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おっさん、冷汗を流す


「もう~信じらんないよ、おっさん!

 あれだけ盛り上がったのに、まずは一杯だなんて!」


 果実を絞ったジュースの入った杯をテーブルに叩き付けながらシアが叫ぶ。

 その顔は真っ赤に上気しておりまるで酩酊してるようだ。

 はて……こいつの杯に酒は入ってなかった筈だが……

 同じ物を飲んでいるリアとフィーを見渡すと、クスリとフィーが笑い舌を出す。

 なるほど、お前が犯人か。

 まあ基本真面目だが観察力の足りないシアを相手取るには多少の酒も必要か。 

 絡み上戸なシアだが程良く酔った状態で説明すれば納得するだろう。

 ミステリーならガバガバな正体暴露に俺は溜息をつきながらシアに応じる。


「そうは言うけどな、シア。

 お前――ここのダンジョンがどういう所か、本当に分かってるのか?」

「うえ?

 え~っと、まだ攻略者の出てない未踏破のダンジョンでしょう?

 確か600階層を超える、っていう」

「そうだ。

 情報としてなら俺達はもっと知っている。

 階層ごとに出てくる妖魔や罠、得られるドロップアイテムなど。

 これらはギルドで金を出せばすぐにでも手に入る。

 しかし――それはあくまで知識としてのものだ。

 生きた情報じゃない」

「生きた情報?」

「そこからはガリウスに代わってあたしが解説する。

 シア――情報というのはただ知ってるだけでは駄目。

 活用しなければ意味がない。

 それは理解してる?」

「え?

 うん、そりゃ~なんとなく、だけど」

「知識は財貨と同じ。

 収集しただけでは、それなりの価値はあるものの役立たない。

 実体験に基づいた経験――活用し運用してこそ初めて知恵へと昇華される。

 ガリウスはそこを懸念してる」

「つまり――この冒険者御用達の酒場で飲んでいれば、自然とダンジョンの情報が耳に入る、という目論見ですわ。

 ここは地元冒険者のお膝元。

 実戦を積んで生き残った歴戦の勇士達がゴロゴロいますもの。

 危険なダンジョン探索に対し闇雲に動くより、ここでまず腰を据えた方が効率が良いとガリウス様はお考えになられたのでしょう」

「そっか……なるほどね。

 まずは酒場、なんていうから憤慨しちゃったけどそういう意図があったんだね。

 ごめんなさい、おっさん。

 ボクもまだまだ修行が足りないな――」

「そっ……そんな事ないぞ、シア。

 俺が若い時は、もっとお馬鹿だったし……

 お前ぐらいの年齢でそこまで考えれれば大したものだ。

 ほら、エセル海老のフライだ。食べろ食べろ」

「わ~い! いただきます♪」


 動揺を隠しながら名物のフライを勧める俺。

 シアは得心のいった顔でかぶりつき、リアとフィーも深く頷き笑い合う。

 そんな三人の様子に、俺は冷えたエールを流し込みながら内心冷や汗を流す。

 いや、確かにそういう意味はあったよ?

 リアとフィーの指摘もあながち嘘じゃない。

 けど――今更正直に言えるか。

 今日はただ、飲みたいからだけ――だったなんて。

 いいじゃないか、たまにはおっさんが真昼間から酒を飲んでも。

 だって自分を祝うなんて本当に久しぶりなんだぞ。

 今までは周囲の奴等を祝い、送り出してやる立場だったからな。

 頑張った自分の為に飲むご褒美としての酒はまた格別な味だったし。

 しかし――こんな風になるなら話は別だ。

 っていうか、こいつらどれだけ俺を好意的に見てるのだろう?

 三人に恥じぬよう今まで自分を律してきたのは確かだが……

 あんまりハードルを上げ過ぎるのも精神衛生上宜しくない。

 ――のだが、幻滅はされたくもないという矛盾したこの二律背反。

 こりゃ~ボロが出ない内に早めに切り上げるとするか。

 美味い料理に舌鼓を打ちながらそんな事をうつらうつらと考えていた時――


「――あら?

 貴方が噂のガリウスちゃんじゃない?」


 女口調の野太い声に――突如背後から呼び掛けられた。







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― 新着の感想 ―
[良い点]  更新ありがとうございます。  ファンタジー世界の酒場というのが、なかなか具体的なイメージを想像することができなくて……  西部劇にでてくる荒くれ者と踊り子がいてビールやウイスキーを出して…
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