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敗者の行進  作者: 春獄
第一章 Bloody brother
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継ぎ目【Extract】


「デージー…どういう計画なんだ、それは」


「言った通りだよ。人工の変質者を造っちゃおうって話。”傀儡を全員変質者にしちゃえばいい作戦”だ」


「全員変質者にすればいいって」


 喉がごきゅりと音を立てる。


「ほ、方法があるから言ってるんだよな?」


 自分の口で「方法があるなら聞かせろ」といっておいて、我ながら情けない。しかし、聞き返してしまうのも無理ないだろう。グロテスクの方法以上に、”そんなことができるなら警察はいらない”みたいな発想だ。


「もちろんだよ。この世界は、どうしたって敗者が勝者になることはない。失った記憶を戻してやるなんてことは、勝者にも、統率者にですらできない芸当だから。―でも」


 ワールドは右手を目の前に掲げて、五本の指で何もない宙に爪を立てた。


「【概念を与える】ことなら僕にはできる」


 すると、何もなかったはずの宙は、指圧に負けて、溶けたプラスチックのようにぐにぐにと押し出され始めた。その状態が数秒もすると、水銀に似た流動体となって、一気に流れ出す。 


 どうなってる?これも概念っていう超常の力なのか?

 俺はその爪痕の傷口を見ようと、興味本位で近づいた。そっと中を覗く。


 どろどろに溶けおちて、剥げた空間の中からは、キラキラと輝く謎の粒子が漏れ出していた。これ、は。


 「―空だ」


 青空と、夕焼けと、夜空と、朝焼け。

 誰が見ても「美しい」と感嘆の息を漏らすような絶景が、無理やり開かれた宙の中に広がっている。

 流れ星と彗星と隕石が同時に堕ちていく様。朝と昼と夜を同時に迎える様。

 時間という制限のなかにあってはとても見られないような無限の可能性が、俺を出迎えていた。


「僕にはちょっとした特技があってね」


 耳元で言葉が響く。空間の裂け目を覗いていたら、いつの間にか背後にワールドが立っている構図だ。

 

「≪誕生≫の概念を飲み込んだせいかな。こんなに混ざり合った概念だけど、この中から一部を持ち出すことができるんだ」


 ≪誕生≫?   ―ん?


「今何かとんでもないこと言わなかったか…」


 考えている最中に、視界の端から細い腕が伸びる。ワールドだ。彼はそのまま、爪痕の中にある小宇宙に手を突っ込む。


「えっ、ちょっ」


 驚いて思わず肩を掴んでしまった。それでもその手は、奥深くまでいくことを止めない。

 ぼちゃんという重い水音がして、結局手首どころか、腕の半分ほどまでが、人知の及ぶところではない摩訶不思議な空間に浸っていく。人体に悪影響があるだろうこれは。とても正気の沙汰と思えない。


「大丈夫、大丈夫」

 

 彼は平気そうに言うが。その手つきは探し物をバッグから取り出そうとするようで、四方八方をぐるぐるとさまよっている。


「なにが大丈夫なんだ。こんな意味の分からないものに手を、」


「うーん、()()かな」


 心配してやっているのに、俺の言葉など1デシベルも聞こえていない様子で、ワールドは急に腕を引き抜く。出された手は、ぽたぽたと水滴のようなものを垂らしながら、何かを大事そうに掴んでいた。


「よし」


 ―直後。中にあった無数の景色が滲み始めて、黒く濁っていく。


 ビュオオオオオオオオッ!!


「うわっ!?」


 強烈な風が俺の後ろから吹いてきた。裂け目が閉じ始めたのだ。この部屋に置かれたものがカタカタと揺れ、その風に引きずられていく。

 足がずるずると裂け目につられる。このままでは、俺もあの世界へ引きずり込まれるような勢いだ。

 掴んだはずのワールドの肩を、今度は掴まっている肩として頼りにしている自分を本当に情けなく思いながら、俺は必死にその爆風に耐える。

 

「まさか今ここで抽出するなんて、ミスター」

「オオバンブルマイだねぇ!」


 凄まじい風圧と音のなかで、ツギハギの声がかすかに聞こえた。


「いやあ、だって言葉だけじゃあなんとでも言えるからさ」


 ワールドは俺と同じく引力の間近に居るというのに、足に根でも張っているのか、まっすぐ背を伸ばして立ったままだ。俺一人が体重をかけたところでびくともしない。


 バシュウッ!!   


