10敗【青春?】
あり得ない化け物たちの所業に、本物の化け物たちは阿鼻叫喚に堕とされる。
戦闘に入る前までは期待に満ち溢れて歪んでいた面々も、今ではすっかり物理的に歪まされていた。
「ひいいいいッ!」
「だ、だめだ!ユケツの人形が復活してる、もう無理だ!」
誰が言い出したかも分らぬまま、傀儡たちは各々自分の状況を呪って、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。できるだけ遠くへ、あわよくば仲間が一秒でも自分の時間稼ぎになってくれることを祈って。足がまだあることに感謝して、走る、走る、走る。
しかしその行動は、蜘蛛の子なんて可愛いものではない。蠅が自分の何百倍も大きい殺虫スプレーからもがく様に、絶望的に無駄で、愚かなことだった。
「逃げろ!」
そう言った傀儡の一人は、右半身を数メートル先に置き去りにしている。
「はえ?」
と、呟く口も、響く喉も、左半分から。
「俺の妹に手ェ出しといてなんだそれ。忠告しただろうが」
べちゃ。
半分の視界から見える、地面を這いずる己の状態に言葉も出ない。
ケンケツの攻撃によって、あえなく体はびりびりのずぶずぶのぼろぼろだ。
ケンケツは相手を逃がさぬように、倒れた残りの左半身を踏みつけにする。その圧力に押し出される形で、黒い地面にどろどろの血液と小腸が一緒になだれ込んだ。緑色にぬめりながら伸縮を繰り返す臓器には、不思議とまだ神経が通っている。
ピクピクと痙攣を起こす左腕を持ち上げて、彼は念入りに相手の戦意と肉をもぎりとった。
「ああああああああああああああ!!!!」
ぱかりと割れた腕の境目から、破れた血管が搾りカスのように舞い落ちる。
ケンケツは奪った左腕を、ホットスナックの如く頬張った。肉汁の代わりに腐った血液が、大口を開けたU字の唇から滝のように流れる。
「ん、うまい。今日は腕の気分だったんだよな~、これ食うか」
歯形が残った腕をブンブンと振り回して、食べ歩きならぬ食べ潰し。
道端の雑草の方がまだ気を遣うような扱いで、傀儡はその屍のような体を捌かれていく。
なんと残酷で、一般的な思考回路だろうか。
この腕を食事とするだけで、意味のない残忍極まりない行動は、食材を美味しく頂くための血抜きと下処理に昇華されるのだ。
ミズチは敵を撃ち抜きながら、その様子をいつもの奇行といった具合で見つめていた。
「うげ。ゲテモノ食いじゃん。あーやだやだ、こういう男は絶対モテないんだよ。ねえお嬢?」
彼女はいつの間にか戦いのすぐ近くにいるユケツとカガチに声をかける。
ユケツはカガチの戦闘を見守りながらも、その柔らかそうな頬を鋭い飛び血で汚していた。
さて、考えてみよう。頭をまっさらにすれば、こんな戦場にこんな少女は場違いだ。まるで異世界だ。
―カガチをユケツの護衛に回したから、私が呼ばれたのに。
心の中で、クスリと笑う自分がいることにミズチは気が付いた。
火中の栗を拾うこの護衛対象は、明らかにカガチに出された命令に逆走している。
もしこれに理由があるとすれば、兄への反抗心以外にはないだろうと思い、ミズチはその行動をいじらしく愛おしいと感じたのだ。
が、今のユケツにそのような一端の妹らしさはあるのだろうか。
ユケツはカガチが敵を淡々と排除していく間を通り過ぎ、ミズチの傍に近寄ると、
「うん。…でも今日は、私が狙いとは言えカガチが馬鹿にされたの。だからそんな奴ら、どうなっちゃってもいいよ」
とだけ言い放つ。
ミズチはその答えに思わずぎょっとした。
てっきり、「そうだよ!お兄ちゃんってばいつもお行儀悪いの!傀儡がカワイソウだよ!」という返しが返ってくるとばかり思っていたのだ。
だが、予想の斜め上にぶち当たる「どうなっちゃってもいい」は、確かに今のユケツをよく表していたのだ。いつもの笑顔は薄いカーテンのようなもので、その実、そこには取り繕えない怒りがある。
その拳はぎゅっと握りしめられている。その瞳は憎しみで輝いている。
ミズチは己の認識を悔やんだ。
そうだ、彼女に敵を憐れむような慈悲はあっても、悪意を許すような卑怯はない。
どこまでいっても彼女は純粋で、単純で、より獰猛な獣なのだ。
この世界の可憐な花でありながら、その花弁は清廉さを証明するための剣でもある。
” 純粋無垢が、仲間を狙う悪意を許すはずがない。”
それがミズチが改めて添削し直した、対:お嬢のトークマニュアルだった。
セルフアップデートを行い、嬉しそうに鼻で笑う。
「この妹にしてあのお兄ちゃんか。いい職場だね。処女作に聞かしてやりたいよ」
ミズチはこう同僚に茶化されても、なにも言わないカガチを見て小銃を腰に戻した。
ヘッドセットで聞こえていないという次元の話ではなく、感情という代謝が全てシャットアウトされた人形では、今の発言も記憶に残らないと察したからである。
そしてなにより、そこにマスターに可愛がられているカガチへの羨望を含んでいて、少し投げやりな言い方になってしまったことを隠すためでもあった。
だがユケツは、その微細なメッセージを見逃すことなく、ミズチの目をまっすぐに見つめて言い直す。
「私やお兄ちゃんにとってはミズチも、大切な仲間だよ」
その言葉に、ミズチはバッと顔を隠して、体を強張らせる。
顔がみるみる赤くなっている自分を、どうしても見られたくない。その一心である。
私は道具。なにをどうお嬢に言われようと、客観的なものの見方は変わらないのに。
カガチは特別。誰がなにをいおうと、そのことはわかっているはずなのに。
それでも喜ばずにはいられない自分を、彼女は心底気持ち悪いと感じるのだ。
「はー…」
ミズチは長い溜息をつくと、
「ちょっと、これ以上好きにさせないでよ」
この一言だけ、小さく呟いた。
激しく脈打つ心臓を全身で感じる。
できれば、この胸の温もりを、いつまでも感じていたい。感じさせてくれる人の傍にいたい。
それは、トキメキがキラキラと光る瞬間。ドキドキがクラクラ。これぞまさしくこi×××××××
―だが!だがしかし!そのようなアオハル、この男が許すはずもなく。
「おい!そこでラブコメやってんじゃねえぞ!」
大声を背中にぶつけられて、我に返る。
耳まで熱くなっている自分を急速冷却し、ミズチはいつものミズチに戻った。
振り返ると、口も手も足も、なにもかもを鮮血もとい腐血で染めたどろどろの物体が揺らめいている。
その姿は、かろうじてケンケツだとわかるくらいの汚さである。こっちに向かって叫んでいるせいで、口だけ人間のように見えている状態。こわ。こわすぎる。
これはモンスター、厄介シスコンモンスターだ!
「うっさいね!ほっとくとこだったでしょ今!」
そう言って、ミズチは最後の敵を細胞一つずらさず的確に射抜いた。
あと数センチずれていれば、自分の頭に弾が貫通していたことにたじろぐケンケツなど放っておけと、心がそう叫んでいる。
―ああもう、せっかくこんなに幸せだったのに!
人形の恋路を邪魔する兄など、銃に撃たれて死んでしまえばよいのだ。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
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