おっさん、決断する
「ここが噂の空中庭園か……
確かに凄い所だな」
夕刻。
黄昏に染まる街並みを一望にしながら俺は感嘆の溜息をついた。
俺が今いるのは精霊都市の中央に聳え立つ巨大な塔――その天辺だ。
そこは大図書館の象徴でありながら精霊都市の力が宿る中枢。
都市機構を支える最も重要な場所である。
それ故に警備は領主館よりも厳しく通常なら一般人が入る事は叶わないだろう。
今回俺達に許可が下りたのは、師匠の助力があったとはいえ魔神将の企てを二度に渡り撃破した事――さらに領主の命を救い、未曽有の教団スキャンダルを未然に防いだからに他ならない。
噂にはなるが庶民には縁の無い場所でもある。
ただ入ってしまえばそこは別世界――
透明なドーム型の天蓋内部には季節折々の花々が優雅に咲き誇り、手入れの行き届いた園内は幻想的ともいえる雰囲気を醸し出している。
今回ギルドからの報酬は色々あったが、俺はコネクションを総動員してここへの入園許可をお願いした。
特別な事をするには特別な場所で。
師匠からもそう学んだからだ。
懐に入った物の感触をポケットの上から確認してると――リア、フィー、シアの三人が警備兵に伴われ来た。
警備兵は俺達に丁重に挨拶をすると自分の持ち場である庭園入口へ戻る。
無駄のない仕草に彼が高レベル所持者であることはすぐに分かった。
「ガリウス」
「ガリウス様」
「来たよ、おっさん……
話があるって何?」
どこか頼りなげのない足取りで俺の下へ来る三人。
朝市での買い物を終えた後、俺は三人に別行動を願い出た。
ある用事を済ませる為だ。
そして時間を見計らい――ここへ話があるからと誘い出たのである。
雰囲気を重んじる為、必要最低限の情報以外は開示しなかったのだが……
三人の顔を見て自らの過ちを悟る。
まるで怯える様に不安そうな顔をした三人。
俺としては精一杯虚勢を張ったつもりだが、確かにこのシチュエーションはある意味別に取られるかもしれない。
「すまない、三人とも……
脅かすつもりはなかったんだ」
なので少しでも安心させる為、深々と頭を下げた後で苦笑を浮かべる。
まったく気張り過ぎてこれでは本末転倒だ。
まだまだだな、俺も。
頭を掻いて反省する俺の様子に三人の貌にやっと笑顔が戻る。
「もう~驚かせないでよ、おっさん!」
「同意。
非常に胃に悪い展開だった」
「まったくですわ。
何かわたくし達に過失があったのかと疑いましたもの」
「すまんすまん。
そういう訳じゃないんだ」
「な~んだ」
「ただ――
ここいらで少しケジメをつけようと思ったのは確かだ」
「――ケジメ?」
「ああ。
お前達が俺に好意を寄せてくれているのは正直嬉しい。
そこに関しては疑いようもない。
しかし――今回の事で俺は思い知らされた。
人の心は移ろいやすいし――変わってしまうものだと」
「ガリウス様……それは」
「世の中に永遠はない。
どんな物にもどんな関係にも終わりはある。
それは――残念ながら変えられない摂理だ」
「ガリウス……」
「けど――だからこそ、尊いのだと俺は思う。
続けていく、続いていく事が――強さなのだと思う」
「おっさん……」
「遅かれ早かれ俺は本格的に魔神共と矛を交える。
お前達を危険に巻き込むかもしれない。
でも臆病に構えるのは止めた。
俺は俺に出来る範囲でお前達を護る――これからもずっと。
だから――お前達は俺を支えてくれ。
至らない俺の傍にいて、これからも俺を導いてほしい。
これはその為の成約であり――誓約だ」
俺は三人に取り出した箱を渡していく。
恐る恐るといった感じで蓋を開ける三人。
次の瞬間、嗚咽にも似た声を三人は必至に抑え込む。
中に入っていたのは真なる銀――ミスリルで出来た指輪だ。
飾り気はない。
だからこそ込められた願いがそこには刻まれている。
『移ろいゆく世の中で 変わらぬ想いを』
不器用で無骨な俺の、それだけは譲れない想い。
過ぎていく時の中――ただ貴女を想い続ける約束の輪。
いつか物憂げに沈む日が来ようとも、幸せであった日々を思い返せる儚き約束。
エンゲージリング。
優柔不断で思わせぶりな態度は、いい加減彼女達に失礼だ。
幸いこの国は重婚が許されている。
ならば俺は真摯に三人の想いに応えたい。
驚きに固まる三人の手から一つずつ指輪を取り出し薬指に通していく。
三人は震えながら左手をかざすと、それは夕陽に煌めき輝きを上げた。
瞬間、俯き身体を震わせる三人。
はて……何か間違った作法だったろうか?
心配する俺だったが顔を上げた三人を見て思い止まる。
「ズルい……
ズルいよ、おっさん」
「まったく……
こんな事をされてしまったらもう後には引けない」
「本当、困ったお人ですわ……」
三人――アレクシア、ミザリア、フィーナは泣いてた。
今まで俺が見た事もない至福の表情を浮かべて。
今度は俺が怖れを抱く番だ。
大事に大事に指輪を抱え込む三人に対し、臆病になりながらも問い掛ける。
「それはつまり……
了承、という事で構わないのか?」
顔を見合わせる三人。
驚いたように目線を交わすと一斉に噴き出す。
「当たり前でしょう!」
「そんな事は聞かなくても充分察してほしい」
「フフ……言い過ぎですよ。
でもそういうところは変わらないで下さいね」
言うだけ言うと、感極まった様に一斉に抱き着いてくる。
俺は慌てて三人を受け止め支える。
しばしの間、俺達は無言で抱き合っていた。
こうして三人に巡り逢い今に至ったのは、まるで奇跡のような偶然の賜物だ。
この世に不変ならざる物は無くとも――
必然に招かれた出逢いはあるのかもしれない。
夕闇に沈んでいく街並み。
掛け替えのない人々を優しく照らす一番星の耀きを俺は夜空に見い出す。
あの星々はここからどれほど離れた場所にあるのだろう?
今も滅びに向かって輝き続けているのだろうか?
星の寿命という尺度の前には人の一生など瞬きにも満たない時間だろう。
けれど――今だけは違う。
この日、この瞬間の俺達の想い――これだけは永遠だ。
色褪せる事のない絶対の証としてこれからも残り続ける。
何故なら、それこそが連綿と受け継がれる人の営み――
生きる事なのだから。
勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……
実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた(第ニ部 完)
はい――
という訳でおっさんと三人娘の関係にひとまずケジメがつけられました。
感想欄でも述べてますが真面目なガリウスはハーレム状態を喜べる性格
じゃないのでどうしても形にしたかったんですね。
賛否両論あると思いますが、これにて第二部は終了になります。
今年一年、拙い文章ながら読みに来て頂き本当にありがとうございました。
楽しんで頂けたでしょうか?
自分の時間を削っても更新を続けるのは、作品を読んで今日も面白かった~
と喜ぶ、皆様の糧になりたいからです
ではまた新年度――今度は三部でお会いしましょう。




