おっさん、迷宮に挑む②
「おっと、お客さんだ。
12時の方向、前衛型6体に……後衛型1体。
あと1分ほどで接敵する」
マッパーであるリアの指示の下、慎重に迷宮を進んでいた俺達。
だがついに俺の索敵センサーに侵入する奴等が現れた。
今俺達のいる400階層に出没する妖魔の適正レベルは40。
およそ階層÷10がここのダンジョンの探索目安らしい。
安全マージンを充分に取るなら追加で5レベルはあった方が良いようだが。
無論S級である俺達にとってこの階層の妖魔は敵ではない。
かといって、油断すれば熟練者でも命を落としかねないのが迷宮探索の恐ろしい所なので慢心は禁物だ。
俺はボルテッカ商店で新しく購入した武器をゆっくり抜き放つ。
「俺が先行して後衛型を潰す。
フィーはリアのガード。
シアはフィーを随時サポートしながら前衛の足止めをしてくれ。
最後はいつも通りリアの魔術で決めてもらう」
「畏まりました」
「了解だよ、おっさん」
「ん。ならばガリウス――
先に【知覚増加】の魔術をエンチャントする。
この階層で不覚は取らないと思うけど――
万が一に備えるのが賢い冒険者の心得」
「おお、助かる」
リアの指摘はダンジョンでの敵遭遇時によくある不確定な印象の明確化だ。
薄暗いダンジョン内ではパッと見ではどんな敵か分からない事がある。
俺は【索敵】スキル持ちだから前もって気持ちに余裕がある方なのでまだいいが、本来おっかなびっくり会敵すると相手が何者か分からない事が多い。
俗に言う不確定名というヤツである。
斥候役が告げる「粘液状のもの」や「皮鎧の犬頭」だけでパーティは警戒しなくてはならないのだ(ちなみにスライムとコボルトウォーリアの事だ)。
低レベルな敵ならばそれでも行動が間に合うが、ハイレベルな敵相手だと初動の一手を誤ると致命的な事態になる事がある。
例えば耐性持ちの敵に属性呪文(サラマンダーに火球)などがそうだ。
これでは連携に齟齬が発生する恐れがある。
いわゆる古典的なダンジョントライの悩みの一つだ。
リアが付与してくれたのはそれを改善する魔術だ。
本来であればじっくり相手を観察し状態把握の末に導き出される結論。
そういった知覚判断力――つまり洞察力を向上してくれる。
これがあるとないのでは精神的な負担割合がかなり違ってくる。
そうこうしているうちに敵が来た。
リアのお陰で洞察力がアップしてる俺は瞬時に敵を判別、警告を放つ。
「レッドキャップ6にアークメイジ1だ!
打ち合わせ通りいくぞ!」
「「「了解」」」
くそっ、一匹だけ厄介なのが紛れている。
殺人妖精と呼ばれる赤帽の小鬼共は問題ではない。
昔師匠の訓練で死に掛けた事があったがあれは数が数だ。
今の俺ならば苦も無く下せるだろう。
この階層に似つかわしくない厄介な敵はアークメイジだ。
50を超える脅威度レベルであり、範囲攻撃呪文を唱えてくる。
前衛である俺やシアならば一発くらいは喰らってもどうといったことは無いが体力値の低い後衛は別だ。
炎嵐【ファイヤーストーム】や吹雪【ブリザード】など、致命的でないにしても撃たれたくはない。
ならば速攻あるのみ!
雄叫びを上げてこちらに襲撃を掛けてくるレッドキャップ達。
負けじと俺もダッシュをかける。
途中、俺の前に立ちはだかる様に一匹のレッドキャップが割り込んで来る。
――邪魔だ。
荒い太刀筋で長包丁を振り回すレッドキャップへ跳ね上げる様な下袈裟懸け。
驚愕。
牽制の一太刀はまるで豆腐の様な感触と共にレッドキャップの身体を抜ける。
体内の魔石ごと両断されたレッドキャップ。
断面からその身体が緩やかにずり落ち消滅していく。
おいおい……マジか?
有り得ない感触に俺は走りながら手中を見る。
蒼い燐光すら発してるような刀身は曇り一つすらない。
どうやらとんでもないものを購入してしまったようだ。
だが――これで確証がいった。
この武具なら確かにセバスの助言通り、アレが行えるかもしれない。
レッドキャップの献身的犠牲もあり一歩及ばず発動するアークメイジの魔術。
愉悦の表情を浮かべ杖を掲げるアークメイジだったが……フードに隠されたその体が驚愕に強張る。
無理もあるまい。
迫る吹雪を相手に戦士が振るった斬撃。
やぶれかぶれの一撃としか見えないそれがまさか吹雪を斬り裂くとは。
左右二手に分かれた吹雪は俺達の両脇を通り過ぎていく。
慌てて次の術を唱えようとするがもう遅い。
俺は一気に間合いを詰めるとアークメイジを一刀で下した。
その背後ではシアの【魔法剣】とリアの放った魔術の魔力光が輝く。
振り返った俺の視界には倒れ伏し全滅しているレッドキャップ達の姿。
残心を怠ることなく行うが魔石を残しレッドキャップたちは消滅していく。
無言でサムズアップし微笑み合う俺達。
迷宮都市ダンジョン初戦闘。
終わってみればまったく無傷の完勝だった。




