継ぎ目【傀儡の目覚め 2】
…
…
…
…ここは、どこだ?
ここ、は。
どこ。
眠気にも近い痛みが目の周りで巡った。
随分と長く寝ていたようである。
「っ…ツー」
おもむろに頭に触れると、今起きたばかりなのにもう一度眠りにつきそうなほどの強烈な痛みが走る。
この症状の原因には覚えがある。確か、
「石?いや、岩をあのツギハギの…女のほうにぶつけられて」
必死に記憶を繋ぎ合わせると、狂気のワンシーンがフラッシュバックする。
化け物。ツギハギ。…岩。
振り返れば返るほど、どうして今健やかに寝ていたのだろうという疑問が沸き始める。
俺はもう一度、探るように目を周りに向けた。
まず薄暗い天井。
天井があるという事は、ここは屋内か?家?誰の?
目線を下げると、目の前の白い壁一面に、グチャグチャの線がカラフルに彩られた前衛アートが飾られているのが見えた。これはなんだ、なにかの暗示か?まるで子どもが描いた絵を飾る、家庭のような雰囲気だが。
次に、なにかの書類が散らばっている地面を見てみる。ん、地面?
天井はあるのに床が無いとは、中々ワイルドな作りをしている。それともこの世界では、床はつくらないものなんだろうか。足で感触を確かめてみるが、地面はやはり地面だった。ひんやりと冷たい。
そして…………、匂い。
目が覚めてすこしすると、嗅覚も戻ってきた。おかげで新しい情報が手に入る。
それはこの部屋一帯が鉄臭いこと。いや、血生臭いのか。空気が切り刻まれて、血をそこら中に垂れ流しているかのように、むせ返る血の匂いがする。はっきりいって気持ち悪い。俺が殺人現場に遭遇したことがあるかどうかは不明だが、この匂いはそういうやつだ。マトモな場所が放つ香りではない。
最後に、俺は無意識に握りしめていた毛布と、木製のベッドを見つめる。
このベッド、野戦病院でももっとマシなもので寝させてくれだろうと思うような寝心地だ。毛布も厚さが心許ない。しかし、それを言ったらそもそもこの世界に寝心地を向上させようという意識も、文明も、それを実現させる材料もここにあるのかという話になる。
一体、俺はあの後どうなってしまったんだ?これからどうなるんだ?
新たに得たものと失ったものが、思考回路で入れ替わり立ち代わりを披露する。
わかったことと言えば、ここに居たままではなにも始まらない事。それだけだ。
―とりあえず、状況を把握しなければ。
俺は起き上がろうと、寝ていたベッドに手をかけて力を入れる。すると軋む音がして、
バキッ
「えっ」
そのまま大きな音で砕け、一瞬にしてバラバラ死体となってしまった。
「嘘だろ…」
このベッド、ベッドとしての役割を終えたらこれか。
ここまで気が休まらなったが、ここまで恐怖を煽るベッドもそうそうないだろう。
急に崩れ去った俺の物理的支えは、そのせいで体を地面に打ち付けるハメになった俺を嘲笑っているかのようだ。これでは到底俺の精神的支えになれないし、したくもないベッドである。
今の衝撃で頭がイカれたのか、目の前の人物が二重に見える。
「あっ!お兄ちゃん、起きたぁ!」
「おー、おはようさん、実験体一号」
「………あ?」
―違う。二重になんて見えていない。ただそこに似たような顔がふたつあるだけで、イカれているのもあちらのほうだ。初対面であろうに俺に殺人級の一石を投じた―
「カラダだいじょぶぅ?」
この女。
「お前が聞くんだ…」
この男。
こいつらである。
「ここはどこ…だ」
容赦なく睨みつけた。
頭痛と脳裏に浮かぶ微かな記憶が、こいつらを「敵」として認識している。
しかし片割れの女は俺の睨みなど意にも介さずに近づいてくる。
「ええーーっ!?ふつう、私たちのことから聞かない?こーんなにジグザグツギハギしてるのにさぁ。私、せっかくミスターからなんでツギハギなのか聞いてきたのに…」
「今更かよ。こいつの言う通り、俺らより此処の説明が先だぞ。本当に生まれたてなら、この状況は説明されても納得いかないはずだぜ」
「説明しても納得されないの?説明の意味ある?」
_どうやら、男のほうが女より話が通じそうだ。
「……で?お前はこの研究所のことが聞きたいのか?そもそも、二度目の地獄についてか?」
