おっさん、迷宮に挑む⑥
「ヴウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
戦いの開幕を告げたのは――立ち上がったミノタウロスキングの口から放たれた雄叫び【ウオークライ】である。
物理的な圧力さえ伴うその雄叫びは空気をビリビリ震わせ俺達を叩きのめす。
事前情報で知ってはいたものの、まったくとんでもない威力だ。
ヘタをすれば竜の咆哮【ドラゴンロアー】に匹敵するかもしれない。
通常なら身体が委縮するだけでなく恐慌を起こし、精神が弱い者ならば魂が打ち砕かれ茫然自失となってしまうだろう。
だが――俺とシアは雄叫びを物ともせずミノタウロスキングへ向け駆ける。
彼を知り己を知れば百戦殆うからず。
しっかり情報収集した結果【精神防御】【意志高揚】のバフが掛かっている俺達にとってミノタウロスキング御自慢の雄叫びも酔っ払いの奇声と変わらない。
空気を震わせる振動がこそばゆいだけである。
雄叫びの効果が無いことに対し、ミノタウロスキングは若干の狼狽を見せるもののすぐに立ち直り、傍らに置いてあった巨大な斧を手に構えるや、眷族であるミノタウロスジェネラルを召喚し始める。
階層主特有の固有能力【眷族召喚】だ。
ダンジョンが階層主に与える恩恵の一つであり、自分のレベル以下の種族妖魔を消費無しに召喚できるというチート級の能力である。
さらに今回召喚されるのは元々階層主であるミノタウロスジェネラルだ。
こいつも恐ろしい事に【眷族召喚】を扱うのである。
そうなれば――どうなるか?
冒険者にとっての悪夢、無限湧きだ。
倒しても倒してもキリがない。
勿論、程良い相手なら経験値稼ぎになるだろう。
しかしどんなドMでもボスクラス相手にそんな真似はしたくないに違いない。
いずれは力を使い果たし無残な最期を遂げる。
俺の育成方針として後衛でもある程度前衛をあしらえるように鍛えてはいる。
だが無限湧きする敵相手には、そんな生兵法など大怪我の基だ。
なので基本ボス戦は短期決戦あるのみ!
こういった事態を想定していた俺達はリアの呪文に全てを任せる。
「リア――魔杖の力を!」
「心得てる。解放【エーミッタム】」
俺の要請にリアがボルテッカ商店で購入した魔杖、レヴァリアをミノタウロスらに向けて叫ぶ。
次の瞬間――先程の雄叫びを掻き消すほどの轟音と共に、大広間を埋め尽くす凄まじい雷撃と稲光が迸り、キングとジェネラル目掛け突き刺さる。
リアの放ったのは今は喪われた古代上位魔術の一つ【雷霆の暴風】だ。
悶え苦しむミノタウロスらを見るまでもなく凄まじい威力を秘める。
が、無論弱点もあり――【高速詠唱】スキルを持つリアをして3分近い詠唱時間が発生してしまう。
これではとても実戦に使えたものではない。
術師に付き纏うそんな悩みを解決してくれたのが、セバスの勧めで購入した魔杖レヴァリアの持つ力だ。
この魔杖はなんと、どんな魔術も発動寸前で待機しておける機能を持ち、解放の言霊一つで解き放つ事を可能とする。
つまり究極の遅延呪文発生装置だ。
これを用いれば実戦向きでない古代魔術や戦術級魔術を有効活用出来る。
一度に込められる呪文はどんなものであれ一つのみという制約はあるが、そんなものは強大するメリットに反しデメリットにもならない。
かくして突入前にリアがセットしたのは上記の呪文だ。
弱点属性を――しかも奴等にとって最悪の形で直撃した効果は見るまでもない。
焦げた全身から蒸気が立ち昇り、足腰がふらついている。
今が好機!
俺とシアは各々の敵に向かい刃を振るう。
奴等も馬鹿ではないのでその巨躯に応じた怪力で得物を掲げるも――遅い。
腰の入った状態でない一撃など、鍛錬を積んだ俺達の前では児戯に等しい。
余裕で反撃を躱し、魔法剣と魔現刃を同時に発動。
雷光を靡かせた旋風が縦横無尽にミノタウロスキングとミノタウロスジェネラルを駆け抜け――静止する。
残心を怠らぬまま動向を窺う俺とシア。
その前で奴等の身体に徐々に罅が入り始め、瞬く間に風化していく。
ミノタウロスキングが座っていた玉座も同調するように崩壊し、そこには帰還の為の魔法陣と階層主用のでかい宝箱が出現する。
終わってみれば何とも一方的な圧勝――ワンサイドゲームであった。




