おっさん、爆笑する
「なっ――ダークエルフ!」
ミスカリファの容姿を見て取ったシア達が臨戦態勢に入ろうとする。
俺は反射的に両手を広げ彼女達を制する。
「落ち着け、お前ら」
「だって!」
「まあ話を聞け。
彼女が何か俺達にしたか?
害意があるように見えるか?」
「うっ……してない、けど」
「ならば警戒は無用だろう?
それとも何か?
ダークエルフという種族に対する偏見だけで不当に貶めようとするのか?
それは同じパーティメンバーとして――何より人として、俺が許さん」
温厚な俺にしては珍しく語気を強めた言葉に三人は青くなる。
しかし冷静になれば気持ちの良い娘達だ。
自らの過ちを反省してくれたのだろう。
ミスカリファに向かい各々頭を下げて謝罪し始める。
「ごめんなさい!」
「謝意。ダークという響きだけで警戒するのは賢者としてあるまじき事。
猛省するので許して欲しい」
「わたくしからも謝らせてください。
人はその者が為してきた行いでこそ評価されるべきなのに……誤解からくる憶測だけで対応してしまいました。これは神に仕える者として恥ずべき行いです」
三者三様に――でも真剣な謝罪。
その様子にミスカリファは快活な笑い声を上げ、目元に浮いた涙を拭う。
「いいさいいさ、気にしてない。
私の容姿を見ていきなり攻撃してこなかっただけでも、まだマシな方だ」
「すまない――
初対面からこんな感じでは印象を悪くしただろう?」
「まあ、正直面白くはないな。
ただ我々が誤解を受けやすい種族なのは確かだ。
この肌の色も飴色なのに邪神に魂を売ったから黒く染まった、との偏見がまことしやかに噂されてな。我々も大変迷惑してる。
そこの戦士――」
「ガリウスだ」
「なるほど。やはりお前がそうか。
まあいい――ならばガリウスに感謝するんだな、娘共。
私は無礼な輩が嫌いだ。
先程も謝罪が無ければ、強制的に店から叩き出し二度と敷居を跨がせないつもりだった。
ただ――お前達はちゃんと誠意を見せた。
人は誰しも過ちを犯すが償う機会が与えられる。
寛大な私はそれで全て清算したとみなす。
ここから先は気を遣わなくていいぞ。
何せ伯爵の紹介だからな。
私の店に来た以上、何か用立ててほしいのだろ?」
「ありがとうございます、ミスカリファさん!
ボクはアレクシア・ライオット。一応、勇者やってます!」
「ん。
ミザリア・レインフィールド、賢者。よろしく」
「わたくしはフィーナ・ヴァレンシュアと申します。
教団公認の三聖女が一人ですわ」
今日は何かと自己紹介をする日だな。
偏見のない明るい三人娘の言葉にミスカリファは気分よさげに頷く。
ただ先程のセバス同様、気になる事がある。
疑問に思ったらすぐ尋ねてしまうのが俺の長所であり短所だ。
相手の不快にならないラインを探りながら伺ってみるとしよう。
「じゃあ店主――」
「ミスカリファでいい」
「ならばミスカリファ。
商談に入る前に一つ聞いてもいいか?」
「構わんぞ、ガリウス」
「伯爵とはどういう関係なんだ?
これから迷宮に潜ると話したら、貴女の店を紹介された。
何でもこの都市一番の品揃えらしいが――」
「ああ、伯爵とは腐れ縁でね。
昔から誤解を受けやすい私の事を気に懸け、色々便宜を図ってくれている。
自分がここの領主になる際にはわざわざ店まで用意してくれた。
投影型の幻覚魔導具なんて大層な代物まで準備してな。
無論私も精霊都市のメンテナスを頼まれてるから持ちつ持たれつだが……
やはり恩義は感じてるよ」
「なるほどね」
「質問が許されるならばあたしからも聞きたい。
ダークエルフは絶滅したと学院で学んだ。
なのに貴女は存在している。この矛盾は?」
「ああ、それはきっと罪を犯す王族が少なくなったからだ」
「どういう意味?」
「お前達がどのようにダークエルフを定義付けしてるかは分からない。
だが真実を語れば――我々ダークエルフというのは従者なのだ。
この肌の色はその証だ」
「従者?」
「そう。
妖精郷で罪を犯した王族――
ハイエルフは罰として人間界に赤子として転生する。
記憶を持ちながら人生をやり直す事で罪を清算する訳だ。
その際にさすがに一人では不便だし可哀想だろう?
