おっさん、問い掛ける
「おつかれ~リア」
「おう、お疲れ様。
随分と精が出るな」
精霊都市の中央に聳え立つ巨大な塔。
それは魔術師ギルドに隣接された大図書館の象徴である。
区画整備された街並みの支点ともいうべき場所であり、周囲は公共の広場として開放もされている。
俺達は入館証代わりにもなる冒険者ライセンスの提示後、その塔の中に入った。
予め約束していた通り、料金を支払い借りれる個室には、本の山に埋もれる様に蔵書を読み漁るリアと、その隣で甲斐甲斐しく世話を焼くフィーがいた。
声掛けにも反応せず凄まじい集中力を見せるリア。
苦笑したフィーが肩を指で押し、やっと俺達に気付く。
「ガリウス、それにシア。
気付かなかった……もうそんな時間になっていたとは驚き」
「一応、声は掛けたんだよ?
ねえ、おっさん」
「ああ。
根を詰めすぎるのは良くないぞ。
少し休憩が必要じゃないか?」
「ん。実は大して疲労はしてない。
本を読むのは好き。
世界と自分を隔てる境界が無くなり無音の空間が訪れる。
今回は魔神の足取りを追う為の資料漁りなのが残念」
そう言ってリアは薄く微笑む。
良かった……長時間の作業はリアに負担は掛けていない様だ。
俺とシアが盗賊ギルドで情報収集に当たる間、リアとフィーには大図書館で資料の【検索】を頼んだ。
本に記載されている内容はあまりにも無秩序で膨大だ。
何が有益で何が必要なのか?
平凡な戦士である俺には皆目見当もつかない。
しかしリアはそれを見い出す専門職――賢者だ。
無意識下に感じ取る疑問へ、しっかりとしたアンサーを出す事を可能とする。
勿論その為には有意義に繋がる多くの資料に当たらなくてはならないのだが――
幸いここは精霊都市、魔導都市ほどではないが大陸有数の図書館があった。
なので昨夜の疲れも癒えぬまま、リアには賢者として業を揮って貰っている。
これにより俺達が収集を頼んだ、生きた情報――
リアが見い出す、都市に眠る情報――双方の比較が可能となる。
「さすが学者の家系だな。
一日どころか半年でも引き篭もれる、と以前言ってたしな」
「読書は苦痛どころかライフワークに近い。
読んでいる間、疲労を感じない。
それにもし疲弊してもフィーがすぐさま賦活する。
さながらエンドレス社畜地獄」
「あらあら。
誰のお陰で不休で調べ物が出来ると思うのです?
本当に大変でしたのよ、リアのサポートは。
事前にガリウス様から伺っていたからよいものの、この娘ったら水分や栄養摂取はおろかトイレすら行かないんですもの。
本を読みながら太股をプルプルし始めた時は真剣に焦りましたわ」
「ギリギリを攻める……それが快感」
「阿呆。
我慢し過ぎると膀胱炎になるぞ?
まあこうしている以上、間に合って良かった」
「――え?」
「――うん?」
「ガリウス……
世の中には知らない方が良い事もある。
今日、また一つ大人の階段を昇った者からの助言」
「おい不穏な物言いは止めろ!
単純に間に合ったかどうかを聞いてるだけだろうが!?」
答えは沈黙。
俺の渾身の問い掛けに何故かリアは黙したまま曖昧な笑みを浮かべるのだった。




