おっさん、出禁になる
「ガリウス――遅い。
もっと早く次を持ってきて」
「――すまん!
ピッチを上げていく!」
リアから受けたお叱りに、俺は平謝りしながら書架へ向かう。
図書館内という事でダッシュ出来ないのがつらい所だな。
おまけに蔵書はかなりの質量を伴うし、装飾が痛むので乱暴にも出来ない。
指定された本を幾つかお姫様のように丁重に抱え込むと、個室に戻りリアの前へと重ねていく。
横目にそれを確認しながらもリアは本を捲る手を止めない。
パラパラパラ~と凄まじい速さでページを進めていく。
素人目にはただ流しているようにしか見えないが、恐ろしいことに【速読】と【高速読解】スキルを持つリアはあれだけで中身を把握しているらしい。
しかもちゃんと検索に必要な該当箇所は【記憶整理】スキルでチェックしてる。
さすがは賢者、賢しき者の名は伊達ではない。
だがそれを踏まえた上でも――本を読み進めるリアのペースは尋常でなかった。
当然新しい本を補充する為、俺が駆り出されることになる。
前衛職として俺も体力に自信がある方だが、次から次へと本を所望するスピードに追い付かなくなりつつあるのが現状だ。
中年男の悲しさとして持続性の無さが上げられる。
フィーがサポートに入っていた時とは違い、俺相手には遠慮をしないので覚悟をしてほしいと宣言されたし。
まるで貴族付きの厳しい小間使い頭みたいに指示を受けながら、教会の精霊都市支部へ向かったフィーとシアを羨んだ。
まあ後悔しても仕方ない。
俺は俺に出来る事を為そう。
そんな時間が数刻ほど過ぎた頃――
「ん。終了。
大方の情報は収集し終えた」
パタン、と本を閉じながらリアが宣言する。
ようやく終わったか。
あと数時間続いていたら正直ヤバかったな。
戦闘や探索などの冒険者稼業とは違う疲労感に俺は安堵の溜息を零す。
そんな俺の様子がおかしかったのだろう。
猫みたいに眼を細めたリアがクスリと微笑む。
「おいおい、笑う事はないだろう?」
「謝辞――ごめんなさい。
でもガリウスの様子が真に迫ってから、つい」
「不慣れな作業だったからな。
疲れたのは確かだ」
「付き合わせて本当に申し訳ない。
でも――お陰様でかなり捗った」
「おっ。
何か分かったのか?」
「今はまだ確証とは言えない。
けどガリウスが盗賊ギルドに要請した現在の街における生きた情報、さらに教会に向かったフィーたちと協力すれば判別できる」
「頼もしい限りだ。
魔神の動く先に不幸あり。
可能ならば早めに動いて先手を取りたいからな」
今回起きた冒険者連続失踪事件――
手駒を増やしたいという魔将の意向もあり、幸いな事に師匠の手により捕獲された冒険者達に犠牲者はいなかった。
だが燃えた宿――襲撃の騒動で怪我人が数多く出た。
犠牲となる人が出てからでは遅いのだ。
幸運を期待するより自分たちで出来る事は事前にすべきだろう。
師匠からの言伝とはいえ、俺達は『知って』しまったのだから。
「ガリウスは真面目。
でもそういうところが好感が持てる」
「無関係なら知らぬ存ぜぬを通せるんだがな。
世の中は世知辛いもんでな、知ってしまったからには動かなくてはならない。
少なくとも立ち向かう力がある内は」
「世渡りが下手」
「性分でね」
「分かってる。
だからこそ皆がガリウスに惹かれると思う。
本当に苦しい時に救いの手が伸ばされる……これほど嬉しい事はない。
でもそれは気苦労が絶えない生き方。
なので――これは頑張ってるガリウスに対するご褒美。
下を見て?」
「――下?」
リアの指摘に屈んでテーブル下を覗き込む。
ローブからスラリと伸びたリアの美脚以外何もない。
訝しげに戻ろうとした俺の頭、その両脇が伸ばされたリアの太股に挟められる。
「な、何を――」
「だから――サービス。
見て?」
恥じらいを含んだ言葉と共にリアの手がローブの裾に掛かる。
当惑に固まる俺の前でじわりじわり、と焦らす様にずらされていき――
やがて全てが晒される。
「おい、リア!
お前これ――」
「フフ――ガリウスは純情。
頑張って勝負パンツを穿いてきた甲斐があった。
もっと見て?」
「いや、そうじゃなくてだな――」
「ん?」
「大変言い辛いしショックを受けるかもだが……
パンツ――穿いてないぞ、お前」
「え”?」
俺の言葉に恐る恐るテーブルを押してずらすリア。
白い太股に挟まれながらも困惑している俺と対面する。
しばらくの沈黙の後、何かに思い至ったのだろう。
サーっと蒼くなるとダラダラと大粒の汗が流れ始める。
「そういえばさっきので脱いだまま……
解放感に浸り、穿いてないのを忘れていた……」
「お、おう。
脱いだ経緯は知らないし知りたくもないが――ご愁傷様?」
「う、うう”。
見られた……ガリウスに見られた、全部」
「だ、大丈夫だ……
暗いから全然見えなかったぞ、多分」
「ガリウスは【暗視】持ち。
嘘はよくない」
「あ、ああ。
すまん……確かにそうだな」
「だから――ひとつだけ聞かせて」
「な、なんだ?」
「どうだった?」
「どう、とは?」
「感想を聞かせてほしい」
「え~っと……だな」
先程垣間見た光景をなるべく意識しない様にしながら――
俺は最も適切だと思われる感想を告げる。
「生えてなくても――
気にしないでいいと思うぞ?
個人差はあるし……ほら、女性は手入れとか大変だと聞くし――」
「うああああああああああああああああああ!!
殺す! ガリウス殺して、あたしも死ぬ!」
「お、落ち着けリア!
図書館で戦術規模魔術を唱え始めるな!
賢者らしい理知的な判断はどこへ行った!?」
我を忘れ錯乱し魔力を解放するリア。
俺は狂乱するリアを羽交い締めにし――何とか説得を試みるのだった。
ちなみに――
その後、図書館内で騒ぎ立てた罪で司書に追い出された。
しばらくの間は出禁になるらしい……トホホ。




