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おっさん、罪を数える

 

「うっ……朝か」


 湯当たりもあったが、打ち上げ時に飲んでいた酒の影響もあったのだろう。

 夢すら見ない泥の様な眠りの後――俺の意識は急激に覚醒した。

 射し込む陽光で眼が眩み、思わず俺は腕で顔を覆い隠す。

 その手は間違いなく少年のもので、鍛え上げられた戦士のものじゃない。

 どうやら昨日の若返り騒動は夢落ちじゃないようだ。

 力の質は変わらない事を実感出来るも貧相な見掛けに溜息が出る。

 一刻も早く元の身体に戻りたいものだ。

 そういえばここにいるのは俺だけか?

 身体を起こした俺は周囲を見渡す。

 レイナに借り受けた客室は東方風の造りになっており、俺が寝かされていたのも畳の上に敷かれた布団だった。

 イグサと呼ばれる草を織って作られた畳は、適度な弾力性、高い保温性、室内の調湿作用や空気浄化作用など高い機能をもつ。

 その為こちらでは高級品なのだが……それがふんだんに使われているのを見るにどうやら賓客扱いだったらしい。

 まあ客室付きの湯処まで設置されているんだから当然か。

 それだけ期待されてると少し気が重くなる。

 あと気になったが、見慣れない東方風の寝間着、浴衣を纏っていた。

 倒れる前は裸だったので誰かが着替えさせてくれたのだろう。

 一瞬、ある可能性に到り怖気が奔ったが――うん、無事だ。

 さすがのあいつらも少年の姿の俺に悪戯をする事はなかったらしい。

 ひとまず安堵の背伸びをする。

 そんな事をしてる内に騒々しい足音が障子戸の外に響く。

 この落ち着きのなさは、おそらくシアだな。


「おはよう~~~ガー君♪

 ――って、あら? 

 残念、もう起きちゃってたか」


 心底残念そうな顔で嘆くシア。

 武装を解きラフな姿のシアは、どこにでもいる少女にしか見えない。

 あまりの落胆ぶりに苦笑しながら俺も返礼する。


「おはよう、シア。

 何をそんなに残念がってるんだ?」

「え? だって……うん」


 下を向きながら恥ずかしがるシア。

 はて、何だろう?


「やっぱさ――

 寝起きにおはようのチューしたかったな、って」

「おいおい。

 そういうのは本人の同意の下でやってくれ」

「だっていつものおっさんの姿じゃ恥ずかしくて駄目なんだもん!

 今のガー君なら緊張しないで出来るし。

 ほら、年上の余裕? ってやつ」

「いや、中身はおっさんのままなんだが――」


 両頬を挟み込みクネクネ身を捩じらすシアを遠目に俺は立ち上がる。

 他の二人はどこだ?


「シア――リアとフィーは?」

「ああ、そうそう。

 ご飯が出来たから呼びに来たんだった。

 二人とも先に起きて待ってるよ。

 ほらほら、ガー君。おねーさんと一緒に行こうよ♪」

「いや、中身はおっさんのままだと――」


 儚い俺の抗議はまたも黙殺される。

 やたら上機嫌のシアの後に付いていくと二人は既に卓を囲んでいた。

 ほかほかの湯気が立ち昇る卓はこれまた東洋風。

 畳の上にドンと設置されており飾り気のない無骨なデザインだ。

 卓袱ちゃぶ台と呼ばれる卓の上には卵焼きや焼き魚等が並べられている。

 四隅にはお粥が入った椀もあり、どうやら好きな具材をトッピングして食べる方式らしい。

 なるほど、これは朝から豪華だな。


「おはよう、ガーくん」

「おはようございます、ガリウス君」

「ああ、おはよう二人とも」


 シアと共に来た俺を見るなり飛んでくる、ねっとりとした熱視線。

 俺は貞操の危機を感じつつも卓に着く。

 遅れてシアも腰掛けたのを見計らって、まずは礼を述べる。


「昨晩はすまなかった。

 まさか湯当たりするとは思わず迷惑を掛けた」

「ううん、全然」

「大した負担ではない」

「ええ、お陰でいいものも拝見出来ましたし……

 すっごく可愛かったですわ」

「最後のフィーの言葉は聞かなかった事にする。

 それで昨日の続きだが――

 再度意見を訊きたいが、レイナの依頼を受ける方針で構わないな?」

「うん、勿論!」

「異議なし」

「賛成ですわ」

「ならば俺も異存はない。

 朝ご飯を頂いたら身支度。

 その後はダンジョン探索に向け準備をする。

 忙しくなるが――いいな?」

「「「了解!」」」

「いい返事だ。

 じゃあ改めて――いただきます」

「「「いただきます!」」」


 俺に続いた三人の声が唱和し、俺達は朝飯に取り掛かる。

 身体に充分な栄養を取り込み――

 これから待ち受ける冒険への向け、万全を期する為に。

 











「そうそう、リア――」

「ん?」

「忘れない内に出してもらおうか」

「何を?」

「惚けるな。

 例の年齢詐称薬、詐称の紅蒼珠だよ」

「――ちっ。

 忘れてなかった。残念」

「当たり前だ。

 いつまでこんな小さい身体でいさせる気だ。

 7歳相当だぞ、7歳。

 見る物見る物が巨大で、見上げるのにも首が疲れるし単純にリーチが短い。

 早く戻りたいんだよ、俺は」

「ああ――勿体ないですわ」

「うう――愛しいガー君が」

「知らんわ、そんなもの。

 まったく……食事が終わったらでいいから、ちゃんとくれよ。

 こんな身体じゃ力はあっても不覚を取るし――

 もし仮に悪戯されても知覚できない恐れがあるからな。

 ……って、何故目を逸らすんだお前ら?」

「べ、別にぃ?」

「ナンノコトダカ」

「意味不明ですわよね?」

「――ほほう。

 やはり後で詳しく訊く事にするか……その肢体に」

「ひいいいいいいいいい!」

「お、落ち着いてガリウス!

 未遂、未遂は罪じゃない!」

「わ、わたくし達はただ時折指でツンツンして観賞してただけですの!

 決して邪な気持ちは――」

「わわ、馬鹿!」

「あう。口は禍の元」

「フフフ……知ってるか?

 推定無罪は――裁判に掛けるまでもなく有罪、ギルティなんだぞ?

 身を以て償え。

 さあ――お前らの罪を数えろ!」

「「「いやああああああああああああああああああああああ!!!」」」


 その後――何が起きたかは語るまい。

 しかし最近下がり気味だった俺への評価が急上昇した、とだけは伝えておく。






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[一言] ゆうべはお楽しいでしたね
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