おっさん、迷宮に挑む③
「失礼致します、ガリウス様。
まずは貴方様の扱ってきた武器を拝見頂けますか?」
個人に合った武具を選定するという事で、ボルテッカ商店の店長代理を務める事となった執事姿のブラウニー、セバスが声を掛けてくる。
俺は鞘から剣を取り出すと見やすいようカウンターに置く。
高位精霊であるセバスは任意で幽体化し実体化も出来るらしい。
セバスは剣を手に取ると片眼鏡奥の瞳を細くしながらも微笑む。
「ありがとうございます。
さすがは天仙の弟子でございますな。
品質は良いも数打ちの鋳型――
だというのに丁寧な手入れにより新品以上に磨き上げられている。
この剣に宿る鋼の精霊も喜んでおりますよ」
「そうか」
「ただ――」
「ただ?」
「耐久値が最早限界に達しております。
貴方様を探る訳ではございませんが、大分無茶な戦いをされてきましたな?」
「否定はしない」
この半年だけで魔神、飛竜、死神と実にバラエティに富んだラインナップだ。
確かに愛剣には無理をさせてきたという自覚はある。
「それにこの子は貴方様の戦闘スタイルに付いていけてない。
ガリウス様の戦い方は剣に負担を掛けるものですな」
「ああ、そうだ」
これが俺の扱う魔現刃の弱点だ。
師匠やシアと違い、俺は剣を媒介に魔力そのものを具現化している訳じゃない。
あくまで剣に魔力を集約し解放しているだけだ。
相棒として大事に面倒を見てきたが剣に負担を掛けているのは理解している。
「ならば――どうでしょうか?
これを機に御魂移しをされてみては」
「御魂移し?」
「――はい。
ガリウス様も愛剣を手放す事には抵抗があるかと思います。
ですが、新しい武具に切り替える事は必須。
ならば愛剣に宿る精霊を新しい武具へと宿すのです。
そうすることで武具は更なる進化を遂げます」
「そんな事が出来るのか?」
「はい、ここボルテッカ商店ならば。
まずはこれを御覧下さい」
セバスはカウンタ―下から白布に包まれた武具を取り出す。
丁重に包みから取り出すと――それは優雅な拵えのされた一振りの刀だった。
「こちらは迷宮で採れる魔導鋼を元に、名匠が腕を振るった一刀でございます。
名も高き樫名刀の噂は聞いた事がございましょう」
「カシナートブレード!? これが!?」
驚きを隠せず俺は思わず尋ね返す。
稀代の名匠、樫名。
彼の打った刀はどれもが素晴らしい性能を誇る。
物によっては駆け出しの剣士が巨人族を一撃で屠る程。
俺の様な戦士系にとってまさに垂涎の武具だ。
「はい。これはその中でも特殊な一振りでしてね。
持ち主と共に成長する武器なのです」
「成長する?」
「ええ。
辛苦を共にし如何なる時も常に主に寄り添う刀。
そうして磨かれた性能は刀に反映されるのです。
まあそうなるには長い年月が掛かりますが。
このままでは斬れ味はいいが只の名刀ですな。
しかし――」
「ここで御魂移しとやらをすれば?」
「その通りです。
貴方様と愛剣が今まで培ってきた経験値が全て樫名刀に反映される。
予測では多分相当凄い事になると思いますが」
「ならばさっそくやってくれ。
値段は言い値で構わない」
「フフ……お嬢様から半額と言われておりますからな。
こんなものでどうでしょう?」
提示された額は思ったより安かった。
俺はパーティメンバーと相談し一括で支払う。
庶民の年収5年分に匹敵する価格だが伝説級の武具にしてはむしろ安過ぎるくらいだ。
まあ本来なら共に育て上げる手間があるので仕方ないかもしれない。
「毎度ありがとうございます。
ではガリウス様、購入頂いたこちらの刀を手に愛剣と交差させて下さい」
「こうか?」
セバスの命ずるまま✖の字になる様に交差させる。
「――結構。
では御魂移しの儀に入ります」
微笑んだセバスが穏やかに微笑み韻を含んだ呪文を唱え始める。
するとその声に呼応するように、俺が手にした武具が輝き始める。
「……汝、誓いを胸に――
新しき武具へ宿る精霊と化し、主と命運を共にせよ」
やがて輝きは最高潮となり――
呪力の伴ったセバスの言葉が発せられる。
「うおっ」
「どうやら上手くいったようですな」
次の瞬間、樫名刀は蒼白い輝きを宿し――反対に愛剣は急激に錆果てボロボロに風化していく。
床へ落ちる前に消えていく愛剣の欠片。
しかし不思議と悲しい気持ちは無い。
何故なら確信してるからだ。
俺の手にした刀――ここに今まで共にしてきた魂が宿っている、と。
「儀式はこれに終了でございます。
ご協力、ありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
「時にガリウス様――今回の御魂移しの儀で分かった事がございます」
「何だ?」
「貴方様と共に戦って来た愛剣……
余程使い方が良かったのございましょうな。
刀に威力だけでなく、数多の魔を狩ったという概念が上乗せされております」
「どういう意味だ?」
「元々の性能に加え【魔を滅する】という特性が付与されているという事です。
いうなればそれは――退魔の刀。
おそらくですが……扱い方によっては魔術を斬る事が出来ます」
「魔術を……斬る?」
「ええ。正確には魔術という認識そのものを断ち斬るのですが。
まったくさすがは神仙の弟子、予測が付きません」
苦笑するセバスだったが俺は樫名刀に魅入られた様に蒼白い刀身を見ていた。
セバスの話が本当ならば、ついに俺の及ばなかった範囲呪文攻撃に対抗できるようになるかもしれない。
それは俺達のパーティにとんでもないアドバンテージを生み出す。
これから先の戦いを思い、俺は思わず武者震いをするのだった。




