11敗【人形の目覚め】
「あ。う…」
俺、あれ?今まで。なにして…
記憶の混濁が激しいな。脳が押しつぶされては伸ばされ、急に元通りの形に直されて、地震酔いのような感覚に陥っている。おかげで思考は酩酊状態にあるといっていい。
「カガチ!」
ユケツの声でぱっと前を向く。その顔を見て一気に思い出した。
-ああ、そうだ。俺は音声入力に切り替わっていたんだった。
変質前の記憶を辿りながら、俺は自分の頭を撫でる。
音声入力に切り替わる前後の記憶以外は、すっかり元通りになっているようだ。心なしか体も軽い。やはり骨粉で本体とこの体を繋ぎ合わせたおかげで、元の俺に逆戻りするリスクがなくなっている。
「ミズチには先に帰投してもらったの。足…もう大丈夫そう?」
ユケツもやはり俺と同じ心配をしていたようで、眉を下げながら聞いてくる。というか、ミズチまで喚んだのか。過保護なところは兄と変わらないな。
骨粉を失くした張本人には十分反省してもらいたいが、それはそれとして。この気遣いを無下にするほど薄情ではない。俺は笑いながら、自分の体の安全性にもたれかかった。
「ああ、もうなんの心配もない。それより…」
手を握って開いてを繰り返しながら尋ねる。
「俺、ちゃんと動けてたか?」
久々の音声入力はどうだったのだろうか。なにかヘマはしていないだろうな。
自分の意識が電気仕掛けになる恐怖もそうだが、なによりこのモードだと出力が上がる分、調整が難しいとミスターから聞いたことがある。そんな音声入力をユケツがいつものように使いこなせているかは疑問だった。
だが、そんな懸念など吹っ飛ばすように、ユケツはピースサインを送る。
「もちろん!ばっちしだったよ」
「そりゃよかった」
「…誰かさんの命令変更がなければ、だけど」
彼女は腕を組みながら、隣にいる奴をじろりと睨みつける。
「ゲッ」
睨みつけられた方はバツが悪そうに頭を掻いた。
「あれは仕方ないだろ?ログインユーザーがお前だったんだから」
「お兄ちゃんってば、まだ私のこと心配してるの?言っとくけど、私の方がお兄ちゃんより強いから!」
「ハイハイ」
「聞いてないじゃん!!」
…このうるさい感じが、「戻ってきた」ってことなんだろうな。
耳に負担がかかるのを味わいながら、これに安心できる自分がどれだけこいつらに絆されてきたかを実感する。
どうやら反応を見るに、ケンケツが最上位権限で強制介入したようだ。どうせ遊撃補助にさせるはずだった俺を、ケンケツがユケツの護衛にさせたとかそういう話だろう。初期の実験運用でよくあったことだ、そこら辺のことは手に取るようにわかる。
まったくユケツなんて心配してもしなくてもいいのに、いい加減妹離れして欲しい。
「お前ら今言い争いするな。それより、傀儡の戦闘は終わったんだろ。こんなところで何を立ち往生してんだ?さっさと研究所帰ればいいものを」
「は?」
「は?」
「……は?な、なんだよ」
俺は正しいことを言ったはず。なのだが。
二人そろってキツい眼差しを俺に当ててくる。なにかまずい事を言ったというよりかは、今更?と問うような呆れ顔だ。
「じゃあ聞くが」
「これ、どうやって帰るの?」
「そりゃあ…」
俺は墓場全体を見つめる。ぬるい空気が冷たい風にぶつかって、皮膚を優しく撫でる。足元の小石が転がって来るが、これといった音は何もしない。あるのは墓石と地面だけだ。道という道も、ここが墓場のどこに位置するのかさえわからない。
あれ?
「ど、どうやって帰るんだろうな?」
”俺が消える前に、骨粉を手に入れる。”
本日の最重要ミッションをこなし、なんなら音声入力のリハビリもした、今日この頃。非常に満足のいく結果であることは間違いない。
だが、うん。
帰れない。
…えっ、ミスター?帰れないんですが?終電を逃したとかそういう、自分の責任のやつじゃなく。
俺は血兄妹の焦りを遅れながら追体験する。
今までミスターの奇跡ワープは既知の場所だった。しかし、今回はユケツもケンケツも、俺も知らない墓場へ飛ばされている。今いる場所がわからずに帰れるほどこの世界は甘くはない。
ましてや俺たちは今、可視化を持っていないんだぞ。傀儡との戦闘で忘れていたが、クリアから一定距離まで離れたら一巻の終わりである。……ん?
話によっては一番の生命線となり得る人物を、俺は思い出す。
「そういえば、クリアは何処に行ったんだ?」
「「たしかに!!」」
「いや探してなかったのかよ」
元気いっぱいな返事が返ってきて驚いた。
こいつら。この現状を理解しておいて、暗闇の心配をしないのは流石と言ったところか。
それとも俺たちの視界が正常なことで、クリアがまだこの辺にいることを察しているのか?…いやないな。こいつらの危機管理能力で、そこまで頭が回るとは思えない。特にユケツ。
俺はもう話す時間ももったいなく感じて、クリアの姿を捉えようと墓地を歩き始める。何も言わずとも後ろから血兄妹がついてくるが、俺は気にしない振りをしてそのまま足を速めた。
「クリア君どこいったんだろーねー」
「なー」
後ろの二人はさておき。
そもそも彼は、結局このいざこざに参戦したのだろうか?俺の最後の記憶では、そのことでケンケツと言い争っていたような気もする。そこから先の記憶はないことからして、おそらくだがその時点で俺が変質し戦闘に入ったのだろう。彼が変質者ということは理解しているが、いまいちその力が知り得ないため、微かな不安が頭をよぎる。
まさか、傀儡の銃弾を受けたのでは?
変質者があり得ない、という気持ちはあるが、そうないとも言い切れない。最近の傀儡は扱う兵器といい、戦術と言い、著しい進化を遂げている。今回は人数が居ただけの襲撃だったため性能差でゴリ押ししたのだろうが、血兄妹がクリアを把握していないとなれば、その安否は不明だ。
「クリア!どこにいる?」
何の手がかりもない風景に焦らされて、俺は声を上げてみる。しかし、その声はなににも反響せず、ただ墓場の奥の闇に葬られた。
「クリアく~ん!どこぉ~?」
ユケツも俺に加勢するが、結果は同じである。似たような形の石が、ただ墓石として物寂しく並べられているだけ。クリアの気配はない。
「……あいつ、さては俺にビビってんな?サボったこと気にしてやがるぞ」
ケンケツが得意げに陶酔しきった分析を披露した、瞬間。
ぴょこ!という効果音が聞こえてきそうな動きで、彼が墓石の影からひょっこり現れた。
「ビビってないもん!」
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