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敗者の行進  作者: 春獄
第一章 Bloody brother
10/33

9敗【死骸人形】

 …


 全身に力が溢れる。

 雪のように降り積もる骨が俺を閉じ込め、関節にまとわりつく。

 体を巡る血は固まり、筋肉だけが水のように流れていく。


 俺は簡単に壊れる。飴細工のように。

 俺は簡単に壊せる。飴細工のように。


 お前を守るまで俺は死なない。

 お前を守るまで俺は死ねない。


《心体同期中...≫


 漆黒の軍服を身に纏い、兵士が一人、女王に傅く。

 彼は差し伸べられた手に唇を近づけると、感情の色を失くした顔で主に平伏した。

 ユケツはその忠誠(キス)を当然のように受け取ると、兵士の顔など一切見ずに、目の前の敵へ向かって宣言する。


「カガチ。目の前」


「対象:目の前」


 それはまるでひとつの体。


「虫みたいに」


「指定:虫のように」


 それはまるでひとつの心。


「ぼっこぼこにしちゃって!」


命令(オーダー):敵の殲滅。承知致しました」


 分かたれた心体は今重なって、カガチという完全無欠の道具になる。


 それは矛。それは盾。


 わがまま女王様は、まさにこの道具をご所望である。


 カガチは地面を蹴り上げると、空を歩くように滑空し、傀儡の群れ、その中心へと舞い降りた。

 傀儡たちはとりあえずその周りを取り囲むが、誰も先制しようとは考えておらず、誰が火蓋を切るかの心理戦に忙しい。互いに目くばせをしながら、人身御供を探している。


 彼はそういった傀儡の習性を、臆病と侮りはしなかった。これは様子見という立派な分析であり、たとえ後手に回ることで被害が出ようとも、その他の味方が結果を踏まえて倒してくれればいいという前提のもと成り立っているものだ。ファースト・ペンギンも口ばしを巻く、立派な戦術と言えるだろう。


 では、初撃を重くしたら?

 

「実行開始」


 カガチは傀儡集団を一瞥すると、真横の傀儡をノールックで蹴り飛ばす。クリーンヒットだった。靴先から骨の砕けた快音が響く。そこから逃げの一歩を踏ませるまでの間に、もう二、三人を巻き込んで右足を横薙ぎに振る。弾いたライフルを手にすると、彼は何の躊躇いもなく薬室にノックした。

 ファイア。


 たったそれだけで、目の前にいた傀儡たちは立ち上がれず血に寝そべった。

 それでも諦めずに引き金を引こうとする敵の手を目で追いながら、カガチは丁寧に、尚且つ広範囲に攻撃の手足を伸ばしていく。


 1。


 2。


 撃破カウントが増えるたび、カガチは与えられた命令(オーダー)の処理速度を感じ、プログラムの喜びを得る。それは脳内麻薬の昂ぶりとは違う、実用性と効率で磨かれた、超性能キルマシーンにしか味わえない美酒だ。

