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おっさん、正体を現す

 

「ようこそ、会場にお集まりの皆様!

 今宵は懇談会にご参加頂き、感謝の至りです。

 くしくも本日は聖人の生誕日でもあります。

 彼の為された偉業を讃えつつ我々も交流を深めましょうぞ!」


 精霊都市の委託領主であるノービス伯爵の声に会場に集まっていた者達は歓声を上げ幾度目になるか分からない祝杯を掲げる。

 露骨な人気取りとはいえ祝いの席で飲む酒は美味い。

 伯爵に招かれた街の有力者および紳士淑女は一刻の饗宴に身を委ねる。

 嗤めき騒めく人々。

 盛り上がるそんな会場を面白くもなさそうに見下ろしているのは、主催者であるノービス伯爵その人だ。

 彼は無駄を嫌う気質だった。

 こんな消費しか生まないパーティなど、彼にとって本来は言語道断なのだが……今ばかりは仕方ない。

 委託、とはいえ領主という立場では最低限の付き合いもある。

 浪費される時間と資源を悔やみつつもワインの入ったグラスを傾けていると――


「伯爵様」


 子飼いの部下にこっそり呼び止められる。

 部下の表情を見てそれなりに付き合いの長い伯爵は厄介事だと瞬時に察する。

 ただでさえ鬱屈してたところにさらに水を差され、伯爵は不機嫌になった。


「なんだ?

 こう見えて余は今忙しいのだぞ」

「お耳に入れたい事がございます」

「――急ぎか?」

「はい」

「ふん。ならば仕方あるまい。

 いったい何事だ?」

「アポイント無しですが、急な面会を希望される方がございまして……」

「礼儀を知らぬ無礼な輩だな。

 まあいい、その者の名は?」


 部下が告げたその名に――伯爵は驚きの声を上げるのだった。 








「それで――話とは何ですかな、司祭殿。

 会場でなく外の庭園で秘密裏に会いたいなど。

 小娘ならいざ知らず、余の様な中年ではトキメキも覚えませんぞ」


 舞台は所変わってパーティ会場である領主の館外。

 手入れの為された庭園にノービス伯爵の姿があった。

 初夏の庭園は色とりどりの花々が咲き誇り見事の一言に尽きる。

 しかしそんな鮮やかな花々の中、伯爵は必要最低限の護衛しか伴っていない。

 見ようによってはひどく無防備とも言えよう。

 まあ面会を申し出たのが教団に新しく派遣された司祭ならば問題はあるまい。

 着任してから大分日数が経ってるが、ようやく挨拶に来たのだろうと推測する。

 新参者の癖に無礼な話だ。

 教団の輩は世俗の権威から懸け離れた特別な存在であると主張してるに等しい。

 無論伯爵とて教団を軽んじるつもりはない。

 ならばこそ互いに敬意を払うべきだろう。

 軽口を交えながらも、信仰を盾にしたその傲慢さが伯爵を苛立たせる。


「これはこれはノービス様。

 本日はお忙しい中、ご足労頂き――誠にありがとうございます」


 司祭はどこにでもいる平凡そうな青年だった。

 しかし領主である自分に対して敬意を持っていない事はすぐに判明した。

 小馬鹿にしてるとしか言いようのない慇懃無礼な挨拶も鼻につく。

 なのでさっさと会話を打ち切り本題に入らせたかった。


「能書きは良い。

 時は金なり――要件を申せ」

「そうですか?

 ならば簡潔に述べましょう。

 今宵は我が教団が誇る聖人の生誕日――

 教団を代表して、貴公に祝福を賜せようと馳せんじ参りました。

 な~にお手間は取らせません。

 御手を少々お借り頂ければ――」

「そこまでですわ!」


 伯爵に近付いた司祭だったが鋭い静止の声に呼び止められる。

 庭園の入口、薔薇のアーチに一人の若い聖職者がいた。

 薄絹の衣を纏った金髪の美女――今の言葉は彼女から発せられたようだ。


「そなたは――」

「わたくしは教団公認の聖女、フィーナ・ヴァレンシュアでございます」

「これはこれはフィーナ様。

 まさかこのような所でお会いできるとは光栄の至りですな」


 伯爵に対し丁重に頭を下げるフィーナ。

 その様子を嘲る様に茶化しながら司祭は声を掛ける。

 だが返ってきたのは烈火の眼差し。

 不正、腐敗――何より不浄を忌み嫌う苛烈な聖女の弾劾だった。


「トレンチノート司祭……

 わたくしは貴方を告発致します」

「――告発?