不慮の事故に巻き込まれる場合もある。
なので王族の供として従者のエルフが何人か人間界に遣わされる。
越境の際に身体を守る為に施される術の影響で肌が飴色に、髪は銀色に染まる。
まあ遺伝するのは確かなのでそういう種族になったというのも間違いじゃない」
「理解した。
すると貴女も、もしかして――」
「ああ――我が主である王女を探している。
まったくどこにいるのやら――
300年近く探してるがちっとも見つからない」
「ん? あれ、それってもしかして――」
「人間年齢だとお幾つくらいになられるのですか?」
「100年で1歳、歳を取るから……3歳くらいか」
「やっぱり! 間違いないよ、リア!
それってこの前の――」
「ん。話してる内にそう思ってた。
ミスカリファ――驚かずに聞いてほしい」
「なんだ?」
「そのハイエルフの王女は――
セレニティという名で間違いない?」
「なん……だと。
何故、我が主の名を知っている――」
「実は――」
警戒を露わにするミスカリファにリアが事情を説明する。
何でも別行動を取っていた間にハイエルフの幼女と知り合いになったらしい。
俺なんて幼女の知り合いは馬車の爺さんの連れくらいしか思い浮かばないが凄い奴等だと思う。
妖精郷を追放されたと聞いた話と併せ、まず当人で間違いないだろう。
「くっくっく……
まさかこんな事でセレニティ様の消息を知れるとはね。
300年腐らずに探してきた甲斐があったよ。
感謝するよ、お前達。
今日からお前達はこの店でなく私の賓客だ。
おい、セバス――」
「はい、お嬢様」
「私はさっそく王女を迎えに行くが――その間はお前に店を任せる。
こいつらに最高のものを用意してやれ。
値段は半額まで下げて構わん」
「畏まりました」
「じゃあな、お前達。
不躾で悪いが、私はこれから王女を迎えに行く。
長年探してきたのだ。一刻も早く謁見したい。
お前達の相手はセバスがするから心配しなくていい。
趣味とはいえ私が収集した古今東西の品々から好きなものを選ぶがいい」
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこっちだ。
まさか訪問客から王女の行方を聞くとは夢にも思わなかった。
縁とは不思議なものだな」
「まったくです。
そういえばさっき俺の事を知ってる素振りでしたが――アレは?」
「ああ、ガリウス。
お前の事はファノメネルから聞いている。
あいつが珍しく不出来な弟子と連呼するから記憶に残ってた。
つい先日もこの店に顔を見せたしな」
「あの~よろしいですか?」
「なんだ?」
「ファノメネル様とミスカリファ様はどのような関係なのでしょうか?」
「娘だ」
「「「「うえええええええええええ!!??」」」」
驚愕の発言に声を荒げる一同。
た、確かに師匠はミスカリファと同じ鮮やかな銀髪をしている。
自らに関し多くを語らない師匠。
だがハーフエルフという事を考えれば有り得ない事ではないが……
「――というのは冗談だ。
彼女はセレニティ様に仕えるべく一緒に越境してきた私の姉の子だ。
所謂、姪だな。
まあ娘みたいに可愛がってきたのは確かだが……困った奴でな。
自分探しの為に己を鍛えると称し、私が集めた武具を持ちだしては破損させて帰ってくる。
まったく昔から疫病神だったよ。
だが――お前達との繋がりが出来た投資だったと考えるならば、今までの損益は帳消しだな。
あいつにも感謝せねばなるまい。
じゃあな、お前達。
私はこれで失礼するが――ゆっくりしていくがいい」
俺達の反応を愉しむ様に告げると身を翻すミスカリファ。
その姿はまたも宙に出現した扉の奥に消える。
まったく……確かに師匠の血筋だ。
こういう洒落にならない冗談をしれっとやっていくんだから。
思わず顔を見合わせた俺達は笑いを堪え切れず爆笑。
不可解な顔をしたセバスだけが不思議そうに首を傾げるのだった。




