おっさん、無常を知る
「お、お前ら何を――」
突然の乱入者に慌てて湯船から出ようとして――
自分が裸であることに気付く。
慌ててオープンし掛けた下半身を湯船に沈め直す。
別に見られて困る様な鍛え方はしていないが、年頃の娘におっさんの裸体を晒すというのは、通報されても仕方ない位の事案だろう。
まああいつらとの冒険中、幾度も互いの肌を見せ合う機会はあったが、こんなにのんびりした雰囲気で曝け出すのはまた別の話だ。
何故か都合良くあいつらの裸身を覆い隠す湯煙が徐々に晴れていき――
きっちりバスタオルが巻かれてる事に安堵する。
律儀に脱衣場への扉を閉めた三人は狭くない浴室の中、俺の前に来る。
全員が含み笑いをしているのを見るに確信犯だ。ったく。
「ふう……驚かせるなよ、三人とも。
まったく困った奴等だな」
「――あはっ。
そんな事言って~少しは期待した?」
深々と呟いた俺に、シアがバスタオルから溢れんばかりの胸の谷間を見せつける様に上目遣いで訊いてくる。
若い男ならそれだけでノックダウンしそうだが、今の俺はそれどころじゃない。
「期待するよりも何よりも――純粋に心臓に悪い。
中年男のハートは産まれ立ての小鹿の様に繊細なんだ。
少しは労わってくれないか」
「ん。その物言いは不遜。
うら若き年頃の乙女たちの乱入――
もっと、ときめいても良い。
具体的に言うなら――欲情しても誰も咎めない」
スレンダーな肢体を赤く上気させながら、呆れた様にリアが指摘するが――多分前提が間違っている。それはプライベート空間で二人きりの話だ。
「いきなり女性が風呂に乱入してきて興奮できるか!
っていうか、俺達に貸し出された客室とはいえ、ここは一応余所様の敷地だぞ。
ドキドキより世間体を気にするわ」
「むむ。確かに」
「大体行動が唐突なんだよ、お前らは。
――んで、三人ともどうした?」
「えーっと……
お疲れのガリウス様のお背中を流して差し上げようかと」
「嘘や建前はいい。
正直に話してくれ」
「その前にボク達も入っていい?
初夏の気候とはいえ、さすがに冷えちゃうよ。
婚約したならいいでしょ?」
「いや、しかしだな――
確かに指輪を贈ったとはいえ、まだ未婚の女性なんだから――」
「はいはい。
ガリウス様がそう仰ることは想定済みですわ。
リア――例の物を」
「例の物?」
「ん。了承。
ぱんぱかぱ~ん、年齢詐称薬ぅ~」
フィーに促されたリアが取り出した(どこから出した?)のは、赤と青の錠剤が入った小瓶だ。
リアはその中から赤い錠剤を三つ取り出すと俺に差し出す。
「飲んで」
「いや――なんだこれ?」
「飲んで。早く」
「毒では無いだろうが、変な薬じゃないだろうな……」
いつになく強引なリアの押しに負け――訝しげに錠剤を飲み干す。
毒では無い事は【鑑定】スキルで判明していたが……はて?
どんな効果が出ても【対毒】スキルがあると高を括っていた俺だったが――自分の身体に起きた変化に驚愕し声を上げてしまう。
「おっおい――なんだこれ!?
身体が徐々に小さく――」
そう――錠剤を飲んだ瞬間、俺の身体はゆっくりではあるが確実に縮み始めた。
鍛えた肉体も若さを通り越し、中年から青年、青年から少年へと変じていく。
まさか赤ん坊までいくのかと懸念した俺だったが、幼児を過ぎたあたりで変化はどうにか止まってくれた。
湯船に首まで浸かる高さを鑑みるに――7歳くらいか?
長年付き添った相棒も年相応に若返っており何だか哀しい。
自分の身に起きた変化に戸惑う俺だったが、何故かリアたちは大喜びだ。
「おっさん可愛い!」
「ん。薬は正常に作用。
ただ副作用――
7歳のガリウス可愛すぎる問題勃発」
「同感。もう抱き締めちゃうよ!」
湯船から強引に掬い上げられた俺はシアに力一杯抱き締められる。
バスタオル越しとはいえ豊満な胸元に埋もれる俺。
人によっては羨ましがられるかもしれないが子供の俺には死活問題だ。
馬鹿力で押し付けられ窒息しそうになるのを必死に抗い息を吸う。
っていうか、子供?
年齢詐称薬?
まさかさっき飲まされたのは――
「もしかしてレア魔導具【詐称の紅蒼珠】か!?」
「――正解。
さすがガリウス、知っていたとは」
俺の頭をよしよしと撫でながらリアが褒め称える。
詐称の紅蒼珠は年齢を自在に変える事の出来る魔導具だ。
紅珠一つで10歳若返り――
蒼珠一つで10歳老いる。
服用する事で年齢を自在に、しかも手軽に変えられる。
ならばこの魔導具を使えば永遠の命を得られるかというと――
世の中そんなに上手い話はない。
この魔導具がもたらすのはあくまで外見だけ。
見てくれだけの偽物なのである。
残念ながら内臓や脳など内面の老化は避けられない。
とはいえいつまでも美しく若々しい姿でいたいのは世の人々の常である。
時折ドロップされるこの秘宝を巡って争いが起きるほどだ。
「実は先の階層主との戦いでドロップしていた。
ただ――数が問題。
紅珠三つに蒼珠二つしかない。
これでは争いになる。
ならば豪気に使ってしまおう、と三人で話し合い決断した。
少年の姿なら一緒にお風呂を入っても合法」
「成程な――
確かに7歳くらいならいいか……って、ちょっと待て!
リア、お前さっき何て言った?」
「――ん?
少年なら合法?」
「違う、そうじゃない!
あとそれだけだと――字面的に急に犯罪っぽくなるからヤメろ。
俺が気にしてるのはその前だ、その前」
「ああ、紅珠三つに蒼珠二つ?」
「それだ、それ!
お前、それが本当なら――
この後蒼珠二つ飲んでも元に戻れないじゃないか!
どうするんだよ、おい」
「ガリウス――」
「おっさん」
「な、なんだよ?」
「若い方が良い」
「27歳のおっさんも素敵だと思う」
「幸いレベルやステータスはそのまま。
何も問題ない」
「駄目だこいつら……早く何とかしないと」
焦る俺の視界がフィーを捉える。
そうだ、高位聖職者ならこの呪いの様な効果を打ち破れるかもしれない!
一縷の望みを懸けてフィーに近付く俺。
しかしフィーに近付いた瞬間、彼女の瞳が尋常でない事に気付く。
よく見れば両手は爪が喰い込むほど握り締められ――漏れる息はかなり荒い。
正直怖い。
身の危険を覚えた俺は恐る恐る尋ねてみる。
「あ、あの――フィー?」
「ガリウス様――
いえ、ガリウス君?」
「は、はい?」
「わたくしと――
いえ、おねーさんと……
良い事しましょうか?
い、痛くしないから……ねっねっ?」
「ひいいいいいいいいいいいいい!!」
「――しまった、フィーが暴走した」
「さっきから大人しいと思ったら――
単におっさんの愛らしさにやられていただけだった!」
「ご、後生ですから――ちょっとだけ!
先っぽだけで我慢しますからぁ!」
俺を手籠めにせんと、暴れるフィー。
それを阻止するべくシアとリアは二人掛かりで羽交い締めにかかる。
っていうか、お前の先っぽはどこなんだよ……
冴えない俺のツッコミがむなしく混沌と化した浴室に響き渡るのだった。