 やれやれ……穏やかでない。

 この聖女ともあろう御方が何を以て告発なさるのか」

「残念ですが既にネタは上がっております。

 精霊都市支部の使途不明金、闇金疑惑に反社会勢力との付き合い――

 何より教団運営に対する独断的な教唆。

 貴方の行った悪行に対しては数々の証拠があります」

「ほうほう。

 一日にも満たない時間でよく調べたものだ」

「協力者がいたのですよ。

 監査役としての彼女を甘く見ましたね。

 わたくしの権限を以て調査に入ればあっという間でした。

 貴方が不在の間に全ての証拠を取り揃えたのです」

「ほうほう。

 なかなかやる」

「さらに――

 貴方には一番赦されざる罪がございますわ」

「はて……罪とは?」

「とぼけるのもいい加減になさい!

 魔神と協力し――あまつさえその肉体の主導権を明け渡したこと!

 神に仕える教団の司祭でありながらその愚行……恥を知りなさい!」

「これはこれは。

 魔神とは穏やかでないですね。

 それでは前大戦の鏡像魔神騒ぎのようではないですか。

 告発も指摘するのも構いませんが――

 どうやって魔神であると証明するのです? 方法は?」

「――証明方法?

 ええ、そんなの容易に可能ですわ」

「ほうほう。

 優秀な賢者の魔導識別すら見抜けなかったという鏡像魔神の正体――

 それを貴女は判別できる、と? 

 是非ともお聞かせ願いたいですね」

「至極簡単な方法です。

 御髪を一本抜いて見せてください」

「…………」

「どうしました?

 ああ――出来ませんよね。

 何故ならそんな事をしたらすぐにバレてしまいますもの。

 生命の構成図……遺伝子すら転写可能な鏡像魔神は確かに脅威です。

 しかし強大無比なその擬態能力にも付け込む隙はある。

 それは――生命力が強過ぎる事。

 何故か? 答えられませんわよね。

 別に爪先でも髪の毛でもいいらしいですが……成りすました身体から、肉片一つでも離れたらその肉片は別個の存在として生を求め蠢き始める。

 おぞましいほどの生命力――それこそが鏡像魔神の判別方法。

 わたくしは尊敬する仲間からその方法を伺いました。

 もしこれを誤りと言うのなら――

 さあ、髪を一本抜いてごらんなさい」


 毅然と言い放つフィーナに沈黙する司祭。

 だが肩を揺らし笑いを堪えながら俯いていた顔を上げる。

 その顔は無貌。

 目も鼻も表情すらない完全な鏡面だった。


「くっくっく……

 まさかそんな対応で識別を図るとはね。

 正直恐れいったよ。

 だが君達は愚かだ――ここで君達を殺せば全ては御破算。

 偉大なる魔神皇様にお仕えする十三魔将の一人【千貌】のラキソベロンの前に、首を垂れて平伏するがいい!」


 刹那、硬質化し槍の様に伸びる司祭の――否、魔神の指。

 その先には無防備に立つ伯爵の心臓があった。

 このまま成す術もなく貫かれ、伯爵は絶命するのか――

 無論、そうはならなかった。


「馬鹿め、魔神共――

 俺(余)の顔を忘れたのか」

「貴様は――

 我らが怨敵、ガリウス・ノーザン!

 何故ここに!?」


 纏っていた伯爵の幻影ごとその指を跳ね除けた俺は――

 驚愕するラキソベロンに向かい不敵な笑みを浮かべるのだった。



 



クリスマスだろうが関係なくマメに更新。

べ、別に予定がない訳じゃないんだからね!?

皆が読みたいと思ったから更新しただけなんだから!(ツンデレ風)

本編最後のノリは某八代将軍な感じでお読みください。

次回、今回の解説が入ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  毎日更新ありがとうございます。  うれしいですよ。  魔神の見分け方がグロテスクでいい感じです。遊星からの物体Xや寄生獣のような気持ち悪さ……  読んでいると、おっさんの声が松平健さんの…
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