継ぎ目【Believe】
「…うん。君は僕の人形を得る代わりに、魂も肉体も、なにもかも売り払うことになる」
ワールドの目から一気に光が消える。何も期待していないから、とアピールしてくるようだ。
だが、期待しないに越したことはない。
俺はそんな瞳を肯定的に受け取った。
誰もこんな条件で、傀儡から解放されたいとは思わないからな。体が綺麗になったところで、致命傷の不安がなくなったところで、自由がないんじゃ意味がない。グロテスクという代案がある限り、この考えが認められる可能性は限りなく低いに決まっている。ワールドもそれが分かっていて、自分の計画に自信を無くしているのだ。
所在なさげに、腕をさすりながら彼は語る。
「僕もしっかりと反省しているよ。この方法で生まれるのは偽物の変質者だけだ。この計画に参加したら、数多の傀儡にはならずとも、ね。綺麗なだけの奴隷が完成してしまう」
「命令回路の部分ってのはどうにかならないのか?」
せめてそれさえなければ、と思ったが、やはりそうもいかないようである。
彼は大きく首を振った。
「改良しようにも、実験に対するフィードバックがない。実際に運用してみないとわからないことの方が多いんだ。今の段階で僕がこれ以上やれることはないよ」
「…実験内容を了承してくれる傀儡が居ない限り、奴隷同然のシステムは変わらない、か」
俺は自分の体を眺めてみた。歪み切った骨と、それにかかりきりになって袖の様に余らせている皮膚。なにも覚えてはいないが、生前や地獄の頃の俺だったなら間違いなく発狂していただろう。いや現に、自分の立ち位置がわかり始めてからも、内心は狂いっぱなしだ。
「君みたいな予備知識の一切ない生まれたてだったら、少しでも希望があるんじゃないかと思ったのは事実だよ。でも、無理強いはしたくない」
…頭の中で何回も反芻する。彼の思考が、計画が、その目的が、いいのか悪いのか。
俺が今考えていること。恐らくそれは、今ワールドが予測している答えとは大きく異なるだろう。
だからこの一言は、俺が思っている以上に重みがある。彼の常識を覆してしまう未来を、軽はずみに振りかざしてはいけないのだ。
だが、腹を決めてしまえばなんていうことはない。
「君は一度、冷静になる時間が必要だ。僕の意見ばかり通すのもいけないし、グロテスクの方にも出向いてみるといい。といっても、あっちは本人が出てくることなんてそうそう無いだろうけど。運が良ければ賛同者の傀儡が」
「やる」
―後は言ってしまうだけだから。
「あとはええと………え?」
「乗り換えてやるっていってんだよ。そのよくわからん体に」
「…いいの?」
豆鉄砲でも食らったような顔で聞き返すその顔は、今まで何度も拒絶されてきた陰があるからこそのものか。
「いいもなにも、お前がそうしてほしいって言ったんだろう」
「そりゃそうだけど」
「過去の傀儡がなにを嫌ってお前の計画を断ったのかは容易に想像がつく。が、それはそれ。なにより、俺もグロテスクの思想は気に入らないからな」
「そ、それでも、僕とこの子達に自分の運命が決定されちゃうんだよ。断ってほしいわけじゃないけど、無理を言っていることはわかってる。こんな状態じゃ」
「はあ?当たり前だ。まさかそのままの条件で俺が協力すると思ってないだろうな」
「えっ…と、そのままの条件以外になにがあるの?申し訳ないけど、大抵の要求は叶えられないと思うよ、僕」
「弱気でどうする。いいか?これは大事な雇用契約だワールド。俺がお前らの奴隷としてじゃなく、傀儡としてでもなく、ひとりの人間として扱われるためのな。俺はお前に肉体と魂をやる。その代わり、お前は俺からデータをとって、必ずこの糞みたいなシステムを改良しろ」
俺は返事を待たずに宣言する。
「それができるっていうなら俺はこの計画に乗ってやる。できなきゃ無しだ。俺は自分の運命を呪いながら、グロテスク側につく」
「……それってつまりさあ、ミスターが嘘でもそう言っちゃえばむぐっ」
「お兄ちゃん!今イイトコなんだから静かにして!」
一瞬で言葉の真意を読み取られた恥ずかしさに、思わず身をよじりたくなる。
が、言ってしまったものは撤回のしようがない。撤回するつもりもないが。
「…どうしてそんなに信用できるの?」
そんなことこっちが聞きたい。
自分でも不思議だ。なぜこの計画を了承したのか。合理性の欠片もない判断に、自分の怒鳴り声が頭に響く。
内容は完全なブラック。魂をどうこうされ、人形とかいう得体のしれない物に移され、挙句の果てには命令される道具になるという。議論の余地もないほどのハイリスクノーリターン。
だが本当の気持ちに従わずに、理性に飼い殺されるのも賢くない。
「奴隷になるんだろって質問に、はいそうですなんて馬鹿正直に答える職場で働いてみたくなっただけだ
だから、だから。
本当にそれだけの情で俺は、
「ふっ、ぐふっ」
「うおっ、どうしたどうした。ミスターがそんな風に笑うの珍しいな」
「いやだって彼―」
体が一瞬、ブルっと大きく震えた。
「―イカれてる。この処女作にピッタリだ」
ああ。
口角がつり上がっていくのがわかる。
単純な欲望のために、全てを売り払った俺を、こいつらは讃えている。自分たちのために。
お前だって、お前らだってイカれてる。
こんなに弱い傀儡一人捕まえといて、獲物が見事引っ掛かったような、嬉しそうな顔をして。
大皿に乗った料理と今の俺、一体何の違いがあるだろう?食われるための、糧にされるための試金石。
本当に運が良かったのかもしれない、俺がこいつらに出会えたことは。
こんな残酷な世界では、多少の非道徳が無い限り、生きてはいけないだろう。そんな中。俺は最小の非道徳で、最大の理不尽に挑む権利を買ったのかもしれない。
「わかったよ。君からの誠意、余すことなくこの僕が利用してみせる。絶対に、君を君のまま、変質者にするよ」
言うのは簡単。行うのは困難。
これが安い買い物か、高いだけの詐欺なのかは、この先で決まる。
先があるのかどうかの賭けさえも、この先で決まるんだ。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
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