 カガチはそのまま、いかに早く処理するかのTAS(ゲーム)に興じながら、蹴って叩いて撃ちまくった。

 すると、崩しつつある集団の後ろから、四肢も胴体も何もかもが散らばった肉の雨が降り注いでくる。

 その異常気象はどんどんカガチの方へと迫って来ていた。

 ミサイルにでも撃たれたような衝撃音が耳に届いたかと思うと、大きな動物が突進してくるような風が吹き抜けて、彼の前髪をなびかせる。


 ケンケツはそんな鬼気迫る突進を終えると、カガチの顔を嬉しそうに見つめた。


「お!元気になったみてえだな。いけそうか?」


 カガチはそのHow are you?に、


「ユーザ:ケンケツ。現在ユケツがログイン中のため、質問には回答致しかねます」


 と機械的に答える。

 するとケンケツは何かに勘づいたように呆れた。


「ありゃ、なんだ今音声入力(フル・オーダー)かよ」


「はい。現在音声入力(フル・オーダー)で稼働しております」


 カガチはなんの感情も顔に反映させず、目の前の敵を屠り続けながら肯定する。

 隙のない構えで腰から鞘を手に取ると、それを抜かずにそのまま傀儡の一人の腹に突いた。傀儡から粘性の汁が飛び散る。


「そういや、ユケツどうした?お前こっちによこして、あいつどうすんだよ」


 ピピピ。耳にあてられたヘッドセットが青く点滅する。


「戦闘中の情報共有/制御ユーザは現在後方で待機。敵の射程外です」


「ばっか!射程なんてコンマで変わるだろうが!これだからユケツの命令(オーダー)はよお!おいカガチ、ここは俺に任せてユケツのとこいけ!」


 ピピピ。耳にあてられたヘッドセットが赤く点滅する。


「ユーザ:ケンケツ。現在ユケツがログイン中のため、命令(オーダー)の入力は棄却されます」


「っだぁ~もう!それ久しぶりで調子狂うな!カガチ、最上位(お兄ちゃん)権限で命令(オーダー)変更(チェンジ)!ユケツの護衛に専念!」


 キュルルルル。


 その音はカガチの全身から鳴った。

 最上位権限。その単語が入力された途端に、今までしなやかに暴れまわっていた彼の動きが、ネジが回り終わった玩具のように停止したのだ。


 カガチは虚ろに命令を反芻(はんすう)する。


「承認/実行中命令(オーダー)の破棄/命令:制御ユーザの護衛に変更」


「うし!行け」


「了解」


 カガチは卒業証書を受け取るように踵を返し、反対方向に足を進ませた。



「あれ?カガチなんで戻ってきちゃったの!?」


 墓石の裏でサボる女王。

 帰ってきたカガチを見るなり、ユケツはその行動に目を見開いた。


女王(マスター)、申し訳ありません。最上位権限の行使により、現在実行中の命令は女王(マスター)の護衛となります」


「はい!?うええ、一人でキッツイはずなのに、もお〜!これだからお兄ちゃんの命令(オーダー)は!」


 兄妹それぞれあべこべな命令にツッコむことなく、カガチは沈黙を通す。


「こうなったら、ちょっともったいないけど他を喚ぶしかない!」


 ユケツはそう言ってカガチと同じ量の骨粉を手ですくった。


「遠距離には遠距離ぶつける!カガチ、ミヅチ喚ぶから離れて」


「了解いたしました」


 骨粉を土のうえにばら撒いて、手をかざす。


「ミヅチ、再臨(セット)


 唱えた途端、地に舞った骨粉が震え、足元がグラグラと揺らぎ始める。

 たちまち地中がぼこぼこと泡立ち、蠢くなにかがモグラのようにユケツの前を旋回する。そしてカガチの再臨と同じく、二つの影が轟いた。

 それは咆哮を上げ、やはりひと一人の空間を作り上げる。


 ―中から覗きだしたのは、一人の兵士。


 深海のような青髪をポニーテールでまとめ、カガチと似たような軍服を身に纏うソレ。

 しかしガーターベルトで仕切られた太ももや、その革の線引きからはみ出た肉の膨らみは、男性にはない魅力が確かにあった。すらりとした長身をぴっちりと覆うスカートと合わせれば、十二分に蠱惑的なデザインの女性服である。

 けれども彼女特有の爽やかな雰囲気が、色気を妙な男気に変えていた。

 その姿は愛らしいというより麗しい。切れ長のアイラインには、誰にも媚びないような強さを感じられよう。

 

死骸人形(デージーズ)名作(フェイム)ミヅチ。再臨したよー…」


 だが、その整った顔は不安で大きく歪むこととなる。


「ってここどこ!?」


 彼女は右へ左へ首を動かし、あたふたと周りを見渡す。迷子が行う最初の行動だ。

 

「ミズチごめーん。カガチの代打頼みたくて」


「お嬢。なにここ、いつものバイト先と違くない?」


「いやあ、なんやかんやで、今私たちもよくわかんない場所で戦ってて…」


「なんやかんやが気になるねえ?」


 主人のいい加減な状況説明に腕組みしていると、ミズチの瞳孔は、ある人物が視界に入ったところで止まる。ある人物とは、微動だにしないカガチのことで間違いなかった。

 

「えっ、ちょ処女作(リーダー)!?…あれ、なんか目死んでない?ん?いや光ってんのか?おーい」


 ミズチは手をカガチの前で何回も振る。が、カガチに反応はない。


「あれ、ミヅチ初めて見るっけ、カガチの音声入力(フル・オーダー)


「あっ、これが噂の!?うわ、処女作リーダー音声入力(フル・オーダー)かっこいいね。私らも出来たらいいのに」


「カガチは特別だからねぇ。…っ、ミヅチ後ろ!」


 ユケツの眉がグッと下がる。

 戦場に似合わない歓談を取り払おうと、ミズチの背後から二体の傀儡が銃剣を携えて襲い掛かってきていた。


「あいよ?」


 パンッ パンッ


 即座に乾いた音が二つ放たれ、傀儡の首が二つ吹き飛ぶ。

 猿でもわかる算数は、目にもとまらぬ速さで、振り向きもせずに実行された。


「ア、アレェー?心配する必要なかったかな?」


 思わず半笑いになる、その異次元の当て感(エイム)は、誰が見ても代打にはもったいない性能である。喚び出したばかりなのにも関わらず、ユケツは既に贅沢な使い方をしているという自覚が罪悪感になって、心に沁みた。

