おっさん、風呂に入る
「ふう~生き返る。
やっぱり風呂は命の洗濯だな」
滾々とお湯が溢れる湯船に肩まで浸かりながら、俺は深々と溜息を漏らす。
俺が今堪能しているのはレイナが用意してくれた客間に据えられた浴槽だ。
質の良い檜で出来た風呂で独特の香りが癖になりそうである。
しかも精霊都市を司る姫巫女の名は伊達でなく、浴槽に設置された竹の蛇口からは程良い湯加減のお湯が潤沢に注ぎ込まれている。
以前リアに案内してもらった温泉もかなり良かったが、ここの風呂もそれに勝るとも劣らない素晴らしい湯質だ。
非常に滑らかな肌触りで心地良く、迷宮探索で蓄積された目に視えない精神的な疲労までも見る見る解きほぐされるのを実感する。
俺はおっさんにしては体格が良いせいか、こうやって脚を伸ばせる浴槽の広さも有難い。膝を曲げた状態では中々リラックス出来ないしな。
「さて、とりあえず保留にしてもらったが……
明日の朝、どう返事をすべきか」
お湯を絞ったタオルを頭に乗せながら俺は独り呟く。
そう、先程のレイナの依頼要請に俺はストップを掛けた。
状況がいまいち掴み切れないのと――情報が圧倒的に足りない。
パーティの実質上の頭目として、そんな現状では是非を応じられる訳が無い。
なのでまずは詳しく話を訊いてみた。
そこで伺った話をまとめると以下になる。
一つ、地下ダンジョンと対を為す天空ダンジョンは巨大な6階層の塔らしい。
二つ、魔神の用意したダミーである地下迷宮に対しこちらは封印の要である。
三つ、しかし俺も関わった魔神共の暗躍により結界が綻び始め既に限界近い。
四つ、かくなる上は、塔を支えるコアを破壊し封印ごと葬り去るしかない。
五つ、その為に既に秘密裏に信用のおけるA級パーティを派遣した。
六つ、これで最後だが――3組のいずれも帰還する事なく全滅した、と。
以上が今回の依頼事の概要であり、S級である俺達にお声が掛かった意味だ。
このままで魔城の封印が解け魔神皇が現世に解き放たれる。
そうなれば人類対魔神の戦い――
再び大陸全土を巻き込んだ大戦の勃発だ。
前大戦の爪痕から復興もままならない今、もしそんな目になれば人類は更に荒廃するに違いない。
つまり俺達に求められるのはRTA。
最短最速で天空ダンジョン【降魔の塔】とやらを攻略しろ、という事らしい。
これがいかに理不尽で無謀かはダンジョンを探索した者でないと分からない。
長い年月を掛けて調べられた地下ダンジョンですら油断すれば死ぬのである。
いつどこで、
どのような罠や妖魔が、
どの程度襲い掛かってくるのか?
攻略に必要な情報を零から構築するのは至難の業だ。
まさに実体験、身体で学ぶしかない。
それをたった一ヶ月で行え? 正気ではない。
単純なダンジョンであれ、通常は半年をかけて攻略を進めるのが慣例だ。
俺達と大きく実力差の無いA級パーティが情報の持ち帰りすら出来ずに壊滅した理由が何となくだが理解できよう。
「とはいえ――
捨て置くわけにもいかない、か」
何もかも投げ捨て取り組みたい衝動。
反面、冷静にそれを引き留める理性。
魔神共は俺の仇敵である。
彼女を護れず永遠に喪った憎しみは未だ俺の心を焦がし続ける。
しかし――それ以上に大事なのは俺を支えてくれる三人だ。
ここで俺達がこの案件を処理できなければ、この都市どころか大陸に住む無垢なる人々が危険に晒される。
遂行できる能力がある以上、依頼を受けたいと思うのだが――
彼女達を危険に晒したくないというこの矛盾した二律背反。
俺はどうするべきなのだろうか?
一応、即答は避け明日朝まで保留にしてもらったが……
檜風呂を満喫しながら悶々とそんな事を考えていた時――
「おっさん、湯加減はどう?」
「ん。浴室内も暖かくて快適」
「内装もお洒落ですわね」
脱衣所へ通じる敷居の扉を開け――件の三人娘が乱入してくるのだった。




