18敗【診察】
っクソ…どこだここ?
意識はあったはずなのに頭がぼやけて記憶を辿れない。
覚えているのは光と、堅い肌に吹き付ける瓦礫。強烈な風。
なにかの攻撃にあったのは分かるが、逆にそれ以外がわからない。
予備の可視化を握っている手から、夢オチという現実逃避手段が失われる。
…この全部が曖昧な感じ、二回目だな。
どこかの誰かに昏倒させられ、後に人形にされたことを思い出しながら、俺は慎重に目を開けた。
瞼の裏が徐々に現実を映し出す。滲んだ視界が輪郭を持ち始める。
「手荒な真似をしてすみません」
突然の声に体が小さく跳ねた。
開いた視界には、金魚鉢でも覗き込むかのように俺の顔を眺める男。残念なお知らせだが、見覚えはない。そして見覚えが無くとも、相手の顔を見つめるだけで分かることがある。
―俺の知らない変質者だ。
「うん。顔は元気そうですね」
クソ。ここがどこかの思索に浸る前に、最初のアクションを相手に譲ってしまったのは痛手だ。特に変質者ともなれば。
だが、この、全ての警戒が一瞬にして静まるような声。
その声色はとても聞き馴染みがあった。
ミスターに似てる…?
埃を被ったような灰色の前髪から、左右で色の違う瞳が覗く。その瞳孔は俯瞰の海に沈んでいて、よほどのことでなければ動じなさそうな印象だ。
俺は視線を下に向ける。
青緑の…手術服?
やはり、やはりそうか。
どことなくミスターに近いものが感じられたが、これは医療従事者特有の。冷徹さと優しさ、そのどちらもがバランスよく脳構造に組み込まれている者が持つ、ある種のオーラだ。
「本当はもっと穏便に連れてきてほしかったんですが、ミスターの家ですからね。見た目よりずっとセキュリティーが厳しくて。仕方がなかったんですよ」
男は空の注射器にピンク色の液体を入れながら、俺にそう告げた。その言葉は冷や水の如く自分の意識を覚まさせる。
-そうだ。勝手にミスターとの共通点を明確にして達成感を得ているが、状況的に考えて、こいつは研究所の作品である俺を盗んでいる。クリアの時とは前提の情報が違うんだ。緩んでる場合じゃない。
俺は解きつつあった警戒をもう一度結びなおして、男に問う。
「名前は?」
「カルテ」
「なにが目的だ?」
「君の解剖」
敵だ。
その言葉を聞いた瞬間、俺は即座に男の首を捻ろうと手を伸ばした。
…手を、伸ばそうとした。
しかし体はその命令を聞かず、顔だけが奴の方向を向いて留まる。
「っあ…?」
力を入れようとしても、そのエネルギー自体がどこかへ霧散して消えていくような。
なんだ?筋肉がとろとろに溶かされているような感覚…、首から下がどうしても動かない。
「ちょっと、急に動こうとしないでください。薬が効きすぎてしまいます」
「俺の体に何した?」
「機体名はカガチでしたか?貴方はミスターの作品の中でも、再現性という点において特に優秀な方です」
無視。
「ホント、偶然の産物でできた奇跡なんて、ただの落ち穂みたいなもので…君みたいなのを真の進化と呼ぶんでしょう」
無視。
カルテは俺の質問には答えず、ただただ自分のペースを貫いている。
もちろん相手にとって俺の質問に答える義理など何もないだろうが、こうも会話のレールを脱線し続けられると腹が立つ。これ見よがしに舌打ちしたが、かえって相槌のようになってしまった。
ピ!
-突如電子音が、風呂を沸かし終わったかのように鳴く。
「おや。まだ諦めてないみたいですね。妨害電波が活躍しています」
「妨害電波?」
俺がダメ元で聞くと、ようやくカルテはこちらの目を見た。静かな微笑みも、今見れば底意地が悪そうに思える。
「ええ。予め作っておいたんですよ。この発信は…ミスターからみたいですね。当たり前か、双子は通信できる状態じゃないんだから」
「_______。」
その瞬間、どこからか透明なパイプみたいなものが俺に繋がって、ありえないほどの力学エネルギーが注ぎ込まれる。溶けていたはずの筋肉が凝縮し、反発して外側に放たれる。脳に全血液が向かっているかのような熱を覚えて、根拠のない万能感が指の先にまで到達した。
俺は内に湧き上がる力を零さぬように、ゆっくりと起き上がる。
「え?うわ、すごいですね。火事場の馬鹿力ってやつですか?そんなものまで再現しているなんて、本当にミスターはすごい…―」
「お前…ユケツとケンケツに何した?」
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