついた。
やっぱり頼れるのはミスターしかいない。本当にありがとう。大人の落ち着きっていうのは、こういう時と場所で発揮されるべきなんだよな~!
ただ、どう見ても俺らがしてやられた側なのに、聞く態度が柔らかすぎて、まるで迷子になった子供に質問してるみたいなのは頂けない。…嘘だろ?俺刺されてんだけど。
俺は苦笑いで解体した自分の肉片を見るが、今目に映しているそいつしか自分を慰めてくれないことは、このおとぼけ集団(自身も含む)から分かる通りだ。うん黙ろう。
「まさかこんなに小さい子だったなんて。研究所にまぶしいの置いたのも君だよね?やめてほしいな、ああいうので余計に目が悪くなっちゃうんだよ」
「はあ?なにアンタ、いきなり」
ゲキヤクは視線をこちらに向けると、ミスターの風貌を見るや否や、さきほどの舐め腐った視線とは打って変わって、珍しいものを見たように目を輝かせる。
「その白衣…へ~?ふ~ん?アンタがあのミスターか?」
ミスターはその失礼極まりない視線を眼鏡で受け止めながら、薄く微笑んだ。
「その呼び方…やっぱりカガチくんを連れて行ったのはカルテなんだね」
「カルテ?」
ここに来て初めて出てくる名称に、俺の頭のおちゃらけ部分はすっぱり切り落とされる。
やっぱり、というには、”やっぱり”ミスターの中ではカガチが連れ去られて、通信コードが妨害されてる時点で犯人の察しはついていたようだ。
俺は己の内側で蒸し返される興味にくすぐられながら、自分の知らない誰かを知るミスターを見つめる。すると、ミスターは思っていたよりも簡単に白状した。
「カルテは、僕の大事な助手だよ」
ここまでお読みくださりありがとうございます。
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前からだいぶ経ったので、ない勘を取り戻していきたい。