 一方ミズチは血飛沫を背中に浴びながら、冷汗混じりの誉め言葉を笑顔で受け取る。だが目線はもう、戦場の方へと向いていた。


「ないね!お嬢、処女作(リーダー)の代わりにケンケツの兄さん助けてればいいんでしょ?」


「うん。お願いしていい?」


「オッケ。任された!」


 自信満々にそう告げた彼女は、ユケツにウインクとサムズアップを贈る。スナイパーライフルを背に預けて、腰に据えた小銃を引き抜くと、ジョギングの足取りで戦場へと向かった。


「さ〜てケンケツは、…そこか」


 走り始めてものの数秒で、ミヅチはケンケツを発見する。

 正しく言えば、ケンケツの所在地を特定した。

 彼女は今までの戦闘経験においての状況判断から、敵がハリケーンにでもあって細切れになっている場所こそが、ケンケツの戦闘区域だと理解しているのである。


 ミズチはその場所めがけて、三発弾丸を打ち込んだ。一発目はやや左、二発目はど真ん中、三発目は右手前。

 送り出された弾は決められたルートを回転しながら進み、それぞれのゴールへとすぐに到着する。

 一発目はケンケツを狙う傀儡の脳天、二発目はケンケツと今まさに交戦している傀儡の心臓、三発目は自分に気づいた傀儡の口内へと侵入し、無事ゴールテープを切る。


 これに驚いたのはケンケツである。いや、驚いたというよりは、うんざりしたような顔だ。

 ミズチはその表情にたちまち笑う。


「ゲ!ミヅチまで来たのかよ」


「うん。カガチとこうたーい!」

 

 対照的な表情を見せる二人でも、ハイタッチは慣れた手つきで交わされた。

 戦友とは、この手遊びの先にある称号か。


「カガチが本調子じゃないにしろ、戦力過多なんじゃねーの?」


「なんだよ。助けに来てやったんでしょ…ホイそことそこ」


 喋りながらも、ミズチは自分の仕事をそつなくこなす。まるでシューティングゲームでもやっているのかと勘違いしたいほどのお気楽さは、傀儡にしてみれば命の価値を見失う瞬間の連続である。


 ケンケツは、態度に大きな差はあれど、その命令遵守の姿勢はカガチと変わらないと改めて感じた。

 そしてそう感じている自分がこっ恥ずかしくなり、思わず視線を外す。

 

「俺があんまり暴れらなくなるから、お前苦手なの!」


「本音出たね」


「うるせー」


 ミズチとケンケツ。両者は背中合わせに向き直り、敵を睨みつけるでもなく、微笑む。

 そこから少し離れた場所では、カガチがユケツの傍で敵を圧倒している。


 一騎当千が三人。


 そこからは、単純な人海戦術では太刀打ちなど出来やしない、圧倒的戦力差の鏖殺(おうさつ)だった。傀儡が攻撃の意思を見せなければ、虐殺と言い換えても良い。


 喧嘩の腹いせに胴体を潰す者、戦闘の高揚感なく制圧する者、テレビのリモコンを押すような気持ちで引き金を引く者。


 傷つけた傷つけられたの駆け引きはなにもなく、ただ、今そうしなければならないという理由で血を見るだけの作業があるだけ。果たしてこの地獄は、地獄を経験した世界でどれだけ恐れられるのだろう。その答えは、この理不尽に抗えたものだけが手にすることができる。

 そしてそれは、まさしく不可能に近いことが、傀儡側から見たここまでの戦況の結果だった。

ここまでお読みくださりありがとうございます。

ブックマークや評価、感想などを頂けると作者の励みになります。よろしくお願いいたします。


リアルの方が少し忙しくなるので、更新頻度がさらに遅くなるかもしれません。

書き溜めて一気に消費するとかできたらいいんですけど、書いたらすぐ更新したくなる病なんですよね。すみません。

なのでちょくちょくつじつま合わせの小さな改ざん入るかもしれません。すみません(犯罪)

できるだけ書き溜めて、伏線とかアレとかコレとか計算しながら書けるよう努力はします。できたら。

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