「どっちにも決まってるだろ」
強い口調でそう言い切ると、ツギハギ男はため息にもならない乾いた吐息で、俺にそれらを説明することを了承した。
「ここは致命傷の世界。お前の認識通り、ここは地獄だ。二度目のな」
地獄。二度目。
「やはりか」という思いと、「おかしい」という気持ち。両方が頭で混濁する中、ある一つの疑問が俺を落ち着かせる。
「じゃあ、なぜ俺は死んだことをおぼえていない?……いや、死んだことは覚えている。現世で、一回。地獄で一回。死んだ、死んださ。しかし、どうやって死んだか……どうやって生きてきたか」
名前。現世での記憶。過去の記憶。俺はここにきた当初の、思い出せない恐怖を思い出す。
思い出そうとしても、記憶があった証拠さえない。思考を巡らせても、スカッ、っと空気を掴んで脳を一周するのみ。
あるのはただ空になったストレージだけだ。
「一体どういうことなんだ?なにもかも思い出せない訳じゃない。死んだことだけと、ある程度の常識はわかる。だからこそ今のこの状況が異常だと感じてる。だがそれ以外、まるで思い出せない。記憶がないんだ」
「まぁ、そう来るよな」
ツギハギ男は頭を掻きながら、いつのまにかツギハギ女がキャスターで運んできたホワイトボードのようなものに絵を描いていく。どこから出した?
「じゃっ、説明しまーす」
「意味のないセツメイするのぉ?」
「理解できなくても、説明すること自体に意味があるからな。まず、記憶うんぬんの説明からだが……、」
キュキュキュとマーカーが走り、ホワイトボードにポップなドクロマークが浮かぶ。
「これは、ここに来たほぼ全員に発生する記憶障害だ。俺も自分のことは未だに分からない。ここに来た時知っていたのは、お前と同じくここが異常だと思える共通の一般常識と、死んだことだけだ」
「なんだと?」
「だからお前みたいにあたふたしている奴がいると、”生まれたて”……この世界に来たばかりだってことがすぐにわかる」
男は続いて、ドクロの隣にあたふたして汗をかいている…、なんだこれは?よくわからない生き物を描いた。見ているだけで腹が立つようなよわよわしい線のタッチである。まさか俺がモデルではないだろうな。
「ちなみに生まれたてはかなーり珍しい。そもそもここの人口が一回目の地獄と比べ物にならないくらい少ないからな。必然的に生まれる機会も少なくなるし、生まれたてを見かけるやつも少なくなるってこった」
―その言葉を聞いた時。頭に釘が刺さったようなピンポイントの違和感が襲う。
冷や水をかけられたような驚きと懐疑が混じった、鋭いものだ。
「上?上っていったな」
それはおかしい。
「お前の説明に沿って考えれば、誰も上の記憶はないはずだろう。どうして上の人口がわかる」
俺をだましているのか?油断してぼろがでたのか?
無知な奴が一番騙しやすく御しやすい。
その定石に従わされている可能性がない訳ではない。というか、その可能性が一番高いだろう。
何しろ俺は「生まれたて」だ。
何が正しいのかも、何が間違っているかの判断基準もまだ身に着けていない。
俺の言いたいことを受け取ったのか、ツギハギ男が苦い顔で俺を見る。
「そう睨むなよ。話聞いてなかったのか?記憶ねーのがほぼっつったろ。ほぼ」
「上のことは俺も知らねー。妹もしらねー。だが、」
男は一息ついた。
安心するように。
「ミスターは知ってる」
「ミスターは知ってる!知ってるよ!なんでも教えてくれるの!」
「ミスター?」
その名を聞いた途端、女がはしゃぎだす。
男の方に問うように視線を投げると、こちらもまたはしゃぐとまでは言わないが、誇らしそうに微笑んでいた。
「研究所の責任者だ。俺たちの親みたいな人で……、会った方が早いな」
そう言ってツギハギ男は真後ろのカーテンを勢いよく開くと、
「おーい、ミスター!実験体起きたわ!今色々説明してやってるとこでさ、ミスターにも来てほしいんだけど」
その先の誰かに呼びかけた。
しばらくの静寂の後、水が一滴落ちるように。声がカーテンの向こう側で響く。
「わかったよ、いま行くね」
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