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おっさん、死に掛ける

 

「戦いにおいて――

 一番重要なものとは何だと思う、ガリウス?」


 猛稽古の末、倒れ伏した俺の顔を覗き込みながら師匠が語り掛けてくる。

 師匠は身動きの取れなくなった弟子をいたぶるのが好きなサディストだ。

 身体の方は限界まで苛め抜いたので、今度は精神的に虐める事にした(師匠曰く「可愛がる」)らしい。

 俺は酸素不足で良く回らない頭でデジャヴを感じながら答える。


「え~っと……

 戦闘力、ですか?」

「はい、馬鹿決定――

 お前はこれでまた死んだな」

「ぐほっ」


 悩んだ末、懸命に出した答え。

 だというのに師匠は無慈悲にも俺の腹筋に形の良い尻を勢い良く乗せる。


「罰として腹筋5000回追加だ。

 死ぬ気で死ね」

「鬼だ……この人」

「ん? 私はハーフエルフだ。

 オーガじゃないぞ」

「皮肉も通じねえし……

 分かった、分かりましたよ!

 やればいいんでしょ、やれば!」


 なけなしの体力を総動員して腹筋を開始する俺。

 必至に取り組む俺の姿に師匠は満足そうに頷く。

 しばしの間――俺の荒い息遣いのみが稽古場である魔獣の森に響く。

 獰猛な筈の魔獣たちも師匠を恐れてるのか、遠巻きに様子を覗き込むのみだ。

 でももしも師匠が「よし」とでも言ったら、瞬く間に俺目掛けて襲い掛かってくるのだから気が抜けない。

 そういうのを稽古というのかどうか分らんが。

 一人前になるのが先か、死ぬのが先か。

 成り行きとはいえ、まったくとんでもない人に師事してしまったものだ。

 しかしこうして密着してみると、師匠の尻は柔らかいな……

 シャツ越しだというのに極上の感触が伝わる。

 何でこんな下半身から大木を蹴り倒す一撃が繰り出されるんだろう?

 正直、謎だ。

 でもこのままずっと触れていたい気が……って、いかんいかん。

 疲れのあまり雑念が溢れてきた。

 師匠はそういう事に敏感だからすぐにバレる。

 良くて鳩尾強打、悪ければ股間強打だ。

 息子と共に過ごす将来設計を護る為にも今は真面目に鍛錬するべきだ。

 無心になって取り組む俺。

 満足そうな師匠の顔を見上げてる内に、ふと先程の続きを聞きたくなった。


「――そういえば、師匠」

「何だ、馬鹿弟子」

「それは否定しませんが……

 さっきの質問の答え――何が正解なんです?」

「ああ、アレか。

 答えは簡単――情報だ」

「情報?」

「そうだ。

 お前はさっき戦闘力が大事だと言ったな。

 成程、確かに最低限度の戦闘力は戦いに必要だろう。

 しかし戦闘力の格差だけが戦いに優劣をつける訳ではない。

 彼を知り己を知れば百戦殆うからず。

 昔の賢人は戦いをそう例えたそうだ。

 これは傭兵を経験した者なら、誰しも納得する珠玉の言葉だと思う。

 何故ならやり直しの利かない実戦において、最も重要なのは、相手がどこにいてどのような装備を持ちどのような事が出来るかを認識する事にあるからだ。

 事前情報を把握してるかどうかは比喩でなく命運を分けるもの。

 勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。

 あるいは段取り八分と言ってな。

 事前の準備が戦いに勝利する条件の8割を占めるものなのさ。

 鍛えた技量はそれを支える為の土台にしか過ぎない。

 例えば強大な力を持つ迷宮主がいたとしよう。

 初見で遭えば全滅は免れない程の力量差だ。

 だが――そいつがどういった妖魔で、何を得意としてるのか?

 あるいは装備や職業は何で、どういった弱点を持つのか?

 これだけの情報を知っていれば、いかようにも戦い様があるだろう?

 戦いとはルール無用のかくれんぼうと同じだ。

 相手の先手を常に取り、最善手で最大効果を上げるよう努力する。

 敵に持ち味を出させるな。

 初動で敵の挙動を潰せ。

 個人の技量を交わし合う優雅な一騎打ちなんぞは騎士物語だけの話だ。

 実戦に臨むなら――

 技量、スキル、道具……ありとあらゆるものを使え。

 近接ならこかして踏め。

 常に油断せず背中に気を付けろ。

 泥臭いがこれが一番戦場で役に立つ教えだよ。

 まあ物に出来るかはお前次第だがな……

 って、馬鹿弟子? ちゃんと聞いてるか?

 黙っていては分からんぞ。

 そうそう、言い忘れたが――

 ここは有毒ガスが地面に溜まる盆地でな。

 立ってる分にはいいが――そんな風に寝ていると、たちまち効くぞ?

 ほら、白目を剥いて痙攣してないで早く腹筋を終えろ。

 たかが耐毒訓練を兼ねた腹筋で死に掛けるとは……

 まったくなんという軟弱さだ」


 いや――それ普通に死にますから、師匠。

 駄目だ、この人は理屈が通用しない。

 は、早くしないとマジで死ぬ!

 がなり立てる師匠の言葉を涎を垂らし虚ろに聞き流しながら――

 俺は物言わぬゾンビの様にひたすら反復動作に取り組み続けるのだった。





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