「……収まった?」


 切り開かれた空間は、その隙間を完全に閉ざした。

 風がやんだ。極彩色の景色も消えた。まるで何事もなかったかのような、あっけらかんとした終わり。俺は夢でも見させられたんじゃないかと不安になったが、


「ほら見て」


 そう言ってワールドが自身の右手をゆっくりと広げていったとき、目が覚めた。

 そうだ。あの意味の分からない空間で、彼は一体何を掴んだというのか。

 俺はあるのかもよくわからない心臓の鼓動を早めて、今起きた謎の現象の正体を突き止めようとその手を凝視した。

 すると、小さな光が、ぽつぽつと蛍のように手のひらに現れる。その光はどんどんと大きくなり、光度を増して、ついには右手に収まらないような勢いで燃え上がっていく。見る者の目を燃やせるほどの光にまで達したソレは、まるで小さな太陽のようだ。


 俺はつぶれそうな目を無理やり開きながら、その不思議な天体を観測する。 


「なんだそれ」


「これが概念。僕らを苦しませたり、時には便利になってみせる、魔法のような奇跡のような、この世界の悪魔だよ」


 こ、れが。

 これが概念。


「こんな綺麗なものが」


 頭で考える前に、体はその不思議な輝きに魅了されていた。話に何回も登場した代物が、琥珀色に艶めいている。強い光を放っていて、今でさえ目を細めないと直視できないのに、ずっと見ていたくなるほどに美しい。


 自然と手が伸びる。

 が、触れようとすると、途端にその光から虹色の炎があがった。


「熱っ!………くない?」


 意外にも、炎は俺になんの影響も及ぼさない。


「ふふ。案外平気でしょ」


 その炎にそぐう熱さも、冷たさもないまま。まるで幻影。そこに存在するはずなのに、それを実感できる要素が光しかない。


「持ってみて」


 ワールドは、俺の手にその光を優しく乗せた。激しく発光している割に、スカスカの空気だけが俺の手に当たる。やはり、この光は触れることができないようである。

 白衣の裾で右手を拭きながら、彼は計画の経緯を話す。


「君にさっき話したけど、僕は【戦争】のせいで一度、グロテスクに手痛い敗北を喰らっている。だから考えたんだ。強力な変質者を従えるグロテスクにどう対抗すればいいか。そしたら、僕はこの取り出した概念を利用することで、人工的に変質者が作れるんじゃないかと思いついた」


「これを利用する?」


「変質者はひとつの純粋な概念を抱えているからこそ、概念混濁にも耐えられるし、致命傷の心配もない。でもほら、概念なら僕が取り出したものが今ここにあるでしょ?この概念を埋め込めば、傀儡でも変質者が出来上がるっていう寸法」


「なる、ほど」


 腑に落ちてしまった。しまったからこそ、俺は半笑いで目の前にいる真の化け物を見つめる。


「グロテスクより、お前のほうがよっぽどやばいじゃないか」


「気づいちゃったか新人君」

「気づいちゃったかぁ新人くん!」


 ツギハギがうるさく合いの手をいれてくる。


「あ、あはは。そんなこと言わないでよ。これでも勝者だからね。グロテスクと似たようなことはできるんだ。一応僕の方は、恣意的に、望んだ概念を抽出できるんだけど。今取り出したのは-…」


「おい待て待て!」


 おいおいおいおい。


「ただでさえ概念を取り出せるってだけで犯罪級(チート)なのに、そんなに万能な力を持ってるんだったら、グロテスクにも■■にも勝てるだろ。傀儡もお前の方につくんじゃないか?」


 抽出と言っていたか。概念を取り出す現象を俺に見せたのは、その力がある事を示したかったからだろうが、そんなのは逆効果だろう。少々恐ろしくはあるが、これだったらこの計画に傀儡全員が乗っかる。グロテスクの計画よりもよっぽど良心的だからな。


 こんな力があるなら、さっさと全員変質者にすればいいものを。


 根本的なニーズに疑いをかけながら、俺はハッとする。たしかグロテスクの計画を聞く前も、「それが出来るなら」と思っていた。が、話をよくよく聞いてみるとそれはただの結果論であって、過程がめちゃくちゃだったのだ。この場合、ワールドも同じなのではないか?ワールドもグロテスクと同じで、結果そうなっても、その過程に問題が………。


 そこまで考えた後、ツギハギ男女のリアクションに気が付く。

 彼らは腕を組みながら、後方でうんうんと頷いている。両者の目は遠くを見つめていて、とても。

 とても不気味だ。


「そうだねぇ。ここまでだったらいい話だねぇ……」

「おいお前、連れてきてなんだが、逃げるなら今だぞ」


「な、なんだよ」


 驚かせるような言葉に、心がざわめく。


「いや別に?お前の覚悟が問われんのはこれからってこと」


 覚悟。なんに対しての覚悟か。

 …あれ。そういえばこいつ初めに、俺の事を()()()とか言って-

 

「さて」


 何度も聞いた声なのに、驚いて体がはねてしまった。


「ワ、ワールド」


「僕は今抽出したこの概念を、君に与えようと思うわけだけど」


「ああ。………ああ?」


 いきなりなにを言い出すんだ。

 いや、彼は俺を引き込むつもりなのだから、なにもおかしいことはないのか。ない。ないはず。だって俺に概念を与えて、俺が変質者になって、………。


 -なんだか嫌な予感がする。理由はよくわからないが。


「残念ながら、傀儡に概念を与えると、体が耐え切れずに木っ端みじんになっちゃうんだ」


「ああ!?」


 なんだか嫌な予感がする!理由はよくわかる!


「じゃあどう、どうするん、ですか」


「一度死んでもらうしかないかな?」


 天使の様に微笑む悪魔に、ビビったからだ。

ここまでお読みくださりありがとうございます。

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