おっさん、思い知る
「貴方が盗賊系冒険者の最高峰、隠形のヴィヴィ……」
ライセンスはその用途故、まったく誤魔化しが利かない。
自己を身分を証明しギルドの一員であることを明らかにする為、当然の処置だ。
例外としてライセンスの強奪もあるが……低級ならいざ知らずS級のライセンスを奪える実力者がいるならそれはS級以上の存在だろう。つまり意味がない。
これらの事から判断するに彼(彼女?)が噂のヴィヴィであるのは間違いない。
S級冒険者は格の違う存在だ。
以前述べた様に実力だけでなく品格、実績を積み上げてきた者達。
俺達のパーティは先程Sランクに叙されたが、これは本来S級が担当する案件をパーティ単位なら扱う事が出来るレベルになった、という事だ。
つまり個人で俺達に匹敵する恐ろしい存在なのである。
しかしその門は非常に狭く、至るまでの過程には苦悩と挫折が待ち受けている。
だからこそ冒険者は彼らを無条件で信用し尊敬するのだ。
「はわわわわわわ!
し、知らない事とはいえ、とんだ御無礼を!」
「無知は罪……大変失礼をした」
「謝罪して済む問題とは思えませんが、申し訳ありません。
どうか先走った我々の不調法ぶりをご笑納くださいませ」
「いやね~そんな畏まちゃって。
女の子は常に笑顔でいないと。
いきなり話し掛けたアタシも悪いから気にしないで。
それにガリウスちゃんも怖い二つ名なんていらないわ。
もっと気軽にヴィーちゃん、でいいわよ?」
先程までの剣呑な態度はどこへいったのか?
打って変わって憧れの眼差しで謝罪する三人。
そんな三人に対しヴィヴィはウインクを一つすると朗らかに笑い掛ける。
なるほど、これがS級。
よく物語に出てくるような、横柄で偉ぶった嫌な先達はいないという事か。
だが冷静になると何でアプローチしてきたのかが気になる。
迷うくらいならまず対話だ。
俺は無礼がないように自己紹介を行う。
「先輩でありS級である貴方にそんな呼び方は出来ませんよ。
ただ良ければヴィヴィと呼ばせて下さい。
俺の名はガリウス・ノーザン。
やっとA級になったばかりの戦士です」
「あ、おっさんばかりズルい!
ボクはアレクシア・ライオット。一応、勇者やってます!」
「ん。
ミザリア・レインフィールド、賢者。よろしく」
「わたくしはフィーナ・ヴァレンシュアと申します。
教団公認の三聖女が一人ですわ」
「あらあら。
ご丁寧にどーも」
「それで、貴方が俺達に話し掛けてきたのは何か用があるからですか?」
「用、ねえ……それもあるにはあるけど。
今日貴方達に声を掛けたのは、まず恩人にお礼が言いたかったのよ」
「恩人? お礼?」
「そっ。
間抜けにも魔神将に隷属させられ、悪事に加担しそうになっていたアタシ達を救ってくれたのが貴方達だもん。比喩抜きで命の恩人だわ」
「それは……」
「まあ実際は神仙に一撃でぶっ飛ばされたらしく……
あんまり当時の記憶がないんだけどね。
ただ夢現の状態で他の若い子達を捕獲してたとこだけは覚えてて……
ここ数日、正直寝覚めが悪かったのよ。
だから解放されて無事彼等が戻って来た時は心底安堵したし、ギルドで貴方達が昇格したとも聞いて我が事の様に嬉しかったの。
なので――アタシに出来る事があったら遠慮なく言ってね?
ガリウスちゃん達の頼みなら何でも聞いちゃうから」
「は、はあ……何だか恐縮です」
「うふふ、可愛い。
さて――今日はここらでお暇するわ。
アタシ達は三人組のパーティなんだけどね。
まだ本調子じゃない子がいてそのお見舞いに行くところだったのよ。
ほら――行くわよ、ブルネッロ」
「うむ」
ヴィヴィの声に応じた周囲に響く重低音に俺達はまたも驚愕する。
彼の後ろ、今まで何も無かった筈の空間に突如として禿頭の巨漢が現れたのだ。
筋骨隆々でありながら均整の取れた身体は凄まじい鍛錬の極致。
前衛としてこれ以上望む箇所は無いというほど鍛え込まれている。
「連れが驚かせてすまんな。
吾輩の名はブルネッロ・ディ・モンタルチーノという。
こやつが言った通り、貴君らには借りがある。
何か困ったことがあれば気軽に相談してくれ。
では行くぞ、ヴィヴィ。診療所の面会時間に間に合わなくなる」
「もう~無骨なんだから。
まあそういう訳でまたね? ばいば~い」
こちらに背を向け迷いなく去るブルネッロに対し、明るく手を振り愛想の良い笑顔で去って行くヴィヴィ。
対照的な二人だが長年共にした信頼と気安さが見受けられた。
しかし――俺達は返礼すら忘れ、呆然とその後姿を見送るのみ。
「――ヴィヴィのスキルか何かなのか?
目の前にいるのにまったく分からないなんて――」
「全然、気が付かなかった……」
「魔力感知に対する反応も気配すらも感じない」
「これがS級、という事ですのね……」
自分だけでなく他者の存在すらも完全に隠蔽してしまう。
もしヴィヴィを敵にしたら首を掻き切られるまで――いや、首を刎ねられても気付かないかもしれない。
どうやら多少強くなって自惚れていたらしい。
この世界、まだまだ上には上がいる。
俺達はS級というランクの高さを改めて思い知るのだった。




