1敗【兄妹喧嘩】
どうして人は死ぬと地獄へ落とされる?
「生きてるだけで罪だから」
どうして人間は天国に行けない?
「生きてるだけで罰だから」
どうして地獄の先にさえ、闇は待ち受けている?
「死んで許されるわけでは、ないから」
…
「それで、言い訳は?」
「ホントに申し訳ないと思ってますええホントに」
「反省の色なし。もう一回」
ガンッ!!!
「ああああああああああああ」
「静かにしてっ!頭に響く」
「理不尽か?俺の股間を粉々にしといて、理不尽か?」
ジュクシッ!!!
「だあああああああああああ」
「お兄ちゃんが反省しないなら…」
「もうやってんだよ!持ちうる限り全てのパワーで暴力に訴えてんだよ!仮にも兄妹だぞ!?今取れちまった右腕がかわいそうだと思わないの!?」
「かわいそうなの右腕だけでいいの本体…」
闇の中。ボロ布に囲まれた不気味な研究所に、悲痛な叫びが響き渡る。何かの油で艶めく入り口からは、何故か血の匂いがする。
そして……!
__今飛んできた右腕は見なかったことにしよう。
字面だけ見れば手垢付きまくりのこてこてホラーシーン。これだけで、B級ホラー映画を期待されているカップル各所から喜びと恐怖の叫びが聞こえてくるようだ。
だが、これからその中に足を踏み入れる俺は一ミリも喜びなど感じていない。もちろん恐怖の感情などもない。ありえない。
むしろこの広大な闇の世界で近所迷惑を考えられるほどには心に余裕がある。
なぜか。
…叫んだ奴も叫ばせた奴も俺の知り合いだからだ。
俺は簾のように視界を遮る布を手で捌きながら、研究所の一角、解剖室で、元凶であろうツギハギ兄妹を発見した。
「お前ら、何やってんだ」
ため息に全ての疑問を込める。
“呼ばれた”時に、珍しく当の呼んだやつがいないと思ったら、これか。
いや、最近はいつもこういった感じかもしれない。
兄妹喧嘩。
後の結果。
兄ケンケツの正座の前で、妹ユケツが仁王立つ。どちらが勝者か一目で分かる、見慣れた光景である。
「おい、お前ら…」
「あーあ!俺の可愛い妹はどこいったんだ。残ったのは兄の腕を気軽にもってく残忍極まりない美女だけかよ」
「はーっ!?そんなこと言ったら妹の大事なもの失くしといて全く反省しないイケメンが目の前にいるんですけど!」
チッ。
くそ。こいつら俺のことが眼中になさ過ぎる。
ぎゃあぎゃあと耳を劈く怒号の応酬で、俺の声がとどきやしない。
オマケに口論の内容に重度のシスコンブラコン要素が入っているのもいただけない。毒物ごちそうさま。
「ユケツ、もうそこまでにしてあげなよ。君のお兄さんが文字通りの満身創痍だ」
柔和な声に振り返ると、後ろから貧弱そうな白衣の男が姿を見せた。
「…ん?そこにいるの、誰?」
頭の眼鏡をかけ忘れているせいか、俺の顔を見るなりしかめっ面で自分の頭を前後に動かしている。
「ミスターこんにちは。眼鏡、掛け忘れてますよ」
俺は自らの額をとんとん、と叩く。
すると、あっ!という返事と同時に慌てて眼鏡を下におろす。改めて眼鏡越しにみる俺の顔に、彼は不思議そうな面立ちだった。
「あれカガチくん、呼ばれたの?なんで?」
「いや、俺にもさっぱり…とは、今の現状を見て言えませんが」
俺はちら、と右腕を失ったケンケツを見やる。
「ミスター!」
ケンケツはきたきたきた助け舟が来たとばかりに目を輝かせ、その足に縋り付いた。その姿はまさしく飼い主の帰還に歓喜する犬そのものだ。
「聞いてくれよミスター!ユケツがさぁ…」
対してユケツは先の展開が読めたのか、間髪入れずに訴える。
「ダメだよミスター許しちゃ!お兄ちゃん、私がミスターからもらった大事なお人形壊しちゃったんだから。あれ私、すっごく気に入ってたのに!」
「ちょっと待て!俺は失くしたって白状しただけで、壊してなんかねぇよ!?被害者だからって妄想までするな!」
「ふんっ、どうせお兄ちゃんのことだから、壊した後に“失くした”って言えばいいと思ってるんでしょ。騙されないんだから!」
「はぁ!?証拠を出せよ、俺が壊したっていう証拠をよ!大体あんなキモグロな人形、人の形も保ってねぇ、デロンデロンだったぞ!あんなもんはな、破壊されて当然の合成失敗生物………あ」
兄、思わず口を塞ぐ。あまりに回収が早すぎるのではないか。
「あっ」
ミスターがもう手の施しようがないと十字をきる。
「あーーーーーーーっ!!!」
妹、最大音量で兄の矛盾を指摘する。
「あー…」
終わったな。
傍観者の俺も、次に吹き飛ばされるであろう左腕は拾ってやろうの精神で目を閉じる。
「ちっ、違う。今のは言葉の綾だ。壊したいほど見た目が残念なのに、なんで気に入ってたんだ的な」
「えっ、そんな風に思ってたの」
「ちっ、違う!!!ミスターが作るものにケチなんてそんな…」
「お兄ちゃん!!」
「アーーーーーっ、板挟み!!板挟み状態!!頭おかしくなる!!」
と言いつつ、もう既に彼の脳の指令チームは瓦解しているように見える。
板挟みプレス真っ只中、おそらく頭の中はどうするかの話し合いから殴り合いに発展している頃合いだろう。当然結果は見えている。
「俺はただこの世に存在しちゃいけない見た目してるキモキモスライム(仮)をやさし〜く、やさし〜く追っ払った(殺)だけじゃん!何が悪いの!?」
あーあ。
前線放棄、戦略的撤退。いわゆる思考停止である。こうなれば後はもう被害者側が一方的に逃げる背中を撃ちまくるだけの狩りだ。
「全部悪いよ!最初から最後まで、テットーテツビ、お兄ちゃんが悪いよ!」
「徹頭徹尾、な」
あまりのイントネーションの無知さに思わず突っ込んでしまった。
が、この際いよいよ話を本筋に戻したい。俺は何分ここでお前らを待って立ち往生しなきゃいけないんだ。
「ユケツお前、俺を呼び出しといて放ったらかしとはどういう了見だ。まさか…」
「あっ、カガチお前いたのか!てか見てないで助けろよ!」
「…まさか、この茶番の後始末とか言わないよな?」
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