おっさん、吐き捨てる
「お楽しみの所に割り込んでしまいまして、申し訳ございません。
ただ我が主たっての望みともあり――
まずはお話だけでも聞いて頂ければ幸いです」
抑揚が極端に無い為だろう。
慇懃無礼にも取られがちな礼儀正しさで声を掛けてきたのは、治安の良い街中には似つかわしくない重武装、甲冑姿の青年だ。
茶髪で切れ長の蒼眼が印象的な――非常に端正な面立ちであり、実際そこらを歩けばほとんどの女性が騒ぎ立てる事だろう。
しかしすぐに自らの過ちに気付くに違いない。
何故ならその青年の顔は――まるで能面みたいに無表情だからだ。
感情そのものが欠落したかのような表情の無さ。
それはまるで見る者の虚無を写し出す鏡のようにも思える。
「今は丁度、打ち上げ中なんだがな――」
軽口で応じ酒杯を揺らしながらも、隙の無い青年の佇まいに対し、意識的に警戒レベルを数段階上げていく。
俺と同等かそれ以上――おそらくかなりの剣の遣い手。
だが、一番恐ろしいのはその気配の無さだ。
どんな武器の遣い手も、習熟していく内に特有の気配――オーラを放つ。
でもこの青年にはそれが無い。
一見するとまったく無意味なように思えるかもしれないが――
これは戦いにおいて大きな利点を生み出す。
彼と対峙した者は、意識して警戒しない限り戦闘思考に切り替えるのに時間が掛かる。常在戦場を常とする俺ですら話し掛けてくるまで無警戒だった。
青年が店に入り俺達のテーブルに来るのを理解しているのに、だ。
気配無き剣士――暗殺者のような評価だが、彼を真に把握した際には心臓にその刃が埋め込まれていてもおかしくない。
ただこの青年、どこかで――
特徴の無い――それ故に美形な彼の容姿。
印象的であるが故に却って記憶に残らない顔。
けど俺は彼を知っている。
似た顔立ちを知っている。
人生で大切な瞬間――そこに彼はいた。
回想し、彼と何処で遭っていたかが閃きの様に思い浮かぶ。
「それに――いいのか、こんな所で油を売って。
空中庭園の警備は大変だろう?」
なので――意趣返しという訳ではないが、こちらから聞き直す。
そう、彼はシア達を案内してくれた警備兵だ。
職務に殉ずるあまり無個性を貫いていた姿を俺は微かに覚えている。
揶揄する様な俺の言葉に青年は初めて感情のさざなみを見せた。
「私の事を――認識しているのですか?」
「微かに、な。
お前達はどうだ?
彼とは空中庭園で会っているんだが」
「ごめんなさい――
ボク、ちょっと覚えてない」
「ん。不覚だが同意」
「申し訳ありません。
一度見れば忘れそうもないお顔なのに、どうしてでしょう……」
納得がいかないのか困り顔の三人。
そんな三人を見て青年は得心がいったように頷く。
「それが普通です。
私に掛けられた祝福――呪いはそういったものなのですから」
「――祝福? 呪い?」
「ええ。ガリウス殿――申し遅れましたが……
私は空中庭園の警備の司、ハイドラントといいます」
「消火栓?」
「――はい。
どこにでもある、どこにでもいる。
大体そのような意味合いです。
本日訪れたのは他でもありません。
初回で500階層主を斃すに至った皆様の御力を見込んで、依頼したい事があって参りました。
勿論、依頼を受けるか否かは皆様の自由です。
更に差し出がましいとは思いますが、迷惑料としてここの代金は私共が受け持ちたいと思います。
これは依頼を受けて頂かなくとも変わりません。
ですが――」
「ですが?」
「我が主は仰いました。
ガリウス殿――貴方は必ず受ける、と」
「豪気だな。
確証があるというのか?」
「ええ、それは勿論。
ここでお話してもよいのですが――
少し人払いをさせて頂いて宜しいでしょうか?」
そう言って彼が取り出したのはどこかで見たような鈴。
まさか――
驚く間もなく彼は鈴を鳴らす。
軽やかに響く鈴の音。
次の瞬間、騒々しい店内はまるで空間を切り取られたみたいに静寂と化す。
「空間隔離――否、結界か?」
「中らずと雖も遠からず。
似たようなものですが……よくご存知ですね」
「同じような系統の魔導具を最近知ったばかりでね。
効果の程は逆のようだが」
「ああ、貴方は伯爵様のお気に入りでしたね。
ならば理解も早い筈です」
「それでこんな大層なものまで出して何を聞かせたい?」
「率直ですね」
「性分でな」
「好感が持てます。
では、まず結論を。
皆様はこの迷宮都市のダンジョンに潜ってみて――いかがでしたか?」
「――ダンジョン?
危うい所もあったが……
事前情報をしっかりしていたから苦戦はしなかったな」
「うん、噂ほどじゃないかな~って」
「同意」
「確固たる実力があればもっと深みに行ける気がしました」
「そうでしょう。
特にS級に到った皆様なら尚更そう思う筈。
ですが――それは仕掛けた者の巧妙な罠なのです」
「罠?」
「――はい。
このダンジョンは本命を覆い隠す壮大なトラップです。
人々の欲望と断末魔を効率良く収集する為の」
「どういう意味なの?」
「勇者シア――貴女は不思議に思いませんでしたか?
本来ならば人外魔境なダンジョンに都合よく帰還の魔法陣があるのを。
深く潜れば潜る程、階層に応じた敵が出る事を。
敵を倒せば、苦労に応じた宝物を得られる事を。
これらは飽きる事無くダンジョンに人々を寄せ付ける餌なのです。
よってこのダンジョンは攻略される事が決してありません。
世界最深度のダンジョンは誇張ではないのです。
何故なら潜れば潜る程に――ダンジョンは深さを増していく。
ダンジョン自らが拡張していくのです。
より血と欲望を搔き集める為に。
そう――これはダンジョンを舞台とした生贄の儀式。
禍々しき魔城へと力を与える為の。
殺し合い死んでいく度に純化していく死の螺旋。
つまり――迷宮探索という名を借りた蟲毒。
貴女はこの言葉に聞き覚えがある筈だ」
「嘘、まさかそれって――」
「そしてガリウス殿、貴方も知っている筈だ。
こことは違う場所とはいえ先代の姫巫女は――
私の叔母は、貴方と共にかの魔城を封ずる為に魔神と戦い――
命を落としたのだから」
「逆さ魔城<シャドウムーア>か……
ここにもあったとは、な」
かつての想い人の顔を想い出しながらも――
俺は口にするのも忌まわしいその名を、吐き捨てる様に呟くのだった。
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