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敗者の行進  作者: 春獄
プロローグ
1/33

【傀儡の目覚め】

新しくやましい事が出来た時、心臓がどろりと骨を伝って溶けていくのを感じる。

肺が動くたびにその黒液が身体を循環するのが分かる。

"それ"がちょうど身体を一周したとき、心臓に帰ってきたとき、ゲル状に固まり、ぶるんと可愛い様子で己の心臓を止めるのだ。


嗚呼切なさに、身を引き裂かれるようだ。悲愴に満ちた、翅が映えるようだ。

愚直なデザインで彼らは育ち続ける。這い慣れた手つきで足を絞る。


どうだ、疑えない私達で夢はみれるか。綺麗な血管から熱は出せるか。


そんな訳はない。


泣き腫れた死体の顔よりも、清らかに肥えて眠った顔が醜く見えるように。

地球になだれ続ける人類よりも、ひとつの葉で絶命する蜉蝣に心が動かされるように。

儚さは美しく、痛みは勲章のように輝かしく、夢半ばで途絶えたものは偉人のように民衆に食べられる。


結局、美しくても醜くても、


勝たなければ意味はないのに。


「結局地獄とは、何処のことなんだろう?」



 地獄とは、此処のことである。

 しかし、上も地獄であるし、行ったことはないが多分下も地獄であろう。

 俺は一回死んだ。

 俺は二回死んだ。

 そして、此処へたどり着いた。

 だがそれ以外、何も覚えていやしないのだ。


 俗にいえば、記憶喪失。

 そういった名前の災難が俺を困らせた。



「何処だここは…」


 地獄である。

 しかし、頭の中で二回目の警報が鳴る。

 地獄ではあろうが、俺は既に地獄を経験したことは覚えている。


 つまり、()()()()()()()()()()()()


 現世、俺はどうして死んだっけ?

 地獄、俺はどうして死んだっけ?

 地獄で死ねば、何が訪れる?

 地獄の後は、何が待ち受ける?

 二回目の死は、何を犠牲にする? 


 不安は募る一方、覚えていることはある。

 体の動かし方。頭の動かし方。呼吸の仕方。

 人間の定義。生物の定義。言葉の定義。

 本能。

 これだけ覚えていれば、俺は幸運なのか?

 

 _不幸だ。


 嗚呼、これならばいっそなにも覚えていないほうが遥かに良かった。

 成熟した脳を持ち合わせず、迷子ということにすら気づかずに。

 …少しの知識が、人間を不安にさせることは確かなのだから。

 恐怖と孤独による焦燥は、考えても分からないところに俺を追いやる。

俺は一体、誰なんだ?なにをしてきた?此処は一体、何処なんだ?

 結果思考は堂々巡りを繰り返し、スタート地点へ帰される。


「なにも見えない」


 自分の将来を比喩した訳ではない。物理的になにも見えない状態にいるのだ。暗闇はさらに人を絶望へと叩きつける。

 きっと此処は地獄なのだから、地獄の地獄なのだから、太陽のような光源など存在しないのだろう。けれど目が闇に慣れることはなく、俺は此処に来てから自分の手も見えていない。こんな状況下でどうやって平静を保てるというのだ。

 ひょっとすれば、まともな奴を排斥する世界であるかも分からない。


 俺はこれからどうすればいい?


 もう一度死ぬか?そうしたら、おさらばか?

 脳は一刻も早い救援を待つ中、そのSOSはキャンセルされた。

 どんっ、と鈍い音を立てて人とぶつかったのだ。


 …人?

 がばっ、と首をあげる。

 なにもみえないが、たしかに、いる。


「おいお前、大丈夫か?」


 …人だ。


「貴方も此処に来たのか!?貴方も地獄で死んだのか!記憶はあるか!此処は何処だ!?いや地獄ではあるが…此処は…おかしい…よな…?」


 人、人、人だ。

 今までの疑問をとって投げるように、俺はそいつをまくし立てた。そして崩れ落ちた。

頼む、どうかなにか話してくれ。そして俺を、少しの知識と大きな無知から、切り離してくれ。

 願いはそれだけだった。


「あぁお前、生まれたて?」


「…え?」


 返ってくるはずの答えは、予想を大幅に裏切り、最早答えになどなっていない。


「ならなんにも知らねえよな。“敗者”同士、仲良くしようぜ」


「は、い…?」


 歯医者?

