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おっさん、背中で語る

 

「本当に良かったの、おっさん?

 あんな怪しい人を信頼して――」


 昼を越し、混み始めた街中の大通り。

 煩雑な人込みを共に並んで歩みながらシアが不満そうに尋ねてくる。

 俺は器用に片眉を上げると肩を竦め答える。


「――信頼? あいつを?

 そんなの――するわけ無いだろう」

「えっ?

 だってさっき――」

「どれだけ俺が奴に裏切られたと思う?

 あいつが裏切らないのは誰かを裏切ってる時だけ――ともいえるくらいだ。

 ただな、あいつの人柄は信頼出来ないが……

 金を受け取っている間は信用できる。

 前金としてちゃんと支払いをしてきただろう?

 マウザーは契約主義者だ。

 ロクでもない奴だがそこだけは変わらない」

「ふ~ん……

 大人って複雑だね」

「歳を取ると、シア達みたいに白と黒で判別をつけれなくなるのさ。

 灰色の解答――あまり褒められた事じゃないだろうが」

「ううん。

 何となく分かる気がする。

 ボクもさ、勇者の称号を授かってから色々と頑張ってきたけど――

 救えた人も、救えなかった人も――

 間に合った事も、間に合わなかった事も沢山あった。

 勇者だろうが何だろうが全部が全部、完璧に事は為せない。

 だからといって卑屈になる訳じゃなく、目の前にあって自分が出来ることを少しずつでもやっていくしかない――そう教わったもの」

「おっ――

 良い事教えた奴がいるな」

「あはっ」


 感銘を受けた俺が呟いた言葉に何故かシアはおかしそうに笑う。

 はて――何か笑うツボがあっただろうか?

 疑問に思った俺は小首を傾げ訊いてみる。

 

「――何か変だったか?」

「おかしいよ、もう――

 だってそれをボクに教えてくれたのは、他ならぬおっさんなんだよ?

 直接じゃなく背中で語って、だけど。

 なのに当の本人が自覚ないんだもん、笑っちゃうよ~」


 驚いた俺の顔が余程おかしかったのだろう。

 先程会ったマウザーを彷彿とさせる爆笑をするシア。

 シアは紛れもない美少女だ。

 街中とはいえそんな美少女がこんだけ笑っていると嫌でも目立つ。

 囲まれてトラブルになってはつまらない。

 注目を浴びる前に行かなくては――


「ほら――行くぞ、シア」

「は~い」


 促した俺に素直な返事をするシア。

 しかしその瞬間――悪戯めいた顔をすると腕を絡めてくる。

 というか腕を抱え込んでる!

 豊満で柔らかな弾力が布越しに当たり――心臓を高鳴らせる。


「お、おいシア――」

「な~に~?」

「お前、当たって――」

「当たってるんじゃないよ?

 当ててるんだよ?

 そこ、間違っちゃ駄目」


 俺の反応を愉しむ様にフフフと淫靡に微笑むシア。

 誰だ……いったい誰が、純情無垢だったシアをこんな小悪魔に仕立て上げた!?

 ケケケと嗤う蝙蝠の羽と尻尾が生えた容疑者二人の貌を思い浮かべながら――

 俺は次の合流地点である魔術師ギルドに隣接された大図書館を目指すのだった。






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