 歯医者同士仲良くするとは、一体?

 生きていた頃の記憶か?


「まぁさ、最初は自分の外見に驚くかもしれんが、すぐに慣れるぞ」


…外見?


「貴方の外見はそんなに可笑しいものなのか」


 そう問いただすと、しばらくの沈黙が辺りを貫いた。


「お前まさか、まだ体の変質を見てないのか?」


「この暗闇の中どうして自分の様子がわかる」


「…それもそうだな」


 声の主は急にせかせかと音を立て始め、最後にがっちゃんと俺の目の前で大きな音を生み出した。


「ほら、可視化(ランタン)だ」


可視化(ランタン)?」


 カチ。

 粗末な音を合図に、俺の眼球に薄ぼんやりと明かりが灯された。


 瞬間。


 泥団子のような目玉が、俺を見つめていた。


「う、うわあああっ!!」


 ばっ、

 ばっ。


「化け物っ!!」


 目の前の人間は、人間ではなかった。

 ましてや、生物ですらも。

 皮膚は痣だらけで、皮脂は飛び出した綿のように地面に飛び散っていた。

 こんな、こんなことってあるか。

 持て余していた微量の知識の外で、これは俺に話しかけていたのか。


「おい…そりゃ酷いな」


 そう茶化す化け物は、散々言われ慣れたとでも言うのような、歪な苦笑いを浮かべていた。

 そして、これもやり慣れた様子で、俺の眉間ににぐじゅぐじゅの指をくっつける。

 年季の入った血液が鼻筋に沿って垂直に流れた。


「お前も化け物じゃねぇか」


「え」


 ぐにゃんと頭の中が揺れた感覚に襲われる。


 すぐさま自分の手を見やる。

 すると目の前の化け物を棚に上げた化け物の手が、そこに。

 屍よろしく腐りきった緑色の肉は煮込まれたかごとくどろどろに溶けきり、隙間から見える骨は筋肉の油でねっとりと怪しく輝いた。割れきった爪の赤身から、つんと鼻をつく臭いがする。


「そんな馬鹿な」


 雷のような恐怖が直撃し、俺の心を真っ二つに引き裂く。


「心配すんな」


????????


「地獄で死ぬとこうなる」


????????


 俺に話しかけているのか?

 それならばすまないが、もう俺には何も聞こえていない。

 どうしてどうしてどうして。

 俺は一体、なにになっちまったんだ?


「混乱はするけどな、しばらくすれば」


 おーー、い。


「すぐに慣れる」


 おーーーーーーーい、

 おーーーーーーーーー!い!


 五月蝿(うるさ)い。

 俺がいかなることもシャットアウトする中、それを無理矢理こじ開けるような山びこがする。


「ん?なんだ?」


 遠くから、俺やそこの男と似たような化け物が腕をずるずると引きずって走ってくる。


「おーい!!カガチ!」


「サハラじゃねぇか!どうした?お前がいるのここらへんじゃねぇだろ。なんか問題でも…」


 なんだ、なんてことない。化け物同士が旧友ぶっているだけだ。

 興味をなくし、俺は即座に目を伏せた。


「逃げろ!!」


 …?


 男はそういって俺たちの横を過ぎた。

 警告を受けてから数秒経ったのち、カガチと呼ばれたランタン男は急にがくがくと震え始めた。


「まさか」


 ああそうだ、と走る男は振り向きざまに嗚咽した。


(ブラッディ)兄妹だ!!!」


「…走るぞ新人!!」


「ど、どうしたっていうんだ」


 次から次へと。なんだ。

 ランタン男は俺の手首を強引にひったくって走り始める。


「ここはもうダメだ」



 俺はしばらくの間走り続けた。


 アキレス腱から引きちぎれそうな足を酷使しながら、となりのランタン男も走り続けている。男はぼやいた。


「なんだってこんなところに」


 ランタン男はさっきから、ずっと似たようなことをぶつぶつと唱えている。


「生まれたてなのに、お前も不運だな」



 不運?

 時が止まる。


 俺は心はたちまち冷ややかな水で満たされた。

 不運であるならば、それは此処にいることだ。そうだろ?、人間をやめ、死者であることも忘れてしまった俺たちだろうに。


 俺は足を止めた。


「おい、遅れるな!」


「先に行け。俺は疲れた」


 そういえば俺もお前も化け物だったな。

 ランタン男は俺を助けた恩人であるためにこれをいうことは流石に(はばか)られたが、それを思うと俺の体は唐突な無気力状態に陥った。


 化け物が果たしてどんなものを恐れているって?


 何が起こるかも知らずに逃げるのは、どうにもやるせない事に気がついたのだ。


「なんだと?」


 ランタン男はしばらくの間俺を待っていたが、ついに痺れを切らして見切りをつけた俺に見切りをつけた。


「…勝手にしろ!」


 男は自身の良心を込めたランタンを俺に手渡して、それきり。走り去っていった。


 それから。

 足を止めてから五分も経たずにおきた出来事だった。

 すぐそばで、いやすぐ横で声が聞こえる。


「あー、もう!!」

「誰もいないじゃん!!」


「皆さんお前に弄くり回されるよりは、地面を這いつくばった方がマシだってよ」


「そんなことないもん!」


 暗く淀んだ世界に似合わない、明るく元気な声。自然と俺の目はそちらへ向いた。


「…あれ」


 それを見たとき、俺は驚いた。

 驚いた。

 おどろいた。が。しかし。

 同時に嬉しかった。


 …人間と呼べるものがそこにいた。


 生気に満ちた金髪をなびかせ、しっかりとした足でその場に佇む二人の男女。どちらも肌の露出が多い服を着ているせいか、血色もよいことがわかり、いたって健康そのものに見えた。


 _頭の先から太ももにかけてまで縫い込まれた痛々しい手術痕(繋ぎ目)さえ見なければ。


 よくよく見ると、その繋ぎ目を境に火傷のような皮膚が男と女、お互いを線対称にしてくっついている。とても無垢な体とは呼べない。

 しかし、それすらも今の俺にしてみれば十二分に美しい。

 状況的にみておそらくこいつらが、(ブラッディ)兄妹なのだろう。

 こちらに視線を移したことで俺に気づいたのか、兄妹共々朗らかな表情を見せる。


「あっ!あっ、お兄ちゃん!逃げなかった傀儡もいるよ!」


「おお!?いつの時代も変わり者がいるようだな」


「…お兄ちゃん!怒るよ!」


「怒っとるやん…」


 他愛のない話をしながらも、二人はどんどんと俺に近づいてくる。


「ねぇ!貴方、一人?」


 俺は落ち着くために深呼吸してから、この綺麗な死者たちに失礼のないよう返事を返した。


「そうだが」


 この地獄にきてやっと、まともな会話をした気がした。

 まともな世界ではないのだから、まともな会話をする方がおかしいのだろう。

 片割れ、女の方が、きょとんとした顔でこちらを見つめてくる。


「貴方は逃げないの?」


 俺は立ち尽くしている間に考えていた言い訳を披露した。

 この男女の存在を知った途端、一目散に逃げていった男たちの背中がフラッシュバックする。

 どうせ拷問のようなことをされて死ぬのだろう。ならばここでこうして生きること自体が拷問のほかにないのだから、なににもどうにもならない。

 堂々と言い放った。


「逃げても逃げなくても同じだ。さらに醜くなるか、醜いままか。そうだろう」


 すると女は、言い終わる前に目を爛々と輝かせた。


「貴方!貴方、生まれたてでしょ!」


首を傾げる。


 生まれたて。ずっと言われ続けた言葉だ。

 それがなんなのかは分からないが、分からないなりにそうなのだろうと、不安げに頷いた。

 もうどうでもよかったのだ。


「私、生まれたてを見るの初めて!」


 かわいい~、などと意味不明な言葉を携え、彼女は俺のぼろ雑巾のような手を握りしめた。


「貴方に決めた!」


 は?


「おい、お前な…ペット飼うんじゃないんだぞ」


「お兄ちゃんは黙ってて!」


「ね、醜くならなければいいのよ。そういうことでしょ?」


「待ってくれ、どういうことだ」



 ゴッ!!!!!!



 _____。



 よし…これでわた…しくない…ね…


 だか…って、いきなり岩…ぶつけ…奴がいるか!




 記憶は。ここで。一度。途切れている。


 ただ。最後に。覚えていた。一言。



「ようこそ傀儡A」


致命傷の世界(ノーマンズ・ランド)へ」



ここまでお読みくださりありがとうございます。

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